英語教育の現場では、ここ数年で「AIをどう使うか」という話題が急速に広がっています。職員室でも教室でも、ChatGPTの名前を聞かない日はないほどです。しかし、「使えそうだ」「便利らしい」という漠然とした期待とは裏腹に、実際に学習者がこのツールをどのように受け止め、なぜ使い続けようとするのか、あるいはなぜ使うのをやめてしまうのかについては、まだ十分に解明されていませんでした。そうした問いに正面から向き打ち込んだのが、本稿で紹介する論文です。
本論文は、Kunyang QuとXuande Wuの両氏による “ChatGPT as a CALL tool in language education: A study of hedonic motivation adoption models in English learning environments” と題された研究で、2024年にEducation and Information Technologies誌(第29巻)に掲載されました。QuはオーストラリアのThe University of Queenslandに、WuはイギリスのThe University of Edinburghに所属しており、英語を第二言語として学ぶ中国人留学生を対象に、ChatGPTの採用意図と内発的動機の関係を実証的に分析しています。
研究の背景―なぜ「楽しさ」に着目するのか
技術の受け入れを説明する理論として、長年にわたって使われてきたのがDavisによるTAM(Technology Acceptance Model)です。「使いやすいか」「役に立つか」という二軸で利用意図を予測するこのモデルは、業務系ツールの研究においては非常に有効でした。しかしゲームやSNSのような、実用性よりも楽しさが前面に出るシステムに対しては、TAMだけでは説明しきれない部分があります。そこに登場したのがvan der Heijdenの提唱したHSAM(Hedonic System Acceptance Model)であり、さらにそれを発展させたLowryらによるHMSAM(Hedonic Motivation System Adoption Model)です。HMSAMは、「楽しさ」「好奇心」「コントロール感」「没入感」といった内発的動機の諸側面を組み込み、ユーザーがなぜ技術に深く引き込まれるのかを多角的に捉えようとします。
著者たちは、ChatGPTを単なる業務効率化ツールとしてではなく、学習者の感情や動機と深く絡み合うヘドニック(快楽的)なシステムとして位置づけました。これは非常に鋭い視点です。たとえば、生徒が英単語アプリを「楽しいから」使い続けるのと同じように、ChatGPTとの対話が学習者にとって内発的な報酬となり得るという発想が研究の核心にあります。
研究デザインと参加者
調査対象は、英国の大学に在籍する中国人留学生189名です。データは2023年5月末から6月にかけて、オンラインアンケートプラットフォーム「Questionnaire Star」を通じて収集されました。参加者はBILIBILI、WeChat、Xiaohongshu(中国版Instagramとも呼ばれるライフスタイルアプリ)といったSNSを通じてリクルートされ、回答完了後には5ポンドのAmazonギフト券が提供されました。このインセンティブが外発的動機に影響した可能性については著者自身も認めており、誠実な姿勢が感じられます。202名から回答を得て、13件を無効とし、最終的に189件(有効回収率93.6%)が分析に用いられました。
調査票は英語版と中国語版の両方が用意され、バックトランスレーション法によって翻訳の正確性が担保されています。測定項目は36問で、9つの構成概念(知覚的使いやすさ、知覚的有用性、行動意図、好奇心、コントロール、喜び、情報技術における個人的革新性、退屈、集中的没入)をそれぞれ4項目で測定し、6点リッカート尺度が使用されました。分析にはPLS-SEM(部分最小二乗法による構造方程式モデリング)とSPSS・Amosソフトウェアが用いられ、さらにHayesのPROCESSマクロを使った媒介分析も実施されています。
21の仮説と14の支持―モデルが語ること
本研究は21の仮説を設定し、そのうち14が支持されました。主要な知見を整理すると、まず知覚的使いやすさ(PEOU)が知覚的有用性(PU)と情報技術における個人的革新性(PIIT)の両方に有意な正の影響を与えることが確認されました。ChatGPTのインターフェースが直感的で分かりやすいほど、学習者はこのツールを「役に立つ」と感じ、さらには新しいテクノロジーを試してみようという前向きな姿勢を持ちやすくなるということです。
知覚的有用性については、コントロール感を高め、好奇心を刺激し、退屈を軽減し、喜びを増幅させるという4方向への影響がすべて支持されました。これは注目すべき結果です。ChatGPTが「役に立つ」と感じられることが、単に学習効率の向上だけでなく、感情的な体験そのものを豊かにすることを示しています。一方で、PIITからコントロール、退屈、好奇心への直接的な影響は支持されませんでした。技術革新への個人的傾向が、ChatGPTの操作における感情状態を直接左右するわけではないという結果は、やや意外でもあります。
集中的没入(Focused Immersion)については、コントロール、退屈、知覚的有用性、喜びの4因子から有意な影響を受けることが示されました。特に喜び(β=0.666)の影響が最も大きく、続いてコントロール(β=0.289)、退屈(β=0.183)の順でした。ここで興味深いのは、知覚的有用性が集中的没入に対して負の直接効果(β=−0.496)を示したことです。これは直感に反するように思えますが、媒介分析によって解明されます。つまり、知覚的有用性は喜びやコントロールを通じて間接的に没入を高める一方、直接的な経路では逆に没入を妨げる可能性があるということです。「役に立つ」という意識が強すぎると、かえって利用が「仕事」のように感じられ、自然な没入状態を損なうという解釈も成り立ちます。これはHMSAMならではの発見と言えるでしょう。
行動意図(BIU)を規定する主要因子は、知覚的有用性(β=0.492)、退屈(β=−0.146)、集中的没入(β=0.231)の3つでした。コントロール、好奇心、喜びの直接的な影響は支持されず、これらは主に集中的没入や他の媒介変数を通じて間接的に作用することが示されました。
媒介分析が明かす感情の連鎖
本研究が他の多くのCALL研究と一線を画すのは、媒介分析を丁寧に実施している点です。18の有意な媒介経路が特定され、感情的・認知的変数が知覚的有用性と行動意図の間でどのように機能するかが詳細に描写されています。
退屈と喜び、そして集中的没入はいずれも知覚的有用性と行動意図の間の部分媒介因子として機能することが示されました。特に「PU→喜び→行動意図」の経路はEffect Ratio 1(総効果に対する比率)が31%に達しており、感情的側面の重要性を改めて示しています。また、「PU→コントロール→集中的没入→行動意図」という連鎖的な経路も有意であり、コントロール感が没入を介して使用意図を高めるメカニズムが確認されました。
さらに、PUからFI(集中的没入)への影響においては、コントロール、退屈、喜びがすべて完全媒介として機能することが示されました。つまり、知覚的有用性が集中的没入に与える影響は、これらの感情的・認知的変数を通じてのみ生じるということです。これは、ChatGPTを使った学習において、ツールの有用性を感じるだけでは深い学習状態に到達できず、感情的な豊かさ―喜び、コントロール感、そして退屈からの解放―が不可欠であることを意味します。
日本の英語教育現場への示唆
この研究は英国在住の中国人留学生を対象としていますが、日本の英語教育現場にも多くの示唆を与えてくれます。まず、ChatGPTの「使いやすさ」をいかに確保するかという問題です。日本の英語学習者、特に高校生や大学の非英語専攻学生にとって、英語でのインターフェース操作は心理的なハードルになりえます。本研究の結果は、使いやすさが有用性の認知を高め、さらには技術革新への積極的姿勢にもつながることを示しており、教育現場でChatGPTを導入する際には、まず操作の丁寧な説明とサポートが重要であることを裏付けています。
次に、「退屈」の問題は見逃せません。日本の英語学習環境では、文法訳読式の授業や単調な反復練習が依然として多く、退屈が学習意欲低下の大きな要因になっています。本研究は、退屈が行動意図に負の影響を与え(β=−0.146)、かつ集中的没入にも影響を与えることを示しています。ChatGPTのような対話型AIツールは、まさにこの退屈を軽減するポテンシャルを持っているわけですが、それが実現するためには「有用性の知覚」が前提条件として必要です。ただ使わせるだけでは不十分で、「これが自分の英語力向上に本当に役立っている」という実感を学習者が持てる設計が必要です。
また、「喜び」が集中的没入への最大の寄与因子であるという発見は、英語教育における楽しさの重要性を改めて強調するものです。文部科学省が推進する「主体的・対話的で深い学び」の実現においても、ChatGPTとの対話が学習者に喜びをもたらすような活動設計が求められます。例えば、自分の書いたエッセイにChatGPTがフィードバックを返し、それをもとに改稿するプロセスは、うまく設計すれば達成感と喜びを生み出す可能性があります。
さらに、好奇心が行動意図や集中的没入に対して有意な直接効果を示さなかったという結果も興味深いです。これは、好奇心があっても使い続けるわけではないということを示唆しています。「面白そう」という最初の興味を超えて、継続的な使用意図を生み出すためには、コントロール感や喜び、有用性の知覚が必要であることが示されており、教師が学習活動を設計する際のヒントになります。
関連研究との対比と学術的考察
本研究と比較すべき先行研究として、Deng and Yuによる2023年のTikTokを対象にしたHMSAM研究があります。Deng and YuはTikTokという高度にヘドニックなSNSプラットフォームを対象にしており、好奇心やコントロールが行動意図に直接影響することを確認しています。これに対して本研究では、ChatGPTという「対話型AI学習ツール」においては、好奇心やコントロールの直接効果が確認されませんでした。著者たちはこの違いをChatGPTの「情報学習環境」としての性格に求めており、ゲーム系やSNS系とは異なる動機構造が働くという解釈は説得力があります。
一方、Palos-Sanchez et al.による2022年のKahoot!(ゲーム型学習ツール)を対象にした研究では、知覚的有用性が好奇心を高めることが確認されており、本研究でも同じ知見が得られています(β=0.694)。しかし、その好奇心が行動意図や没入感につながるかどうかについては、両研究の対象が異なることもあり、結果に差異が見られます。こうした比較は、「ヘドニックなシステム」という大きなカテゴリーの中でも、コンテキストや用途によってユーザー動機の構造が変わりうることを教えてくれます。
学術的には、TAMからHSAM、そしてHMSAMへの理論的発展の文脈の中で本研究を位置づけることができます。本研究の貢献は、HMSAMをAI型教育チャットボットという新しい文脈に適用し、特に退屈という負の感情変数と喜びという正の感情変数の双方が行動意図に影響するメカニズムを媒介分析によって詳細に解明した点にあります。これはHMSAMの適用範囲の拡張という意味で、理論的にも価値ある貢献と言えます。
研究の限界と今後の展望
著者たちは正直に研究の限界を認めています。まず、対象が英国在住の中国人留学生に限定されており、他の文化的背景を持つ学習者や日本の英語学習者への一般化には慎重を要します。次に、便宜的サンプリングを用いていること、また調査期間がわずか半月程度であることも、結果の解釈において留意すべき点です。さらに、コントロール、退屈、喜び、好奇心といった内部変数間の相互関係が検討されていない点も、今後の研究課題として挙げられています。
また、研究者が明示的には触れていませんが、ChatGPTという特定の技術は急速に進化しています。2023年時点のChatGPTと2025年現在の性能は大きく異なり、使いやすさや有用性の知覚そのものが変化している可能性があります。技術の進化に追いつく形での継続的な研究が求められます。
今後の研究として著者たちが示唆するのは、BusuuやDeepL、ELSAなど他のAI語学学習プラットフォームへのHMSAMの適用、英語を外国語として学ぶEFL環境への拡張、そして中学・高校段階の学習者を対象にした研究です。日本の文脈では、特に高校の英語授業や大学の英語教育においてChatGPTが導入されつつある現状を踏まえれば、これらの研究課題は非常に現実的で有意義です。
総評―感情を軽視してはいけない
本研究を読んで最も印象に残るのは、技術採用の研究においていかに「感情」が重要かという点です。教育現場では、ともすれば「このツールは学力向上に効果があるか」という実用的な問いに終始しがちですが、本研究は「学習者がそのツールを使い続けるかどうかは、感情的な体験に大きく左右される」ことを丁寧に示しています。役に立つだけでは足りない。喜びがなければ、コントロール感がなければ、退屈が消えなければ、学習者はやがてそのツールから離れていくのです。
英語教育に携わる方々には、このメッセージはきわめて重要に響くはずです。私たちは長年、「有効な指導法」を追い求めてきましたが、有効性の認知がそのまま学習継続につながるわけではありません。むしろ、学習者がその活動に喜びや没入を感じ、自分でコントロールできているという感覚を持てるかどうかが、長期的な学習行動を支える鍵になります。ChatGPTはそのための優れた道具になりえますが、それは教師の設計と働きかけによって初めて実現します。ツールを「与える」だけでなく、その使い方を「共に体験する」ことの重要性を、本研究は静かに、しかし確かに語りかけています。
研究の手堅さ、理論的整合性、そして教育現場への実践的示唆という三点において、本論文は現時点でのChatGPT×言語教育研究の中でも際立った完成度を持つ作品であると評価できます。
Qu, K., & Wu, X. (2024). ChatGPT as a CALL tool in language education: A study of hedonic motivation adoption models in English learning environments. Education and Information Technologies, 29, 19471–19503. https://doi.org/10.1007/s10639-024-12598-y
