学習者の自律性とは何か、そしてなぜ難しいのか
「自分で考えて学びなさい」と言われても、何をどうすればいいかわからない。あるいは、頭ではわかっていても、結局は先生の指示待ちになってしまう。こうした経験は、日本の英語教育の現場でも決して珍しくないはずです。授業でペアワークやグループワークを取り入れてみたものの、学生が戸惑って沈黙してしまったり、逆に一部の積極的な学生だけが発言して他は聞いているだけになったりすることは、多くの教員が実感しているのではないでしょうか。
今回紹介するのは、ベトナムのホーチミン市工科教育大学外国語学部学部長であるTin T. Dangによる論文 “Cultural and Situational Constraints on Undergraduate Students’ Performance of Learner Autonomy in EFL Learning”(2024年)です。この研究は、ベトナムという特定のアジア的文脈において、EFL(外国語としての英語)を学ぶ大学生が「学習者自律性」をどのように実践しているか、またそれを妨げたり促進したりする要因は何かを、半構造化インタビューを用いて丁寧に掘り下げたものです。著者のDangはこれまでもベトナムにおける学習者自律性について精力的に研究を続けており、本論文もその積み重ねの上に立つ力作です。
「自律学習」の複雑な多面性
そもそも「学習者自律性(learner autonomy)」とは何でしょうか。Little(1991)による古典的な定義では、自分の学習活動をより効果的にコントロールし、積極的に関与する能力とされています。しかしこの概念は、技術的・心理的・社会文化的・政治批判的という四つの観点から検討されており、それぞれが単独に機能するのではなく相互補完的であることが強調されてきました(Benson, 2006)。Dangはこの点を踏まえながら、近年の「社会的転回(social turn)」と呼ばれる潮流、すなわち個人の内面だけでなく社会文化的文脈の重要性を重視する流れに沿って、本研究を社会文化的理論枠組みで展開しています。
「自律的に学ぶ」というと、何となく「一人でコツコツ勉強する」というイメージを持つ方も多いかもしれません。しかし実際には、仲間と学習グループを作ることも、英語スピーキングクラブに参加することも、自分の学習を振り返ることも、すべて自律学習の一形態です。学習の計画(planning)、実行(monitoring)、評価(evaluating)という三つのプロセスが、学習者自律性の中核を形成するとされており、この研究もその枠組みに沿ってデータを収集・分析しています。
研究の設計と参加者たち
研究の対象は、ベトナムの公立大学に在籍するEFL専攻の大学生11名です。全員18〜19歳で、英語熟達度は上級または中上級レベル。授業は教師主導型が中心で、1クラス45〜55人というかなり大人数の環境でした。教師はマイクを使わないと声が届かないほどで、グループワークやペアワークも時折実施されていたものの、それは授業の主たる形式ではありませんでした。ネイティブスピーカーとの交流も学期に1〜2回程度というのが実態です。
こうした環境の中で11名のボランティア参加者が個別インタビューを受けました。インタビューはベトナム語で行われ、参加者が最も自然に表現できる形を優先しています。インタビューの内容は、過去に行った学習活動、それに対する振り返り、そして将来の学習計画という三つの軸で構成されており、回答の幅を広くとる半構造化形式が採用されました。分析にはテーマ分析が用いられ、コードリストを繰り返し修正しながら意味の抽出が行われています。
11名という規模は決して多くなく、この点は論文自体も暗に認めています。ただ、質的研究においては数よりも深さが重要であり、参加者一人ひとりの学習行動の細部まで丁寧に描かれている点は、本研究の強みです。教育研究の分野では、大規模なアンケート調査でつかめない「なぜそうするのか」という問いに答えることこそ、インタビュー研究の醍醐味といえるでしょう。
好みが学習行動を左右する
分析の結果、学習者自律性のパフォーマンスを媒介する主な要因として、個人的な好み(preference)、動機づけ(motivation)、態度(attitude)の三つが浮かび上がりました。まず「好み」についてですが、これは単なる「好き嫌い」ではなく、その人の性格や生活スタイルと深く結びついています。
たとえば、Student 9は几帳面で計画性が高く、学期初めにセメスター全体の学習計画を立て、さらに週単位のプランも作成していました。一方、Student 10は「計画を立てること自体が自分の性格に合わない」と語り、試験が近づいたときだけ例外的に計画を作るというスタイルです。Student 6に至っては、自分の学習は「心理的な気分に任せる」と述べており、計画とは無縁の学びの姿勢でした。
また、学習の場に対する好みも多様です。Student 2は英語スピーキングクラブの運営委員を務め、対話的な学習を積極的に楽しんでいましたが、Students 5と11は周囲の学習機会を知りながらも、一人で黙々と取り組む独学スタイルを好みました。Student 5は自分の声を録音して聞き直し、Student 11は練習問題を解いて答え合わせをするというかたちで、自己完結型の学習を実践していたのです。
この「好み」の違いは、単に個人の気質によるものだけではありません。Student 7は毎日バスで通学しており、バスの遅延が頻繁なためにたとえ計画を立てても実行できないという状況的制約がありました。Student 3は社交的な活動に引きずられて計画が後回しになると述べています。つまり、「好み」はその人の置かれた状況とも密接に絡み合っているのです。
三種類の動機づけと学習行動の多様性
動機づけについては、三つの源泉が識別されました。一つ目は個人的な興味関心から来る内発的な動機づけです。文学が好きなStudent 6は、英語・ベトナム語の両版を読み比べながら深く作品を味わうという、独自の学習スタイルを築いていました。彼女は友人の成績にはほとんど関心を示さず、自分の興味だけを羅針盤にして動く、いわば「孤高の学習者」でした。
二つ目は友人や仲間の成功から生まれる外発的な動機づけです。ベトナムでは学習成績が公開されるため、学生同士がお互いの成績を把握しているという文化的背景があります。これが比較と競争の動機を生み出し、「友達に負けたくない」「あの人みたいになりたい」という形で学習行動を方向づけます。
三つ目は将来の成功への希望から来る動機づけで、内発と外発の両方の属性を含む複合的なものです。この動機を持つ学生は、学習計画を立て、それを着実に実行しようとする傾向が強く、困難があっても粘り強く継続できるとされています。
これらの動機づけのパターンは、Gardner(1985)やEly(1986)が提唱した内発・外発・動機の強度という概念と照応しており、理論的な裏付けも厚いです。また、Lamb(2010)が指摘したように、動機づけと自律性の関係は一方向的ではなく双方向的であるという指摘とも整合しています。
態度が学習の深さを決める
態度の影響として最も印象的だったのは、教科書に対する見方の違いです。11名のうち9名が「教科書はつまらない」と評価しており、その結果として教科書とは切り離した自主学習を展開していました。Student 11は「教科書に読むべきものは何もない」と断言し、自分で学習計画を立てる方が効果的だと考えていました。一方で、教科書に対してネガティブな見方を持たなかったStudent 5とStudent 6は、教科書中心の学習スタイルを続けていました。
ところがここで重要な逆転が起きます。教科書を「役に立たない」と言っていた9名の学生も、「先生がやるように言ったら必ずやる」と口をそろえて述べたのです。これは表面的には矛盾しているように見えますが、ベトナムの文化的・教育的背景を考えると非常に理解しやすい行動です。教師の指示は「コースの要求事項」であり、従うのは当然という意識が根強く、学習者には「教師がいるところに自律の余地はない」という潜在的な認識があるとDangは指摘しています。
文化的従順さと自律性のジレンマ
この「教師への従順さ」こそが、本論文で最も論考に値するテーマの一つです。日本でも同じことがいえるのではないでしょうか。「先生がこうしなさいと言ったから」という理由で行動することと、「自分がこうしたいから」という理由で行動することは、まったく異なる学習経験を生みます。前者は指示への反応であり、後者が真の意味での自律学習です。
Dangはこの点について、単純に「文化が悪い」とは言いません。むしろ、教師の影響力が大きいということは、裏を返せば「教師が上手に活用すれば学習者自律性を促進できる」ということでもあると論じています。教師が自律学習の価値を理解し、学生に「教師と交渉・議論する余地がある」ということを意識させることで、学習者自律性を育む土壌が作れるというわけです。これは、教師が自律性の「敵」ではなく「仲間」として機能できるという積極的な見方であり、現場の教員にとっても勇気のある解釈といえます。
日本の英語教育現場への示唆
ここで、日本の英語教育の文脈に引き付けて考えてみましょう。ベトナムと日本は異なる国ですが、「教師権威への敬意」「集団内での相対評価」「受験制度に規定された学習観」といった点では驚くほど共通しています。大学の授業でグループ活動を取り入れても、「先生が決めたグループで、決められた課題をこなす」という姿勢にとどまり、自分たちで学習目標を設定するところまでいかないケースは日常茶飯事です。
本研究が示すように、学習者自律性は単に「自由にやらせればよい」という問題ではありません。好み・動機・態度という個人的要因が、状況的・文化的要因と複雑に絡み合って初めて、ある特定の学習行動が生まれるのです。たとえば、英語スピーキングクラブに通いたいと思っていても「一緒に行く友達がいない」「家から遠い」という状況的障壁があれば実現しません。こうした現実は、自律学習を促す際に「環境整備」がいかに重要かを示しています。
また、グループワークの「メンバー編成の問題」についても、本論文は鋭い指摘をしています。日本の教室でもよく見られることですが、仲良しグループを作らせると特定のメンバーに依存してしまい、信頼関係のないグループでは誰も積極的に発言しないという現象があります。本研究でも、Nelson & Carson(1998)やYang et al.(2006)の先行研究を引用しながら、ピアとの協働に対して学習者が懐疑的である場合、自律的な学習行動が妨げられる可能性を示しています。単にグループを作るだけでは不十分で、グループ形成の技法そのものを再考する必要があるということです。
先行研究との対話と本研究の独自性
本研究はいくつかの点で先行研究に対して独自の貢献をしています。まず、ベトナムという特定の社会文化的文脈に根ざしたデータを提供している点は、英語教育研究において依然として西洋中心的な偏りが強い中で、重要な意義を持ちます。Chong & Reinders(2022)が英語学習者自律性に関する研究をスコーピングレビューした結果、アジアのローカルコンテキストに関する実証研究が不足していると指摘していることとも呼応しています。
また、従来の自律性研究が「どんな学習活動をしているか」に着目しがちだったのに対し、本研究は「なぜその学習行動が生まれ、なぜ継続されないのか」という動態的なプロセスを明らかにしようとしている点に特色があります。Basri(2023)の研究が示すように、状況的柔軟性を持つ学習者は多様な文脈に適応できる一方で、自律性の水準が低い学習者にとっては状況の変化が学習の放棄につながりうるという知見とも整合しています。
一方で、批判的に見れば、参加者が11名と少数である点、さらに全員がEFL専攻の学生であるため、英語への興味関心がすでに一定以上あるというバイアスが否定できません。他の専攻の学生や、異なる習熟度レベルの学生ではどのような結果が出るかについては、今後の研究に委ねられています。量的アプローチとの組み合わせや、縦断的な調査によって、本研究の知見がどこまで一般化できるかを検証することも求められるでしょう。
「ホリスティックなアプローチ」が意味するもの
論文の結論部でDangは、「ホリスティックなアプローチ」の必要性を訴えています。これは、好み・動機・態度という三つの要因が独立して機能するのではなく、相互に影響し合いながら学習者の行動を形成するという認識に基づいています。そしてそれらは、個人的要因だけでなく、状況的・社会的要因によっても媒介されるというわけです。
教師に求められるのは、この複雑な相互作用を理解した上で、学生が自分の経験や戦略を柔軟に活用できるような学習機会を設計することです。Damと Legenhausen(2010)が述べるように、学習者が自分のパフォーマンスを振り返り、必要に応じて行動を修正できる機会を継続的に提供することが肝要です。「何をするか」を教えるだけでなく、「なぜするか」「どうすれば自分に合った形でできるか」を一緒に考える授業設計が求められているのです。
日本の大学英語教育においても、カリキュラムの中に「自己評価」や「学習振り返り」のセッションを組み込む試みが増えています。しかしそれが形式的なチェックリストの記入にとどまっている場合は、本当の意味での自律性育成にはなりません。本研究が示すように、学習者が自らの動機・態度・好みを意識化し、それを学習行動に結びつける経験を積むことこそが重要なのです。
学習者を「知る」ことから始まる自律性支援
最後に、この論文が私たちに伝えてくれている最も根本的なメッセージをまとめると、それは「学習者を一括りに扱わないこと」ではないでしょうか。計画を立てる学生、立てない学生、一人で黙々とやりたい学生、仲間と一緒に学びたい学生―それぞれが異なる好み・動機・態度を持ち、異なる状況的制約の中で生きています。教師がそれを知り、認め、それに応じた支援を提供することが、自律的な学び手を育てる第一歩になると、Dangの研究は教えてくれています。
「自律性を育てる」ということは、学習者を放任することでも、自由に何でもやらせることでもありません。文化的・状況的文脈を深く理解した上で、個人の多様性を尊重しながら、学習者が自分のやり方で学びを深めていけるような環境と機会を丁寧に作り上げていくことです。ベトナムのEFL教室から届くこの研究知見は、日本の英語教育に携わるすべての人にとっても、深く考えさせられる内容を含んでいます。
Dang, T. T. (2024). Cultural and situational constraints on undergraduate students’ performance of learner autonomy in EFL learning. Journal of Language Teaching and Research, 15(6), 1791–1799. https://doi.org/10.17507/jltr.1506.04
