論文が問いかけるもの

学習者が自分自身の学びを管理できるようになるためには、何が必要なのでしょうか。この問いは、日本でも中国でも、英語教育に携わる人間であれば誰もが一度は突き当たる壁です。本論文「Application of Metacognitive Strategy in the Cultivation of College Students’ English Autonomous Learning」は、中国・四川省南充市にある China West Normal University(中国西部師範大学)の Xiao Tianqiong による研究で、2024年に Adult and Higher Education 誌(Vol. 6, No. 3)に掲載されました。テーマはメタ認知戦略(metacognitive strategy)を活用して大学生の英語自律学習能力をどのように育てるか、という実践的・理論的考察です。

Xiao は教育学・英語教育を専門とする研究者であり、本論文では中国の大学英語教育が長年抱えてきた構造的な問題――受け身の学習姿勢、試験偏重の評価、指導と監督の不足――を正面から取り上げています。そのうえで、メタ認知理論をよりどころとした自律学習能力の育成モデルを提案しています。読み進めるうちに、「これは中国の話だ」と距離を置くことができなくなる。日本の英語教育関係者にとっても、思い当たる節が多いはずです。

「自律学習」という言葉の重さ

「自律学習(autonomous learning)」という言葉は、近年の日本の英語教育でもよく聞かれるようになりました。学習指導要領の改訂、大学入試改革、そしてコロナ禍を経た遠隔授業の普及によって、「自分で学べる学習者を育てる」という目標が一層強調されています。しかしながら、現場の教員に「では具体的にどうするのか」と問うと、答えに詰まることが少なくありません。自律学習は重要だとわかっている。でも、どこから手をつければいいのか。Xiao の論文はまさにその問いに応えようとしています。

論文はまず、中国の大学生における自律学習の現状を丁寧に描き出しています。自律学習への意識の低さ、非効率な学習プロセス、試験スコアに依存した評価モデル、そして即時的な指導・監督の欠如という四つの問題が、具体的なエピソードを交えながら語られます。たとえば、高校までの管理された学習環境から大学の自由な環境に移行した途端、学生が「何を勉強すればいいかわからなくなる」という現象は、日本でも「大学一年生の戸惑い」として語られる光景と重なります。スマートフォンとSNSが普及した現代において、自分で学習と娯楽のバランスを取ることがいかに難しいか、教えた経験のある人間ならば実感できるでしょう。

メタ認知とは何か―「考えることについて考える」力

本論文の理論的支柱であるメタ認知(metacognition)は、もともと J. H. Flavell が1970年代に提唱した概念で、自分の認知プロセスを客観的に観察・評価・調整する能力を指します。「考えることについて考える」と表現されることもあります。たとえば、英語の長文を読んでいるときに「あ、今自分は内容を理解できていない」と気づき、読み返すという行動を取る、それがメタ認知の働きです。

Xiao はこのメタ認知をベースとした学習戦略を三つに分類しています。計画戦略(planning strategy)、モニタリング戦略(monitoring strategy)、そして調整戦略(adjusting strategy)の三つです。計画戦略とは、学習目標を設定し、どのように学ぶかを事前に考えることです。モニタリング戦略は、学習中に自分の理解度や進捗を絶えず確認することです。そして調整戦略は、モニタリングによって問題が発見された際に、方法や計画を修正することです。この三つは順番に使われるものではなく、学習の中で循環的に機能します。

この分類は Wenden(1999)や O’Malley & Chamot(1990)の先行研究に基づいており、第二言語習得研究の分野では比較的よく知られたフレームワークです。新しい概念を提示しているわけではありませんが、Xiao の貢献はこれを中国の大学英語教育という具体的な文脈に落とし込んで論じたことにあります。

論文が提案する六つの実践的方向性

本論文の核心部分は、メタ認知戦略を活用して大学生の英語自律学習能力を育成するための六つの方向性を提案するセクションです。それぞれを見ていきましょう。

自律学習の意識を高める

まず Xiao が強調するのは、学生が「なぜ英語を学ぶのか」という動機づけを内面から育てることです。中国の英語教育が長らく「大学受験のため」という外発的動機に支えられてきたために、大学入学後に学習意欲が急落するという現象が起きています。これは日本でも「入試が終わったら英語はいいや」という学生の声として聞こえてくる問題と同根です。Xiao は、英語学習の本来の目的―コミュニケーション能力の獲得、異文化理解、総合的な能力の向上―を学生に再認識させることが出発点だと論じます。内発的動機と外発的動機をバランスよく刺激することが、持続的な自律学習につながるという指摘は、動機づけ研究の知見とも一致しています。

合理的な学習計画の立案

次に提案されるのは、現実的で柔軟な学習計画を立てることです。長期計画と短期計画を組み合わせ、自分の現在の能力・学習時間・弱点・教師の授業進度などを考慮したうえで計画を立てる。そして、計画が崩れたときには素直に見直す。「計画は予測であり、現実ではない」という Xiao の言葉は、完璧主義的な計画を立てては挫折するサイクルに陥りがちな学習者への、現実的なアドバイスとして機能しています。完璧な計画より、修正できる計画のほうが価値がある。これは学習計画に限らず、人生全般に通じる知恵でもあります。

適切な学習戦略の選択

三番目は、各自に合った学習戦略を選ぶことです。Xiao は、どんなに優れた戦略でも、すべての人に同じように機能するわけではないと指摘します。学習者の特性、学習スタイル、習熟度のレベルによって、最適な方法は異なります。特に基礎力が弱い学生や自信を持てない学生への配慮が必要だという点も強調されています。教員として「この方法がベストです」と一律に提示するのではなく、学生が自分で選び、試し、調整できるような環境を整えることが求められるという姿勢は、近年の学習者中心主義の教育思想と軌を一にしています。

自律学習のモニタリングと調整

四番目は、学習中の自己観察と修正です。ここで Xiao は、多くの学生が自分の学習状況を客観的に把握できていないという実態を指摘します。授業前の予習ができない、クラスでの相互作用が低い、計画通りに学習が進まないといった問題の背後には、自己モニタリング能力の欠如があります。また、マルチメディア環境の発達によって誘惑が増えたことも、自律的な学習管理を難しくしている要因として言及されています。この点は、スマートフォンが教室に入り込んで久しい日本の現場でも切実な問題です。

自律学習の評価

五番目は、学習成果の自己評価です。Xiao は、試験のスコアだけで学習の成果を測ることの限界を明確に批判しています。自己評価は、単に「できた・できなかった」を確認するためではなく、学習プロセスを振り返り、次の学習に活かすためのものです。ノートや宿題の分析、間違いの原因追及、そこから導き出される改善策の立案―これらを繰り返すことで、学習の質が上がっていきます。形成的評価(formative assessment)の重要性は、日本の英語教育研究でも繰り返し語られてきましたが、現場への浸透という点ではまだ課題が残っています。

指導と監督の強化

六番目は、教師による適切な指導と監督です。Xiao は、自律学習と教師の関与は相反するものではなく、相互補完的なものだと主張します。適切なタイミングでの介入とフィードバックがなければ、学生は自律学習の方向性を見失いやすい。教師は「知識を伝える人」から「学習活動のオーガナイザーやコーディネーター」へと役割を転換する必要があるという視点は、現代の英語教育改革のキーワードである「ファシリテーター」論と通底しています。

関連研究との対比と学術的考察

本論文が依拠する理論的枠組みは確立されたものであり、Flavell(1979)のメタ認知理論、Holec(1981)の自律学習論、O’Malley & Chamot(1990)の学習戦略分類、Wenden(1999)のメタ認知的知識論といった先行研究への言及は適切です。しかし正直に言えば、理論の新規性という点ではやや物足りなさを感じます。これらはいずれも数十年前の研究であり、最新の第二言語習得理論や自己調整学習(self-regulated learning)研究との接続がもう少し丁寧であれば、論文の説得力はさらに増したでしょう。

たとえば、Zimmerman(2000)が提唱した自己調整学習のサイクル―予見(forethought)、遂行(performance)、自己内省(self-reflection)―は、Xiao の提唱する計画・モニタリング・調整という三段階と構造的に近似しており、より広い学習科学の文脈での位置づけが可能だったはずです。また、Ryan & Deci の自己決定理論(Self-Determination Theory)を参照することで、内発的動機づけの議論もより精緻化できたでしょう。

また、本論文は「研究結果」として「自律学習能力とメタ認知戦略の間には密接な関係がある」と述べていますが、それを支持する実証的データが提示されていません。調査方法、サンプル数、測定尺度などが明記されておらず、論文全体が理論的・概念的考察にとどまっています。論文として発表されている以上、実証的根拠の提示は読者として期待したいところです。これは本論文の最も大きな弱点と言えます。

日本の英語教育現場への示唆

それでもこの論文には、日本の英語教育現場への多くの示唆があります。まず第一に、自律学習能力は「放任すれば育つ」ものではなく、意図的に設計された指導のもとで育てられるものだという点です。「自分で学んでください」と言うだけでは学生は動けません。自律学習の「足場かけ(scaffolding)」として、メタ認知戦略の明示的指導が有効だというメッセージは、実践的示唆として重要です。

第二に、評価のあり方についての問い直しです。日本でも長らく「期末試験一発勝負」という評価が英語教育の主流でしたが、近年は形成的評価やポートフォリオ評価が注目されています。Xiao の主張する「学習プロセスを評価に組み込む」という考え方は、こうした流れを支持するものです。自分の学びを振り返り、次の行動に結びつけるという習慣は、英語学習のみならず、生涯学習者としての基盤になります。

第三に、教師の役割転換への促しです。知識を授ける権威者としての教師像から、学習をデザインし支援するファシリテーターとしての教師像へ。この転換はすでに多くの文脈で語られていますが、Xiao の論文はそれを「メタ認知戦略の指導」という具体的な実践と結びつけて論じている点で価値があります。英語教師が自らメタ認知的に授業を設計し、学習者がメタ認知的に学べるような環境をつくる―この二重のメタ認知的営みが、現代の英語教育には求められているのかもしれません。

論文の誠実さと限界

本論文は、華やかな実証データや斬新な理論的貢献を提供するものではありません。しかし、問題の所在を正直に描き、既存の理論を丁寧に整理し、現場への適用可能な提言を誠実に提示しようとする姿勢は評価できます。英語教育の実践に携わる者にとって、難解な統計よりも「なぜうまくいかないのか」「どこから変えられるのか」という問いへの答えのほうが、ときに切実です。その意味で本論文は、現場の教師や教員養成に携わる人々にとって、思考の出発点となりうる一篇です。

大学の英語の授業で、学生が「先生が言ったことだけ覚えればいい」と信じていたとしたら、それは教育の敗北です。自分の学びを自分でデザインできる学習者を育てることこそが、真の意味での英語教育の目標ではないでしょうか。Xiao の論文は、その目標に向かうための具体的な地図の一枚として、手元に置いておく価値があります。


Xiao, T. (2024). Application of metacognitive strategy in the cultivation of college students’ English autonomous learning. Adult and Higher Education, 6(3), 146–154. https://doi.org/10.23977/aduhe.2024.060322

最新の研究の解説記事を見逃したくない方へ
膨大な論文の中から、読むべき重要研究を厳選し、わかりやすくまとめた記事を毎週土曜日に届けします。 忙しい先生のための情報収集ツールとしてお使いください。
icon

By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

📖新刊情報|英語教育学海外論文解説: 海外の研究をサクッと解説』の最新号(第8号)が刊行されました!▶特集テーマ:学び方を学ぶ英語教育―学習者自律・メタ認知・テクノロジー時代の自己調整学習

X
Amazon プライム対象