論文が問いかけること
教室の中で、教師が懸命に説明しているのに、学生たちはどこか上の空――そんな光景に覚えがある英語教師は少なくないだろう。知識を「伝える」ことと、学習者が知識を「自分のものにする」ことの間には、想像以上に大きな溝がある。この溝をどう埋めるか。それが本論文の核心にある問いである。
Nisara Paethrangsi、Sombat Teekasap、Rachapong Khiewpan、Wanlapa Jandaboueの4名による本論文”Empowering Students’ Autonomous Learning through Self-regulation, Metacognitive Strategies, and Collaborative Learning Environments”(『ラジャマンガラ工科大学タニャブリー校文学部紀要』第5巻第1号、2024年掲載)は、タイの高等教育における学習者の自律性促進を主テーマとして扱っている。第一著者のNisara Paethrangsiはラジャマンガラ工科大学タニャブリー校文学部に所属し、第二著者のSombat Teekasapはバーンソムデットチャオプラヤー・ラジャバット大学大学院に籍を置く。いずれもタイの高等教育の現場で長年にわたり教育実践に携わってきた研究者たちであり、論文には現場の肌感覚が随所ににじみ出ている。
論文の構成はレビュー論文(概念的考察論文)の形式をとっており、実証データを収集・分析するというよりも、既存の研究知見を整理・統合しながら、自律学習を育むための実践的提言を行うことを目的としている。英語教育を専門とする読者には、内容が直接的に刺さるはずである。
三本柱の概念を整理する
本論文が提唱する自律学習の促進には、三つの要素が柱として位置づけられている。自己調整(self-regulation)、メタ認知(metacognition)、そして協働学習環境(collaborative learning environment)である。
まず自己調整について。Forgas、Baumeister、Ticeの定義を引きながら、著者たちは自己調整を「望ましい結果を得るために自分の思考・感情・行動を管理すること」と説明している。目標設定、整理整頓、結果の追跡、戦略の変更といった能力がここに含まれる。英語学習に引きつけて言えば、「今週は単語を50個覚える」と目標を立て、週末に達成度を確認し、達成できなかった場合には学習時間を増やすか方法を変えるといった一連の行動がまさに自己調整である。自己調整の能力が高い学習者ほど、授業外での主体的な学びが豊かになる。これは多くの日本の英語教師が経験的に知っていることでもあるだろう。
次にメタ認知。Flavell(1979)の古典的定義に依拠しつつ、著者たちはメタ認知を「自分の思考プロセスを統制・管理する能力と、そのプロセスへの気づきや理解」と定義している。自己調整と概念が重なって見えることもあるが、メタ認知はより「思考についての思考」という認知的な側面が強く、Baker & Brown(1996)に倣って自己調整・計画・評価・モニタリングの四要素から構成されるものとして捉えられている。「自分は何がわかっていて、何がわかっていないか」を正確に把握している学習者は、限られた学習時間を効果的に使える。反対に、「何となくわかった気がする」で止まってしまう学習者は、実際の試験や運用場面で壁にぶつかる。英語の授業でよく見られる「テストは解けるのに話せない」という現象も、このメタ認知の欠如と無縁ではない。
三番目が協働学習環境である。著者たちは、仲間との交流が学習への動機づけを高め、コミュニケーション能力や批判的思考を育む点を強調している。Clifford & Montgomery(2015)を引用しながら、学習者が仲間と学び合い、意見を尊重し合う文化を築くことで、肯定的な学習雰囲気が生まれると述べている。孤独な自習よりも、誰かと一緒に学ぶほうが続きやすい。これは人間の本能に近い感覚かもしれない。協働学習環境は、自己調整やメタ認知の発達を側面から支える「土台」として機能する。
教師と学習者の役割分担を再設計する
本論文のユニークな点のひとつは、計画・モニタリング・振り返り・足場かけ支援(scaffolded support)という四つの局面において、教師と学習者それぞれの役割を明示した表(Table 1)を提示していることである。
この表は、現場の教師にとって非常に実践的な示唆に富んでいる。たとえば「計画」の局面では、教師はカリキュラムと学習者のニーズに合わせた授業設計を行い、学習者は自分の学習目標の設定に能動的に関与することが求められる。「モニタリング」では、教師が評価と観察を通じて進捗を追う一方、学習者は自分で進捗を確認しフィードバックを求める。「振り返り」では、教師が教授法の有効性を振り返り、学習者は自分の成長と学習経験を省察する。「足場かけ支援」では、教師が段階的に支援を減らしながら学習者の自立を促し、学習者は自ら資源を探し行動する。
日本の英語教育現場では、教師が「教える人」、学習者が「教わる人」という固定的な役割分担が根強く残っている。授業中に教師が一方的に説明し、学習者はそれを受け取るだけという構図は、いまだに多くの教室で見られる。本論文が提唱するこの役割の再設計は、そのような現状への直接的な問いかけである。教師がファシリテーターとして機能し、学習者が学びのプロセスに能動的に関与する――この転換は容易ではないが、長期的な英語力の向上には不可欠である。
学習習慣と時間管理への具体的な指針
論文の中盤以降、著者たちは「効果的な学習習慣と時間管理スキルを育成するためのガイド」というセクションを設け、非常に具体的な提言を展開している。学習ルーティンの確立、優先順位の設定と目標設定、集中できる学習環境の整備、効果的なノートテイキング、ポモドーロ・テクニック(25分集中・5分休憩)などを用いた時間管理、複雑なタスクの分割、定期的な復習と自己評価、セルフケアと休憩の重要性、フィードバックのモデリングと提供、モニタリングと調整――これらの項目が丁寧に解説されている。
特に注目したいのはフィードバックの扱いである。García-Jiménez、Gallego-Noche、Gómez-Ruíz(2015)を引用しながら、著者たちはフィードバックを「学習継続を支える足場かけプロセス」と位置づけている。教師が適時にフィードバックを与えるだけでなく、学習者がフィードバックのプロセスに能動的に参加することで、自己評価やピア評価の新しい可能性が開かれると述べている。日本の英語教育では、教師による赤ペン添削は定番の指導法だが、学習者自身が自分の書いたものを評価する自己評価や、クラスメートの文章にコメントするピア評価の導入はまだ浸透しているとは言いがたい。このフィードバックの多元化は、自律学習の育成に向けた重要な一歩である。
教師と学習者の肯定的な関係性の構築
論文の後半では、教師と学習者の肯定的な関係を構築することが、自律学習を支える基盤であると強調されている。信頼関係の構築、明確な期待値の設定、学習者の自律性の育成、適切なガイダンスとサポートの提供、目標設定の支援、自己振り返りの促進、建設的なフィードバック、成功体験の称賛、支援的な学習環境の整備、そして教師自身がロールモデルとなること――これらの戦略が具体的に列挙されている。
Roth、Assor、Kanat-Maymon、Kaplan(2007)の研究を引用して著者たちが指摘しているのは、教師が学習者の自律性を支持する環境を作ったとき、教師自身の人生においても大きな改善が見られるという、やや意外な知見である。教えることは教師自身をも育てる。これは教育現場に長く携わった人なら実感できる話だろう。Nguyen(2012)も、教師が学習者の個人的・文化的特性を理解し、柔軟に指導し、肯定的な学習雰囲気を育てることで学習者の困難を支えられると述べており、この点は日本の多様な学習者を抱える教室にも直接当てはまる。
関連研究との対比から見える位置づけ
自律学習、メタ認知、自己調整をめぐる研究は、1970年代のFlavellのメタ認知研究や、1980年代以降のZimmermanの自己調整学習理論(Zimmerman, 2002)を嚆矢として、膨大な蓄積がある。Deci & Ryan(2000)の自己決定理論(self-determination theory)も本論文で引用されており、内発的動機づけと自律性の関連についての理論的背景が示されている。
こうした先行研究と比較したとき、本論文の独自性はどこにあるだろうか。一言で言えば、「三要素の統合的提示と実践的提言の具体性」にある。メタ認知研究、自己調整研究、協働学習研究はそれぞれ独立した文脈で発展してきたが、本論文はこれらを一つの枠組みに統合し、教師と学習者双方の役割を明示した上で、学習習慣から教師・学習者関係まで幅広い実践的指針を提供している。概念的考察論文としての完成度は高い。ただし、実証データを伴わない点は、本論文の限界でもある。著者たちの提言が実際にどの程度効果を持つかを検証するためには、今後の実証研究が待たれる。
日本の英語教育現場への示唆
日本の英語教育という文脈から本論文を読むと、いくつかの重要な示唆が浮かび上がる。第一に、「学習者中心」への転換の必要性である。日本の英語教育改革は長年にわたり「コミュニカティブ・アプローチ」や「アクティブラーニング」を推進してきたが、実際の教室では依然として教師主導の授業が多い。本論文が示す教師・学習者の役割分担の再設計は、この転換を進める上での具体的な指針となる。
第二に、メタ認知指導の組み込みである。英語の授業で「どうやって勉強しているか」を学習者に問うことは意外と少ない。「何がわかって何がわからないか」を明示化させるメタ認知的プロンプトを授業に組み込むことは、特別なリソースがなくても今日から始められる実践である。学習日誌(ジャーナリング)の活用も、反省的実践の第一歩として有効である。
第三に、ピア学習の促進である。日本の高校・大学の英語授業では、ペアワークやグループワークが導入されてはいるものの、それが単なる「会話練習」にとどまる場合も多い。本論文が提唱するような、明確な協力の期待値・役割分担・相互フィードバック・振り返りを伴う協働学習は、表面的なグループ活動とは一線を画す。Macaskill & Denovan(2013)が強調するように、知識の成長、情報技術の発展、コミュニケーションの加速という社会変化が生涯学習の必要性を高めているという指摘は、AIや自動翻訳ツールが急速に普及する現代の日本においても強く響く。英語を「点数のための科目」としてではなく、生涯にわたって使い続けるスキルとして捉え直すならば、自律的な学習者を育てることの優先順位は飛躍的に高まるはずだ。
論文の限界と今後への期待
一方で、本論文にはいくつかの課題も指摘できる。まず、概念的考察の域を出ず、提言の有効性を裏づける実証データが欠けている点は繰り返し述べておかねばならない。「効果がありそう」という直感的な説得力は高いが、学術的な根拠という点では物足りなさが残る。次に、本論文の想定する学習者像が主にタイの高等教育機関の学生であり、日本の中高生や社会人英語学習者への適用可能性については別途検討が必要である。文化的背景や教育システムの違いが、自律学習の発達に与える影響は無視できない。さらに、オンライン学習や生成AIを活用した学習環境における自律学習の促進については、本論文の射程には入っていない。テクノロジーが学習者の自律性を支援する可能性と、逆に依存や受動性を高めるリスクについては、今後の研究課題として残されている。
それでも本論文が英語教育研究に対して果たす貢献は小さくない。「どうすれば学習者が自分で学べるようになるか」という問いに対して、理論的に整理された枠組みと、現場で使える具体的な戦略を同時に提供している点は、実践志向の読者には特に価値がある。理論と実践の橋渡しをしようとする著者たちの姿勢は一貫しており、現場教師の目線に寄り添った誠実な論文である。
教師がすべてを「教えきろう」とする必要はない。むしろ、学習者が自分で学び続ける力を育てることこそが、教師の最も重要な仕事かもしれない。本論文はそのことを、丁寧に、そして粘り強く訴えかけている。
Paethrangsi, N., Teekasap, S., Khiewpan, R., & Jandaboue, W. (2024). Empowering students’ autonomous learning through self-regulation, metacognitive strategies, and collaborative learning environments. Journal of Liberal Arts, RMUTT, 5(1), 69–79. https://doi.org/10.60101/jla.2024.5.1.4065
