はじめに―この論文は何を明らかにしようとしたか

外国語を学ぶとき、多くの学習者が最初にぶつかる壁は語彙です。文法はある程度パターンとして覚えられても、語彙は際限なく増え続け、しかも「覚えたはずなのに使えない」という経験が積み重なります。英語の授業でひたすら単語帳をめくっていた記憶をお持ちの方も多いのではないでしょうか。では、大学生はいったいどんな方法で語彙を学んでいるのか。そして、その方法は本当に効果的なのか。

今回取り上げるのは、サウジアラビアのKing Khalid大学英語学部に所属するAbdulrahman Almosaによる論文 “A Look into the Effectiveness of Vocabulary Learning Strategies by Foreign Language Students in Undergraduate Classes”(外国語を学ぶ学部生における語彙学習ストラテジーの有効性についての一考察)です。Migration Letters誌の2024年の特集号(Volume 21, No. S1)に掲載されたこの研究は、230名の学部生を対象に、彼らがどんな語彙学習ストラテジーを使っているかを量的に調査したものです。

Almosaはサウジアラビアの外国語・翻訳学部に所属し、英語教育の現場に近い立場から研究を行っています。この論文の背景にあるのは、「語彙は言語習得の核心であるにもかかわらず、教育的にも研究的にも長年にわたって軽視されてきた」という問題意識です。その感覚は、おそらく日本の英語教育に携わる方々にも共鳴するものがあるはずです。

論文の枠組み―Schmitt(2000)という巨人の肩に乗る

この論文の理論的基盤として採用されているのは、Schmitt(2000)の語彙学習ストラテジー分類体系です。SchmittはVocabulary in Language Teachingの中で、語彙学習ストラテジーを大きく「決定(determination)」「社会的(social)」「記憶(memory)」「認知(cognitive)」「メタ認知(metacognitive)」の5つに分類しました。このフレームワークは、以降の語彙学習研究の事実上の標準となっており、GhazalやGuo・Zhu、Hamzaらの研究も同様の枠組みを用いています。Almosaの論文もその系譜に連なります。

決定ストラテジーとは、辞書を引いたり文脈から語義を推測したりといった、学習者が自力で語義を探り当てようとするアプローチです。社会的ストラテジーは、教師や仲間に質問するなど、他者との交流を通じて語彙を学ぶ方法を指します。記憶ストラテジーは、新語と既存の知識を結びつけて記憶に定着させる方法で、いわゆるキーワード法などがここに含まれます。認知ストラテジーは、単語の反復書き取りや単語帳の作成など、より機械的な方法です。そしてメタ認知ストラテジーは、自分の学習プロセスを俯瞰しながら計画・監視・評価を行う戦略的アプローチです。インターネット検索、テレビ視聴、新聞購読なども、学習全体を意識的にコントロールするという意味でここに含められています。

なお、本論文では5分類のうち実際の調査に用いたのは「メタ認知」「決定」「認知」の3つです。「社会的」と「記憶」の両ストラテジーが分析から省かれていることは、後に指摘すべき論文の制約のひとつになります。

調査の設計―量的研究としての強みと限界

調査には、Schmittの語彙学習ストラテジー質問紙(VLSQ)を用いた5段階リッカートスケールの20項目アンケートが使われました。「1=まったく使わない」から「5=常に使う」までの段階で、学習者の使用頻度を測定します。参加者はさまざまな大学の外国語教育・翻訳・言語文学の各プログラムに在籍する3・4年生230名で、75.7%が女性でした。回答はオンラインで収集され、信頼性係数は0.86と高い水準を示しています。

量的研究としての設計は堅実です。ランダムサンプリングによる参加者選定、オンラインプラットフォームを通じた収集、そして周波数・パーセンテージ・平均値による分析と、標準的な手続きが踏まれています。アンケートは第一言語(アラビア語)でも回答可能とした点も、外国語能力による回答バイアスを軽減する工夫として評価できます。

ただし、45〜55分という回答所要時間は相当な負担です。オンラインアンケートでそれだけの時間を確保できたとすれば、参加者の学習への意識は平均より高かった可能性があります。また、調査対象が自発的参加者に限られているため、語彙学習に消極的な層の声は必然的に反映されにくくなります。この点は結果解釈において注意が必要です。

結果の概観―メタ認知が圧倒し、認知が最低に終わる

調査結果の最も際立った発見は、メタ認知ストラテジーの圧倒的な使用率です。メタ認知の11項目のうち最も高かったのは「インターネットの使用」で96.08%、次いで「自由な読書」が90.86%でした。一方、最も使用率が低かったのは「フラッシュカード」の14.34%です。

決定ストラテジーでは「アラビア語―英語辞書の使用」が98.70%と飛び抜けて高く、「文脈から語義を判断する」が92.17%、「英語―アラビア語辞書」が81.73%と続きます。逆に最低は「品詞から語義を推測する」で19.13%でした。

認知ストラテジーでは「繰り返し書いて覚える」が99.13%と全項目中最高値を記録し、「文脈から拾う」が95.65%、「単語リストの作成」が94.78%と続きます。最低は「1文字だけ変えて新語をつくる」という方法で16.95%でした。

3カテゴリーの全体比較では、メタ認知51%、決定28%、認知21%という結果が出ました。メタ認知が最も多用され、認知が最も少ないという結論です。

批評その1―「メタ認知」と「認知」の分類は本当に適切か

ここで一度立ち止まって考えたいのは、Schmittの分類体系そのものの問題です。「繰り返し書いて覚える」(認知ストラテジー)と「インターネットで調べる」(メタ認知ストラテジー)という2つの行動を比べたとき、前者は「使用率が低い」という結果が出ました。しかし、「繰り返し書く」という行動は、それ自体をどのくらい意識的に行うかによって、認知的行為にもなればメタ認知的行為にもなり得ます。たとえば、書きながら「この単語の語源は何だろう」「なぜこのスペルなのか」と考える学習者と、ただ機械的に手を動かすだけの学習者では、同じ「繰り返し書く」という行動でも学習の深さはまったく異なります。

Schmittの分類は研究者にとって便利な整理ですが、実際の学習行動はカテゴリーをまたぐことが多く、特に「認知」と「メタ認知」の境界は曖昧です。Almosaはこの理論的問題に対してほとんど言及していません。Ghazal(2010)が提唱した「推測・辞書使用・ノート取り・反復練習・符号化・活性化」という6サブカテゴリーのほうが、より操作的で測定に適した分類かもしれません。本論文がSchmittのフレームワークを無批判に継承している点は、先行研究との一致を強調する反面、理論的な深みを持ちにくくしています。

批評その2―「最も使われるストラテジー」と「最も効果的なストラテジー」は別物

この論文の題名には “Effectiveness”(有効性)という言葉が入っています。しかし読み進めると気がつくのは、実際には「使用頻度」を測定しているのであって、「有効性」を直接測定しているわけではないという点です。

使用頻度と有効性は別物です。多くの学習者が「繰り返し書いて覚える」という方法を使うのは、それが最も効果的だからではなく、単純に慣れ親しんだ方法だからかもしれません。日本の英語教育でも長年行われてきた「単語の書き取り10回練習」は、習慣としては根付いていますが、その効果については疑問符がつく研究も少なくありません。

Kafipour(2011)は、語彙学習ストラテジーと読解力の関係を調べる中で、単に「ストラテジーをよく使う」こと自体よりも、「どのストラテジーをどの文脈で使うか」という選択の質が重要だと示唆しています。Almosaの論文はこうした問いをほとんど掘り下げていません。「メタ認知ストラテジーが最も使われた」という事実は興味深いのですが、それがなぜ高い語彙力につながるのか、あるいはつながらないのかについての考察が乏しいのです。

批評その3―社会的ストラテジーへの言及不足は何を意味するか

調査結果の中で、もうひとつ気になる数字があります。「語彙学習に関して教師に相談する」という行動を取る学習者が16.95%しかいなかったという点です。Almosaはこれを「外国語教師はもっと親しみやすくなる必要があるかもしれない」と控えめに述べるにとどめています。しかし、これはもっと深刻な問題を示している可能性があります。

大学生が語彙学習において教師をほとんどリソースとして活用していないとすれば、それは授業と自律学習の分断を意味します。Gounder(2015)の指摘した「優れた学習者は文脈から能動的に学ぶ」という知見と合わせて考えると、教師との対話を避ける傾向は、学習者の受動性とも連動している可能性があります。日本の英語教育現場でも、「先生に聞くのが恥ずかしい」「余計なことを聞いて怒られたくない」という心理は珍しくありません。教師との距離感は文化的背景とも深く関わる問題であり、サウジアラビアと日本で共通してこうした傾向が見られるとすれば、それはグローバルな外国語教育の構造的問題とも言えます。

また、本論文では「社会的ストラテジー」と「記憶ストラテジー」が分析から除外されています。これは大きな欠落です。記憶ストラテジーは語彙の定着において非常に重要な役割を担うとされており、特にキーワード法(目標語と発音が似た母語の語との連想)や心象イメージ化などは、複数の研究で有効性が示されています。これらを外した理由が論文中に明記されていないのは、研究の透明性という観点から問題です。

批評その4―量的アプローチの限界と定性的研究の必要性

量的研究は全体の傾向を掴むのに有効ですが、学習者の内面的なプロセスを捉えるには限界があります。「インターネットを使う」と答えた96%の学生が、実際に何をしているのかは、アンケートからはわかりません。Google翻訳で単語を調べるだけなのか、それとも英語圏のコンテンツを積極的に消費しているのかでは、学習の深さがまったく異なります。

Wu(2019)やManuel(2017)はインタビューや観察も組み合わせた混合研究法を提案していますが、Almosaの研究はアンケートのみです。5段階評価で「よく使う」と回答した学習者が、実際にどの程度の頻度で、どのような文脈でその方法を使っているのかを探るには、インタビューや学習日誌のような定性的データが不可欠です。

Nosratiniaら(2015)の研究では、語彙学習ストラテジーの使用には学習者の自律性と批判的思考力が密接に関わっていることが示されています。これらの変数はリッカートスケールでは測定できません。Almosaの研究が「横断的スナップショット」にとどまっているのは否めません。

日本の英語教育現場への示唆

この論文が日本の英語教育に持ついちばんの示唆は、「教師が教える語彙と学習者が実際に学ぶ語彙の間に大きなギャップがある可能性」という点です。調査した230人の多くが自律的にインターネットや辞書を使いながら語彙を増やしていたことは、授業での指導内容が学習ストラテジーとして十分に機能していない可能性を示唆します。

日本でも近年、学習指導要領の改訂により語彙指導の重要性が再認識されています。しかし現実の教室では、語彙は「授業のついでに出てくるもの」として扱われることが多く、体系的なストラテジー指導は多くの場合行われていません。「単語テストに向けて暗記する」という目先の課題解決に終始しがちな傾向は、Almosaの研究が「認知ストラテジーの中でも反復暗記が突出して高い」という結果を示していることと呼応しています。記憶することは覚えることではない、という認識の転換が求められます。

また、メタ認知ストラテジーの使用率が高かったという結果は、デジタルネイティブ世代に特有の学習行動を映し出しています。インターネットや動画コンテンツを通じた語彙学習は、日本の学習者にも広く見られます。YouTubeで英語の動画を見る、アプリで単語を確認する、といった行動はメタ認知的要素を含んでいますが、それが意識的・計画的に行われているかどうかは別問題です。教師の役割は、こうした自然発生的なデジタル学習行動を、より意図的・戦略的なものへと引き上げることにあるのかもしれません。

さらに、日本の教育現場では「先生に質問しにくい」という雰囲気が根強くあります。Almosaの研究でも教師相談率の低さが示されていたように、学習者と教師の距離は語彙習得に影響します。教室を安全な対話空間として設計することの重要性は、日本語圏の教育文化の中でこそ強調されるべき点です。

関連研究との対比―この論文の位置づけ

Schmittの研究から派生した語彙学習ストラテジー研究は非常に蓄積が厚く、Almosaが引用しているAsgari・Bin Mustapha(2010)、Jafari・Kafi(2013)、Manuel(2017)、Wu(2019)などはいずれも主要な知見を提供しています。これらの研究と比較したとき、Almosaの論文の独自性は「サウジアラビアという特定の地域・文化的文脈」と「アラビア語話者の英語学習者という特定の言語背景」にあると言えます。アラビア語と英語はまったく異なる語族に属し、文字体系も語構造も大きく異なります。そのため、アラビア語―英語辞書の使用率が98%超という圧倒的な数字は、この言語ペアならではの特徴を反映していると解釈できます。

一方で、Jafari・Kafipour(2013)がイランのEFL学習者を対象とした研究でも認知ストラテジーの使用頻度の低さが報告されており、中東圏の外国語学習者に共通する傾向が見えてきます。文化圏を超えた比較研究の文脈でこの論文を読むと、「語彙学習の受動性」という問題は特定の文化に固有のものではなく、外国語教育が直面する普遍的な課題であることがわかります。

残された課題と次の研究への期待

論文の結論部分でAlmosaは、「ストラテジー指導を授業に組み込む必要がある」という提言をしています。これは重要な指摘ですが、抽象的なままにとどまっています。どのようなストラテジーを、どのような形で、どのタイミングで指導すべきかという具体的な提案がないのは惜しい点です。

また、本研究の参加者は外国語教育・翻訳・言語文学の専攻生であり、語彙学習への意識や動機が一般の学生よりも高い可能性があります。理工系や医学系など異なる専攻の学生を対象とした比較研究、あるいは高校生から社会人学習者まで幅広い学習段階を含めた縦断的研究が今後の課題として残されています。さらに、ストラテジーの使用と実際の語彙力テストの成績との相関を調べた研究は、因果関係に踏み込むうえで不可欠です。

おわりに―語彙指導は「教えること」ではなく「学び方を学ばせること」

この論文を通読して感じるのは、語彙学習は本質的に個人的な営みであるという事実です。Schmittが指摘したように、優れた学習者は自分なりの語彙習得システムをつくっています。教師がすべての単語を教えることはできません。教師にできるのは、学習者が自分に合ったストラテジーを見つけ、それを使いこなせるように支援することです。

日本の英語教育でも、「単語を何回書かせるか」という方法論の議論を超えて、「学習者がどんな戦略を持って語彙に向き合っているか」を問い直す時期に来ているのではないでしょうか。Almosaの論文はデータの精緻さや理論的な深みにおいて限界もありますが、語彙学習ストラテジーという地道なテーマを丁寧に測定し、報告しようとした誠実な研究として評価できます。現場の教師が「うちの学生はどんな方法で語彙を学んでいるのか」と問いを立てる出発点として、十分に機能する論文です。その問いを立てることこそが、語彙指導の改善への第一歩です。


Almosa, A. (2024). A look into the effectiveness of vocabulary learning strategies by foreign language students in undergraduate classes. Migration Letters, 21(S1), 14–24.

 

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By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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