英語を「正しく」話すとはどういうことだろうか。多くの日本人英語学習者にとって、その答えは長らく「ネイティブスピーカーのように話すこと」だった。アメリカ英語やイギリス英語を模範とし、自分のなまりや言い回しを「誤り」として恥じる感覚は、日本の英語教育の現場に深く根を張っている。ところが今、世界の英語使用の実態はまったく異なる様相を呈している。英語を母語としない話者同士が、共通語(リンガフランカ)として英語を使ってコミュニケーションをとる場面が、ビジネスでも学術でも観光でも、圧倒的多数を占めているのだ。
この現実と教室の間に横たわる溝を埋めようとする研究が、近年「グローバル英語(Global Englishes)」研究として急速に発展してきた。そして本稿で紹介する論文は、その最前線に立ちながら、さらにAIチャットボットと3Dメタバースという最新技術を組み合わせるという大胆な試みに挑んだものである。
論文の概要―何を、誰に、どうやって研究したのか
この研究はSeongyong Lee(ノッティンガム大学寧波校)、Jaeho Jeon(インディアナ大学ブルーミントン校)、Hohsung Choe(韓国外国語大学校)の三名によって実施され、2025年にTESOL Quarterlyに掲載された。著者たちはそれぞれ第二言語教育、AIと言語学習、世界英語(World Englishes)の分野で実績を持つ研究者である。
研究の舞台は韓国の大学で、英語教師を目指す97名の学部生が参加した。参加者は三つのグループに分けられた。一つはグローバル英語に関する特別な指導を受けない対照群(32名)、もう一つは多様な英語変種についてリサーチし発表する「プレゼンテーション課題グループ」(31名)、そして三つ目がAIチャットボットを3Dメタバース空間で使ってさまざまな英語話者と対話する「AIチャットボットグループ」(34名)だ。16週間の授業を通じて前後アンケートを実施し、最後にフォーカスグループインタビューも行うという、混合研究法が採用された。
測定した概念は六つある。自分の英語の受容(ALE)、他者の英語の受容(AOE)、ネイティブスピーカー規範への信奉(NS)、英語リンガフランカ(ELF)コミュニケーションへの自信(CELF)、ELFコミュニケーションへの意欲(ELFI)、そしてグローバル英語教授法(GELT)を授業に取り入れる意欲(WGT)の六つである。これらを7段階のリッカート尺度で測り、共分散分析(ANCOVA)で統計的に比較した。
AIチャットボットとは何か―技術の仕組みを読み解く
ここで少し立ち止まって、この研究で使われたAIチャットボットの仕組みを説明しておきたい。研究者たちはオーストラリア、シンガポール、フィリピン、中国、タイ出身の5人の英語話者を「モデル」として選び、それぞれの話者の声や表現を再現したチャットボットを作成した。チャットボットはテキストベースのものから始まり、音声認識を使った対話型のものへと段階的に進化し、3Dメタバース空間内のアバターとして学生に話しかける形式へと発展していった。
ただし、当時の自然言語処理(NLP)技術の限界から、チャットボットの応答は完全に自律的なAIによるものではなく、「ウィザード・オブ・オズ(WoZ)」法というアプローチが採用された。これは、参加者には本物のAIと対話していると信じさせながら、実際には人間のオペレーターが裏でチャットボットを操作するという手法だ。映画の「オズの魔法使い」でカーテンの裏に隠れて魔法使いを演じているあの場面に例えるなら、まさにそのような構造である。研究倫理上の問題もないわけではないが、現時点の技術的制約を考えると現実的な選択肢であり、研究者たちもこの点を正直に限界として記述している。
驚くべき結果―数字が語る意識の変化
結果は明快だった。プレゼンテーション課題もAIチャットボット課題も、どちらも六つすべての指標において、対照群と比較して有意に高いスコアを示した。つまり、グローバル英語についての意識を育てるためには、何らかの積極的な介入が有効だということが、統計的に裏付けられたわけだ。これ自体はGaloway and Rose(2018)やBoonsuk et al.(2022)らの先行研究とも整合しており、うなずける話である。
しかし特に注目すべきは、ELFコミュニケーションへの自信(CELF)と意欲(ELFI)という二項目において、AIチャットボットグループがプレゼンテーショングループを統計的に有意に上回っていたことだ。ELFへの自信については両グループの調整済み平均値がそれぞれ5.96と4.94であり、意欲については6.25と4.84という大きな差がついた。これはつまり、多様な英語について調べて発表するだけでなく、実際にその英語と対話するという体験が、「自分もこういう英語話者と話せる」という確信と「話したい」という気持ちを格段に育てるということを示している。
インタビューデータはこの数字をさらに豊かに肉付けしてくれる。AIチャットボットグループのある参加者は「シンガポール英語に親しめた。シンガポール人と本当に話しているみたいで楽しかった」と語り、別の参加者は「自分の韓国英語が外国人とのコミュニケーションで通じたのが驚きだった」と振り返った。「完璧なネイティブ英語を話さなくても大丈夫だ」という感覚の解放は、多くの参加者が共通して経験したようだ。
ネイティブ信仰という根深い問題
この研究が日本の英語教育関係者にとって特に刺さるのは、ネイティブスピーカー規範への信奉(native-speakerism)をめぐる議論ではないだろうか。韓国の参加者たちは、研究開始前の段階では「英語はネイティブスピーカーの言語であり、学校でもネイティブの先生から教わるのが当然」という意識を強く持っていた。プレゼンテーション課題もAIチャットボット課題も、統計的にはほぼ同程度にこのネイティブ信仰を弱める効果を示した。しかしインタビューでは、将来の英語教師という自分のアイデンティティに引っ張られ、「グローバルには非ネイティブ英語を認めるけれど、教師としては標準英語を身に付けなければ」という葛藤を吐露する声も少なくなかった。
これは韓国だけの話ではない。日本でも英語教員採用試験の評価基準、教科書に登場する英語の種類、ALTを通じた「ネイティブ接触」への過度な期待など、制度的なネイティブ信仰は根強い。グローバル英語の理念が個人の意識変容を促しても、それを取り巻く社会的・制度的構造が変わらなければ、教室での実践は限られてしまう。この論文がその葛藤をデータとして捉えていることは、研究の誠実さを示していると同時に、日本の実情を考えるうえでも重要な視点を提供している。
CA-GELTアプローチという理論的貢献
この研究のもう一つの重要な貢献は、「コンピュータ支援グローバル英語教授法(CA-GELT)」という概念的枠組みを提案したことだ。従来のコンピュータ支援言語学習(CALL)は、主にネイティブスピーカーの音声を模範として採用してきた。自動音声認識(ASR)技術の多くが非ネイティブ英語を認識しにくいのはその典型例であり、Lee and Jeon(2023)はこの問題をELTの観点から批判的に論じている。CA-GELTアプローチは、こうしたCALLの「ネイティブ英語偏重」という盲点にグローバル英語の視点を組み込もうとするものだ。
具体的には、AIチャットボットや生成AI(ChatGPT、Bard、DALL-E3など)、バーチャルリアリティ、メタバースといった先端技術を、単なる言語練習の道具としてではなく、多様な英語変種への接触とELFコミュニケーションの体験を促すための媒体として位置づける。この発想の転換は、技術と教育目標の関係を根本から問い直すものであり、今後の研究への方向性として非常に示唆に富んでいる。
ただし率直に言えば、この「CA-GELTアプローチ」はまだ概念的な提案の段階であり、その理論的輪郭はこの一論文では十分に描き切れていない。どのような技術的設計原則がGELTの目標に最も適合するのか、教師はどのようにトレーニングされるべきか、カリキュラム全体との整合性をどう図るかなど、今後の実証研究が積み重ねられて初めて「アプローチ」と呼ぶに値するものになるだろう。それは研究の欠点というよりも、この研究が開いた問いの豊かさを示しているとも言える。
方法論上の誠実さと限界
準実験デザインを採用し、事前・事後テストと対照群を設けている点は、先行研究の多くが持つ比較基準の不在という弱点を克服している。Rose et al.(2021)がグローバル英語研究における技術活用の実証的エビデンスの乏しさを指摘していたことを踏まえれば、この設計は方法論的に一歩前進していると評価できる。
一方で、WoZ法の使用は研究の内的妥当性を下げうる。参加者は自分が「AIと話している」と思っているが、実際には人間のオペレーターが応答を制御しているわけで、その体験はAI技術そのものの効果を測定したとは厳密に言えない。研究者たちはこれを正直に限界として記述しており、将来的には高度なNLP技術を用いた真のAIチャットボットで追検証することを求めている。この姿勢は研究者として誠実であり、読者への信頼にも繋がっている。
また、参加者が韓国人の英語教員志望者に限定されていることも、外部妥当性の課題となる。英語に対する社会的・文化的態度は国や地域によって大きく異なり、アメリカ英語への経済的依存度が高い韓国と、同様の傾向を持ちながらも独自の文脈を持つ日本とでは、同じ介入が同じ効果をもたらすとは限らない。日本の教育現場で同様の研究を行うことの意義は、まさにここにある。
日本の英語教育現場への問いかけ
この論文を日本の英語教育の文脈に引き寄せて考えると、いくつかの問いが浮かぶ。まず、日本の英語教師養成課程で、グローバル英語の多様性や自分たちの「日本英語」の価値についてどれだけ扱われているだろうか。文部科学省の学習指導要領では「グローバルな視点」が謳われているが、その実態は依然として標準アメリカ英語やイギリス英語を模範とした指導が主流ではないか。
また、日本でもAIを活用した英語学習ツールが普及しつつあるが、それらはほぼ例外なく英米のネイティブスピーカーの音声を採用している。音声認識システムが「日本語訛りの英語」を正確に認識できないという問題は、多くの英語教師が日常的に経験していることだ。CA-GELTの観点からすれば、これは技術の欠陥であるだけでなく、教育哲学上の問題でもある。
さらに、この研究が示したように、多様な英語と実際に「対話する」体験が意識変容に大きく貢献するとすれば、オンラインでの国際交流や異文化間コミュニケーションの機会を授業に組み込むことの重要性も再確認される。ALTとの会話を「ネイティブ英語へのアクセス」として価値付けるのではなく、「英語がリンガフランカとして機能する実例」として再定義することも、一つの教育的転換になりうるだろう。
この研究の意義と残された課題
この論文は、グローバル英語への意識を高めるためにAIとメタバースという最先端技術を活用するという新しい試みを、実証的データに基づいて評価した先駆的研究として位置付けられる。特にELFコミュニケーションへの自信と意欲における効果の大きさは、従来の知識伝達型の授業活動に「実際に話す体験」を加えることの重要性を強く示唆している。
残された課題は少なくない。WoZ法を超えた真のAI技術の活用、より多様な学習者集団への適用、長期的な効果の追跡、そして社会制度的な文脈との相互作用の検討などが挙げられる。しかし、課題が多いということは、それだけこの研究が切り開いた問いが豊かであるということでもある。
英語教育の世界では「何が正しい英語か」という問いはいつの時代も議論を呼んできた。ネイティブスピーカーの英語だけが「本物」だという思い込みから教師も学習者も解放されるためには、知識だけでなく体験が必要だ。AIチャットボットとメタバースが、シンガポール英語もタイ英語も韓国英語も等しく「本物の英語」として存在するという感覚的な気づきを促しうるという本研究の発見は、日本の英語教育関係者にとっても、真剣に受け止めるべき一石といえるだろう。
Lee, S., Jeon, J., & Choe, H. (2025). Enhancing pre-service teachers’ Global Englishes awareness with technology: A focus on AI chatbots in 3D metaverse environments. TESOL Quarterly, 59(1), 49–74. https://doi.org/10.1002/tesq.3300
