人工知能(AI)が教育の世界に押し寄せてきた。2022年11月にChatGPTが公開されて以来、世界中の教育関係者が「これはどう使えばいいのか」「学生に悪用されないか」と頭を抱えてきた。そうした議論の渦中に登場したのが、カナダ大学ドバイ校のFiruz Kamalovらによる論文 “New Era of Artificial Intelligence in Education: Towards a Sustainable Multifaceted Revolution”(2023年、Sustainability誌掲載)である。本論文は、AIが教育に与える多面的な影響を、「応用」「利点」「課題」という三つの軸から整理した包括的なスコーピング・レビューだ。英語教育に携わる者にとって、この論文は単なるテクノロジー論にとどまらない、きわめて実践的な示唆を与えてくれる。

著者たちはどのような研究者か

筆頭著者のKamalovは電気工学を専門とし、機械学習や試験不正検出に関する研究でも知られている。共著者のDavid Santandreu Calongeはモハメド・ビン・ザイード人工知能大学でアカデミック・ディベロップメントを担当し、MOOCや難民向けオンライン学習の研究実績をもつ。三人目のIkhlaas Gurribはファイナンスと会計が専門だ。異なるバックグラウンドをもつ三者が、教育とAIという接点でタッグを組んだ点が、本論文の視野の広さに反映されている。スコーピング・レビューという手法を採用し、ScopusとGoogle Scholarのデータベースを対象に2019年から2023年6月までの文献を系統的に検索・精査している。最終的に44本の文献が分析対象として選ばれた。

論文の骨格――四つのテーマで読み解くAI教育

本論文が整理した応用領域は四つである。「個別化学習(Personalized Learning)」「インテリジェント・チュータリング・システム(ITS)」「評価の自動化(Assessment Automation)」「教師と学生のコラボレーション(Teacher–Student Collaboration)」だ。これらはそれぞれ独立しているわけではなく、互いに重なり合いながら教育の質を高める可能性を秘めている。英語教育の文脈で考えると、この四つは非常に具体的なイメージを喚起する。たとえば、スピーキング練習の相手としてAIチャットボットを使う、作文の誤りをAIが即座に添削する、学習者の習熟度に合わせて問題の難易度が自動調整されるといった場面が、すでに現実のものとなりつつある。

個別化学習については、AIが学習者の強みと弱点を分析し、最適な学習パスを提案できる点が強調されている。日本の英語教育現場で長年問題視されてきた「一律授業」の限界を、AIが補完できる可能性がある。40人のクラスで一人ひとりに合ったフィードバックを与えることは、人間の教師には物理的に難しい。しかしAIであれば、全員に対して同時並行でパーソナライズされた支援が可能だ。Canadian AI-powered learning platformであるKorbitを用いた研究(St-Hilaire et al., 2022)が紹介されており、AIを活用したプラットフォームの参加者のほうが、個別フィードバックのない他のプラットフォームの参加者よりも学習成果が高かったと報告されている点は注目に値する。

ITSに関しては、自然言語処理(NLP)技術を核として、学習者と意味のある対話を行い、即時フィードバックを提供できる点が評価されている。英語のESL(第二言語としての英語)授業でのAI活用についても言及があり、特にAIチャットボットが英語教育に親和性が高いという指摘は、日本のEFL(外国語としての英語)教育にも直接当てはまる。英語を使う実際の場面が少ない日本の学習者にとって、AIが「いつでも話しかけられる英語練習相手」になりうるという発想は、非常に説得力がある。

評価の自動化がもたらす教師の「解放」

本論文が特に力を入れて論じているのが、評価の自動化である。現状、教師の業務時間の約40パーセント(論文によっては最大半分)が採点や関連作業に費やされているという。AIがこの負担を肩代わりすれば、教師はより本質的な学習支援に集中できるという論理だ。これは日英問わず、多くの教育現場で切実な問題である。日本でも「働き方改革」が叫ばれる中、採点の自動化は歓迎される取り組みになりうる。

ただし、論文はここで楽観論に走らない。多肢選択式や穴埋め問題は自動採点に向いているが、エッセイや問題解決型の課題については、AIが文脈や創造性を十分に読み取れない可能性があることを率直に認めている。英語のライティング教育において、論旨の一貫性や文化的ニュアンスをAIが評価できるかどうかは、依然として未解決の問題である。GPT-4がMBAの期末試験でそこそこの成績を収める一方、比較的単純な数学計算でミスをするという事実(Terwiesch, 2023)は、AIの能力がいまだ斑状(まだら)であることを示している。

ChatGPTと学術的誠実性の問題

本論文の中でも特に英語教育関係者の関心を引くのが、盗用(プラグロリズム)と学術的誠実性の問題についての論考だろう。ChatGPTをはじめとするAIチャットボットが作文を代行してしまう問題は、日本の大学でも急速に現実のものとなっている。スウェーデンの大学生5894人を対象にした調査(Malmström et al., 2023)では、95パーセントがChatGPTを知っており、56パーセントが学習への活用に肯定的で、35パーセントが定期的に使用していると回答している。チャットボットの禁止に反対する学生が60パーセントにのぼることも報告されており、学生側の認識と教育機関の対応との間に大きなギャップがあることがわかる。

論文はAI盗用検出ツールについても触れており、GPTZeroが「複雑さ(perplexity)」と「文の変動性(burstiness)」を指標としてAI生成テキストを検出すること、TurnitinのOriginality機能が98パーセントの検出信頼率を主張していることなどが紹介されている。しかし根本的な問題は、AIが「オリジナルコンテンツ」を生成するため、既存の盗用検出ソフトでは対応しきれない点にある。英語の作文課題を中心とした評価設計の見直しが急務であることは明らかだ。記述式の試験をオンラインから口頭試問に切り替えるといった対策は、現実的な選択肢として検討に値する。

バイアスと公平性――見落とされがちな視点

AIの公平性に関する議論も、本論文の重要な貢献の一つである。大規模言語モデルは主にグローバル・ノースで生成されたインターネット上のデータで学習されており、非欧米圏の文化的文脈に対してバイアスをもちやすい。論文中では、DALL-E 2の初期リスク分析文書を引用し、「弁護士」というプロンプトに対して白人男性のイメージが多く生成される傾向があることが指摘されている。これは画像生成だけの問題ではない。英語教育においても、AIが生成するサンプル文や対話例が特定の文化的前提を帯びていれば、非英語圏の学習者にとって不公平な状況が生まれる可能性がある。

日本語と英語の文化的差異は言うまでもなく大きい。AIが提案する英語表現が常に「ネイティブ・スタンダード」を基準とするならば、英語の多様性(World Englishes)という視点と相容れない場面も出てくるだろう。この点について本論文は明示的に論じているわけではないが、バイアスと差別の議論はそうした問題意識と接続されうる。関連して、Holmesら(2021)によるAI倫理フレームワークの構築に向けた研究が引用されており、教育AIの倫理問題が組織的に取り組まれるべきだという主張も説得力をもって展開されている。

教師の役割はどう変わるのか

本論文が最も哲学的な深みをもって論じるのが、教師と学生の関係性の変容だ。AIが教えるようになれば、教師の権威はどうなるのか。学生がAIを「最終的な答えを知る存在」と見なすようになれば、人間の教師の立場はどうなるのか。2023年にWalton Family Foundationが実施した調査では、K-12の教師の51パーセントがChatGPTを使ったことがあり、77パーセントが「ChatGPTを使うことで教師としての成長につながる」と回答している。これは脅威ではなく、活用の機会として捉えている教師が多いことを示唆している。

論文は「AIを拒絶するのではなく、ガードレールを設けながら受け入れていくことが唯一の道」という結論に至る。Khan AcademyがOpenAIと提携してChatGPTを統合したことを好事例として挙げており、これはAI活用の具体的なロードマップとして参考になる。日本でも少しずつそうした事例が出始めているが、大学や高校レベルでのポリシー整備はまだ途上にある。本論文が指摘する通り、「包括的なポリシーや指針が欠如している」という状況は、日本においても当てはまる。

論文の強みと限界

本論文の強みは、応用・利点・課題という三軸の整理が明快で、教育実践者にとっても理解しやすい構成になっている点だ。それぞれのテーマについて、利点と課題を並列に示した表(Table 2〜5)は、教育現場での議論のたたき台として非常に使いやすい。また、ChatGPTの技術的背景(トランスフォーマーモデルの仕組み)についても平易に解説されており、テクノロジーに不慣れな教育者でも入門として読める点は評価できる。

一方で、限界もある。著者自身が認めるように、本論文は理論的なレビューであり、実証的なデータに基づいていない。英語教育に特化した分析はほとんどなく、ESL/EFL文脈への示唆は読者が自ら引き出す必要がある。また、採用した44本の文献は英語に限定されており、日本語や他の言語で書かれた研究は除外されている。日本における英語教育とAIに関する研究成果が反映されていない点は、日本の読者にとって物足りなく感じるかもしれない。さらに、文献の質的評価(GRADE-CERQualなど)を行わなかったことも、スコーピング・レビューとしては一般的とはいえ、知見の信頼性という観点では課題を残す。

日本の英語教育現場への示唆

最後に、日本の英語教育関係者に向けて、本論文から引き出せる具体的な示唆を述べておきたい。第一に、AIチャットボットをスピーキング練習のパートナーとして積極的に活用することを検討すべきだ。日本の英語学習者が抱える最大の課題の一つは「話す機会の少なさ」であり、AIはその空白を埋める手段として有望だ。第二に、ライティング評価においてAIを補助ツールとして使いながらも、最終評価は人間が行うという「ヒューマン・イン・ザ・ループ」モデルを採用することが現実的だろう。第三に、AIリテラシーと倫理教育を、英語科目の枠を超えてカリキュラム全体に組み込む必要がある。ChatGPTの使い方を「禁止する」か「黙認する」かではなく、「どう使いこなすかを教える」という発想の転換が求められている。本論文はその議論を始めるための、確かな出発点となる一本だ。


Kamalov, F., Santandreu Calonge, D., & Gurrib, I. (2023). New era of artificial intelligence in education: Towards a sustainable multifaceted revolution. Sustainability, 15(16), 12451. https://doi.org/10.3390/su151612451

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By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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