研究の背景と問題意識

語学教育の現場に長く携わっていると、「自分で学べる学生」と「指示待ちの学生」の差が、最終的な語学力に大きく影響することを肌で感じる場面が多いはずです。日本の中学・高校でも、「生徒が主体的に学ぶ」という理念は学習指導要領の改訂のたびに強調されてきましたが、実際の授業では教師が主導権を持ち、生徒は受け身のままというケースが依然として少なくありません。学習者オートノミー(learner autonomy)という概念は、そうした現状に対する一つの問いかけでもあります。

今回取り上げるのは、Rosukhon SwatevacharkuとNida Boonmaによる論文 “Learner Autonomy Assessment of English Language Teaching Students in an International Program in Thailand”(2021年、Indonesian Journal of Applied Linguistics掲載)です。SwatevacharkuはタイのAssumption大学大学院人間科学研究科英語教育プログラムに所属し、BoonmaはAssumption大学Theodore Maria芸術学部ビジネス英語学科に所属しています。この論文は、将来英語教師になる予定の大学院生たちが、どの程度「自律的な学び手」であるかを多面的に評価しようとしたものです。

研究の舞台となったのは、タイの国際的な私立大学における英語教育修士課程(MA ELT)の第1セメスター。参加者は19名で、その内訳は中国人学生15名、ミャンマー人3名、タイ人1名という構成でした。全員が英語を母語としない、いわゆるアジア系の学生たちです。この点は後述する考察においても重要な意味を持ちます。

研究のデザインと方法論

この研究が採用したのは、説明的混合研究法(explanatory mixed-methods design)です。まず量的データとして、Muraseが2015年に開発した「言語学習者オートノミー測定尺度(MILLA)」を用いた49項目の5段階リッカート式質問紙調査を行いました。続いて、その結果をもとに選ばれた5名の学生に半構造化インタビューを実施し、質的データで量的結果を補完・説明する構造になっています。

MILLAはBensonの3次元モデルにOxfordの社会文化的次元を加えた4次元構造を持ちます。具体的には、技術的(technical)、心理的(psychological)、政治哲学的(political-philosophical)、そして社会文化的(sociocultural)という4つの次元から学習者オートノミーを評価します。クロンバックのα係数0.94という高い信頼性を誇るこの尺度を用いた点は、研究の質的担保として評価できます。

量的データには記述統計(平均・標準偏差)が用いられ、質的データにはテーマ的内容分析が適用されました。インタビューは各20〜30分で、研究者がメモを取る形で記録されました。音声録音や文字起こしが明示されていない点はわずかに気になりますが、インタビュー対象者との良好な関係が妥当性の担保として機能していたと著者たちは述べています。

4次元の評価結果とは何を示すのか

全体の平均スコアは3.62(SD = 0.30)で、4次元すべてにおいて「高い」レベルのオートノミーが確認されました。各次元の平均を見ると、心理的次元が最も高く(M = 3.92)、次いで技術的次元(M = 3.68)、政治哲学的次元(M = 3.55)、社会文化的次元(M = 3.31)という順序でした。

これだけ聞くと「優秀な学生たちだった」という単純な話に見えるかもしれません。しかし論文が面白いのは、スコアの背景にある「なぜ」の部分を丁寧に掘り起こしている点です。インタビューによって導き出された4つのテーマ―「メタ認知戦略としての目標設定」「自律学習を支える内発・外発的動機付け」「交渉可能な学習過程における権威的パートナーとしての教師」「自己依存と協働学習への志向」―は、量的データだけでは見えてこない、実に豊かな示唆を含んでいます。

テーマ1―長期的な目標がなぜ「エンジン」になるのか

技術的次元において最も高いスコアを示したのが目標設定に関する項目でした。インタビューに答えた学生たちは口を揃えて、「将来英語教師になる」という長期的な目標を持っており、それが学習の原動力になっていると語りました。

Macという学生(仮名)は「自分の目標は、英語の学習と教育においてより専門的かつ有能になること」と述べ、Sandraは「博士号を取って大学で教えたい。その目標があるから、ここに来て勉強している」と明言しました。さながら、登山家が山頂を目指すことで足が自然と前に出るようなものです。目標があることで、日々の学習行動が「意味のあること」として位置づけられ、自己調整が促される。これはRyan and Mercerが2011年に論じた「成長マインドセット(growth mindset)」の議論とも呼応します。

著者たちはこの結果から、目標設定の重要性は学習者の年齢段階に応じて異なり、年少者には短期目標を、成人学習者や大学院生には長期的なキャリア目標を設定させることが有効だと述べています。これは日本の英語教育にとっても極めて示唆的な点です。高校生に「なぜ英語を学ぶのか」と問えば、「受験に必要だから」という答えが返ってくることが多いでしょう。しかしそれが「将来、国際的な場で通用する教師になりたいから」という目標と結びついたとき、学習の質はまったく別次元に変わる可能性があります。

テーマ2―動機付けは「内側」と「外側」の両輪で機能する

心理的次元が最も高いスコアを示した背景には、学生たちの高い学習動機がありました。Sandraは「英語を話せることへの誇りと自信」、Jennyは「低い成績を取ることへの恐れ」、Maryは「学んだ指導法を将来の生徒に役立てたい」という、それぞれ異なる動機を語りました。

注目すべきは、内発的動機(楽しさ・達成感)と外発的動機(良い成績・就職)が対立するのではなく、相互補完的に機能している点です。著者たちはこれをDörnyei and Ryanの「理想のL2自己(Ideal L2 Self)」という概念で説明しています。現在の自分と「なりたい自分」とのギャップを縮めようとする欲求が、強力な学習動機として機能するというわけです。「夢見る英語教師の自分」と「今の自分」の差を埋めるために、学生たちは自ら学ぼうとする。シンプルですが、これは非常に力強いメカニズムです。

日本の英語教育においても、学習者が「英語ができる将来の自分」をリアルにイメージできるよう支援することは、授業設計上の重要な課題と言えます。そのためには、英語を使う職業人のロールモデルを示したり、将来の自分をテーマにした作文活動を取り入れたりするなど、目標と現実をつなぐ「想像の橋」を架けることが有効かもしれません。

テーマ3―「権威としての教師」と「交渉相手としての教師」の二面性

政治哲学的次元の結果では、学生たちが親や社会よりも教師の権威を重視していることが明らかになりました。この結果は、アジアの教育文化的背景と無縁ではありません。特に中国やミャンマーの教育環境では、教師は知識の権威者として位置づけられることが多く、この傾向が量的データにも反映されていると考えられます。

しかしインタビューでは、より複雑な実態が浮かび上がりました。Macは「以前は資格ある教師に全面的に頼っていたが、今は考えが変わった。教師も知らないことがあり、学生も知っていることがある。互いに知識を共有し交渉できる」と述べています。Sandraも「教師はファシリテーターであるべきで、示唆を与え、関与させるべきだ」と語りました。

これはBensonが2010年に論じた「教師は教育的権威の最も直接的な代表者」という見解を支持しつつも、その権威が一方的なものではなく、「交渉可能な関係」へと変容していることを示しています。著者たちはこれを「反応的オートノミー(reactive autonomy)」と呼び、Littlewoodの1999年の概念枠組みを援用しています。つまり、最初に方向性を示してもらった上で、自律的に資源を組織していくというプロセスです。

これは日本のEFL(外国語としての英語)教育にとっても重要な示唆です。日本の多くの教室では教師主導が当然視されがちですが、「教師が全部教える」モデルから、「教師は方向を示し、学生が自ら進む」モデルへの移行を、意識的に促すことが求められています。

テーマ4―仲間と学ぶことが自立への道

社会文化的次元では、全49項目中で最高スコアを記録した項目が「Students can help each other learn(仲間同士が互いの学習を助け合える)」でした(M = 4.53, SD = 0.70)。これは非常に印象的な結果です。

Kateは「一人で学ぶと達成感がある。でも、グループ学習が好きな理由は、さまざまな視点から意見を共有できるから」と語りました。この発言は、自律的な学びが必ずしも「一人でやること」を意味しないことを端的に示しています。Vygotsky的な「最近接発達領域(ZPD)」の考え方に沿えば、より能力の高い他者との協働が、自己調整能力を育てる土台となります。

著者たちは、ELTプログラムが採用しているプロジェクト型学習や協働学習の実践が、まさにこうした社会文化的オートノミーの発達を促していると主張します。日本の英語教育においても、ペアワークやグループディスカッションは広く取り入れられていますが、それが「自律的な学び手を育てる」という明確な教育目標と結びついているかどうかは、再考の余地があるでしょう。

研究の限界と今後の課題

この研究にはいくつかの重要な限界も存在します。まず、参加者が19名と非常に少なく、量的分析が記述統計にとどまっているため、結果の一般化には慎重であるべきです。論文自体もこの点を認めており、より多くのELTプログラムを対象とした大規模研究の必要性を指摘しています。

また、参加者の大半が中国人学生(15名)であったため、結果がある種の文化的均質性を持っている可能性は否定できません。これが多様な国際的文脈での知見にどこまで適用できるかは慎重に検討する必要があります。さらに、インタビューの記録方法に関して、音声録音や文字起こしの有無が明示されていない点、また第一研究者が参加者の指導教員でもあったという関係性が、インタビューデータの妥当性に影響した可能性についても、もう少し詳細な検討があると良かったでしょう。

研究者たち自身が勧めるように、縦断的研究のデザインは非常に意義深いと思います。入学時と修了時のオートノミーレベルを比較することで、プログラムの効果をより具体的に評価できるでしょう。また、オートノミー教育を明示的に取り入れた科目の開設という提言も、実践的で具体性があります。

日本の英語教育現場への示唆

本論文が示す知見は、日本の英語教育にとっても多くの参考点を含んでいます。まず、「学習者が自律的に学ぶ」ためには、「なぜ学ぶのか」という長期的な目標意識の形成を支援することが不可欠だという点です。日本の英語教育は長らく大学受験という短期目標に引き寄せられてきましたが、それを超えた「英語ができる自分」のビジョンを育てる指導の必要性を、本研究は改めて示しています。

次に、教師の役割についての再考です。本研究における学生たちは、教師を「一方的な権威」ではなく「交渉相手」として捉え直していました。これは、日本の教育文化においても十分起こりうる変容であり、その変容を意図的に促す授業設計の工夫が求められます。教師が「全部教える」役割から「学びを方向づける」役割へとシフトすることは、言うのは易しいですが実際には相当の意識改革と専門的トレーニングを要します。だからこそ、教員養成課程においてオートノミーの概念を明示的に扱うことが重要です。

さらに、協働学習の価値についても再確認が必要です。「グループ活動が自律性を育てる」という本研究の知見は、日本の教室でのペアワークやグループ学習をより意識的・目的的に設計する必要性を示しています。単なる活動の多様化ではなく、「他者との協働が自分の学びを深める」という経験を学習者に積ませることが、オートノミー育成の観点から重要なのです。

まとめ―自律する学び手を育てるための問いかけとして

本論文は、アジア系大学院生の学習者オートノミーを多面的に評価した実証研究として、堅実な貢献をしています。参加者数の少なさや方法論上のいくつかの制約はあるものの、量的・質的データを組み合わせた混合研究法の採用と、4次元のオートノミーを統合的に検討しようとする姿勢は高く評価できます。

何より、この研究が示す核心的なメッセージは普遍性を持っています。自律的な学び手とは、真空の中で一人勉強する人ではありません。明確な目標を持ち、仲間と学び合い、教師を「壁」ではなく「橋」として活用しながら、自分自身の学びを主体的に切り拓いていく人のことです。それは英語教育に限らず、あらゆる教育が目指すべき人間の姿でもあります。日本の英語教育が今後この問いにどう向き合うか、本論文はその議論を深めるための良い素材を提供してくれています。


Swatevacharkul, R., & Boonma, N. (2021). Learner autonomy assessment of English language teaching students in an international program in Thailand. Indonesian Journal of Applied Linguistics, 10(3), 751–761. https://doi.org/10.17509/ijal.v10i3.31764

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By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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