英語が苦手な学生に「ストラテジー」を教えれば読解力は上がるのか。この問いに対して、コロンビアの地方大学に勤める研究者たちが、体育専攻という一見意外な学生群を対象に、丁寧な混合研究法で挑んだ論文がある。González Ocampo、Betancur Agudelo、Romero Martínez、Gómez Vergaraの4名による本研究は、2024年にReview of Contemporary Philosophy誌に掲載された。コロンビアのUnidad Central del Valle del Cauca(UCEVA)という高等教育機関を舞台に、体育・レクリエーション・スポーツ学科の学生10名を対象として実施されたこの研究は、規模こそ小さいながらも、示唆に富む問題提起と丁寧な実践分析を兼ね備えている。

なぜ「体育学生」なのか

まず、研究の背景を押さえておきたい。コロンビアでは、Law 1651(2013年)によって英語バイリンガル教育が国家目標として掲げられており、高等教育段階ではSaber Proと呼ばれる全国統一試験で英語力が測られる。ところが、同大学の体育学科学生は、この試験の外国語セクションにおいて全国平均を下回る結果を継続的に出しており、しかも英語モジュールへの履修登録を意図的に遅らせる傾向があったという。理由は「英語が嫌い」「自分には関係ない」という意識だ。

この現象は、日本の大学英語教育関係者にとっても決して他人事ではないだろう。保健・体育・福祉系の専攻学生が英語に対して強い苦手意識を抱え、必修の英語科目を後回しにする、あるいは最低限の単位取得だけを目指すという構図は、日本でも広く見られる。研究者たちがこの集団にフォーカスした判断は、教育的に理にかなっている。

研究の核心は、メタ認知的読解ストラテジーと生涯学習(Lifelong Learning)を組み合わせたプログラムの実施効果を検証することにある。メタ認知とは、Flavell(1979)が提唱した概念で、「自分がどのように考え、理解しているかを意識的にモニタリングする能力」を指す。たとえて言えば、地図を見ながら目的地に向かうときに「今自分はどこにいるか」を確認し続けるようなものだ。読解においては「この段落のポイントはわかったか」「わからない語句があるが文脈から推測できるか」といった自己問いかけがこれに相当する。

Isabel Soléのモデルを採用した理由

理論的枠組みとして研究者たちが選んだのは、スペインの教育学者Isabel Soléの読解モデルである。Soléは読解を「読む前」「読んでいる最中」「読んだ後」の三段階で捉え、それぞれに固有のストラテジーを位置づけた。「読む前」には予測・先行知識の活性化、「読んでいる最中」にはキーワードの特定・主旨の把握・理解のモニタリング、「読んだ後」には要約・統合・振り返りが含まれる。このモデルがメタ認知的自己意識の育成と親和性が高く、かつ生涯学習の概念とも接続できるという点が採用の理由として挙げられている。ただし読者としては、なぜ他の読解モデル(たとえばAndersonやCarrellのモデル)ではなくSoléが選ばれたのか、もう少し批判的比較がなされていれば論旨がより強固になったとも感じる。

生涯学習との組み合わせという点も興味深い。UNESCO(1972)以来の「生涯にわたって自律的に学び続ける力」という概念を、英語読解指導に組み込もうとしたのは独創的な試みだ。メタ認知ストラテジーは「今この授業で使えるツール」ではなく「生きていく上で役に立つ道具」として学習者に提示された。学習者がミームを読んで笑えたとき、新聞記事の見出しから内容を予測できたとき、それは教室の外でも機能する学びであるというメッセージが、プログラム全体に貫かれていた。

研究デザインの強みと限界

方法論的には、Creswell(2018)のExplanatory Sequential Design(説明的逐次デザイン)が採用されている。まず量的フェーズとしてMcGraw-Hill(2015)の標準化された読解配置テストを事前・事後に実施し、次に質的フェーズとしてフィールドダイアリーとフォーカスグループを通じてプロセスを分析している。量的結果が質的解釈の方向性を規定するという逐次構造は、実践研究として適切な選択である。

量的結果を見ると、10名の参加者全体でエラー率の平均が32.50%から13.1%へと低下し、改善率は約19.4%に達した。個別に見ると、事前テストで11問のエラーを出していたJulieが事後テストでは2問に減少した事例が特に目立つ。一方で、BradやEleanor、GaleやHirokiのように、一部の問題タイプでは事後テストで新たなエラーが生じたケースもあり、改善が一様ではないことも率直に記述されている。この誠実さは評価できる。

ただし、サンプルサイズが10名という点は、統計的一般化の可能性を著しく制限する。研究者自身もこの点を限界として認めているが、効果量の算出や有意差検定といった推計統計的処理が行われていないため、「有意な改善があった」とは言い切れない。もっとも、アクション・リサーチ的な性格を持つ小規模実践研究として読めば、この点はある程度許容できるし、むしろ質的データの豊かさで補われている部分もある。

質的分析ではGrounded Theory(Strauss & Corbin, 2008)に基づくオープン・コーディング、軸足コーディング、選択的コーディングが実施され、三つの主要カテゴリが抽出された。「メタ認知ストラテジー実施上の困難」「メタ認知ストラテジーと生涯学習介入の可能性」「授業内でのメタ認知ストラテジーの活用」の三つである。この分析の手続きは体系的であり、学生の生の声が適切にコードされて理論的カテゴリへと昇華されている点は評価に値する。

感情と学習の交差点に何があるか

本研究で最も示唆に富むのは、「感情」に関する発見である。参加者の中には、英語の授業への明確な抵抗感を示した学生がいた。フィールドダイアリーに記録されたJulieの発言「Ah, no, this is stressful, I do not like English.」は、外国語学習における情意的障壁(affective barrier)の典型例だ。しかし研究者は、この発言をネガティブな問題として処理するのではなく、「生徒と言語の意味を交渉する機会」として捉え直した。このリフレーミングは、外国語教育における教師の感受性の重要性を改めて示している。

日本の英語教室でも、「英語なんて嫌いだ」「どうせできない」という発言は珍しくない。特に英語との関連性が見えにくい専攻の学生にとって、この感覚は根が深い。研究は、安全な教室環境(safe classroom environment)の構築こそが、こうした情意的障壁を和らげる鍵であると主張する。負の感情を公に表現できる空間があってこそ、学習者は初めてストラテジーを試みる勇気を持てる。この知見は、Krashenの情意フィルター仮説(1982)とも整合するが、本論文ではKrashenへの直接的言及がなされていない点は、やや惜しい。

もう一つの感情的側面として、「喜び」の役割も見逃せない。参加者がミームを見て「全部わからなくてもジョークが理解できた」と気づいた瞬間の興奮が、フィールドダイアリーに生き生きと記録されている。英語の完全な理解がなくても意味は掴める、という体験は、習熟度の低い学習者にとって自己効力感の芽生えにつながる。これはBandura(1997)の自己効力感理論と深く関わる現象だが、ここでも明示的な参照は見当たらない。理論的枠組みをもう少し広げて接続することができれば、論文の学術的寄与がより鮮明になったはずだ。

「時間」という制約の重さ

参加者から繰り返し寄せられた声が「もっと時間がほしかった」というものだった。8回の介入セッションのうち2回は事前・事後テストに使われており、実質的な指導は6セッションにとどまる。メタ認知ストラテジーの習得には、繰り返しの練習と定着のための時間が不可欠であることを考えれば、この時間的制約は深刻だ。Douglas(2016)も指摘するように、時間管理が読解力向上に与える影響は限定的ではあるが実在する。研究者たちは「継続的な練習によってストラテジーの実施時間は短縮され、自動化につながる」と述べており、これは習熟に関する認知科学の知見とも一致している。日本の大学の英語必修科目も概して週1回・15回という限られた枠の中で成果を求められる。この研究の時間的制約は、他国の研究者にとっても共感しやすい現実だ。

生涯学習との接続は機能したか

プログラムの独自性である「生涯学習との統合」は、質的データにおいて実際の効果として現れている。GaleのフォーカスグループでのコメントI think that, let’s say, in the professional field, if you learned something today, tomorrow things will evolve and you can’t stay in that, so you have to keep learning」は、単なる英語学習を超えた自律的学習者としての意識の芽生えを示唆している。JulieのI think, this is going to be a good tool that will be useful in our degrees and in our daily life」というコメントも、プログラムの意義を学習者自身が実感したことを示している。

ただし、生涯学習の概念がプログラムの中でどのように具体的に実装されたか、その操作的定義が論文全体を通してやや曖昧なままである点が気になる。「生涯学習を意識させる活動」と「メタ認知ストラテジー指導」がどのように区別され、どのように連携したのかについて、より明確な記述があれば再現可能性が高まっただろう。先行研究との比較においても、Širca & Sulčič(2005)やChristie & Kumar(2018)といった生涯学習研究への参照はあるものの、それらとの差別化や方法論的位置づけがもう少し踏み込んで議論されると論文の独自性がより際立つ。

日本の英語教育への示唆

本研究が日本の英語教育関係者に投げかける問いは多い。第一に、専攻分野と英語学習の関連性を学習者に気づかせることの重要性だ。体育学生にとって英語のスポーツ科学論文は「自分の世界」にある。日本でも、専攻分野の英語テキストや実際のコミュニケーション場面を素材にした指導が、意欲の乏しい学習者への有効なアプローチになりうる。第二に、メタ認知ストラテジーの明示的指導(explicit strategy instruction)の有効性だ。Razkane & Diouny(2022)も指摘するように、ストラテジーを「教える」ことで読解タスクへの効果的な取り組みが促進される。この視点は、「たくさん読ませれば力がつく」という漠然とした読解指導観への再考を促す。第三に、感情的安全性の確保だ。間違えても恥ずかしくない、苦手でも認められる、という教室文化の醸成が学習効果の土台となる。この点は、心理的安全性(psychological safety)の議論とも重なり、近年の教育研究における主要なテーマの一つだ。

また、本研究が採用したIsabel Soléの三段階モデルは、日本でも「pre-reading・while-reading・post-reading」の枠組みとして知られているが、その活用は主として中等教育段階にとどまることが多い。高等教育における英語読解指導の中で、このモデルを明示的・体系的に組み込む試みは、まだ十分に行われていないと言ってよい。本論文はその可能性を示す実践例として参照価値がある。

研究の誠実さと今後の課題

研究者自身が率直に述べている限界は誠実だ。介入の効果がメタ認知ストラテジーのみによるものか確定できないこと、研究者が教師と観察者を兼ねていたことによるバイアスの可能性、体育学生という特定の集団への限定、読解のみに焦点を当てていることで書く力や話す力への波及効果が検討されていないこと、これらはいずれも今後の研究課題として的確に認識されている。特に、教師と観察者の二重役割(dual role)が研究の客観性に影響しうるという自省は、質的研究における誠実さの証である。

今後の研究としては、より大きなサンプルを用いたコントロール群との比較実験、ストラテジー指導の効果を追跡する縦断的研究、また他の専攻学生や他言語教育文脈への応用可能性の検討などが期待される。特に生涯学習との統合効果を独立変数として設定し直し、メタ認知ストラテジー指導単独との比較研究が行われれば、「組み合わせの効果」が本当にあるのかどうかが検証できる。

小さな研究の大きな誠実さ

10名という小規模の参加者、6回という限られた指導セッション、単一機関での実施。これだけを聞くと「規模が小さすぎる」と感じる読者もいるかもしれない。しかし現場の教師が、目の前の学生の「英語嫌い」という感情と向き合い、その変容を丁寧に記録し、理論と接続しながら実践知として結晶化させようとした努力は、それ自体に意義がある。完璧な研究デザインより、誠実な実践報告の方が教育現場に響くことがある。本研究はまさにそのタイプの論文だ。

英語を「苦手」と感じる学生に、ストラテジーという「道具」を渡す。そして「この道具は今だけでなく、これからもずっと使える」と伝える。それが生涯学習との接続である。規模は小さくとも、この研究の問いかけは、英語教育に関わるすべての実践者に届くものを持っている。


González Ocampo, D. K., Betancur Agudelo, J. E., Romero Martínez, G., & Gómez Vergara, W. (2024). The impact of metacognitive reading strategy instruction on English language lifelong learning: A mixed methods study with physical education students. Review of Contemporary Philosophy, 23(2), 7438–7454.

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By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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