英語の授業で「とにかくたくさん読みなさい」と言われた経験のある方は少なくないでしょう。あるいは、教師の立場から「多読プログラムを導入してみたものの、本当に効果があるのだろうか」と不安を感じながら運営してきた方もいるかもしれません。多読(Extensive Reading、以下ER)は、長年にわたって第二・外国語教育の現場で推奨されてきた学習アプローチですが、「なぜ効くのか」「どうすればより効くのか」という問いへの答えは、意外なほど曖昧なままでした。そこに真っ向から挑んだのが、本稿で取り上げるSangers, van der Sande, Welie, Dobber, van Steenselによる2025年のメタ分析論文です。
著者たちはいずれもオランダの大学に所属する研究者で、リーディング教育や言語学習を専門としています。筆頭著者のSangersはVrije Universiteit Amsterdam(自由大学アムステルダム)の教育学部に在籍し、van Steenselは同大学とErasmus University Rotterdamの両方に所属するリーディング研究の第一人者です。彼らのチームは、ERに関する先行メタ分析が持つ複数の限界―とりわけ、どの要素が効果を生むのかという肝心な問いへの答えが不十分であった点―に着目し、より広範かつ精緻な分析を行うことを目指しました。
多読とはそもそも何か
まず、ERの定義を確認しておきましょう。ERとは、学習者が自分のペースで、興味に基づいて選んだ多量のテキストを読む学習アプローチです。精読(Intensive Reading)が短い文章を細かく分析することに重点を置くのとは対照的に、ERは「広く、楽しく、たくさん読む」ことを重視します。Day & Bamford(2002)が提唱した「多読の10原則」が広く引用されており、その中には「読み材料は易しいものにする」「学習者が読みたいものを選ぶ」「読むこと自体が報酬となる」「教師は自らも読む」といった要素が含まれています。
理論的な根拠も豊富です。Krashenの「インプット仮説」(i+1の概念)、言語の暗黙的学習理論、そして自律性が内発的動機を高めるというRyan & Deciの「自己決定理論」など、ERはさまざまな理論に支えられています。しかしながら、理論的正当性があるからといって、実際の効果が保証されるわけではありません。だからこそ、メタ分析という手法で実証的に検証することに意義があります。
先行研究との違い―何が新しいのか
ERに関するメタ分析はこれが初めてではありません。Krashen(2011)、Kim(2012)、Nakanishi(2015)、Jeon & Day(2016)、Liu & Zhang(2018)といった先行メタ分析がすでに存在し、いずれも概ねERの有効性を支持してきました。たとえばJeon & Dayは51の実験的研究と20の事前事後比較研究を分析し、ERがリーディング能力に有意な正の効果をもたらすことを示しています(d=0.57)。
では、本論文は何が違うのでしょうか。大きく三点あります。一点目は規模です。本研究は73の研究(82の介入)を対象とし、82の実験的比較を分析しています。これは先行研究を大きく上回ります。二点目は対象とする言語領域の広さです。リーディング読解やボキャブラリーだけでなく、デコーディング・流暢性、動機づけ、ライティング、口頭能力(スピーキング・リスニング・文法を統合)、そして総合的言語能力という7つの領域を対象としています。三点目が最も重要で、ERのどの「要素」が効果を生むのかを、介入特性の細かいモデレーター分析によって検証しようとしている点です。
主要な結果―効果は全領域で確認された
分析の結果、ERは対象とした全ての言語領域において有意な正の効果を示しました。全体の効果量はCohen’s d=0.41(即時測定のみではd=0.38)で、小から中程度の効果と解釈されます。領域別に見ると、語彙(d=0.50)と総合的言語能力(d=0.53)がやや高く、リーディング読解(d=0.31)とライティング(d=0.31)がやや低めでしたが、いずれも統計的に有意でした。動機づけ(d=0.34)についても有意な効果が確認されており、ERが単に「読める・書ける」力だけでなく、「読みたい」という気持ちをも育てることが示されたのは、特筆に値します。
これは、教室での多読が「気休め」ではなく、実証的根拠に基づく有効な指導法であることを改めて示すものです。もっとも、効果量が小から中程度にとどまる点は正直に見る必要があります。ERは万能薬ではなく、他の指導アプローチと組み合わせることで力を発揮するものと考えるのが現実的でしょう。
何が効果を左右するのか―モデレーター分析の発見
本論文の最も重要な貢献は、モデレーター分析の結果にあります。介入特性の中で統計的に有意なモデレーターとして確認されたのは、「テキスト選択の制限」と「説明責任の確保」の二点でした。
「テキスト選択の制限」とは、学習者が自由に何でも読めるのではなく、読解レベルに応じたテキスト選択の範囲が制限されている条件のことです。この条件を設けた介入では効果量がd=0.73に達したのに対し、制限がない場合はd=0.22にとどまりました。差は歴然としています。これは一見、「学習者の自由な選択を重視する」というERの理念と矛盾するように見えますが、実はそうではありません。適切なレベルのテキストを読むことでこそ、インプット仮説の「i+1」が機能するのです。何でもいいからたくさん読めばよいという考えは、レベルの合わないテキストを読み続けることになりかねず、効果を損なう可能性があります。
「説明責任の確保(accountability)」とは、読んだ内容について読書ログを書いたり、クイズに答えたり、レポートを提出したりといった形で、学習者が読んだことを何らかの形で示す仕組みです。この条件がある場合の効果量はd=0.51で、ない場合のd=0.01と比べると、ほとんど意味が逆転するほどの差があります。読むだけで何も記録しない場合、効果はほぼゼロということになります。これは、「ただ自由に読ませれば力がつく」という楽観的な考えへの警鐘です。
一方、テキスト選択の支援、読中・読前の指導、インタラクション、報酬、デジタルサポート、家庭学習の促進、グレーデッドリーダーの使用、テキスト媒体(紙か電子か)については、いずれも有意なモデレーター効果は認められませんでした。これは「やっても無意味」ということではなく、条件による差が統計的に明確でなかったということですが、少なくともこれらの要素が「なくても大丈夫」とも読めます。教師の役割の形(書籍選択の支援か、読中のサポートか)も同様に有意差なし。大切なのは「何を読むか」と「読んだことをどう示すか」の二点に収斂されるというのは、シンプルながら実践的な示唆です。
サンプル特性のモデレーター―異なる母語が鍵
サンプル特性の中で有意なモデレーターとして確認されたのは「第一言語(L1)の多様性」でした。学習者が同じ母語を持つグループ(d=0.33)と、異なる母語を持つ混合グループ(d=1.03)では、効果量に大きな差がありました。後者のグループでは、目標言語(英語など)がその教室内での共通語(リンガフランカ)となり得るため、言語使用の必要性と動機づけが高まることが理由として考えられます。
日本の英語教育の文脈では、ほとんどの場合、学習者全員が日本語を母語とする同質な集団です。したがって、このモデレーターが示す恩恵を自然に享受することは難しい状況にあります。しかし、逆に言えば、異なる言語的背景を持つ学習者を意図的に混合させるような学習環境の設計(たとえば、留学生との協働学習や国際交流プログラムとの連携)が、ERの効果をさらに高める可能性を示唆しているともいえます。
教育段階(初等・中等・高等教育など)については有意な差は認められませんでした。年齢効果については先行研究(Jeon & Day, 2016が成人で効果大、Nakanishiが曖昧な結論)と同様、本研究でも明確な答えが出ませんでした。これは、今後の研究課題として残されています。
先行研究との対比―Merke et al.(2024)との対話
本論文が繰り返し参照しているのが、Merke, Ganushchak & van Steenselによる2024年のメタ分析です。こちらは第一言語(母語)学習の文脈における「独立した黙読(Independent Silent Reading, ISR)」に追加的要素を加えた場合の効果を検討したもので、テキスト選択の制限や説明責任の確保が有効であるという類似した知見を報告しています。本論文の著者たちはMerkeらの分類枠組みを活用して介入特性を整理しており、ERとISRという異なる文脈での研究が互いを補完・強化していることがわかります。
また、母語学習でのISRの効果と比較しても、ERの効果は際立っています。Bus et al.(2024)の母語学習者対象のメタ分析ではISRの全体効果はHedges’ g=0.08と極めて小さく、リーディング読解では負の値(g=-0.14)すら出ています。これに対して、ERの全体効果d=0.41は相対的に大きく、第二・外国語学習という文脈の特異性―学習者の目的意識の高さ、言語使用機会の少なさ―がERの効果を高める重要な要因であることが示唆されます。
研究の限界と今後の課題
著者たちは自らの限界を率直に認めています。まず、対象研究の偏りです。82の介入のうち78が外国語学習文脈であり、第二言語学習(ESLなど)の研究はわずか4件でした。また、研究対象の60%がアジア(特に日本・韓国)で実施されており、研究の98%が英語学習を対象としていました。地理的・言語的偏りは大きく、一般化には慎重さが求められます。
教育段階の偏りも深刻です。高等教育(大学生)が56%を占め、初等教育はわずか9%、中等教育23%でした。ERが最も必要とされるかもしれない年代への研究が不足しているということは、学校現場の教師にとっては物足りない点です。長期効果の測定が極めて少ない点も課題です。フォローアップ測定を含む研究は3件のみ。ERが本当に継続的な読書習慣や言語能力の向上をもたらすのかを確認するには、長期的なデータが不可欠です。
さらに、介入期間(週数)はモデレーターとして有意ではありませんでしたが、著者たちはこれを「介入時間のデータが不十分なため」と正直に述べています。週あたりの読書時間の情報が不足しており、長い介入が少ない読書量を意味する場合もあれば、短い介入が集中的な読書を意味する場合もあるため、単純な比較ができなかったのです。
日本の英語教育現場への示唆
本研究の知見は、日本の英語教育に携わる実践者にとって具体的で行動可能な示唆を与えてくれます。まず最も重要なのは、多読プログラムにおいて学習者のレベルに合ったテキストを選ばせることの重要性です。「読みたいものを何でも読ませる」という純粋なER理念は理想的に聞こえますが、データは「レベルに合ったテキストの範囲内での選択」がより効果的であることを示しています。グレーデッドリーダーの活用はその一つの実践例として理にかなっています。
次に、説明責任の仕組みを取り入れることです。読書ログ、ブックレポート、クイズ、クラスでの共有など、読んだことを「見える化」する活動を組み込むことで、効果が劇的に高まることが示されています。日本の中学・高校・大学での多読授業において、「ただ読む時間を確保する」だけでなく、何らかのアウトプットや記録活動を組み合わせることが強く推奨されます。
また、多読が動機づけにも有意な効果を持つという知見は、日本の教育文脈では特に重要です。英語への苦手意識や学習意欲の低下が課題とされる中、「楽しく読める」多読体験が動機づけの向上につながる可能性は大いに歓迎されるべきでしょう。ただし、効果量は小から中程度であり、多読だけで全てが解決するわけではありません。文法指導や語彙指導との適切な組み合わせが依然として重要です。
大学でのERプログラムに目を向けると、日本では近年多読授業が増加しており、特にMoodleReaderなどのデジタルツールを活用したプログラムも広まっています。本研究ではデジタルサポートプログラムの有無による有意差は認められませんでしたが、これはデジタルツール自体に意味がないということではなく、説明責任の確保という機能を果たすことで間接的に効果を高める可能性はあります。要は「ツールを使うかどうか」より「学習者が読んだことをどう確認・記録するか」が問題なのです。
独自の学術的考察―ERの「コア」を問い直す
本論文が示すもう一つの重要な含意は、ERの「理念」と「実効性」のあいだにある緊張関係です。Day & Bamford(2002)の10原則には「読むこと自体が報酬となる」「教師は役割モデルとして自らも読む」といった、自律性と内発的動機を重視する原則が含まれています。しかしながら、本研究のデータは「テキスト選択を制限する」「説明責任を求める」という、外的コントロールを加えることでむしろ効果が高まることを示しました。
これは矛盾でしょうか。筆者はそうは思いません。Reutzel et al.(2010)が指摘するように、「自由に読む時間を与えるだけでは、学習者が実際に読むことは保証されない」という現実があります。特に第二・外国語学習者にとって、自由な選択は時に迷子を生む可能性があります。適切な制約の中での自律性―これが実践的な多読指導の核心ではないでしょうか。完全な放任でも、過剰な管理でもなく、「レベルに合った範囲での選択」と「読んだことを示す機会の提供」という二本柱が、ERの効果を最大化する条件であるというのは、現場の肌感覚とも合致するように思えます。
また、著者たちはERと母語文脈でのISRを比較し、ERの効果がより大きい理由として「成人EFL学習者の英語への目的意識の高さ」を挙げています。これはKim(2011)のKorean大学生対象研究が示す「EFLリーディング動機は目標志向的・実用的動機が中心である」という知見と整合します。日本の大学生にも同様の傾向があると考えられ、ERが「将来英語を使わなければならない」という現実的な動機と結びつくとき、その効果は一層高まるでしょう。
総括―エビデンスは実践を支持する、ただし条件付きで
本メタ分析は、多読(ER)が第二・外国語学習において幅広い言語領域に有効であることを改めて実証しました。それは「とにかく読ませれば良い」という単純な話ではなく、「レベルに合ったテキストを選ばせ、読んだことへの説明責任を求める」という条件のもとで最も効果的であることが示されています。
日本の英語教育の現場で多読プログラムを運営している、あるいはこれから導入しようとしている教師・研究者にとって、本論文は非常に重要な参照点となります。グレーデッドリーダーの使用、読書ログの導入、定期的なクイズや読書レポートの実施―こうした要素はすでに多くの現場で取り組まれていることかもしれませんが、それらが単なる「付け足し」ではなく、多読の効果を左右する本質的な要素であるという実証的根拠が、ここに示されています。
研究の限界として、第二言語学習文脈・若年層・非英語言語・長期効果への研究蓄積が圧倒的に不足していることも確認されました。日本国内での学校英語における多読の効果研究、特に小・中学生を対象とした長期縦断研究の蓄積が、今後の研究コミュニティへの重要な課題として浮かび上がります。多読は「経験則的に良さそう」から「エビデンスに基づく有効な実践」へと着実に進化しています。本論文はその歩みを大きく前進させる重要な一石です。
Sangers, N. L., van der Sande, L., Welie, C., Dobber, M., & van Steensel, R. (2025). Learning a language through reading: A meta-analysis of studies on the effects of extensive reading on second and foreign language learning. Educational Psychology Review, 37, Article 96. https://doi.org/10.1007/s10648-025-10068-6
