外国語を学ぶとき、私たちはどのような順序で、どのような方法で語彙を身につけていくのが最も効率的なのでしょうか。「英単語を見てすぐ日本語が出てくる」「日本語を聞いてすぐ英語で言える」「写真を見てすぐ英語で名前が言える」―これらはどれも日常的な英語学習の場面ですが、実はこれらはそれぞれ異なる「言語行動」であり、一つを学べば他が自動的に身につくとは限りません。今回紹介するDaly と Dounavi(2020)の論文は、まさにこの問いに行動分析学の立場から実証的に迫ったものです。
研究の背景と著者について
本論文の著者であるDamien Daly と Katerina Dounavi は、北アイルランドのQueen’s University Belfast に所属する研究者です。Dounavi はこの分野で継続的に研究を発表しており、本論文はDounavi(2014)の論文 “Tact Training versus Bidirectional Intraverbal Training in Teaching a Foreign Language”(Journal of Applied Behavior Analysis)の「洗練された追試(refined replication)」として位置づけられています。追試というと「ただ繰り返すだけ」という印象を持たれるかもしれませんが、科学においては先行研究の知見を別の条件・方法で確認することが非常に重要です。本研究では前回の研究における方法論的な弱点を複数修正したうえで実施されており、単なる繰り返しではなく、より精緻な検証といえます。
研究が扱うのは、英語を母語とする成人がフランス語の語彙を学ぶという設定です。フランス語は日本人にはなじみが薄いかもしれませんが、構造的には「日本語話者が英語を学ぶ」という状況と本質的に同じです。外国語学習の文脈で行動分析学がどのように応用できるかを探る点では、日本の英語教育にとっても示唆に富む研究です。
行動分析学からみた「外国語の言語行動」とは
まず、この研究を理解するうえで欠かせないのが、B.F. SkinnerのVerbal Behavior(1957)に基づく言語行動の分類です。Skinnerは言語を「機能的に独立した行動の集まり」として捉えました。外国語学習の文脈では、Petursdottir と Hafliðadóttir(2009)の整理によれば、主に四つの言語関係が重要とされています。
一つ目は「外国語タクト(foreign tact)」で、絵や実物を見て外国語でその名称を言うことです。絵を見て「chien(犬のこと)」と言う行動がこれにあたります。二つ目は「外国語リスナー(foreign listener)」で、外国語の単語を聞いてその指示対象を選ぶという行動です。三つ目は「母語から外国語への言語内言語(Native-to-Foreign intraverbal、以下N-F)」で、「dog」と言われたら「chien」と答えるという、いわゆる「英語から外国語への翻訳」に近い行動です。四つ目は「外国語から母語への言語内言語(Foreign-to-Native intraverbal、以下F-N)」で、「chien」と言われたら「dog」と答える、逆方向の翻訳です。
日本の英語の授業で考えると、「英単語を見て日本語訳を言う」はF-N、「日本語を見て英単語を言う」はN-F、「絵を見て英語で言う」はタクトに相当します。従来の日本の英語教育では単語テストなどでF-Nが圧倒的に重視されてきましたが、果たしてそれは最も効率的な方法なのでしょうか。
研究の方法―3人の成人を対象に、3種類の訓練を比較
本研究では、英語を母語とするアイルランド人2名とカナダ人1名の成人(Niall、31歳男性;Catriona、33歳女性;Brandy、40歳女性)が参加しました。全員がフランス語の基礎をある程度学んだことはあるものの、実際には使えないレベルであることが事前の言語能力テストで確認されています。
刺激語は動物・一般物・食品から50語を選び、各10語からなる3つのセットに無作為に分けました。そして各参加者に対し、セット1ではF-N訓練(フランス語の書き言葉を見て英語で答える)、セット2ではタクト訓練(絵を見てフランス語で答える)、セット3ではN-F訓練(英語の書き言葉を見てフランス語で答える)を実施しました。各訓練では「2セッション連続で10問中10問正解」という習得基準が設けられ、それを達成した後に「訓練していない関係」への波及効果(創発反応)が測定されました。
実験デザインとしては、複数プローブデザインの変形版が使われており、行動分析学の研究で標準的に用いられる単一事例実験法が採用されています。また、訓練終了後の事後プローブ(posttraining probes)は提示順序を参加者間でカウンターバランスし、前回研究(Dounavi, 2014)の順序効果の問題を修正しました。さらに、事後プローブ終了から約4週間後にメンテナンスプローブも実施されており、学習の定着を測定しています。
主要な結果―N-F訓練とタクト訓練が創発反応を生みやすい
結果として、最も重要なのは「創発反応(emergent relations)」の有無です。これは、直接訓練していないにもかかわらず、訓練された関係から派生して自然に生じる正答のことです。
F-N訓練(フランス語→英語)では、3名中1名(Niall)しか創発反応が基準を達成しませんでした。BrandyとCatrionaは追加の逆向き訓練(N-F訓練)を経ることでようやく基準に到達しています。これはF-N訓練単独では波及効果を生みにくいことを示しています。
一方、タクト訓練(絵→フランス語)では、3名全員が比較的少ないセッション数(Niallは11セッション、Brandyは13セッション、Catrionaは15セッション)で習得基準を達成し、事後プローブでもNiallとBrandyは1回目のプローブで基準を達成し、Catrionaも2回目で達成しました。N-F訓練(英語→フランス語)でも、Catrionaが6セッションという少ない試行数で習得基準に達するなど効率が高く、事後プローブでも全員が創発反応を示しました。
メンテナンスプローブの結果は興味深いです。訓練された関係よりも、創発的に生じた関係の方が維持されやすいという傾向が見られました。これは、一度「派生」として獲得されたスキルの方が、長期的に記憶に残りやすい可能性を示唆しています。もちろん、著者自身もこの点については順序効果の影響(訓練済み関係のプローブが先に提示されることで、次の創発関係プローブにキャリーオーバーが生じた可能性)を認めており、解釈には慎重さが必要です。
先行研究との対比―子どもと成人の違いが鍵
先行研究との比較において特に注目すべきは、参加者の年齢の影響です。Petursdottir ら(2008)やPetursdottir と Hafliðadóttir(2009)は子どもを対象とした研究で、タクト訓練からの創発反応はN-F方向のみに限定されるという結果を得ています。しかし本研究を含むDounaviの成人を対象とした研究群では、タクト訓練がF-NとN-Fの双方向に創発反応を生み出すことが確認されています。
なぜ成人の方が創発反応が生じやすいのでしょうか。Dounavi(2014)は、成人は子どもよりも言語経験が豊富であり、刺激制御を訓練された関係から未訓練の関係へと転移させる「派生反応のスキル」が発達しているためだと説明しています。喩えるなら、子どもは一つ一つの道をゼロから舗装しなければならないのに対し、大人はすでにある道路ネットワークを活用して新しい目的地へ到達できる、ということです。
Cortez ら(2020)の比較的最近の研究も、タクト訓練が双方向の言語内言語創発に効果的であることを子どもを対象とした研究で確認しており、年齢による差異の解明に向けた研究の蓄積が進んでいます。
なぜF-N訓練は創発反応を生みにくいのか
F-N訓練(外国語→母語)が創発反応を生みにくい理由について、著者はSkinner(1957)の言語行動の機能的独立性という概念を援用しています。母語での反応は既に確立されているのでF-N方向への反応は比較的容易ですが、N-F方向、すなわち外国語での産出は、外国語での反応が未確立であるため、訓練しただけでは他の関係への転移が生じにくいのです。
Polson と Parsons(2000)も同様の観点から、F-N訓練では逆方向の反応(外国語での発話)が生じにくいと指摘しています。日本の英語教育に引きつけて考えると、「英単語を見て日本語訳を答える」テスト形式(これはまさにF-N)が長年主流であり続けてきたことへの疑問が浮かびます。このような訓練だけでは、英語を実際に口に出して使う力(N-Fやタクトのようなアウトプットベースのスキルへの転移)は生じにくいということを、本研究は示しています。
日本の英語教育現場への示唆
本研究の知見は、日本の英語教育の現場に少なからぬ示唆を与えます。第一に、語彙指導においてどの「方向性」で訓練するかが学習効率に大きく影響するという点です。N-F訓練(日本語を見て英語で言う)やタクト訓練(絵や実物を見て英語で言う)を先行させることで、F-N(英語を見て日本語で答える)の力も同時に、あるいは自然に育つ可能性があります。
第二に、創発反応という概念そのものが興味深いです。一つのことを学ぶと、直接教えていない別のことも「勝手に」身につく。これを学習の設計に組み込めるとしたら、限られた授業時間をより賢く使えるはずです。特に中学・高校での英語の授業では、単語テストの形式(日本語→英語か、英語→日本語か)一つをとっても、その後の使える英語力の形成に違いが生じるかもしれません。
第三に、メンテナンス(定着)の観点も重要です。本研究では4週間後のフォローアップ調査を実施しており、創発関係の方が定着しやすいという示唆が得られています(ただし解釈の留意点あり)。短期的な点数向上よりも長期的な定着を目指すなら、授業設計の発想を根本から問い直す必要があるかもしれません。
研究の限界と今後の課題
この研究の限界についても触れておくべきでしょう。まず参加者が3名と少なく、外的妥当性(結果の一般化可能性)には限界があります。また、著者自身が認めているように、トリートメント整合性(treatment integrity)のデータが収集されていないため、独立変数が意図通りに適用されたかどうかの確認ができません。
さらに、メンテナンスプローブの提示順序に関する順序効果の問題は、今後の研究で慎重にコントロールされる必要があります。訓練された関係のプローブを先に行うことで、後続の創発関係プローブにキャリーオーバーが生じた可能性を排除できないからです。
刺激の般化(generalization)についても、本研究では検証されていません。Rosales ら(2011)が実物の代わりに絵を使って般化を測定したように、訓練に使われた刺激とは異なる文脈でも学習したスキルが発揮されるかどうかは、教育的応用を考えるうえで非常に重要です。
子どもを対象とした研究への拡張も急務です。Multiple exemplar training(多例訓練)を組み込むことで子どもでも創発反応が促進される可能性がある(May ら, 2016; Rosales ら, 2011)ことから、この方向での研究の蓄積が望まれます。
行動分析学と外国語教育研究の架け橋として
本研究が持つ学術的意義のひとつは、Skinnerの言語行動理論と刺激等価性(stimulus equivalence)の枠組みを外国語教育研究に接続している点です。刺激等価性とは、直接訓練していない関係が、訓練された関係を通じて「派生」的に生じる現象のことで、反射性・対称性・推移性という三つの特性から成ります(Sidman & Tailby, 1982)。本研究の創発反応は、この枠組みで説明可能であり、関係フレーム理論(RFT; Hayes ら, 2001)や命名仮説(Horne & Lowe, 1996)といった別の理論的観点からも考察されています。これらの理論的背景が丁寧に論じられている点は、単なる教育実践研究にとどまらない本論文の深みを示しています。
また、訓練に使われた弁別刺激が先行研究(Dounavi, 2014)の音声刺激から本研究では書き言葉刺激に変更されたという点も注目に値します。「外国語の学習は書物から行われることが多い」という実態を踏まえた変更であり、授業という現実場面への適用可能性を高めています。
全体として、Daly と Dounavi(2020)の本研究は、外国語語彙指導における訓練順序・方法の選択が、学習効率・創発反応・定着率に異なる影響を与えることを実証的に示した、意義ある研究です。行動分析学という、日本の英語教育研究では必ずしも主流ではない視点から、「どのように教えるか」という本質的な問いへの答えを探求したこの研究は、教育実践者にとっても研究者にとっても一読に値するものといえるでしょう。英語教育に携わる方が「単語をどの方向で教えるか」を改めて考える、そんなきっかけになれば幸いです。
Daly, D., & Dounavi, K. (2020). A comparison of tact training and bidirectional intraverbal training in teaching a foreign language: A refined replication. The Psychological Record, 70(2), 243–255. https://doi.org/10.1007/s40732-020-00396-0
