論文の概要と筆者について
本稿で取り上げるのは、Isabela-Anda DragomirとBrândușa-Oana Niculescuによる論文 “Mastering Autonomy: The Power of Self-Regulated Learning in Higher Education”(2024年)です。両者はルーマニア・シビウにある「Nicolae Bălcescu」陸軍士官学校に所属する研究者であり、高等教育における学習者の自律性という、軍事的な文脈とも深くかかわるテーマに取り組んでいます。士官学校という特殊な教育現場を背景に持つ彼女たちが「自己調整学習(Self-Regulated Learning、以下SRL)」を論じることには、単なる一般的な大学教育論を超えた文脈的重みがあります。自ら考え、状況を判断し、行動できる人材を育てることは、軍組織においても教育現場においても、究極の目標であるからです。
この論文は、2024年に開催された国際会議「Knowledge-Based Organization」の第XXX巻第2号に掲載されたものです。比較的コンパクトな論文ですが、SRLの構成要素、高等教育における重要性、そしてSRLを促進するための具体的な方策という三本柱でまとめられており、実践的な示唆に富んでいます。
自己調整学習とは何か――基本を丁寧に押さえる
そもそも「自己調整学習」とは何でしょうか。聞き慣れない方も多いかもしれませんが、要するに「自分自身の学びをマネジメントできる力」のことです。ただ勉強するのではなく、「なぜ学ぶのか」「いまどこまで理解できているのか」「うまくいかないときにどう戦略を変えるか」を自分で考えながら学習できること―それがSRLの核心です。
論文の定義によれば、SRLとは「学習者が自ら認知・感情・行動を起動し維持しながら、学習目標の達成に向けて体系的に取り組むプロセス」です(Brandmo & Berger, 2013を引用)。この定義は一見難しそうですが、日常の言葉で言い換えれば「自分で目標を立て、進み具合を確かめ、壁にぶつかったら方法を変えて、また前に進める人」ということになります。
論文ではSRLを構成する要素として、認知的ストラテジー、メタ認知、動機づけの調整、行動の調整、学習環境の調整という五つが挙げられています。このうち特に注目したいのが「メタ認知」です。メタ認知とは、自分の思考や学習プロセスそのものを観察し評価する能力のことで、「勉強する前に『自分はこのトピックについてどれだけ知っているか』と問いかけ、勉強中に『いま読んだことを理解しているか』と確認し、勉強後に『次はどうすれば改善できるか』を振り返る」といった一連の自己内対話として現れます。英語学習に引き寄せて考えると、「なんとなく単語を覚えるのではなく、自分はどんな方法で単語を覚えやすいのかを把握したうえで学習する」という姿勢がメタ認知の典型です。
高等教育という転換点でSRLが持つ意味
論文が特に力を入れているのが、高等教育という段階においてSRLがなぜ不可欠なのかという問いへの回答です。高校まではある程度「決まった道」があります。時間割があり、教師が細かく指示し、定期試験が学習の節目を作ってくれます。ところが大学に入った途端、その構造はかなり崩れます。何を、いつ、どのように学ぶかについての裁量が大幅に広がる一方で、それを支えるガイドラインは曖昧になりがちです。
日本の大学でも同様の現象は見られます。高校まで非常に緻密な受験指導を受けてきた学生が、大学入学後に急に「自由」を与えられても、その自由の使い方がわからずに漂流してしまう―こうした学生の姿を、多くの大学教員が目撃してきたのではないでしょうか。筆者である両研究者はこの点を鋭く指摘しており、自己調整の能力なくしては、高等教育の豊富な機会はかえって学生を圧倒してしまうとしています。
さらに論文は、SRLの重要性は卒業後にも続くと強調します。現代の職業世界は急速に変化しており、一度学んだ知識だけで生き抜くことはできません。技術の変化、組織の変化、社会の変化―それらに柔軟に対応するためには、学び続ける力そのものが職業的な武器になります。SRLを身につけた人は、知識のギャップを自ら見つけ、それを埋めるための資源を探し、絶えず自分を更新していくことができるのです。これはまさに、現代のビジネスや研究の世界が求める「ラーナビリティ(learnability)」という概念とも重なります。
日本の英語教育現場への示唆―見えてくる課題
この論文の主な対象は高等教育一般ですが、英語教育の文脈で読むと、非常に示唆に富む内容が含まれています。日本の英語教育は長らく「教師が教える・生徒が受け取る」という伝達モデルを基本としてきました。もちろんこれは一概に否定されるべきものではありませんが、このモデルだけでは「自分で英語を使いこなせる学習者」を育てることに限界があることも、多くの現場教師が肌で感じているはずです。
たとえば、英語の授業で教師が発音や文法を説明するだけでなく、学習者自身が「自分はどの音が苦手か」「どんな文型でつまずいているか」を意識できるようにする工夫がSRLの視点からは重要です。論文が述べるメタ認知的ストラテジーを英語学習に組み込むとすれば、単語テストの前に「自分がどの単語をどれくらい知っているか」を予測させ、テスト後に予測とのズレを振り返らせるような活動が一例として考えられます。こうした「予測―実行―振り返り」のサイクルは、まさにSRLが推奨する学習の循環そのものです。
また、論文が強調する「動機づけの調整」は、英語教育における動機づけ研究とも深くつながります。日本の学習者は英語への内発的動機づけが低いことが多いと言われますが、その処方箋のひとつが、学習者に選択権を与えることです。論文の第8の方策として挙げられている「学習における自律性の奨励」―すなわち、学習者が選択できる余地を作ること―は、英語の授業においてもプロジェクトテーマや発表トピックを学習者が選べるようにするなど、即座に応用可能な考え方です。
関連研究との対比から見えてくるもの
SRL研究の系譜において、この論文が依拠している枠組みの多くは、Barry ZimmermanやPhilip Winneといった先駆者たちの業績に連なるものです。Zimmermanは1980年代から90年代にかけてSRLの三段階モデル(予測段階・遂行段階・自己省察段階)を構築し、学習者の自己効力感とSRLの関係を精力的に研究しました。本論文はその枠組みを踏まえながらも、特定のモデルの検証よりも教育実践への応用という方向性を選んでいます。
Panadero(2017)によるSRLの六つのモデルのレビューも引用されており、理論的な根拠の多様性は確保されています。ただ、論文自体が実証的なデータを含まない理論的・概括的なレビューであるため、特定のモデルを深く掘り下げるというよりは、SRL全体の概念を広く紹介することに重点が置かれています。この点は、同論文の強みであり同時に限界でもあります。
関連研究と比較して特徴的なのは、「学習環境の調整」という要素を独立した構成要素として位置づけている点です。これは、物理的な学習空間のデザインやピアとの協働の重要性を指摘するものであり、近年の学習環境デザイン研究や協調学習研究とも通底しています。教師主導の一斉授業だけでなく、グループ活動やオンラインでの学習コミュニティ構築が英語教育でも浸透しつつある今日、この観点はとりわけ現場に響くものがあります。
戦略的提案の実践的価値を検討する
論文の第4章では、SRLを育てるための八つの方策が提示されています。中でも注目したいのが、「明示的なSRL指導の提供」「成長マインドセットの促進」「リアルライフへの応用場面の提供」の三点です。
まず「明示的なSRL指導」については、英語教育との親和性が高いといえます。英語の授業では、英語という言語を教えると同時に「英語の学び方を教える」ことが求められます。目標設定の仕方、語彙の暗記法、読解の方略、リスニングの集中の仕方―これらはいずれも、明示的に教えることで学習者の効率が飛躍的に上がることが知られています。学習ストラテジー指導の分野でRebecca Oxfordらが積み重ねてきた研究成果は、まさにこの方向性を支持するものです。
次に「成長マインドセット」は、Carol Dweckの研究で一般にも広く知られるようになった概念です。「自分には英語の才能がない」と思い込んでいる学習者に、失敗を学びの素材として捉え直させることは、英語教師の大切な仕事のひとつです。文法ミスを責めるのではなく「このミスからどう学べるか」を問いかける指導の姿勢は、SRLの根幹に通じます。
「リアルライフへの応用場面の提供」については、問題基盤型学習(PBL)やプロジェクト型学習(PjBL)の形式が有効であると論文は示唆しています。英語教育においては、英語で実際に情報収集し、分析し、発表するという一連の活動が、まさに内発的動機づけを高める場面になり得ます。単に教科書の練習問題をこなすだけでなく、「本物の課題」に英語で取り組むという経験が、SRLの芽を育てることにつながるのです。
批判的検討―論文の限界と今後への期待
本論文は実践的で読みやすい概論的論文ですが、いくつかの点で批判的な検討も必要です。最も大きな限界は、実証データの不在です。SRLの重要性や方策が説得力をもって述べられているものの、それらが実際の教育現場でどのような効果をもたらすかについての検証は論文内には含まれていません。提案された八つの方策が、どの程度の効果をどのような条件下で発揮するかを確かめるためには、質的・量的な調査研究が不可欠です。
また、論文の読者が「高等教育関係者一般」として想定されているため、専門分野や学習者の特性による違いについての議論が薄い点も指摘できます。たとえば、理系と文系、あるいは医学教育と語学教育とでは、SRLの発現のしかたや有効な方策が異なる可能性があります。英語教育においても、初学者と上級者ではSRLに対するニーズや課題が大きく異なるでしょう。この多様性への目配りが今後の研究課題として残されています。
さらに、デジタルツールの活用について論文は言及していますが、具体的なツール名や使用例が挙げられていないため、現場の教師にとっての即効性という点ではやや物足りなさを感じます。生成AIや学習管理システム(LMS)が急速に普及する現代において、それらをSRL促進にどう活用するかは喫緊の問いです。
この論文が問いかけるもの
読み終えて改めて感じるのは、この論文が発する問いの根本的な重さです。「学び方を学ぶことを、私たちは十分に教えているだろうか」という問い。受験英語の弊害としてよく語られるのは「テストには強いが実際には使えない」というものですが、SRLの視点から言えば、さらに深刻な問題は「自分で学び続ける力が育っていない」ことかもしれません。テストが終われば忘れてしまう、教師に言われないと動けない、失敗を恐れて挑戦しない―こうした学習者像は、SRLが十分に育まれていないことの現れとも読めます。
DragomirとNiculescuの論文は、決して難解な理論書ではありません。むしろ、現場の教師が「自分の授業を点検する」ための視座を提供する実践的な読み物として、日本の英語教育関係者にとっても一読の価値があります。英語を「教える」ことと、英語「学習者を育てる」こと―その両方を担う責任を自覚している方にこそ、この論文が提起する問いは深く刺さるはずです。
Dragomir, I.-A., & Niculescu, B.-O. (2024). Mastering autonomy: The power of self-regulated learning in higher education. Knowledge-Based Organization, 30(2), 126–130. https://doi.org/10.2478/kbo-2024-0063
