教室の中で、教師はどのような言葉を子どもたちにかけているのでしょうか。「このやり方で覚えなさい」と手取り足取り教えるのか、「どうやったら覚えられそう?」と問いかけて子ども自身に考えさせるのか。一見すると些細な違いのように思えるこの差が、実は子どもたちの学び方そのものに深く関わっているとしたら、どうでしょうか。スイス・ベルン大学発達心理学部のMariëtte H. van Loon、Natalie S. Bayard、Martina Steiner、Claudia M. Roebers らによる本研究は、まさにその問いに正面から向き合った意欲的な論文です。
本稿が掲載されたのはMetacognition and Learning(2021年第16巻)という、認知科学・教育心理学領域では権威ある学術誌です。研究チームはスイスの公立小学校21名の教師と308名の児童(2年生と4年生)を対象に、教師が実際にどのような指導をしているかを録音・観察し、それが子どもたちのメモリーパフォーマンス・学習項目の再学習選択・自己モニタリング精度とどう結びついているかを多層的に分析しました。
「メタ認知」とは何か―まず、ここから整理しましょう
「メタ認知」という言葉は、日本の学習指導要領でも取り上げられるようになりましたが、まだ抽象的に感じる方も多いかもしれません。簡単に言えば、「自分の理解や記憶の状態を、自分自身で把握・調整する力」のことです。たとえば英単語を100個覚えようとしているとき、「この単語はもう大丈夫、この単語はまだあやしい」と自分で判断して、あやしい単語を重点的に復習する。この一連のプロセスがメタ認知的な学習行動です。
ところが多くの子どもたちは、これが苦手です。特に小学校低学年では、「わかった気がする」という感覚と「実際にできる」かどうかのズレが大きく、自己モニタリングが不正確なまま学習を終えてしまうことが珍しくありません。だからこそ、教師がどのように関わるかが重要になってくるのです。
研究の設計―全員が同じ「暗号タスク」を学ぶという巧みな統制
本研究の方法論的な面白さは、全参加教師が同一の課題を使って授業をした点にあります。「シークレットコードタスク」と呼ばれるこの課題は、アルファベット26文字とそれぞれに対応する記号を結びつけて記憶するというものです。どの教師も同じ素材を使うことで、「教える内容の違い」という変数を排除し、「どう教えるか」の違いだけを比較できる設計になっています。これは日常の授業観察研究でありがちな「比較不能」という問題を巧みに回避した点で、高く評価できます。
授業後、子どもたちにはまず「どの項目をもう一度学習したいか」を選ばせ(再学習選択)、次に記憶テストを行い、さらに各回答について「どのくらい自信があるか」を7段階の温度計型尺度で評価させました(自己モニタリング)。教師の音声録音はMAXQDAソフトウェアを用いて書き起こし・コーディングされ、認知方略指導・メタ認知方略指導・教師主導的な実践・子ども中心的な実践の4種類に分類されました。
認知方略の指導は効いた―でも、「何を」より「どう」が大事だった
まず、認知方略(連想、自己テストなど)をより多く指導した教師のクラスでは、子どもたちの記憶テストの成績が高く、自己モニタリング精度も向上していました。これは先行研究(Ornstein et al., 2010; Grammer et al., 2013)と整合的な結果で、「方略を教えることは有効だ」という事実を改めて支持するものです。
一方で驚くべきことがありました。認知方略をより多く指導したクラスの子どもたちは、再学習の選択がむしろ非効率になっていたのです。つまり、「まだ覚えていない項目を優先して復習する」という行動が弱まっていた。なぜでしょうか。
研究者たちはその原因を「指導スタイルの重複」に求めています。付録のコーディング重複表を見ると、認知方略指導と教師主導的実践の重複率が約50%に達しており、教師が認知方略を教えるときには、同時に「こうしなさい」という指示的な教え方をしていることが多かったのです。つまり、方略の内容は良くても、教え方が「お任せ」型ではなく「指示命令」型だったため、子どもたちが自分で判断して再学習を選択する力が育ちにくかったと考えられます。
教師主導の指導が多いほど、メタ認知は育ちにくい
本研究の最も重要な発見の一つが、「教師主導的な指導の頻度が高いほど、子どもの再学習の効率性と自己モニタリング精度が低下する」という結果です。これは逆説的に聞こえます。丁寧に教えれば教えるほど、子どもの自律的な学習調整力が育ちにくくなるというのですから。
実はこれは、認知科学の文脈では「指導の両刃の剣」としてよく知られている現象に近いものです。Bonawitz et al.(2011)は、直接指示型の教授が自発的な探索行動を抑制することを実験的に示しています。「正解はこれだよ」と教えてしまうと、子どもはそれ以上探索しなくなる。同様に、「こうやって覚えなさい」と方法を与えてしまうと、「どうやって覚えるか自分で考える」機会が失われてしまうわけです。
それとは対照的に、子ども中心的な指導(子どもが自分でやり方を考えたり、自分で学習対象を選んだりする機会を与える指導)の頻度が高い教師のクラスでは、自己モニタリングの精度が高くなっていました。2年生においては、子ども中心的な指導が再学習選択の効率とも正の関連を示しました。これは非常に示唆に富む結果です。
2年生にとっての子ども中心指導の意味
2年生(平均年齢7.6歳)と4年生(平均年齢9.7歳)で比較した場合、子ども中心的な指導の効果は2年生でより顕著に現れていました。これは一見すると意外です。「幼い子ほど丁寧に教えるべき」という直感に反するからです。
しかし、van Loon たちの解釈は説得力があります。2年生の時期は、メタ認知的制御能力が急速に発達する段階です。そこで「自分で判断する機会」を与えられると、その発達が加速する可能性があるのです。4年生はすでにある程度の自己制御力を持っているため、子ども中心的な指導の上乗せ効果が相対的に小さかったと考えられます。これはVygotsky的な「発達の最近接領域」の概念とも整合しており、教育的介入のタイミングの重要性を改めて浮き彫りにしています。
メタ認知方略の指導は効果がなかった―それはなぜか?
本研究でもう一つ注目すべき結果は、メタ認知方略(目標設定、時間計画、進捗モニタリングなど)の指導頻度が、子どものどの指標とも有意な関連を示さなかった点です。これは、Donker et al.(2014)やDignath et al.(2008)のメタ分析が「メタ認知方略指導は長期的な学力向上に有効」と結論づけていることと一見矛盾します。
ただし、研究者たちは適切な留保を示しています。シークレットコードタスクは「先行知識を必要としない」新奇な記憶課題であり、計画や目標設定といったメタ認知方略が活かされにくい状況だったかもしれない、という点です。実際の教室での学習課題は、より複雑で多様な方略の組み合わせが求められます。つまり、「メタ認知方略指導が効かなかった」というより「この特定の課題では効果が出にくかった」と解釈すべきでしょう。この限界を自覚的に論じている点は、研究の誠実さを示しています。
日本の英語教育現場への示唆
この研究は、日本の英語教育に関わる教師・研究者にとって多くのことを考えさせてくれます。日本の英語教育では長らく、文法や語彙の「教え込み」が中心でした。もちろん明示的な指導は必要です。しかし「覚えなさい」「この方法で練習しなさい」という指示ばかりでは、学習者自身が「どの単語をどれだけ勉強すべきか」を自律的に判断する力は育ちにくいのです。
英語学習には自己調整が不可欠です。特に語彙や表現の習得において、何をいつどれだけ復習するかを自分でコントロールできる学習者と、できない学習者では、長期的な習熟度に大きな差が生まれます。本研究の知見は、英語の授業においても「子どもに選ばせる・考えさせる」時間を意図的に組み込むことの重要性を示唆しています。
たとえば英語の語彙学習であれば、単に「この単語をフラッシュカードで覚えなさい」と指示するより、「今日学んだ単語の中で、まだ自信がないものはどれ?」と問いかけて子どもに選ばせ、そこから復習活動に入る方が、メタ認知的な力を同時に育てることができるでしょう。これは授業時間が増えるわけではなく、問いかけの方向を変えるだけでできる実践です。
また、本研究が示したように、教師が「こうしなさい」と言う頻度を意識的に減らし、「どうすればいいと思う?」「自分でやってみよう」という言葉かけを増やすことは、特に小学校段階の英語教育では重要な意味を持ちます。日本では2020年度から小学校での英語教育が本格的に始まりましたが、低学年の児童に対して、教師主導一辺倒の指導が続いている現場も少なくありません。本研究はそうした現場に対して、「丁寧に教えることと、自律的な学び手を育てることのバランス」を問い直す契機を与えてくれます。
関連研究との比較と本研究の独自性
先行研究との比較においても、本研究の立ち位置は明確です。Ornstein et al.(2010)は「記憶豊富な教師」のクラスの子どもが長期的によりよい記憶方略を示すことを明らかにしましたが、教師ごとに異なる素材を使っていたため比較が困難でした。Grammer et al.(2013)は素材を統制した実験的研究でしたが、教師には脚本通りの授業を求めたため、自然な個人差を捉えることができませんでした。
van Loon らの研究はその両方の弱点を補っています。全教師が同一素材を使いながら、各自の「自然なスタイル」で教えることが許されており、しかも子どもの側では行動的なメタ認知の指標(再学習選択・自信度評定)を直接測定しています。これはメタ認知研究の中でも比較的まれな設計であり、自己報告による方略使用の限界(Cromley & Azevedo, 2006が指摘するように、自己報告は実際の行動と一致しないことが多い)を回避しています。この点だけでも、本研究は方法論的に一段上の貢献をしていると言えるでしょう。
研究の限界と今後の課題
もちろん、本研究にも限界はあります。まず教師のサンプルが21名と少なく、統計的なパワーには制約があります。また、測定は指導直後に限られており、長期的な効果については不明なままです。さらに、シークレットコードという課題が日常の教室場面を十分に代表しているかという問題もあります。
加えて、コーディングの重複(たとえば認知方略指導と教師主導実践は50%重複)が示すように、「何を教えるか」と「どう教えるか」は現実には切り離せないことも多く、それぞれの独立した効果を正確に分離することの難しさも残ります。研究者たちはこれらの点を誠実に議論しており、今後の研究への橋渡しとして機能しています。
特に今後の課題として重要なのは、知性・ワーキングメモリ容量などの個人差変数を共変量として組み込んだ研究の必要性と、より複雑な教科(理科の概念理解、英語のリーディングなど)における教師指導の効果検討です。日本の文脈でも、この種の研究デザインを応用した追試・発展研究が強く求められます。
おわりに―教師の「問いかけ方」が子どもを変える
本研究が最終的に伝えていることは、シンプルでありながら深いメッセージです。子どものメタ認知を育てるのは、「何を教えるか」だけではなく、「どのように教えるか」が決定的に重要だということです。授業の内容がどれだけ優れていても、教師が全部説明してしまえば、子どもは受け取るだけになってしまう。少し余白を残して、「あなたはどう思う?」「自分でやってみよう」という問いかけをするだけで、子どもたちの自律的な学びの姿勢が育まれる可能性があるのです。
これは英語教育でも全く同じです。英単語を「教えてもらう」生徒と、「自分で確認して、足りないところを自分で選んで練習する」生徒の差は、数年後に大きな学力差となって現れます。van Loon らの研究は、その差の根を、教室の中の教師の言葉と実践に求めています。教師にとっての真の専門性とは、正確な知識を伝える力だけでなく、子どもが自分で学べるように環境を整える力でもあることを、この研究はあらためて教えてくれます。
van Loon, M. H., Bayard, N. S., Steiner, M., & Roebers, C. M. (2021). Connecting teachers’ classroom instructions with children’s metacognition and learning in elementary school. Metacognition and Learning, 16(3), 623–650. https://doi.org/10.1007/s11409-020-09248-2
