研究の背景と問題意識
自己調整学習(Self-Regulated Learning、以下SRL)という概念をご存知でしょうか。平たく言えば、「自分で目標を立て、学び方を工夫し、振り返りながら学習を進める力」のことです。英語教育の文脈でも、生徒が自分の学習を主体的にコントロールできるかどうかは、長期的な成果を左右する重大な要素として注目されています。今回紹介するのは、ドイツのゲーテ大学フランクフルトのCharlotte DignathとGerhard Büttnerが2018年に発表した論文 “Teachers’ Direct and Indirect Promotion of Self-Regulated Learning in Primary and Secondary School Mathematics Classes” です。この研究は、小学校と中学校の数学の授業をビデオで撮影し、教師がSRLをどの程度・どのように促進しているかを直接観察するとともに、中学校教師へのインタビューを通じてその信念や知識を分析したものです。
Dignathはこれまでもメタ分析を通じてSRL指導の効果を研究してきた研究者であり、Büttnerとともに発展的学習支援の研究に長年取り組んできました。二人が特に問題意識を持ったのは、SRLが学業成果に与える正の効果は多くの研究で実証されているにもかかわらず、実際の教室でそれがどう実践されているかについては、ほとんど調査されていないという現実です。「研究室の中では効果があるとわかっているのに、なぜ教室では広まらないのか」という問いは、研究者なら誰もが一度は突き当たる壁でしょう。
研究の設計と方法論の概要
この研究では、ドイツの南西部に位置する学校から、小学校教師12名(3年生担当)と中学校教師16名(7年生担当)が参加し、それぞれの数学の授業がビデオ録画されました。さらに、中学校教師のうち9名には半構造化インタビューが実施されました。ビデオ分析には、研究チームが開発したATES(Assessing How Teachers Enhance Self-Regulated Learning)という観察ツールが用いられ、1分間を1単位として教師の言動が分類・評価されました。
SRL促進の方法は大きく「直接的促進」と「間接的促進」に分けられます。直接的促進とは、認知的・メタ認知的・動機づけ的なストラテジーを教師が明示的あるいは暗示的に教えることを指し、間接的促進とは、協同学習・既有知識の活性化・本物の学習課題の提示・学習の自己決定といった要素からなる「SRLを促進する学習環境の構築」を意味します。この二段構えの分析枠組みは、研究の精度を高めています。
直接的促進の現実―明示的指導はほぼゼロ
まず目を引くのは、明示的なSRLストラテジー指導がほとんど観察されなかったという事実です。小学校教師においては、ストラテジーを明示的に教えた教師はゼロ。中学校教師でも、明示的指導が観察されたのはMichaelという一人の教師だけで、授業45分中わずか2.43分にとどまりました。これは衝撃的な数字です。特に、「自分は何をどのように学んでいるか」を意識させるメタ認知ストラテジーは、両校種において驚くほど少ない時間しか費やされていませんでした。
では何が教えられていたかというと、主として認知的ストラテジー、つまり「問題をどう解くか」という手続き的な思考方法です。小学校で約7分、中学校では約25分と、中学校のほうが有意に多い結果でした。これは数学の内容の複雑さが増すことと対応していると考えられますが、裏を返せば、教師たちは「何を学ぶか」の指導には多くの時間を割きながら、「どのように学ぶかを自分でコントロールするか」という次元の指導はほぼ行っていないということです。
日本の英語教育に置き換えてみましょう。文法や語彙の説明には多くの時間を使っていても、「どんな状況でどのストラテジーを使えばよいか」「今日の学習を自分でどう振り返るか」といった指導が行われているクラスはどれほどあるでしょうか。「とりあえず音読して、単語を覚えて」という指示を繰り返すことと、SRLの明示的な指導は、まったく別物なのです。
間接的促進―小学校の優位性と中学校の課題
一方、学習環境の構築という間接的な促進においては、小学校教師が中学校教師を大きく上回っていました。小学校教師は、複雑でオープンエンドな課題の提示、実生活との関連づけ、協同学習の活用など、構成主義的な学習環境を比較的一貫して整えていました。評価尺度(4点満点)の平均が小学校2.17に対し、中学校は1.72であり、差は統計的にも有意で効果量も大きいものでした。
中学校教師の多くは、教師主導型の一方向的な授業スタイルを取っており、生徒が能動的に学習を構成する機会がほとんど与えられていませんでした。内容が抽象的なままで提示され、既有知識との接続も乏しく、認知的葛藤を意図的に引き起こそうという試みも見られなかったと報告されています。これはドイツの教員養成制度と関係があるとも著者は述べています。小学校教師は教育学・発達心理学を中心に学ぶ傾向があるのに対し、中学校教師は専門教科の知識に重点を置いた訓練を受けることが多く、結果として学習支援に関する視点の差が生まれているというわけです。
日本でも似たような構造は見られます。特に高校英語では、内容のカバレッジと入試対策が優先されがちで、「どう学ぶか」を問い直す余地がなかなか生まれにくい。それでも昨今の学習指導要領改訂では「主体的・対話的で深い学び」が強調されており、まさにSRLの間接的促進に重なる理念が謳われています。しかし理念と実践の間にはまだ大きな溝があるのではないでしょうか。
教師の知識・信念の実態―インタビューが語るもの
インタビュー結果も興味深い内容を含んでいます。教師たちはメタ認知ストラテジーとは何かをうまく説明できず、知識の乏しさが際立ちました。認知的ストラテジーについて正しく定義できたのは9名中4名、メタ認知的ストラテジーについては2名のみでした。これは知識不足というよりも、「そういう概念で考えたことがなかった」という感覚に近いかもしれません。
信念の面では、認知的ストラテジーの指導は重要だと多くの教師が感じており(平均5.1/6.0)、動機づけについても一定の重要性は認識されていました。しかしメタ認知ストラテジーの重要性の評価は相対的に低く(平均4.1/6.0)、「どうやって教えればいいかわからない」という戸惑いが背景にあると考えられます。
特に注目したいのは、観察された実際の指導と教師の自己評価がほとんど相関しなかったという点です。つまり、「自分はこれだけ教えている」という教師の認識と、実際に教室で起きていることの間には大きなズレがあるわけです。これはSRLに限らず多くの教育研究で繰り返し確認されている現象ですが、だからこそ自己報告のみに頼った研究の限界を示しており、ビデオ観察と組み合わせた本研究の方法論的意義が際立っています。
Michaelというモデルケースから学ぶこと
研究の中では、MichaelというSRL指導に最も優れた教師の事例が詳述されています。30年のキャリアを持つ55歳のMichaelは、計画ストラテジーを中心としたメタ認知指導を明示的に行い、ストラテジー使用の利点を生徒に説明し、構成主義的な学習環境も整えていました。彼の信念と実践は比較的一致しており、SRL指導に対して高い重要性を感じていたことが示されています。
Michaelのような教師は例外的存在ではありますが、裏を返せば「やろうと思えばできる」ということを示してもいます。SRL指導が特別な才能や資質の問題ではなく、適切な研修と知識の積み重ねによって習得できるものであるという示唆は、現場にとって心強いメッセージです。
日本の英語教育現場への示唆
この研究はドイツの数学の授業を対象としていますが、その知見は日本の英語教育に直接的に応用できる内容を多分に含んでいます。
まず、ストラテジー指導の明示性という問題です。日本の英語教師も、リスニングやリーディングの際に「こういう手順で解こう」と教えることはあっても、それを「これはメタ認知ストラテジーだ」と意識的に教えることは少ないでしょう。生徒がストラテジーの意義を理解し、いつどのように使えばよいかを知っていることで、初めてそのストラテジーは汎用性を持ちます。Veenmanが繰り返し論じてきたように、明示的なメタ認知指導こそが転移可能な学習能力の基盤となるのです。
次に、動機づけストラテジーの取り扱いです。「英語ができないと将来困る」という外発的な動機づけに頼るだけでなく、「どうやれば自分がもっと学べるかを自分で考える力」を育てることが、長期的な英語力の伸長には不可欠です。特に中学・高校段階の教師は、テスト対策に追われるあまり、この側面を見失いがちです。
さらに、学習環境の構築という視点も重要です。協同学習を「賑やかになるだけ」と敬遠する教師や、本物の課題を「準備が大変」と避ける教師は少なくありません。しかし本研究が示すように、こうした間接的な促進は、生徒がSRLを実践する機会を提供する上で欠かせない要素です。直接的なストラテジー指導と組み合わせることで、相乗的な効果が期待できます。
研究の限界と残された課題
この研究にも明確な限界はあります。サンプルサイズが小さく、特に中学校教師のインタビュー対象は9名に限られています。また、インタビューが中学校教師のみで実施されたため、小学校教師の信念との比較ができていません。さらに、各教師の観察は1時間のみであり、その授業が教師の通常の指導を代表しているとは必ずしも言えません。
しかしながら、ビデオ観察・教師インタビュー・評価尺度という複数の手法を組み合わせたトライアンギュレーションは、研究の信頼性を高める上で効果的であり、方法論的には高く評価できます。また、小学校と中学校という異なる校種を直接比較した観察研究は先行研究にほぼ存在せず、その比較分析は学術的に独自の貢献をしています。
今後の課題として著者が指摘しているのは、教師の自己効力感の測定です。知識や信念だけでなく、「自分にはSRLを教える能力がある」という確信こそが、実際の指導行動を左右する最大の要因である可能性が、Dignath-van Ewijk(2016)などの研究でも示唆されています。教員研修においては、知識の伝達にとどまらず、こうした自己効力感を育てることが重要な課題となるでしょう。
おわりに―知ることから始まる実践の変化
この研究が突きつけるのは、「教師はSRLの重要性を感じながらも、それをどう教えればよいか知らない」という現実です。信念と実践の間にあるのは、意志の欠如ではなく、知識と具体的な方法論の不足なのです。
日本の英語教育においても、「主体的な学習者を育てる」という目標は繰り返し語られています。しかし、その実現には、教師自身がSRLとは何か、どう教えるかを知っていなければなりません。本研究が示すように、メタ認知ストラテジーの明示的指導と、自律を促す学習環境の構築は、相補的な関係にあります。教師研修の中でこれらを扱う機会を増やすこと、そして現場教師が自分自身の実践を振り返るための手がかりを提供することが、今求められているのではないでしょうか。授業改善の出発点は、いつだって「知ること」から始まるのです。
Dignath, C., & Büttner, G. (2018). Teachers’ direct and indirect promotion of self-regulated learning in primary and secondary school mathematics classes – insights from video-based classroom observations and teacher interviews. Metacognition and Learning, 13(2), 1–31. https://doi.org/10.1007/s11409-018-9181-x
