論文が問いかけるもの

教育の現場に長く関わっていると、「なぜあの学生は同じ間違いを繰り返すのだろう」あるいは「なぜこの学生は一人で学び続けることができるのだろう」という疑問に何度もぶつかるものです。その答えのひとつが、「自分の学び方を知っているかどうか」にあるのではないかと、多くの教育者が感じてきたはずです。本稿で紹介する論文は、まさにそうした問いに正面から向き合うものです。Wang Xiaotian、Nirat Jantharajit、Sarit Srikhaoの三名によって執筆され、タイのNakhon Phanom Universityを拠点として行われたこの研究は、2024年にAsian Journal of Contemporary Education(Vol. 8, No. 1)に掲載されました。タイトルは”Fostering Autonomy in Vocational College Students: A Fusion of Metacognitive Strategies and Social Cognitive Learning Theory”(職業大学生における自律性の育成―メタ認知戦略と社会的認知学習理論の融合)といいます。

研究の焦点は、中国をはじめとするアジア圏の職業系大学(vocational college)に在籍する学生、とりわけ入学したばかりの一年生が、どうすれば自律的な学習者として成長できるかという実践的な問いにあります。職業系大学という文脈は、日本の専門学校や高等専門学校にも近いものがあり、理論よりも実技・実践を重視した教育が行われる場です。そのような場で学ぶ学生たちが、変化の激しい社会に対応していくためには、単に知識やスキルを習得するだけでなく、自分自身の学習プロセスを把握し、制御し、振り返る能力、すなわちメタ認知能力が不可欠だと著者たちは論じます。

メタ認知とは何か―「学び方を学ぶ」ということ

メタ認知(metacognition)という概念は、1970年代にJohn Flavellによって提唱されたもので、簡単に言えば「自分の思考プロセスについて考える能力」のことです。たとえば、英語の長文を読んでいて「あれ、さっきの段落の意味がよくわからなかった。もう一度読み直そう」と気づくこと、あるいは「この単語は文脈から推測できそうだ」と判断することも、立派なメタ認知的行為です。この論文では、メタ認知を三つの階層で捉えています。メタ認知的気づき(自分の認知プロセスを認識すること)、メタ認知的制御(認知プロセスを調整・管理すること)、そしてメタ認知的評価(認知活動の価値や有効性を評価すること)の三層構造です。

この整理は非常にわかりやすく、日本の英語教育の観点からも有益です。たとえばリーディング指導において、学習者が「自分はどこでつまずいているのか」を自覚できるかどうかは、上達の速度に大きく影響します。授業中に「わかりましたか」と聞いてうなずく学生が、実は何もわかっていないというのはよくある話ですが、それはメタ認知的気づきが十分に発達していないためとも言えます。この論文はそうした問題意識と共鳴するものを持っています。

社会的認知学習理論との接点

さらに本論文が興味深いのは、メタ認知戦略を個人の内的プロセスとして閉じた形で論じるのではなく、Albert Banduraが提唱した社会的認知学習理論(Social Cognitive Learning Theory)と融合させようとしている点です。Banduraの理論は、学習が社会的な相互作用を通じて行われるという考え方を中核に持ちます。人は他者を観察することで学び(観察学習)、社会的な文脈の中でフィードバックを受け取ることで認知構造を更新していきます。

この二つの理論を結びつけることで、著者たちは重要な主張を展開します。メタ認知は孤独な自己内対話ではなく、他者との相互作用の中で育まれるものだということです。たとえば、グループ学習において学生が互いの解法を比較・議論する場面を思い浮かべてください。そこでは単に答えを出し合っているだけではなく、「なぜその方法を選んだのか」「他にどんなアプローチがあったのか」という問いが自然と生まれます。そのような場が、まさにメタ認知制御と社会的認知学習が交差する地点だと著者たちは指摘します。

日本の英語教育においても、ペアワークやグループディスカッションの効果については様々な議論があります。ただ話させるだけでは力がつかないという批判がある一方で、適切な構造と目標設定を伴った協働学習は深い学びを生むという研究知見も積み重なっています。本論文の視点は、そうした実践の「なぜ」を理論的に説明するヒントを与えてくれるものです。

理論の融合が生む教育実践への示唆

著者たちは、理論的な議論にとどまらず、教育実践への応用についても具体的に述べています。たとえば、教師が授業中に「今日の学習で何が難しかったか」「どうすればもっとうまく学べると思うか」といった問いかけをすることで、学生のメタ認知的気づきを促すことができると論じています。これは決して新しいアイデアではありませんが、社会的認知学習理論のフレームと結びつけることで、そうした問いかけが「個人の内省」にとどまらず、「クラス全体の認知文化の醸成」につながることが明確になります。

また、看護学の臨床実習を事例として取り上げている点も示唆に富んでいます。学生が患者の症状を観察・記録しながら自分の判断を振り返るプロセス、ケースディスカッションを通じて仲間と知識を共有するプロセス、地域サービスプロジェクトを通じて社会的ニーズを実感するプロセス―これらが有機的に結びついたとき、メタ認知と社会的認知が相乗的に発達すると著者たちは論じます。看護という文脈は英語教育とは異なりますが、「実習」「観察」「振り返り」「協働」という要素は、英語の授業における発表活動や協働ライティングなどにも共通する要素です。この比喩的な橋渡しは、英語教育の実践者にも十分に参考になります。

日本の英語教育現場への示唆

ここで少し視点を変えて、日本の英語教育の現場に照らし合わせてみましょう。日本の学校英語教育では、長らく「文法訳読」が主流であり、学習者が自分の学習プロセスを意識する機会は限られていました。近年はコミュニカティブ・アプローチの普及や、思考力・判断力・表現力を重視する新学習指導要領の方向性もあって、自律的学習者の育成が明確な目標として掲げられるようになっています。しかしその「自律性」を実現するための具体的な方法論については、現場の教師たちが模索を続けているのが実情ではないでしょうか。

本論文が提示するメタ認知戦略の枠組みは、そうした現場の模索に応えうるものです。たとえば、英語の授業で「学習日誌(learning journal)」を書かせる実践は多くの学校で行われていますが、ただ書かせるだけでは効果は限定的です。本論文の視点からすれば、日誌を書く活動に「メタ認知的気づき」「制御」「評価」の三層を意識的に組み込むこと、そしてそれをペアでシェアしたりクラスで議論したりする「社会的な文脈」と結びつけることが重要だということになります。「今日の授業で何を学んだか」だけでなく「自分はどこでつまずいたか」「次回はどう学ぶか」を問い、それを他者と共有する。そのような活動設計が、本論文の理論的提案を具体化する第一歩となるはずです。

また、大学英語教育、特に英語を専門としない学部の学生を対象としたEFL(外国語としての英語)教育においても、本論文の示唆は有効です。専門学習と英語学習を統合したCLIL(内容言語統合型学習)的アプローチと組み合わせることで、メタ認知戦略と社会的認知学習の相乗効果を生む可能性があります。

関連研究との対比から見えてくること

本論文の理論的なバックグラウンドは、B. J. ZimmermanやBarry Zimmermanの自己調整学習(Self-Regulated Learning)研究と深く関連しています。自己調整学習とは、学習者が自ら目標を設定し、方略を選択し、進捗を監視し、結果を評価するという循環的なプロセスを指します。本論文の著者たちはZimmerman & Cleary(2009)を引用しながら、この自己調整学習能力が職業系大学生にとっていかに重要かを論じています。

関連する研究として、Philip Winneのメタ認知と学習方略に関する研究や、Alison Kingによる協働学習とメタ認知の関係についての研究なども参照点として挙げられるでしょう。本論文がやや物足りない点として、これらの先行研究との対話が十分ではないことが挙げられます。Banduraの社会的認知学習理論とFlavorのメタ認知理論の融合という点は興味深い試みですが、両者の接合点についての理論的精緻化には、まだ発展の余地があります。特に、メタ認知がどのような社会的条件のもとでより効果的に発達するのかという問いに対して、本論文はやや一般論的な記述にとどまっているように感じられます。

また、本論文は理論レビューを主な方法論としており、実証データを伴っていません。著者たちも今後の課題として縦断研究(longitudinal study)の必要性を指摘しています。実際の教育介入の効果を測定した研究との組み合わせによって、本論文の主張はより説得力を持つことでしょう。この点は、同じく理論的枠組みの提案を主とした研究として、Mahdavi(2014)の概観論文にも共通する限界であり、分野としての課題でもあります。

挑戦と可能性―統合の困難さを乗り越えるために

著者たちが正直に認めているように、メタ認知戦略と社会的認知学習理論を実際の教育現場に統合することには少なくない困難が伴います。まず、この二つの理論はそもそも異なる哲学的前提に立っています。メタ認知は基本的に個人の認知的プロセスを問題にしますが、Banduraの社会的認知学習理論は個人と環境の相互作用を重視します。その「縫い合わせ」を丁寧に論じることは、理論家にとっても容易ではありません。

さらに現場の教師にとっては、新しい理論的枠組みを吸収しながら日々の授業を設計・実施することは大きな負担です。この論文でも指摘されているように、教師の専門的発達(professional development)への投資と支援が不可欠です。日本の文脈で言えば、校内研修や教員免許更新制(現在は廃止・改編されていますが)のような制度的なサポートがどれほど機能しているかが問われることになります。

評価の問題も重要です。メタ認知能力や社会的認知の発達を、テストのスコアのような単純な数値で測ることは難しく、ポートフォリオ評価やルーブリック評価、ピア評価など多様な手法を組み合わせる必要があります。日本の英語教育でも「話す・書く」などのパフォーマンス評価の実装が課題になっていますが、それに加えてメタ認知的次元を評価に組み込むとなると、教師の負担はさらに増すことになります。解決策としては、評価そのものを学習活動と統合するAssessment for Learning(学習のための評価)の考え方が有効でしょう。

この論文が持つ意義と可能性

本論文は完全な実証研究ではなく、理論的考察を中心とした探索的な論文です。それゆえ、「効果があると証明された」という意味での根拠は提示されていません。しかしだからこそ、教育実践者が自分の文脈に引きつけて考える余白があります。職業系大学というオリジナルの文脈を超えて、看護教育、語学教育、高校教育など、さまざまな場面に応用可能な枠組みを提供しているという点で、この論文の価値は高いと言えます。

日本の英語教育に引きつけて言えば、本論文の最大のメッセージは「自律的な学習者は、一人では育たない」ということかもしれません。自律性と言うと、個人が孤独に学ぶイメージがあるかもしれませんが、実は他者との相互作用の中でこそ、自分の学び方を客観視する眼が育つのです。協働学習を「にぎやかにするだけの活動」として軽視するのではなく、メタ認知発達の場として設計し直すこと―そうした意識の転換を、本論文は静かに促しています。

教育は常に理想と現実の間で揺れ動くものです。理論は実践を照らすものですが、実践は理論を問い直すものでもあります。本論文が提示する枠組みは、まだ発展途上のものです。しかしその誠実な問い―どうすれば学習者は自分の力で学び続けられるようになるのか―は、すべての教育者が共有すべき、本質的な問いです。


Wang, X., Jantharajit, N., & Srikhao, S. (2024). Fostering autonomy in vocational college students: A fusion of metacognitive strategies and social cognitive learning theory. Asian Journal of Contemporary Education, 8(1), 42–51. https://doi.org/10.55493/5052.v8i1.5065

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By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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