授業中にノートを取る学生が減っている、という実感をお持ちの先生は少なくないでしょう。あるいは、ノートを取っていても、それはスマートフォンで黒板を撮影しているだけだったり、AIが生成した要約をそのままコピーしていたりという光景が日常になっています。韓国の国民大学(Kookmin University)に勤務するSeo Ji-Youngは、まさにそうした現場の危機感から本研究を立ち上げました。2025年にアジア太平洋圏の第二言語・外国語教育学術誌 Asian-Pacific Journal of Second and Foreign Language Education に掲載されたこの論文は、いわゆる「コーネルノート」と呼ばれる構造的なノート取り法が、AI全盛時代のGen Z(概ね1997年以降生まれの世代)に通用するかどうかを、韓国人大学生77名を対象に15週間かけて実証的に検証したものです。

タイトルを見て「ノート取りの話でしょ」と流してしまうと、もったいない。この研究には、デジタル化・AI化が急速に進む教育環境の中で、読解力をどう育てるかという本質的な問いが静かに埋め込まれています。特に日本の英語教育関係者にとっては、他人事ではありません。

コーネルノートとは何か――三分割の構造が生む深い処理

そもそもコーネルノートをご存知でしょうか。Cornell大学のWalter Paukが開発した学習システムで、ノートシートを三つのエリアに分割します。右上の広い「ノートセクション」に読んだ内容や講義の要点を書き留め、左の「キューセクション」にはキーワードや自分が作った質問を記入し、下部の「サマリーセクション」には全体を数文で要約する、という構成です。この三段構えが重要なのは、単に情報を写すのではなく、内容を理解し、問いを立て、自分の言葉で凝縮するという認知的な作業を強制するからです。

Paukはこれを「ただのノート術ではなく、自然な学習システムだ」と表現しました。論文中でも、記録(Record)・問い(Question)・反唱(Recite)・要約(Recapitulate)・省察(Reflect)・復習(Review)という六段階のサイクルが紹介されています。このプロセスは情報処理理論(Atkinson & Shiffrin, 1968)における「感覚記憶→作業記憶→長期記憶」の移行を意識的に支援するものであり、また処理の深さが記憶の定着と相関するという処理水準理論(Craik & Tulving, 1975)とも整合しています。要するに、「浅く写す」のではなく「深く考える」ことを構造として保証する仕組みです。

研究の設計―― 二群の比較と測定の工夫

Seoは参加学生を二群に分けました。コーネルノートグループ(実験群、37名)と個人ノートグループ(統制群、40名)です。全員が韓国の同じ大学の一年生で、TOEICの平均スコアは494点。CEFRでいえばA2レベル、いわゆる「初中級」に相当します。英語が得意というわけではない学生たちです。

両群は同じテキストを使い、授業中はデジタル機器の使用を禁止。コーネルグループには手書きのコーネルノートのみを許可し、個人ノートグループは自分の好きな方法で自由にノートを取らせました。授業は週3時間、15週間。読解指導あり、語彙学習あり、事前知識の活性化ありという、丁寧に設計された環境です。

測定には読解力テスト(プレテストとポストテスト)が使われました。各テストは444語の英文に対して、選択式8問と短答式2問の計10問構成で、学習管理システム(LMS)を通じてオンライン実施・自動採点しています。さらに介入終了後には、コーネルグループのみを対象にした質問紙調査(5件法のリッカートスケール+自由記述)が行われました。統計分析には繰り返し測定二要因ANOVAが採用され、群と時間の交互作用が検証されています。

結果は明快――コーネルグループが大きく伸びた

結果は明確です。プレテストでは個人ノートグループのほうが若干高い平均点(47.25点)でしたが、ポストテストではコーネルグループが逆転して高得点(61.38点)を記録しました。スコアの上昇幅はコーネルグループが平均20.43点に対し、個人ノートグループは8.43点。どちらも統計的に有意な向上を示しましたが、その差は明らかです。

繰り返し測定ANOVAでは、時間の主効果(F=36.221, p<0.001, partial η²=.326)と時間×群の交互作用(F=6.271, p<0.05, partial η²=.077)がともに有意で、コーネルノートが読解力の向上に寄与したことが統計的に裏付けられました。効果量の大きさから見ても、これは無視できない差です。

学生の声―― 「怖くなくなった」という感覚の意味

数字だけが研究の魅力ではありません。質問紙の自由記述からは、興味深い声が多数得られています。ある学生は「長い英文を小さなパーツに分けてから向き合えるようになって、怖くなくなった」と述べました(Student 4)。別の学生は「授業中にノートを取らないといけないから、自然と集中できた」と語り(Student 9)、また「要点が何かを考えながら書くことで、漫然と写すのと全然違う」と気づいた学生もいました(Student 11)。

コーネルノートグループの実に83.8%が「今後もこの方法を使いたい」と回答しています。これは無視できない数字です。一方で課題も正直に報告されています。英語力が低い学生は、内容を理解するだけで精一杯で、英語でノートを書く余裕がないという苦しさを告白しています。また、すでに自分なりのノートスタイルを持っている上位学生が、「新しい方法に切り替える必要性を感じない」と抵抗を示したケースも報告されました。

Gen Zに手書きを強いることへの是非

研究の設計で一つ特筆すべき点があります。Seoは意図的に手書きにこだわりました。スマートフォンのアプリや翻訳ツール、ChatGPTなどの生成AIを排除するためです。これは実験条件の統制という意味だけでなく、Mueller & Oppenheimer(2014)の有名な研究――「ペンのほうがキーボードより強い」という知見――への敬意でもあります。ラップトップでノートを取る学生は逐語的に書き写す傾向があり、深い処理が行われにくいというあの研究です。

ただ、ここには一つの緊張関係があります。Gen ZはデジタルネイティブであるからこそGoodnotesやSamsungノートなどのタブレットアプリで手書きコーネルノートを作ることに慣れている場合もあります。Seoも論文中でその可能性を認めており、今後の研究課題として「デジタルノートの活用」を明示的に挙げています。日本においても、一人一台端末が当たり前になりつつある教室環境を考えると、この問いはきわめて現実的です。

日本の英語教育への示唆――「何となくノートを取る」からの脱却

日本の高校・大学の英語教育においても、ノート取りは長年「各自に任せる」スキルでした。板書をそのまま写す、あるいは教科書に傍線を引くだけ、という学習者が多数を占めるのは珍しいことではありません。本研究が示すのは、「ノートの取り方を明示的に教えること」が読解力向上に有効だという点です。

特に重要なのは、Donohoo(2010)の枠組みを用いた指導プロセスです。訓練(Training)・モデリング(Modeling)・ガイド付き練習(Guided Instruction)・独立練習(Independent Practice)という四段階で、教師がコーネルノートを丁寧に教えていく。これは読解指導としての足場かけ(scaffolding)そのものであり、「方法を見せて、一緒にやってみて、徐々に手を離す」という王道の教授法と一致します。

また、コーネルノートの「キューセクション」で自分なりの問いを立てさせるという作業は、批判的思考力の訓練にもなります。日本の英語教育でしばしば課題とされる「能動的な読み」を支援するツールとして、コーネルノートは非常に合理的な選択肢ではないでしょうか。実際、Ahmad(2019)がエジプトの中学生を対象にした研究でも、コーネルノートを使った群が批判的読解スキルで優位に立ったことが報告されており、読解力の質的な向上という観点からも説得力があります。

関連研究との対比――何が新しいのか

コーネルノートの有効性自体は、これまでにも複数の研究が示してきました。Evans & Shively(2019)は中国の国際校に通う8年生を対象に四群比較を行い、手書きコーネルノートグループの自己効力感が最も高かったことを報告しています。Alzu’bi(2019)はヨルダンのEFL大学生を対象にライティングへの応用可能性を検討しました。Sholikhah et al.(2019)はインドネシアの中学生を対象にしており、読む意欲の向上も確認されています。

これらに対してSeoの研究が付け加えた新味は二点あります。一つは「Gen Z」という対象の焦点化です。AI依存・デジタル選好という文化的背景を持つ世代に特化して議論を展開している点は、他の先行研究にはない視点です。もう一つは韓国のEFL文脈という特異性です。英語が外国語として学ばれており、母語が英語から遠く離れた環境において、構造的ノートが読解力を高めるという知見は、日本にもそのまま応用可能な示唆を持っています。

一方で、課題も正直に認めなければなりません。サンプルが一つの大学の一年生77名に限定されており、外的妥当性には限界があります。また、ノートの「内容の質」を分析していないため、学習者がコーネルノートの三セクションをどの程度適切に活用できていたかが不明です。加えて、教師がコーネルグループのみに積極的に関与しているという構造は、「コーネルノートの効果」なのか「明示的指導の効果」なのかを分離しにくくしており、この点に関するさらなる研究が求められます。

AIに代替されない学びとは何か

最後に、この研究が私たちに問いかけていることを整理しておきましょう。ChatGPTをはじめとする生成AIは、要約を一瞬で生成し、翻訳を瞬時に仕上げ、読解を補助してくれます。しかしそれは「学習者が情報を処理した」ことを意味しません。Seoが本論文で繰り返し強調するのは、「メタ認知能力」の重要性です。自分が何を理解していて、何がわかっていないかを把握し、学習プロセスを自分でコントロールする能力。これこそがAI時代においても人間に残される固有の知的営みであり、コーネルノートはその能力を鍛える一つの具体的な手段として機能します。

Flavell(1979)がメタ認知を「自分自身の学習を監視・制御する能力」と定義してから半世紀近く経ちます。当時はまだAIの脅威など想像もされていなかったはずですが、概念の射程は驚くほど広かった。コーネルノートが「問いを作る」「要約する」という作業を学習者に課すのは、まさにこのメタ認知の訓練に他なりません。

私たちが英語を教える現場で一番怖いのは、学生がわかった気になって終わることです。コーネルノートは、「わかっていないことを自分で見つける」ための構造を提供してくれます。それは地味だけれど、確かに有効な教育的介入です。Seoの研究は、その「地味さの有効性」を15週間の実験でしっかりと裏付けてみせました。

手書きのノートと紙の教科書。それは過去の遺物ではなく、デジタル過剰時代だからこそ意味を持つ、学びの基盤として再評価される時期に来ているのかもしれません。


Seo, J.-Y. (2025). Cornell note-taking strategy instruction for Gen Z: Enhancing EFL students’ reading comprehension. Asian-Pacific Journal of Second and Foreign Language Education, 10, Article 40. https://doi.org/10.1186/s40862-025-00347-8

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By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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