英語教育の現場に長く携わっていると、ライティング指導の難しさを痛感することが多い。文法や語彙を教えるだけでは不十分で、「どんな場面で、誰に向けて書くのか」という文脈に応じた言語使用、いわゆるレジスター(register)の感覚を育てることが、実は最も時間のかかる部分だと感じる教員は少なくないはずだ。メールの書き方一つとっても、上司に送る正式なビジネスメールと、友人に送る気軽なメッセージでは、使う語彙も文体も根本的に異なる。そのレジスターの違いを、AIチャットボットであるChatGPTはどこまで教えてくれるのか。本稿では、トルコの大学でChatGPTをライティング学習の補助ツールとして活用した事例研究を取り上げ、その意義と限界を多角的に検討する。

研究の背景と著者について

この論文の著者は、Nermin Punar ÖzçelikとGonca Yangın Ekşiの二名である。Punar Özçelikはトルコ南部のタルスス大学(Tarsus University)外国語学部に所属し、Yangın EkşiはアンカラのガジUiversity(Gazi University)英語教育学科に籍を置く研究者だ。論文は2024年に査読誌 Smart Learning Environments に掲載された。タイトルは “Cultivating writing skills: the role of ChatGPT as a learning assistant―a case study” であり、ChatGPTをライティング学習の補助ツールとして位置づけ、特にレジスター知識の習得という観点から検討を加えた点に独自性がある。

研究が実施されたのは2023年5月、トルコを未曾有の混乱に陥れた大地震(2023年2月6日)からわずか数ヶ月後のことだ。被災地域の大学では授業がオンラインに移行し、学生の出席義務も免除された状況にあった。そのような困難な状況下で、自発的に参加した11名の学部生を対象に本研究は実施された。参加者は工学部、経済・行政学部、教育学部に在籍し、英語力はB1以上。年齢は19歳から21歳が中心で、全員がすでにChatGPTの利用経験を持つデジタルネイティブ世代であった。

研究の問いと方法

この研究が掲げた問いは二つだ。第一に「ChatGPTを学習補助ツールとして使うことで、学習者は自分のライティングを自己編集する力を高められるか」、第二に「ChatGPTを学習補助ツールとして使うことについて、学習者はどのような意見や提案を持つか」というものである。

研究デザインは「ワンショット事例研究(one-shot case study)」と呼ばれる前実験的デザインが採用された。これは、統制群や事前テストを設けず、ある処置(treatment)を施した後でその効果を観察・記録するという手法だ。定量的なデータではなく、観察ノート(フィールドノーツ)と非構造化インタビューによる定性データが分析の中心となっている。4回の授業(各50分)にわたって異なるライティング課題が与えられ、学生たちはChatGPT-3.5を用いて自分の文章を確認・修正した。授業はGoogle Meetを介してオンラインで実施された。

具体的なライティング課題は四種類で、レジスターの観点から設計されている。採用・応募に関する正式なメール(フォーマルレジスター)、時間管理に関するブログ投稿(ニュートラルレジスター)、学長宛ての要望書(フォーマルレジスター)、そして交通渋滞について友人に送るテキストメッセージ(インフォーマルレジスター)の四つだ。学生はまず自分でドラフトを書き、それをChatGPTに提示して誤りの確認と修正を依頼し、最終稿を提出するという流れをたどった。ChatGPTへのプロンプトはあらかじめ研究者が設計したものを使用している。

何が見えてきたか―フォーマルには強く、インフォーマルには弱い

結果を一言で言えば「ChatGPTはフォーマルライティングに強く、インフォーマルライティングに弱い」ということになる。参加者の発言をいくつか引用しよう。P6は「ChatGPTは自分のライティングをレベルアップしてくれる。それが利点だ」と述べ、P9は「B1レベルで書いたものがC1レベルに上がる。それが強みだ」と語った。フォーマルなメールや要望書においては、文法・句読点・文構造の修正が適切に行われ、学習者にとって有用であったことが複数の証言から確認できる。

一方で、インフォーマルなテキストメッセージの課題では様相が異なった。学生たちは友人へのメッセージに俗語や略語を用いたが、ChatGPTはそれらを「誤り」として修正しようとした。P8は「ChatGPTはアルゴリズム的な基盤を持つため、くだけた言語の知識を持っていない」と指摘し、P9は「インフォーマルレジスターをChatGPTは理解していない。インフォーマルとは単に俗語を使うことだと思っているようだ」と批判した。さらにP3は、ニュートラルレジスターの修正についても問題を提起した。「ChatGPTはニュートラルな言語をフォーマルに変えてしまう。ニュートラルレジスターというものを理解していないと思う」という発言は、ChatGPTのレジスター認識の偏りを鋭く突いている。

また、ChatGPTが意味やニュアンスを変えてしまったり、接続詞の扱いに問題があったり、不要な文を付け加えたりするという限界も報告された。P6は「ChatGPTが提案した修正をすべて採用するわけではない。変更された部分は使わないこともある」と述べており、学習者が批判的にChatGPTの出力を評価する姿勢を持つようになったことも示唆されている。これは、AIをそのまま信じるのではなく「道具として使いこなす」態度の萌芽とも解釈できるだろう。

学習理論との接続

著者らはChatGPTの学習補助としての可能性を、複数の学習理論と接続して論じている。構成主義(constructivism)の観点からは、ChatGPTが個々の学習者の知識や弱点に応じたフィードバックを提供することで、学習者が能動的に知識を構築する機会を与えるという主張が展開される。Bruner(1996)の構成主義理論を援用しつつ、学習者の既有知識に寄り添った支援ツールとしてChatGPTを位置づける視点は納得感がある。

また社会的構成主義(social constructivism)の文脈では、Vygotsky(1980)の「近接発達領域(ZPD)」概念が暗示されている。ChatGPTとの対話が一種の足場がけ(scaffolding)として機能し、学習者が自力では到達できないレベルの表現に触れる機会を提供するという考え方だ。P9の「B1からC1へのレベルアップ」という実感は、まさにこの理論的枠組みと共鳴している。さらに認知負荷理論(cognitive load theory)の観点から、ChatGPTが不要な認知負荷を軽減しつつ本質的な学習を促す可能性についても言及されている。

これらの理論的接続は概ね妥当であるが、欲を言えばもう少し掘り下げてほしかったところだ。たとえば情報処理理論(information processing theory)との接続については、Simon(1978)が引用されているものの、具体的にどの学習段階でChatGPTがどう機能するかの詳細な分析には至っていない。

先行研究との対比

この研究が独自性を持つのは、AIとレジスター学習を結びつけた点にある。Liang et al.(2021)によるレビュー研究は、AI言語教育の主な応用分野がライティング・リーディング・語彙習得であるとしつつも、高次思考や協調学習への応用が不足していると指摘していた。本研究はその知見を受けつつ、これまでほとんど手がつけられていなかった「レジスター知識」というニッチな領域に踏み込んでいる点で評価に値する。

また、Haristiani(2019)やKohnke(2022、2023)らの研究がチャットボットの一般的な有用性や学習者の満足度を報告しているのに対し、本研究はより具体的な言語能力の側面―レジスターという概念―に焦点を当てることで、先行研究への明確な貢献を果たしている。一方で、Vázquez-Cano et al.(2021)のチャットボットを使ったグループが教師と対話したグループよりも学業成績が高かったという定量的結果と比較すると、本研究の定性的・小規模な設計は説得力の面でやや見劣りがすることも否めない。

方法論上の限界と誠実さ

著者らは研究の限界を正直に認めており、その誠実さは評価に値する。11名という極めて少ない参加者数は、結果の一般化を著しく困難にしている。もちろん、震災という未曽有の事情が背景にあり、これは著者らの努力の問題ではない。しかし、読者として「この結果をどこまで信じていいのか」という疑問は残る。

加えて、事前テストがないワンショットデザインでは、ChatGPT使用前後の変化を客観的に測定することができない。学習者の主観的な感想(インタビューデータ)だけから「ChatGPTがレジスター学習に効果的であった」と断言することは難しく、著者らも慎重に「可能性を示す(has the potential)」という表現を用いている。この慎重さは学術的誠実さの現れであるが、同時に本研究の知見の限界を示してもいる。

プロンプトのデザインについても一言触れておきたい。本研究では研究者があらかじめ固定したプロンプトを参加者に使わせた。しかし実際の学習場面では、学習者自身がどのようなプロンプトを入力するかによってChatGPTの出力は大きく変わる。P2が「違う質問の仕方をしたら、もっと詳しい回答が返ってきた」と語っているように、プロンプトエンジニアリングの巧拙が学習効果に直結するのだ。著者らも「よりきめ細かく文脈に即したプロンプト」の必要性を今後の課題として挙げており、これは本研究の実践的な課題として重要な指摘である。

日本の英語教育現場への示唆

日本の英語教育の文脈で本研究を読む際、いくつかの点が特に興味深く感じられる。まず、日本の高校や大学でのライティング指導においても、「場面に応じた英語の使い分け」は長年の課題であり続けている。大学入試や英検の作文問題ではある程度のフォーマルな表現が求められる一方、メールやSNSのような場面での英語は教室ではほとんど扱われない。そのギャップを埋める補助ツールとしてChatGPTを活用する可能性は、本研究の知見から示唆されるところだ。

特に示唆に富むのは、「フォーマルには強く、インフォーマルには弱い」という非対称性だ。日本の英語学習者の多くは、フォーマルな英語こそが「正しい英語」として学校教育の中で叩き込まれてきた。ChatGPTが得意とするのもまさにそのフォーマルな英語であり、ある意味でChatGPTと日本の学校英語は相性がよいとも言える。しかし英語を使ってコミュニケーションをする実際の場では、インフォーマルなやりとりの方が頻度として多い。そこにChatGPTの限界があり、教師の役割が依然として必要とされる理由がある。

また、本研究で学習者たちがChatGPTの提案を批判的に評価し、すべてを受け入れるわけではない態度を示したことは重要だ。これはいわゆる「AIリテラシー」の育成という観点とも重なる。ChatGPTを単なる正解機械として受動的に使うのではなく、その出力を批判的に吟味しながら自分の判断で採否を決める力―これは21世紀型スキルの核心であり、日本の教育が目指すべき方向性とも一致する。

さらに、日本の教育現場では教師の負担軽減という文脈でもAI活用が議論されている。ライティングの添削は時間のかかる作業であり、ChatGPTが一次フィードバックを担うことで教師がより高次の指導に専念できるという可能性も、本研究の枠組みから読み取ることができる。ただし、ChatGPTのフィードバックには誤りや不適切な修正が含まれることも本研究は示しており、教師によるモニタリングは不可欠だ。

残された問いと今後の展望

本研究が切り開いた問いは、まだ答えの出ていないものを多く含んでいる。ChatGPTによるレジスター学習の効果を長期的に追跡した研究はまだほとんど存在しない。また、今回の参加者はすでにB1以上の英語力を持ち、ChatGPTの使用経験もある学習者に限られていた。それよりも低いレベルの学習者や、ChatGPTに不慣れな学習者に同様の効果が期待できるかどうかは未知数だ。

本研究が扱ったのはChatGPT-3.5であるが、すでにGPT-4やそれ以降のモデルが登場し、性能は格段に向上している。ニュートラルやインフォーマルなレジスターへの対応も、より新しいモデルでは改善されている可能性がある。この研究の知見は、あくまで2023年時点のスナップショットとして解釈する必要があるだろう。AIの進化の速さを考えると、研究の賞味期限が短いという皮肉な現実もある。

また、本研究が扱わなかった変数として、学習者のL1(母語)の影響がある。トルコ語を母語とする学習者と日本語を母語とする学習者では、英語のレジスター感覚の習得に異なる困難が生じる可能性がある。日本語には待遇表現という精緻なシステムがあり、英語のフォーマル・インフォーマルの区別に対して独自の転移(transfer)が起きることも考えられる。この点を踏まえた研究は、日本の英語教育研究者にとって取り組む価値のあるテーマだろう。

まとめに代えて―ツールは使い方次第

料理のたとえを使うなら、ChatGPTは切れ味のよい包丁のようなものだ。フォーマルなライティングという食材を処理するときには非常に有能だが、インフォーマルなニュアンスという柔らかくて繊細な素材を扱うには、まだ粗削りな部分がある。そして、どんなに優れた包丁も、それを使う人間の技術と判断なしには料理は完成しない。

本研究が示したのは、ChatGPTがライティング学習の万能薬ではないという事実だ。しかし同時に、特定の用途においては非常に有効な補助ツールとなり得ることも示された。11名という小規模なサンプルから導かれた知見であることを差し引いても、レジスターという視点からChatGPTの可能性と限界を丁寧に描き出したこの研究の意義は小さくない。AIと教育の関係が否応なく深まっていく中で、教師は何を担い、AIは何を担うのかを問い続けること―その問いかけへの一つの応答として、本論文は着実に貢献を果たしている。


Punar Özçelik, N., & Yangın Ekşi, G. (2024). Cultivating writing skills: the role of ChatGPT as a learning assistant―a case study. Smart Learning Environments, 11, Article 10. https://doi.org/10.1186/s40561-024-00296-8

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By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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