研究の背景と問題意識
英語を外国語として学ぶ(EFL)環境において、「聞く力」はとりわけ教室の外では鍛えにくいスキルです。日本の英語教育でも同じことが言えますが、中東の湾岸諸国でも状況はよく似ています。今回取り上げる論文は、オマーンの大学進学準備プログラム(General Foundation Program、以下GFP)に在籍する成人EFL学習者を対象に、メタ認知方略指導(Metacognitive Strategy Instruction、以下MSI)がリスニング力と学習者オートノミー(自律性)に与える影響を検証したものです。著者はSurya S. Vellanki、Zahid K. Khan、Saadat Mondの三名で、いずれもオマーンの応用科学技術大学(University of Technology and Applied Sciences、ニズワ校)に所属する研究者・実践者です。この研究は2024年にJournal of Pedagogical Researchの第8巻第4号に掲載されました。
Vellankiらはこれ以前にも同様のテーマで研究を発表しており(Vellanki et al., 2022)、特にリモート授業下でのMSIに関する教師側の視点を論じた論文が知られています。今回の研究はその続編とも位置づけられ、教師の視点から学習者本人の視点へと焦点を移した点が大きな特徴です。日本語で「自分の学び方について考える力」と言い換えるとイメージしやすいかもしれませんが、それがメタ認知であり、その指導法を体系的に取り入れた授業実践の効果を準実験デザインで検証しています。
研究デザインと方法論の概要
研究には48名の学生(実験群24名、統制群24名)が参加しました。両群ともGFPの上級レベル(Level 4)に在籍する18〜20歳の学習者で、母語はアラビア語です。実験群にはVandergrift(2004)の課題連続モデルに基づくMSIが13週間にわたって実施されました。統制群は従来通りのリスニング指導を受けました。
データ収集には量的・質的両面のアプローチが採られています。量的データとしては、Vandergrift et al.(2006)が開発した「メタ認知意識リスニング質問紙(MALQ)」と事前・事後のリスニングテストが用いられました。MALQは「計画・評価」「注意の方向づけ」「個人知識」「メンタルトランスレーション(心内翻訳)」「問題解決」の5つのカテゴリーから構成されています。質的データとしては、実験群の学生との半構造化インタビューおよびクラス内ディスカッションの観察記録が活用されました。三角測量(トライアンギュレーション)によるデータの相互検証も丁寧に行われており、研究の妥当性を高める工夫がなされています。
介入前の状況―「とりあえず訳してみる」学習者たち
介入前の両群のMALQスコアを見ると、「計画・評価」「注意の方向づけ」「個人知識」の平均値はいずれも2.5前後と低い水準にありました。一方で「メンタルトランスレーション」だけは3.29(実験群)、3.26(統制群)と相対的に高い値を示しています。これは、学習者が英語を聞きながら自動的にアラビア語に「翻訳」しながら意味を理解しようとしているということです。
この傾向は日本の英語学習者にも非常になじみ深いのではないでしょうか。英語を聞きながら頭の中で日本語に変換しようとするあまり、次の発話についていけなくなるという経験は、多くの人が持っているはずです。Zhai and Aryadoust(2022)も指摘するように、こうした逐語翻訳は作業記憶(ワーキングメモリ)に過大な負荷をかけ、テキスト全体の意味把握を妨げます。介入前の両群に有意差がなかったことは、事前テストでも確認されており(p値 = .593)、両群の比較可能性が担保されています。
MSI介入の効果―数字が示す変化
13週間の介入後、実験群のMALQスコアには顕著な変化が見られました。対応のあるt検定の結果、5つのカテゴリーすべてにおいてp値が0.05を大きく下回り、統計的に有意な改善が認められました。なかでも「計画・評価」(t = 10.758、p < .001)と「注意の方向づけ」(t = 8.208、p < .001)の改善幅が大きく、学習者がリスニング課題に臨む前に目標を設定し、聴取中に集中を維持する能力が顕著に向上したことを示しています。
リスニングテストの得点も同様の傾向を示しました。実験群の平均点は介入前の14.33から介入後の16.33へと上昇し(p < .001)、対して統制群の平均点は13.17から14.12へとわずかに上昇したに過ぎませんでした。介入後の両群間の差はt検定でp = .031と有意であり、MSI介入の効果が統計的に確認されました。また実験群における介入前後のスコア間の相関係数は.890と非常に高く、MSIがすべての習熟度レベルの学習者に一定のプラス効果をもたらしたことが示唆されます。
ただし一点留意すべきことがあります。MALQスコアの向上がテストの得点向上に比例していなかった点です。著者たちはその理由として、テスト不安、不十分な練習量、心内翻訳への根強い依存、そして低習熟度の学習者が意識の向上をパフォーマンスとして発揮できないという現実的な壁を挙げています。意識が変わっても、それが即座にスコアに反映されるわけではない―これは教育現場で広く観察される現象であり、正直に認めている点は評価に値します。
問題解決カテゴリーの「沈黙」が意味するもの
興味深い発見のひとつは、「問題解決」カテゴリーにおいて、実験群と統制群の間に介入後も有意差が認められなかった点です(t = 1.666、p = .102)。著者らはこれを、問題解決スキルの向上にはより長期にわたる実践と強化が必要であるという解釈で受け止めています。確かに、計画や注意の方向づけといった比較的意識化しやすい方略と比べて、問題解決は状況に応じた柔軟な対応を要するスキルであり、短期間での向上が難しいのは理に適っています。13週間という研究期間の制約が、この結果に影響を及ぼしている可能性も否定できません。
学習者の声が語るオートノミーの実感
本研究の質的データ部分は、数字だけでは見えてこない学習者の内面の変化を鮮やかに描き出しています。たとえばある学生(S19)は「今では毎回のリスニング授業の前に、人名、場所、数字、話し手のストレスやトーンに注目するという目標を設定しています」と語っています。別の学生(S23)は「事前に授業を一通り見て、リスニング前の語彙練習で難しい語に注目し、辞書で意味を調べるようにしています」と述べています。
これらの語りは、Holec(1981)が定義した「自分自身の学習を管理する能力」としての学習者オートノミーが実際に育まれていることを示しています。Oxford(2020)が提唱する「目標設定、問題解決、学習素材の選択、自己モニタリング、自己評価」という包括的な自律学習の要素が、学習者の言葉の中に着実に反映されているのです。とりわけ注目されるのは、学習者が自身の弱点を自覚し、それに応じてリソースを選択・活用するようになっている点です。ある学生(S18)は「自分が直面している問題(日付、月、名前のスペルなど)に基づいてリソースを選んでいます。加えて、長い間苦手だったクローズ問題の最後の部分に特に集中するようにしています」と語っています。こうした自己調整的行動は、教師依存から自立へという質的転換を示しており、MSIが単なるテクニックの伝授を超えた深い変化をもたらしていることを物語っています。
日本の英語教育現場への示唆
日本の英語教育の文脈でこの研究を読むと、多くの点で共鳴するものがあります。まず、日本の学習者も「英語を聞きながら日本語に変換する」という行動パターンに強く縛られていることは広く知られています。しかも、その傾向は中学・高校・大学と積み重ねてきた受験英語の学習スタイルに深く根ざしており、簡単には変わりません。本研究が示すように、心内翻訳への依存は意識化しただけでは克服できず、継続的な実践と目標言語への豊富な接触が不可欠です。
次に、日本の教育現場でも「アクティブ・ラーニング」や「主体的・対話的で深い学び」が求められる時代になっていますが、その具体的な実践方法として本研究が示すMSIは非常に有効な手がかりになります。教師が「リスニングとはこういうプロセスだ」と明示的に教え、学習者が自分の聴取プロセスを意識化・言語化する機会を設けること―それが学習者オートノミーを育む土台になるというのが、この研究の核心的なメッセージです。リスニングの授業が「ただ聞いて答え合わせをして終わり」になりがちな現状に対して、強いアンチテーゼとなっています。
また、教師教育の観点からも重要な示唆があります。著者らはMSIを効果的に実施するためには、教師自身がメタ認知方略の知識を持ち、それを授業設計に組み込む技術を習得することが必要だと述べています。これは教員養成課程や研修プログラムの再設計にも関わる問題です。日本でも英語教員の研修は盛んに行われていますが、リスニング指導に特化した方略教育という観点は、まだ十分に意識されていないかもしれません。
関連研究との対話
本研究はVandergrift and Tafaghodtari(2010)やGoh and Vandergrift(2021)の理論的枠組みを継承しつつ、それをオマーンというアラビア語話者が多数を占めるEFL文脈に適用した点が独自性のひとつです。Vandergriftらの先行研究は主に英語圏や欧米のESL文脈での知見に基づいており、アラブ世界での検証は限られていました。Al-Jahwari et al.(2019)による同じオマーンでの研究(Grade 11対象)と本研究(大学進学準備プログラム対象)を合わせて考えると、MSIの効果がオマーンの教育体系全体に通じる普遍性を持ち得ることが示唆されます。
また、Robillos and Bustos(2022)やBermillo and Aradilla(2022)といった東南アジア圏(フィリピン)での研究と比較しても、メタ認知意識の向上とリスニングパフォーマンスの改善という基本的な傾向は一致しています。地理的・言語的背景が異なる複数の文脈でMSIの有効性が繰り返し確認されていることは、この指導法の普及可能性を強く支持するものです。
研究の限界と今後の課題
著者たちは率直に研究の限界を認めています。無作為割り当てが行われていないこと、サンプルサイズが各群24名と小さいこと、研究期間が13週間と比較的短いこと、自己報告データへの依存によるバイアスの可能性、そして対象がオマーンのアラビア語話者EFL学習者に限定されていることなどが挙げられています。
特に外的妥当性の問題は重要です。この研究の知見が日本や他の文脈にそのまま適用できるかどうかは慎重に判断する必要があります。しかし、だからこそ本研究が提示した枠組みと知見を参照点として、日本の文脈でも類似の研究を積み上げていくことに意義があります。日本語母語話者のEFL学習者を対象にしたMSI研究はまだ多くはなく、この分野には研究の余地が十分に残されています。
「わかる」と「できる」の間を埋めるもの
この研究を通じて最も印象に残るのは、「意識が高まっても、それがすぐにパフォーマンスに反映されるとは限らない」という誠実な記述です。授業でMSIを学んだからといって、すぐにリスニングの点数が劇的に上がるわけではありません。学習者の中には、方略の知識を得ながらも、実際の場面で使いこなすことに苦労している様子も垣間見えます。しかしそれでも、学習者が自分の聴取プロセスを言語化し、弱点を自覚し、自分でリソースを探すようになったという変化は、長期的な学習能力の向上という意味で計り知れない価値を持っています。
語学学習は短距離走ではなくマラソンです。MSIが育てるのは、一時的な得点向上よりも、長い学習の道のりを自分で歩き続けるための体力と地図の読み方です。この研究は、そのことを丁寧なデータと学習者の生の声をもって示しています。日本の英語教育に携わる方々にとって、明日の授業設計を見直すきっかけとなる一篇として、ぜひ手に取っていただきたい論文です。
Vellanki, S. S., Khan, Z. K., & Mond, S. (2024). Fostering learner autonomy through explicit metacognitive strategy instruction: A study in the Omani EFL context. Journal of Pedagogical Research, 8(4), 178–201. https://doi.org/10.33902/JPR.202428581
