英語の授業でAIツールを使ったことがある教師は、今や珍しくないはずです。自動採点、ライティング支援、発音フィードバック――AIは着実に教室へ入り込んでいます。ところが、「使ってはいるけれど、正直よくわからない」と感じている先生方も多いのではないでしょうか。ちょうど、車を毎日運転しているのにエンジンの仕組みはまったく知らない、というような状態です。そのような「使えるけれど理解していない」状態が、教師のAI学習への意欲にどのような影響を与えるのか。本論文はその問いに正面から向き合った、意欲的な実証研究です。

本研究を手がけたのは、浙江師範大学のHua Du、Yanchao Sun、浙江大学のHaozhe Jiang、東華師範大学および江蘇大学のA. Y. M. Atiquil Islam、そして東華師範大学のXiaoqing Guというチームです。Islamはバングラデシュにルーツを持ち、中国の教育情報技術分野で豊富な研究実績を持つ研究者で、本研究における統計的・理論的設計の中心的役割を担っています。論文は2024年、Humanities and Social Sciences Communications誌に掲載されました。

調査の対象は、中国16省・直轄市のK-12(小中高)教師318名です。オンラインアンケートによる量的調査で、構造方程式モデリング(SEM)という手法を用いてデータを分析しています。SEMとは、複数の変数の間にある「見えない因果の連鎖」を統計的に可視化する方法で、心理学や教育学の研究では広く使われています。

研究が問うもの―「なぜ教師はAIを学ぼうとするのか(あるいはしないのか)」

研究の出発点は、いたってシンプルな問いです。教師がAIを学ぼうとする「行動意図」は、何によって決まるのか。この問いに答えるため、研究チームは古典的な行動科学の理論を援用しています。具体的には、Fishbein と Ajzen が1975年に提唱した「合理的行動理論(TRA)」と、Ajzen が1991年に発展させた「計画的行動理論(TPB)」です。これらは要するに、「人は、ある行動が良いことだと思い(態度)、できそうだと感じれば(自己効力感)、その行動をとろうとする」という考え方です。

ただし、本研究が従来のTRA・TPB研究と一線を画すのは、そこに「AIリテラシー」と「AIエシックスへの意識」という二つの変数を加えた点にあります。これらは従来のモデルではほとんど考慮されてこなかった要素です。研究者たちは、AIという技術の特殊性を踏まえてモデルを拡張しており、その着眼点はなかなか鋭いと感じます。

研究で設定された主な変数は五つです。「AIを学ぶ行動意図(BI)」「AIの社会的善への活用に対する認識(PAIS)」「AIを学ぶ自己効力感(SE)」「AIリテラシー(AIL)」「AIエシックスへの意識(AAIE)」です。このうちAAIEはさらに、透明性・責任・公正・持続可能性という四つの下位概念から構成されています。

主な発見―AIリテラシーは「土台」であり「ドミノの一枚目」

分析の結果、最も注目すべき知見は、AIリテラシーが教師のAI学習意図に対して「間接的に」影響を与えているという点です。AIリテラシーは直接的にBI(行動意図)に作用するのではなく、PAIS(社会的善への認識)、SE(自己効力感)、AAIE(AIエシックスへの意識)という三つの変数を経由して、間接的にBIへと影響を及ぼします。まるでドミノのように、最初の一枚が倒れることで連鎖が起きる構造です。

パス係数(β)を見ると、AIリテラシーから自己効力感への影響が0.77と最も強く、AIリテラシーからAAIEへの影響が0.62、PAISへの影響が0.18です。一方、行動意図に対してはPAIS(β = 0.62)とSE(β = 0.29)が直接的な影響力を持っています。つまり、教師が「AIは社会の役に立つ」と感じ、「自分にも学べる」と思えることが、AI学習に向かう最後の一押しになるわけです。そして、そうした感覚を育む土台として「AIリテラシー」が機能しています。

モデルの説明力も印象的です。行動意図の分散の75%が、この四つの予測変数によって説明されています。教育研究において75%という数値は非常に高く、モデルの精度の高さを示しています。

AIエシックスという「意外な」要因

本研究が特に興味深い点の一つは、AIエシックスへの意識(AAIE)が態度形成に直接影響を与えることを実証した点です。透明性、責任、公正、持続可能性というAI倫理の四原則への意識が高まると、「AIは社会の役に立つ」という認識(PAIS)が高まり、それが行動意図へとつながります。

「AI倫理を学ぶとAIを学ぶ気になる」というこの連鎖は、一見すると逆説的に聞こえます。倫理の話はとかくリスクや問題点に目が向きがちで、むしろ意欲を削ぐように思われるかもしれません。しかし実際には、AI倫理を真剣に考える人ほど「だからこそAIをきちんと理解しなければ」という意識が高まるということでしょう。これは日本の英語教育関係者にとっても示唆的です。ChatGPTや自動採点AIを「使いこなす」前に、それがどんな倫理的問題を抱えているかを学ぶことが、かえって学習意欲を高める可能性があるのです。

年齢・専攻・居住地域という「見えないバイアス」

統制変数の分析からも興味深い発見があります。年齢が高い教師ほどAAIE(AIエシックスへの意識)が高く(β = 0.24)、STEM専攻の教師は非STEM専攻に比べてAAIEが低い傾向にあります(β = −0.13)。前者については、Wilford と Wakunuma(2014)の研究が示すように、年長者は技術の倫理的側面により敏感であるという知見と一致します。後者は少し意外な結果です。理系的思考を持つ教師が、むしろ倫理的側面に無頓着になりやすいというのは、STEM教育が抱える問題とも関連するかもしれません。

また、都市部の教師は農村部の教師よりもPAIS(AIの社会的善への認識)が高い(β = 0.08)という結果も出ています。研究者はその理由を、都市部の教師はAIがもたらす恩恵を実際に体験する機会が多いからではないかと解釈しています。日本でも地域差は存在します。AIツールが充実した都市部の学校と、インターネット環境すら不安定な地方の学校では、教師のAI認識にギャップが生じているはずで、この知見は日本の文脈でも検討に値します。

研究デザインの強みと限界

本研究の方法論的な強みは、Andersonと Gerbing(1988)が推奨する二段階SEMアプローチを採用していることです。まず確認的因子分析(CFA)で測定モデルを検証してから、構造モデルを推定するという手順を踏んでいます。CFI = 0.925、TLI = 0.917、RMSEA = 0.071という適合度指標は、いずれも基準を満たしており、モデルの信頼性は高いといえます。

ただし、研究者たち自身も認めているように、限界点もあります。第一に、全データが教師の自己申告に基づいている点です。「自分はAIリテラシーがある」という回答が、実際のスキルと一致するかどうかは保証されません。人は自分の能力を過大評価しがちであることは多くの研究が示しており、この点は本研究においても慎重に解釈する必要があります。

第二に、中国の一部地域しかカバーされていないことも課題です。中国の沿岸部と内陸部では教育環境に大きな差があり、本研究のサンプルがどの程度代表性を持つかは不明です。研究者たちも地域比較の必要性を今後の課題として挙げています。

第三の限界として、問題のある三項目(SE2、SG5、BI1)が最終的なモデルから除外されたことについて、文化的文脈による解釈の違いが原因かもしれないと述べられています。これはクロスカルチャー研究における測定不変性の問題であり、今後の尺度開発において重要な論点となるでしょう。

関連研究との対比―何が「新しい」のか

行動意図を予測するTRA・TPBの枠組みは、テクノロジー受容研究で広く使われてきました。しかし、Chai らが2021年に指摘したように、AI教育の文脈でこれらのモデルが適用された例は極めて少なく、特にK-12教師を対象にしたものはほぼ皆無でした。本研究はその空白を埋める試みとして、学術的な意義を持ちます。

また、AIリテラシーの概念については、Long と Magerko(2020)が包括的な定義を提示していますが、それが行動意図にどう繋がるかを実証した研究はほとんどありませんでした。本研究はその連鎖を初めて経路モデルとして示した点で、新規性があります。さらに、AIエシックスへの意識を態度形成の予測因子として組み込んだ点は、Sweldens ら(2014)が「意識と態度の関係には議論がある」と述べていた問題に対して、一つの答えを提示したものともいえます。

日本の英語教育現場への示唆

本研究の知見は、日本の英語教育の文脈でも多くの示唆を含んでいます。まず最も重要な点として、AIリテラシー教育が教師研修の「コア」に位置づけられるべきであるということです。AIの使い方だけを教える研修は、長期的な効果が限定的かもしれません。AIとは何か、どのような仕組みで動いているのか、どんなリスクがあるのかを理解することが、自己効力感を高め、社会的意義への認識を育て、最終的に「もっと学びたい」という意欲を生み出す土台になるからです。

次に、自己効力感の重要性も見逃せません。「どうせ自分には難しすぎる」という感覚がAI学習への壁になっていることは、本研究のモデルが明確に示しています。日本の教師研修では、難解なアルゴリズムの説明よりも、「自分にも扱える」という感覚を育てる体験型のプログラムが有効でしょう。英語教師であれば、たとえば英語ライティング支援AIを実際に授業で試してみるワークショップが、その一例として挙げられます。

また、AIの社会的善への認識(PAIS)が行動意図に最も強く直結しているという知見(β = 0.62)は、研修の語り口にも関わります。「AIを使えば業務が効率化する」という個人的なメリットよりも、「AIを通じて生徒の学びをどう豊かにできるか」「社会のどんな課題解決に貢献できるか」という視点で語ることが、教師の学習意欲を引き出す鍵になるかもしれません。

AIエシックスを研修に組み込む提案も、日本の文脈で実践的な価値があります。個人情報の扱い、AIが生成するコンテンツの著作権問題、採点AIのバイアスといったテーマは、英語教育と直接結びついています。こうした倫理的問題を「リスクの話」として恐る恐る扱うのではなく、「だからこそ理解を深める価値がある」という姿勢で研修設計に組み込むことで、教師の主体的なAI学習を促進できる可能性があります。

批評のまとめ―堅実な知見と残された課題

本研究は、AI教育における教師研修の設計に向けて、実証的な根拠を提供した点で価値があります。理論的にも、TRAとTPBにAIリテラシーとAIエシックス意識を組み合わせるという枠組みの拡張は独自性があり、後続研究のモデルとなりえます。特に75%という行動意図の説明率は、モデルとしての有効性を裏付けています。

一方、研究の対象が中国のK-12教師に限定されているため、日本や他国への一般化には慎重さが必要です。文化的価値観、教育制度、AI普及の状況は国によって異なります。また、自己報告データの限界も無視できません。今後は客観的なスキルテストや行動観察などを組み合わせた研究が望まれます。

さらに、本研究では「主観的規範(subjective norms)」、つまり周囲の人間がどう思っているかという社会的圧力が変数として含まれていません。日本の学校現場では、管理職や同僚からの期待や圧力が教師の行動に大きく影響することを考えると、この変数の欠如は少し物足りなく感じます。研究者自身も今後の課題として指摘しており、次のステップへの期待が高まります。

AIが教室に入ってくることは、もはや止められない流れです。大切なのは、教師がその流れに受け身で流されるのではなく、理解した上で主体的に向き合えるかどうかです。本研究は、そのための条件を丁寧に解き明かした、着実な一歩といえるでしょう。英語教育に携わる方々にとっても、AIリテラシーとAIエシックスを研修設計に組み込む際の理論的根拠として、十分に参照に値する研究です。


Du, H., Sun, Y., Jiang, H., Islam, A. Y. M. A., & Gu, X. (2024). Exploring the effects of AI literacy in teacher learning: An empirical study. Humanities and Social Sciences Communications, 11, 559. https://doi.org/10.1057/s41599-024-03101-6

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By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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