語彙習得の研究は、英語教育の世界で長い歴史を持ちます。単語をどう覚えるか、どんな方法が効果的かというテーマは、教師なら誰しも一度は真剣に考えたことがあるはずです。本稿で取り上げるのは、Alaa AlahmadとAnouschka Foltzによる研究 “Effects of Language Skills and Strategy Use on Vocabulary Learning Through Lexical Translation and Inferencing”(2020)です。この論文は、アラビア語を母語とするサウジアラビアの大学生を対象に、文脈からの意味推測(語彙的推測)と辞書使用(語彙的翻訳)という二つの代表的な語彙学習ストラテジーが、どのような条件のもとで語彙習得に貢献するかを縦断的に検討したものです。研究の細部に踏み込む前に、まずこの研究が何を問い、何を明らかにしようとしたのかを整理しておきましょう。
語彙学習ストラテジーとは何か―基本的な枠組みの整理
英語の授業を受けていた頃を思い出してみると、わからない単語に出くわしたとき、すぐに辞書を引く人もいれば、前後の文脈から意味を想像しようとする人もいたのではないでしょうか。本研究が着目するのはまさにそこです。Schmitt(1997)の分類に従い、語彙学習ストラテジー(Vocabulary Learning Strategies, VLS)は「発見ストラテジー」と「定着ストラテジー」に大別されます。前者は新しい単語の意味を明らかにしようとする行動、後者はすでに学んだ意味を長期記憶に定着させようとする行動です。本研究はこのうち発見ストラテジーに属する「語彙的推測(lexical inferencing)」と「語彙的翻訳(lexical translation)」に焦点を当てています。語彙的推測とは文脈の手がかりを用いて意味を推測することであり、語彙的翻訳とは辞書などの言語資源から意味を得ることです。どちらも日常の英語学習でごく自然に使われる方法であり、その優劣や有効性については長年にわたって議論が続いてきました。
研究者の一人であるAlahmadはバンガー大学(Bangor University)で博士号を取得しており、サウジアラビアの英語学習者の語彙習得に関するいくつかの研究を積み重ねてきた経歴を持ちます。もう一人のFoltzはオーストリアのグラーツ大学(University of Graz)に籍を置く言語学者で、第二言語習得の実証研究を専門としています。二人のコラボレーションは、現場感覚と実験的厳密さを兼ね備えた研究として結実しています。
研究の設計―縦断的アプローチが持つ意味
本研究の最大の特徴は、縦断的デザインを採用した点にあります。従来の多くの研究は、ある時点での語彙サイズとストラテジー使用の相関を調べる横断的なものでした。しかしそれだと、「ストラテジーを使うから語彙が増えたのか」「語彙が多いからストラテジーをうまく使えるのか」という因果関係が判然としません。ちょうど「英語が得意だからTOEICのスコアが高いのか、TOEICの練習をしたからスコアが上がったのか」という議論に似ています。本研究はこの問題に対し、事前テスト・トレーニング・遅延後テストという三段階の設計で応えようとしました。
参加者は61名のサウジアラビア人英語専攻の学部上級生で、全員が母語アラビア語話者です。彼らは事前に語彙サイズテスト(XK_Lex)と語彙翻訳課題を受け、その後二回のトレーニングセッションで、ある単語については文脈から意味を推測するよう、別の単語については辞書で調べるよう指示されました。さらに事前に英語力自己評価アンケートとVLSアンケートが実施されました。このように多層的な測定を組み合わせることで、各要因の独立した影響を切り分けようとする設計は、研究の精度という観点から高く評価できます。
ストラテジー使用と語彙サイズの関係―見えてきた複雑な構造
研究の第一の問いは「VLSの使用は語彙サイズと関連しているか」というものでした。分析の結果、いくつかの興味深い知見が得られました。まず、文脈から意味を推測するストラテジーを多く使うと報告した学習者ほど、事前テストの語彙サイズが大きかったことが示されました。これは先行研究と一致する知見ですが、依然として「語彙が多いから推測しやすい」のか「推測するから語彙が増える」のかという問いへの答えは一義的ではありません。
一方、バイリンガル辞書(英語・アラビア語辞書)の使用頻度が高い学習者ほど、研究期間中の語彙サイズの増加が大きかったことも示されました。これは辞書使用が語彙増加に直接貢献することを示唆する結果であり、「辞書はもう古い」という一部の議論に対する反論になりえます。辞書、とりわけスマートフォンアプリ形式で手軽に使えるバイリンガル辞書は、今の学習者にとって非常に身近なツールです。この知見は、辞書の活用を教育的に推奨することの根拠となりうるでしょう。
また、教師に単語の意味を尋ねるストラテジーについては、語彙サイズとの間に興味深い逆U字型の関係が示唆されました。語彙サイズが中程度の学習者(本研究の対象者に相当)では、教師への質問頻度が高いほど語彙サイズが小さかったのです。これは直感に反するように思えますが、語彙が少ない段階ではむしろ質問しにくい(自信がない)、ある程度増えた段階で積極的に質問できるようになり、さらに増えると質問の必要がなくなるという発達的変化として解釈できます。
推測か辞書か―習熟度の差が生む分岐点
本研究で最も注目すべき知見の一つは、語彙的推測による学習効果がストラテジーへの習熟度に依存していた点です。具体的には、文脈推測ストラテジーをよく使うと報告した学習者は、実際に推測によってより多くの単語を習得したのです。言い換えれば、推測という行為には「慣れ」が必要であり、それを普段からよく使っている人だけがその恩恵を受けられるということです。一方、辞書使用によって学習した単語数については、どのVLSとも有意な関連が見られませんでした。
この非対称性は非常に示唆的です。辞書を引くという行為は、ある程度機械的なプロセスです。調べれば意味が出てくる。しかし推測は違います。単語の前後を読み、文法的な手がかりをつかみ、世界知識と照らし合わせながら意味を構築していくという認知的に高度なプロセスが求められます。Fraser(1999)が示したように、辞書使用の成功率(78%)は推測(52%)を上回りますが、それは一回一回の成功率の話です。長期的な語彙定着という観点では、推測のような深い認知的処理が有利に働く可能性があります。本研究はその「深い処理の効果」が、ストラテジーへの習熟によって初めて引き出されることを示したと言えます。
この結果は、教室での実践に直結します。推測ストラテジーの指導を系統的に行うことで、学習者は語彙習得の効率を高められる可能性があるのです。Mondria(2003)も推測ストラテジーの直接指導が語彙保持に好影響を与えることを報告しており、本研究の知見はその流れを支持しています。
言語スキルと語彙習得―読解力と「メモ取り」の複雑な関係
第三・第四の問いは、英語力の自己評価(聞く・話す・読む・書く)が語彙サイズや語彙習得に関連しているかを問うものでした。読解に関しては、「テキストの主要な考えを認識できる」という自己評価が高いほど、事前テストの語彙サイズも大きいという正の関係が確認されました。これは語彙と読解の深い結びつきを示す多くの先行研究と一致しており、驚くべき知見ではないかもしれません。しかし確実に確認されることには意義があります。
より興味深いのは「授業中のメモ取り」に関する結果です。メモ取りが得意と評価した学習者は事前テストの語彙サイズが大きかったのですが、研究期間中の語彙の伸びは小さかったのです。これは矛盾しているように見えます。しかし研究者たちは巧みにこれを説明しています。元々語彙サイズが大きい学習者は、中級レベルのテキストを使ったトレーニングによって伸びしろが少ない。一方、語彙サイズが小さい学習者は、同じトレーニングで大きな伸びを示せる。これは「天井効果」とも呼べる現象で、テストや教材の難易度に起因するものです。この解釈を受け入れるなら、メモ取りそのものが悪いわけではなく、上級者には上級者に見合ったトレーニングが必要だということが示唆されます。
また、「授業で学術的なトピックを発表できる」という話す力の自己評価が高い学習者ほど、研究期間中の語彙の伸びが大きかったという知見も注目に値します。Koizumi and In’namiの研究が示したように、語彙知識と話す力には密接な関係がありますが、本研究は逆向きの可能性、すなわち話す力が語彙習得を促す可能性も示しています。もっとも、追加の相関分析では、発表能力と英語使用頻度の間に有意な相関はなく、単純に「よく話すから語彙が増える」という説明は退けられています。この結果の解釈はまだ不明瞭であり、今後の研究が待たれるところです。
辞書学習と言語スキル―読解技能の転用という視点
辞書使用による語彙習得と言語スキルの関係については、読解能力の一側面が重要な役割を果たしていることが示されました。「テキストから必要な情報を素早く見つけられる」という自己評価が高い学習者ほど、辞書を使ったトレーニングでより多くの単語を習得したのです。これは興味深い転用効果として解釈できます。テキストをスキャンして情報を見つけるスキルは、辞書の中から適切な訳語を見つけるスキルと重なるのかもしれません。辞書を引くという行為は単純に見えて、実は複数の訳語の中から文脈に合ったものを選ぶという、相応の読解能力を必要とする作業なのです。
一方で、「自分の意見を自由に書ける」という作文能力の自己評価が高い学習者ほど、辞書使用による語彙習得が少なかったという逆説的な結果も出ています。研究者自身もこの結果を「謎めいている(puzzling)」と表現しており、解釈は慎重です。さらなる検証が必要な知見ではありますが、単語習得と書く力の関係が単純ではないことを示唆しており、今後の研究への問いを立てる上で価値ある発見と言えます。
日本の英語教育への示唆―現場でどう活かすか
ここで視点を日本の英語教育現場に移してみましょう。日本の高校や大学の英語教育では、語彙学習の方法についての明示的な指導が十分に行われているとは言い難い状況があります。多くの学習者は単語帳での丸暗記に頼り、文脈推測や辞書活用の仕方を体系的に学ぶ機会が少ないのが実情です。本研究の知見は、そうした現状に対して重要な問いを投げかけます。
まず、語彙的推測ストラテジーは「教えれば効果が出る」可能性が高いということです。本研究では参加者にストラテジーの直接指導は行われませんでしたが、推測ストラテジーを普段からよく使う学習者が、推測によってより多くの語彙を習得したという結果は、普段の授業でこのストラテジーを積極的に使わせることの重要性を示しています。英語の読解授業で、わからない単語に出くわすたびにすぐ辞書を引かせるのではなく、まず前後の文脈から意味を考えさせるという指導は、地道ではありますが語彙習得の素地を育てるという観点から見直されるべきかもしれません。
次に、バイリンガル辞書の積極的な活用を再評価する必要があるということです。英語教育界の一部には、母語への翻訳を介した学習は英語的な思考を妨げるという懸念から、英英辞典の使用を推奨する傾向があります。しかし本研究の参加者ではバイリンガル辞書の使用が最も一般的なストラテジーであり(平均評価2.85)、英英辞典の使用は最も低頻度(平均評価1.68)でした。そして語彙の伸びに寄与したのはバイリンガル辞書の使用でした。母語を使った語彙学習の効率性を示すKroll and Curley(1988)の知見とも一致するこの結果は、英語教育における母語活用の是非を再考するきっかけを与えてくれます。
また、読解力と語彙サイズの相互的な関係は、語彙指導と読解指導を切り離して考えることへの警鐘とも言えます。語彙を増やすことが読解を助け、読解をすることが語彙を増やすという好循環を意図的に設計することが、教師には求められます。語彙を孤立して教えるのではなく、意味のある文脈の中で語彙に触れさせる機会を増やすことが、長期的には語彙習得に有利に働くのです。
研究の限界と今後への課題
もちろん本研究には限界もあります。参加者がサウジアラビアの英語専攻大学生に限られており、日本を含む他の文化・言語背景への一般化には慎重さが必要です。また、語彙サイズの測定に用いたXK_Lex語彙テストは同じものを5週間の間に2回受けており、テスト効果による語彙サイズの過大評価が生じた可能性も研究者自身が認めています。さらに、自己評価アンケートは客観的な語彙力や言語スキルの測定とは異なるため、自己評価バイアスが結果に影響している可能性も否定できません。
語彙的翻訳(辞書使用)による学習効果を規定する要因がVLSの中に見つからなかったという点も気になります。辞書使用は誰でも均等にある程度の効果を示す「民主的な」ストラテジーと言えるのかもしれませんが、それは逆に、特定のスキルや習慣によって差が生まれにくいという意味でもあります。この点をさらに掘り下げる研究が期待されます。
全体的な評価―縦断的研究の積み重ねが持つ価値
本研究の最大の貢献は、語彙学習ストラテジーの「慣れ」が実際の語彙習得に影響するという縦断的エビデンスを提示したことにあります。横断研究では「ストラテジーをよく使う人は語彙が多い」という相関しか示せませんでしたが、本研究は「推測ストラテジーに慣れた人が、推測によってより多く語彙を習得する」というプロセスに踏み込むことができました。これは小さいようで大きな一歩です。教育的示唆の確実性を高める上で、縦断的デザインは欠かせません。
また、四技能(聞く・話す・読む・書く)と語彙習得の関係を同時に検討し、それぞれが語彙サイズや語彙の伸びとどう関連しているかを多角的に示した点も評価されます。読解と語彙の関係は比較的よく研究されていますが、話す力や書く力との関係はまだ不明点が多く、本研究はその複雑さを改めて浮き彫りにしました。
単語を覚えるという行為は、子どもがはじめて「りんご」という言葉を覚える場面から、成人学習者が専門用語と格闘する場面まで、人の一生を通じて繰り返されます。その営みを支えるストラテジーを育てることが、長期的な語彙力の向上につながるというメッセージは、教師にとって極めて実践的です。本研究はその確かな手がかりを与えてくれる、意義深い研究と言えるでしょう。
Alahmadi, A., & Foltz, A. (2020). Effects of language skills and strategy use on vocabulary learning through lexical translation and inferencing. Journal of Psycholinguistic Research, 49(5), 975–991. https://doi.org/10.1007/s10936-020-09720-9
