スマートフォンを手放せない学生たちが教室に座っている。その画面の中には、インスタグラムのフィードが流れている。多くの教師はその光景に苛立ちを覚えるかもしれません。しかし、「それを学習に使えないか」と考えた研究者たちがいます。本稿で取り上げるのは、サウジアラビアのプリンス・サタム・ビン・アブドゥルアジズ大学に所属するAli Rashed Ibraheam AlmoheshとJinan Abdulaziz Hamad Altamimiによる研究論文 “Wow, I cannot stop: a concentration on vocabulary learning via instagram and its effects on informal digital learning of english, technostress, and on-line engagement”(BMC Psychology, 2024)です。

この研究は、インスタグラムのフィードを活用した語彙学習活動が、EFL(外国語としての英語)学習者の語彙習得だけでなく、インフォーマルなデジタル英語学習(IDLE)、テクノストレス、そしてオンライン参与度にどのような影響を与えるかを実証的に検証したものです。タイトルの「Wow, I cannot stop(すごい、やめられない)」という言葉には、インスタグラムの中毒性ともいえる吸引力を逆手に取って学習に活かそうという研究者の意図が透けて見えます。

研究の設計と方法論を丁寧に読み解く

研究の参加者は、オックスフォード・クイック・プレースメントテスト(OQPT)によって中級レベルと判定された79名のEFL学習者です。136名の1年生の中からランダムサンプリングで84名を選び、最終的に79名(実験群41名、統制群38名)が研究に参加しました。年齢は17歳から23歳で、2022年の1学期、16セッションにわたって実施されました。

統制群はAdobe Connectを使ったウェビナー形式の通常のオンライン授業を受け、実験群はウェビナーに加えて研究者が作成したインスタグラムアカウントを通じた語彙練習活動を行いました。そのインスタグラムページでは、教科書(Key Words for Fluency, Intermediate)に基づいた活動が、画像・音声・動画を交えて投稿されていました。学習者はそこで質問をしたり、コメントに返答したり、フィードバックを受け取ったりすることができたといいます。

測定には複数の尺度が使用されています。語彙テストは研究者自身が開発した40問の独自テスト(信頼性r=.87)、インフォーマルなデジタル英語学習はIDLES(Cronbach’s α=0.855)、テクノストレスはT-S Sスケール(α=0.79〜0.83)、オンライン参与度は16項目の尺度(α=0.863)で測定されました。これらはすべてリカートスケールを含む定量的指標であり、データ分析には一元配置多変量分散分析(MANOVA)が用いられています。

分析前にはKolmogorov–Smirnovテストで正規性が確認され、Wilks’ Lambdaの値は0.000(p<.05)と統計的に有意な差が示されました。各従属変数への効果量(Partial η²)も、EV=0.450、IDLE=0.534、Technostress=0.552、OLE=0.389と、いずれも大きな効果を示しています。

結果が示す驚くべき変化

結果をひと言で言えば、インスタグラムを使った実験群はあらゆる指標で統制群を上回りました。語彙テストの平均点は実験群37.02に対して統制群29.47。IDLEスコアは実験群49.32に対して統制群29.05。テクノストレスに関しては、実験群21.71に対して統制群34.45と、実験群のほうが明らかに低い。オンライン参与度は実験群52.32に対して統制群36.00というデータが得られています。

特に注目すべきは、テクノストレスが「下がった」という点です。一般的に、新しいテクノロジーを導入すると学習者はストレスを感じやすいと言われています。ところがインスタグラムを使った群では、むしろストレスが軽減されたのです。これは直感に反する発見であり、研究者たちはその理由として「インスタグラムが学習者にとって使い慣れた親しみやすいプラットフォームであること」および「メタ認知的な自律性を高めること」を挙げています。

IDLEスコアが大きく上昇したという結果も興味深いです。IDLEとは授業外で自発的にデジタル環境を通じて英語に触れる活動のことで、オンラインゲームや英語の映画視聴なども含まれます。インスタグラムを通じた学習が、学習者を「授業が終わっても英語を使い続けたい」という状態に導いた可能性があります。これは日本の英語教育にとっても非常に示唆的なポイントではないでしょうか。

理論的枠組みの妥当性を考える

この研究が依拠している理論的枠組みは、主に「社会的存在感(social presence)」の概念とGeorge Siemensが提唱した「コネクティビズム(connectivism)」です。社会的存在感とは、オンライン空間においていかに自分を表現し他者と繋がれるかを示す概念であり、この感覚が高まると学習者の授業への関与度も高まると考えられています。インスタグラムのようなビジュアル重視のSNSは、その特性上、社会的存在感を育みやすいプラットフォームといえます。

コネクティビズムはデジタル時代における学習理論であり、知識はネットワークの結節点として存在し、学習とはそれらの結節点を繋いでいく行為だと定義されます。Siemensはこの理論の中で、学習者がデジタルツールや社会的ネットワークを通じて常に繋がり続けることの重要性を主張しています。インスタグラムのフィードを学習に活用するという実践は、まさにこの理論と整合的です。

また、研究者たちはIDLEの概念を援用し、教室の外での非公式な言語実践が学習成果に寄与することを強調しています。この視点はLee JS.らの一連の研究とも呼応しており、IDLE研究の文脈においてこの論文はその実証的証拠の一つとして位置づけられます。ただし、IDLEの概念そのものがまだ発展途上にあり、その定義や測定方法についての議論は続いています。この点については後述します。

関連研究との対比から見える貢献と課題

インスタグラムを英語教育に活用する研究は近年増加しています。たとえばAloraini(2018)はインスタグラムをEFL学習ツールとして調査し、Shazali, Shamsudin, and Yunusらも同プラットフォームの作文教育への活用可能性を検討しています。しかし、語彙学習への焦点を当て、かつIDLE・テクノストレス・オンライン参与という3つの変数を同時に測定した研究は少なく、その意味でこの研究はマルチアウトカム設計という点で独自の貢献をしていると言えます。

一方で、類似の研究と比較したとき、いくつかの課題も浮かび上がります。たとえばTeng, Heydarnejadら(2022)の研究は同様のインスタグラムフィード型タスクを文法学習に適用していますが、その研究との間で方法論的なオーバーラップが見られます。本論文の著者の一人であるAlmoheshは同大学の所属であり、研究チームの独立性についての詳細な情報が乏しいことも気になります。また、介入を行ったのが研究者自身であるという設計上の問題は、研究者バイアスの可能性を排除しきれません。

MALL(モバイル支援型言語学習)の文脈では、Wardak(2021)やReynolds and Taylor(2020)らもアプリを活用した語彙学習の効果を実証しており、本研究の結果はそれらとも一致しています。しかし、インスタグラムが他のアプリと比較して「なぜ」より効果的なのかという説明については、本論文は十分な理論的説明を提供できていない部分もあります。

方法論の限界と評価すべき点

本研究にはいくつかの方法論的な限界があります。まず、準実験的デザインを採用している点です。参加者はランダムに群に割り当てられたと述べられていますが、「非ランダムな基準によるランダム化」という説明は矛盾を含んでいます。実際には完全なランダム化ではなく、便宜的サンプリングに近い設計であることが読み取れます。

次に、介入期間が1学期・16セッションという点について、この期間だけで測定されたテクノストレスの変化が長期的に維持されるかどうかは不明です。また、統制群への情報漏洩を防ぐために実験群の学生に口止めをしたと述べられていますが、これが実際に守られたかどうかの検証はされていません。

さらに、本研究は量的方法論に特化しており、学習者がどのようにインスタグラムを使い、何を感じたかという定性的な視点が欠けています。なぜ実験群の学習者がIDLEを増やしたのか、テクノストレスが下がったのかという「理由」の説明は、数値だけでは不十分です。研究者自身も将来研究として混合研究法の採用を推奨しており、この点は自覚的です。

一方で、複数の教員が採点を担当したことや、Cronbach’s alphaによる信頼性の確認、KSTによる正規性の検証など、基本的な統計的精緻さは確保されています。また、4つの従属変数を一括して分析できるMANOVAの採用は、複数の仮説検定による第一種過誤のリスクを低減するという点で適切な判断です。

日本の英語教育現場への示唆

日本の英語教育の現場において、この研究はどのように受け取られるでしょうか。日本では長らく「四技能」の均衡ある指導が求められてきました。そのなかで語彙学習は、文法学習と並んで最も基礎的かつ重要なスキルとして位置づけられています。しかし、語彙学習はとかく単調になりがちで、単語帳の暗記や反復練習に終始することも多いのが現実です。

インスタグラムを語彙学習のツールとして取り入れるというアプローチは、日本の教育現場でも実践可能な選択肢の一つです。多くの日本の高校生・大学生はすでにインスタグラムを日常的に使用しています。その既存のリソースを学習に転用するというアイデアは、追加的なコストをほとんどかけずに実施できるという点でも魅力的です。

ただし、日本の教育環境特有の壁もあります。まず、学校のポリシーとしてスマートフォンの授業中使用を禁止している機関は少なくありません。また、教員がSNSを活用した授業設計を行うためには、一定のデジタルリテラシーと準備が必要です。本研究でも指摘されているように、教員の事前・現職研修においてSNS活用のトレーニングを組み込むことが急務です。

さらに、日本の学習者が「テクノストレス」を感じやすい文脈を考えると、親しみのあるプラットフォームを使うことがその軽減に繋がるという本研究の知見は、日本における外国語教育のデジタル化推進においても参照価値があります。特に、コロナ禍以降にオンライン授業を余儀なくされた教員・学生がテクノロジーへの抵抗感を抱えたという経験は、多くの関係者に共通するものではないでしょうか。

IDLEの概念に関して言えば、日本の高校生・大学生が英語のYouTube動画を視聴したり、英語のゲームをプレイしたり、英語の音楽を聴いたりする行為は、まさにIDLEに該当します。こうした活動がいかに形式的な英語学習と連動しうるかを探る研究は、日本においてもっと盛んに行われるべきだと感じます。本研究はそうした方向性に一石を投じるものとして評価できます。

研究者の立場と研究の誠実さについて

Almoheshはサウジアラビアのプリンス・サタム・ビン・アジズ大学アラビア語学部に所属する研究者で、本研究の主著者です。AlmoheshとAltamimiはともに同大学に所属しており、本研究はPSAU 2023/R/1444という大学ファンドの支援を受けています。倫理審査はプリンス・サタム・ビン・アブドゥルアジズ大学の研究倫理委員会(承認番号SCBR-196/2023)によって行われており、参加者の同意も適切に取得されています。ヘルシンキ宣言への準拠も明記されており、研究倫理上の手続きは概ね整っています。

気になる点として、介入の実施者が研究者自身であるという点があります。客観性の確保という意味では、第三者による介入の実施やブラインドデザインが望ましいですが、小規模な教育研究では現実的に難しい場合も多く、この点を一方的に批判することは酷かもしれません。むしろ、この点を透明に報告していることは誠実な姿勢といえます。

総評―インスタグラムは語彙学習の新たな場となりうるか

本研究は、インスタグラムを用いた語彙学習が語彙知識の向上だけでなく、インフォーマルな学習行動の増加、テクノストレスの低減、そしてオンライン参与度の向上という複合的な恩恵をもたらす可能性を示した実証研究です。サウジアラビアの中級EFL学習者を対象とした限られたサンプルではありますが、その知見は言語教育全般に示唆を与えるものがあります。

一学期間という短い期間でこれほどの変化が見られたという点は、驚きと同時に慎重な解釈を促します。効果が本当に持続するのか、他の文化的・言語的背景を持つ学習者にも同様の結果が得られるのか、そしてインスタグラムという特定のプラットフォームに依存した設計が他のSNSにも汎用できるのかという問いは、今後の研究が答えるべき課題として残っています。

しかし、スマートフォンを「邪魔者」として遠ざけるのではなく、学習のパートナーとして設計に組み込もうとする姿勢は、現代の教育が向かうべき方向を体現しています。学習者が「やめられない」と感じるほど没頭できる学習環境を作ること。それはあらゆる言語教師が目指すべき、古くて新しいテーマです。この研究は、そのための一つの具体的な手段を提示しています。


Almohesh, A. R. I., & Altamimi, J. A. H. (2024). Wow, I cannot stop: a concentration on vocabulary learning via instagram and its effects on informal digital learning of english, technostress, and on-line engagement. BMC Psychology, 12, Article 8. https://doi.org/10.1186/s40359-023-01503-w

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By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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