はじめに―辞書を引くことの意味

学生のころ、英語の授業で「わからない単語は必ず辞書を引きなさい」と言われた記憶がある方は多いのではないでしょうか。先生の言う通りに辞書を引き、意味を書き写し、翌朝には半分忘れている。その繰り返し。あの経験は、語彙学習がいかに個人的な営みであり、同時にいかに体系化しにくいものであるかを、身をもって教えてくれています。本稿でとりあげるAlmosaの論文”A Look into the Effectiveness of Vocabulary Learning Strategies by Foreign Language Students in Undergraduate Classes”(2024)は、まさにその問いに正面から向き合った研究です。

筆者のAbdulrahman Almosaはサウジアラビアのキング・カリード大学言語翻訳学部英語学科に所属する研究者です。本論文はハーシマイト大学とキング・カリード大学の科学研究部門の助成を受けて実施された大規模な語彙学習ストラテジー調査の成果であり、国際学術誌Migration Lettersの2024年特別号(Volume 21, No. S1)に掲載されています。Migration Lettersは移民・移動・多文化社会に関わる諸問題を扱う査読誌であり、その特集テーマは「移動する人々と言語・教育の交差点」とも言えます。外国語として英語を学ぶアラビア語話者の大学生を対象にした本研究は、そうした越境的な文脈にまさに位置づけられる研究です。

研究の骨格―Schmittの分類を基盤として

本研究が理論的な支柱として採用しているのは、Schmitt(2000)がVocabulary in Language Teachingの中で提唱した「語彙学習ストラテジー(Vocabulary Learning Strategies、以下VLS)」の分類体系です。Schmittは語彙習得に関わるストラテジーを五つのカテゴリに整理しました。第一に「決定ストラテジー(determination strategies)」、つまり辞書を引いたり文脈から意味を推測したりする、独力で語義を確定しようとする方略です。第二に「社会的ストラテジー(social strategies)」、教師や仲間に尋ねるなど他者との相互作用を通じた学習です。第三に「記憶ストラテジー(memory strategies)」、新しい語を既知の概念と関連づけて定着させる方法です。第四に「認知ストラテジー(cognitive strategies)」、繰り返し書くや音読、単語リストの作成など、機械的・反復的な処理を伴う方法です。そして第五に「メタ認知ストラテジー(metacognitive strategies)」、自分自身の学習プロセスを監視・評価しながら、計画的に語彙習得を進める上位の方略群です。

Almosaはこのうち三つ、すなわち決定・認知・メタ認知の各ストラテジーに焦点を当て、230名のアラビア語圏の大学生(外国語教育専攻150名、翻訳学専攻50名、言語学・文学専攻30名)を対象に、Schmittが開発した語彙学習ストラテジー質問紙(VLSQ)をもとに作成した20項目のリッカート尺度調査を実施しました。参加者の75.7%が女性であり、年齢層は20歳から39歳と幅広く、オンライン形式で回答を収集しています。分析手法としては頻度・パーセンテージ・平均値という基本的な記述統計が用いられました。

結果の概要―「検索」が辞書に取って代わった時代

調査の結果、最も多く使われていたのはメタ認知ストラテジーであり、全体の約51%を占めました。中でも突出していたのが「インターネットの利用」で、実に96%以上の参加者が頻繁に使用していると回答しています。次いで「自由読書(unrestricted reading)」が約91%、「確立された単語リストの利用」が約85%、「辞書の使用」が約84%という順でした。一方で、最も利用率が低かったのは「フラッシュカード(市販の単語カード)」の14.34%であり、「講師への相談」も17%にとどまるという、やや寂しい結果が出ています。

決定ストラテジーでは、「アラビア語―英語辞典の使用」が98.70%という圧倒的な高さを示しました。「文脈から語義を推測する」が92.17%、「英語―アラビア語辞典」が81.73%と続きます。認知ストラテジーでは、「書いて繰り返し覚える」が99.13%と最高値を記録しており、「語彙リストの作成」(94.78%)や「文脈から語を拾う」(95.65%)も高い利用率を示しました。逆に「1文字だけ変えて新しい語を作る」という創造的な操作は16.95%、「音読による反復」も25.65%と低い水準でした。

この結果からAlmosaが導く結論は明快です。メタ認知ストラテジーが最も多用されており、認知ストラテジーの利用が最も少ない。したがって、特に認知的ストラテジーの活用を促す指導が必要である、というものです。

批評その一―方法論の誠実さと、残された問いかけ

論文の方法論的な強みは、Schmittの枠組みという実績ある理論基盤を採用している点、および既存研究との継続性を重視している点にあります。Ghalebi and Mohammed(2020)、Hamza et al.(2017)、Wu(2019)など複数の先行研究でも同じ質問紙が用いられており、本研究の結果との比較が可能になっています。量的アプローチを選択した理由も、外国語能力が不十分な参加者の視点の歪みを防ぐという観点から一定の合理性があります。

しかし、率直に言えば、本研究には方法論上の懸念点がいくつかあります。まず、本研究が調査したのはストラテジーの「使用頻度」であり、「有効性(effectiveness)」ではない、という根本的な問題があります。タイトルに”effectiveness”という語が掲げられているにもかかわらず、論文の内容は「どのストラテジーがよく使われているか」という使用率の調査に終始しています。96%がインターネットを使っているという事実は、インターネット利用が語彙力を高めていることを証明するわけではありません。頻繁に使われているからといって、それが効果的である、という論理の飛躍はやや気になります。

また、参加者の言語習熟度(beginner/intermediate/advanced)についての言及は研究目的の中にあるものの、分析においてはその区分が十分に活かされていません。「全体として」メタ認知が多く使われた、という記述はありますが、熟達度レベルごとにストラテジー使用パターンがどう異なるかという分析は、本論文の中では詳細に展開されていないのです。Jafari and Kafipour(2013)のように習熟度別の比較を丁寧に行った先行研究と比較すると、この点はやや物足りなく感じます。

さらに、社会的ストラテジーと記憶ストラテジーが質問紙の対象から外れているという点も気になります。Schmittの5分類すべてを扱うと述べながら、実際の分析では三つのカテゴリに絞っており、その理由の説明が十分ではありません。

批評その二―「インターネットで調べる」はメタ認知か

本研究で最も議論を呼びそうな点は、「インターネットの使用」をメタ認知ストラテジーに分類していることです。Schmittの枠組みでは、メタ認知ストラテジーは「自己の学習プロセスを意識的に監視し、評価し、調整する」能動的な自己制御の方略です。インターネットの検索やオンライン翻訳ツールの使用は、確かに現代的な語彙習得手段ですが、それが真にメタ認知的かどうかは、その使い方によります。検索結果をそのままコピーして終わるのであれば、それは決定ストラテジーに近いとも言えますし、自分の学習状況を振り返りながら計画的に使っているのであれば、メタ認知的と言えるかもしれません。道具そのものではなく、その使い方がストラテジーの性質を決めるのだ、という視点が本論文ではやや薄い印象を受けます。

この問いは、翻ってみれば日本の現場でも非常に切実です。今の大学生はわからない英単語に出くわすと、紙の辞書ではなくスマートフォンでDeepLやGoogle翻訳を即座に参照します。その行動を「語彙学習ストラテジー」の文脈でどう位置づけるか、教師はどう指導するか、これはAlmosaの論文が問い残した重要な宿題でもあります。

批評その三―99%が「書いて覚える」という事実の重さ

認知ストラテジーの中で「単語を繰り返し書いて覚える」が99.13%という驚異的な使用率を示したことは、特筆に値します。230人中228人が、この古典的な反復書写を語彙習得の手段として用いているのです。Schmittの枠組みでは、これは「浅い処理(shallow processing)」に分類される傾向にあります。すなわち、語の形と意味を機械的に結びつけるだけで、語のネットワーク的な意味理解や産出的な活用には至りにくいとされています。

Gounder(2015)が指摘したように、熟達した学習者は文脈的な手がかりに注意を向け、形式と意味の両方を意識して語を学ぶ傾向があります。対して、習熟度の低い学習者は辞書を引くことを避け、文脈の手がかりを無視するという受け身の姿勢を示しがちです。本研究の参加者が全般的に反復書写を多用し、一方で「語の品詞から意味を推定する(19.13%)」「1文字変えて別の語を作る(16.95%)」といった語構成への意識的な接近を避けている構図は、習熟度が全体として中程度以下の集団である可能性を示唆しているかもしれません。ただし、この解釈を確認するためには、やはり習熟度別の分析が必要です。

日本の英語教育への示唆―「先生に聞かない」という現象

本研究の結果の中で、日本の英語教育関係者が最も考えさせられるべき発見の一つは、「講師に語彙学習上の困難について相談する」という社会的ストラテジーの使用率が17%にとどまったという事実でしょう。裏を返せば、83%以上の学習者が、語彙に困っても教師のところへは行かないということです。

これは日本でも全く同じ状況ではないでしょうか。英語の授業中にわからない単語があっても手を挙げる学生はほとんどいませんし、授業後に質問に来る学生もわずかです。Almosaはこの結果について「外国語教師はもっと親しみやすくある必要があるかもしれない」と示唆しています。この一文は、ぶっきらぼうに見えて実は深い問いを含んでいます。教師が敷居を下げることと、学習者が自律的に語彙を習得する力を育てることは、矛盾するのか、それとも両立するのか。

自律学習(learner autonomy)の観点からすれば、語彙習得において学習者が独力で戦略を駆使できるようになることは重要な目標です。Nirattisai and Chiramanee(2014)が指摘するように、VLSの実践は学習者の自己決定・自立・自己誘導の力を高めます。しかし、そのためには教師による明示的なストラテジー指導が不可欠であるという逆説があります。教師に頼らない力を育てるために、まず教師が指導しなければならない。日本の英語教育において、こうした「橋渡し指導」の実践は十分に行われているでしょうか。

関連研究との対比―何が新しく、何が古いか

Almosaの研究は、既存研究の流れの中でどのように位置づけられるでしょうか。メタ認知ストラテジーが最も多用されているという発見は、Asgari and Mustapha(2011)、Jafari and Kafipour(2013)、Manuel(2017)、Wu(2019)といった先行研究とほぼ一致しています。この一貫性は、アラビア語圏に限らず、外国語学習者が全般的にメタ認知的な語彙習得を好む傾向を示唆するものとして注目に値します。

一方、本研究の独自性は、サウジアラビアの大学における外国語学習者(英語・フランス語を含む多様な言語を学ぶ学生)という特定の文脈に焦点を当てている点にあります。特に、アラビア語―英語辞典が98.70%という圧倒的な利用率を示していることは、母語と目標言語の類型論的距離が学習ストラテジーの選択に影響することを示唆しています。アラビア語と英語はその文字体系・音韻体系・語順いずれの点でも大きく異なるため、双方向辞書への依存度が高くなることは自然であり、これは日本語話者の英語学習者の状況とも相似形を描いていると言えます。

ただし、既存研究との違いを際立たせる努力が本論文ではやや不足しています。先行研究との一致を確認することに紙幅の多くが割かれており、先行研究とどこが違うのか、なぜ違うのか、という批判的な対話が展開されにくい構成になっています。学術論文においては、自らの発見が既存の知見をどう更新・精緻化するかを明示することが求められますが、その点での貢献はやや限定的です。

学術的考察―ストラテジー研究の構造的な問い

VLS研究全般に向けられてきた批判の一つに、「ストラテジーを使っているかどうかを自己報告させても、実際の語彙力との関係は必ずしも明確ではない」という指摘があります。本研究もまさにこの限界の内側にあります。リッカート尺度への回答は、学習者の自己認識を測定するものであり、実際の語彙知識や習得の成果を直接反映するものではありません。「いつも書いて覚える」と答えた学生の語彙サイズが実際に大きいのかどうかは、本研究のデザインからは導けません。

より深く踏み込むならば、語彙学習ストラテジーの研究が目指すべき次の段階は、ストラテジーの使用と語彙習得の結果とを結びつける縦断的・実験的なデザインの採用です。Nosratinia, Abbasi, and Zaker(2015)が論じたように、自律性と批判的思考は語彙ストラテジーの効果を媒介する可能性があります。こうした心理的変数を取り込んだより精緻なモデルを構築することが、次世代のVLS研究の課題と言えるでしょう。

また、本研究は質問紙調査という方法論の特性上、参加者がどのような状況でそのストラテジーを使ったのか、どれくらいの時間をかけたのか、その結果どのくらい語が定着したのかという「プロセス」が見えません。語彙習得は単なる入力と出力の問題ではなく、注意・精緻化・検索練習という認知的プロセスが絡み合うダイナミックな営みです。その複雑さを捉えるためには、think-aloudプロトコルや学習日誌(language learning diary)といった質的手法との組み合わせが有効であり、Almosaが今後の課題として挙げている「代替的なデータ収集方法の採用」は、まさにこの方向を指しています。

おわりに―「覚え方を覚える」教育へ

語彙を教えることと、語彙の覚え方を教えることは、実は全く異なる営みです。前者は知識の転移であり、後者はストラテジーの育成です。本研究が最終的に訴えているのは、後者の重要性です。特に、利用率の低い認知ストラテジー(語構成の分析、音読、語の創造的操作など)や、英語メディアの活用を意識的に促す指導の必要性は、日本の大学英語教育においても切実に響きます。

日本の高校・大学では今も、単語帳を使った暗記や和訳中心の語彙指導が主流です。学習者は多大な時間を語彙の丸暗記に費やしながら、文脈の中でその語を使いこなせないという壁に繰り返しぶつかります。Almosaの論文は、その壁がストラテジーの偏りから来ている可能性を静かに示唆しています。「どんな方法で覚えているか」を教師が把握し、バランスのとれたストラテジー指導を組み込むことが、語彙教育の質を高める一歩になります。

本論文には方法論的な課題も残っており、タイトルが示す「有効性」の検証としては不完全な面もあります。しかし、Schmittの枠組みを実際の教育現場に適用し、大規模なサンプルから具体的なデータを引き出したことは、実践的な貢献として評価できます。何より、「学習者は何をもって語彙を学んでいると思っているか」という問いを丁寧に掘り起こしたことで、教師と研究者の両者に対して、語彙教育を再考する素材を提供しています。

単語を覚えることは、言語学習のほんの入口に過ぎません。しかし、その入口の形が学習者によって大きく異なること、そして教師にはその多様性に寄り添う責任があることを、本研究は改めて思い起こさせてくれます。辞書を引くことの意味を、私たちはまだ十分に問い続けているでしょうか。


Almosa, A. (2024). A look into the effectiveness of vocabulary learning strategies by foreign language students in undergraduate classes. Migration Letters, 21(S1), 14–24.

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By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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