研究の背景と筆者について
教室の中で、先生の説明をただ聞いているだけの学生と、自分で「なぜわからないのか」「どう理解すればいいか」を考えながら学ぶ学生では、長期的な学力に大きな差が出ることは、多くの教育者が経験的に感じているはずです。この直感を学術的に裏付けようとした研究が、今回紹介するJuliaans Eliezer Rulland Marantikaによる論文です。
Marantikaは、インドネシア・アンボンに位置するパティムラ大学教育学部の言語・芸術学科に所属する研究者で、1989年から同大学でドイツ語教育を担当してきたベテランの教育者です。2005年にジャカルタ国立大学で博士号を取得し、言語学・文学・語学教育を研究の軸としています。モルッカ州の教育委員会にも関与するなど、地域教育の実践にも深く携わっています。本論文は2021年にJournal of Education and Learning (EduLearn)に掲載されたもので、メタ認知能力と自律的学習方略が学習成果に与える影響を、インドネシア語の授業を対象に実証的に分析しています。
メタ認知とは何か―「自分の思考を考える力」
まず「メタ認知」という概念を整理しておきましょう。英語で言えば “metacognition”、文字どおり「認知についての認知」です。平たく言えば、自分が何を知っていて、何を知らないかを把握する力です。たとえば、英語のリスニング問題を解いていて「自分は単語は聞き取れるが、文の流れについていけなくなると急に理解が落ちる」と気づける学生は、メタ認知が機能しています。一方、「なんとなくできない」と感じながらも何が問題かを特定できない学生は、メタ認知が十分に発達していないと言えるかもしれません。
この概念を認知心理学の立場から体系的に論じたのはFlavellで、その後多くの研究者が引き継いでいます。Marantikaの論文ではEfklidesの枠組みを参照しており、メタ認知を「メタ認知的知識」「メタ認知的経験」「メタ認知的スキル」の三つに分けています。知識は「どういう学習方略がどんな状況で有効か」を知ること、経験は「今自分の理解がどの程度進んでいるかを感じ取ること」、スキルは「その知識と経験を実際の学習に活用する能力」です。これら三つが有機的に働いたとき、学習者は自己調整学習の実践者となるわけです。
自律学習とはどういう学び方か
もう一つのキーワードが「学習者オートノミー(自律学習)」です。これは単に「一人で勉強すること」ではありません。Bensonの定義を借りれば、学習の管理、認知プロセス、学習内容という三つの側面において学習者が主体的にコントロールを持つことを意味します。つまり、何を学ぶか、どう学ぶか、どれだけ学べたかを自分で判断・評価できる学習者のことを「自律した学習者」と呼ぶわけです。
日本の英語教育の文脈で考えると、この概念はとりわけ重要に響きます。長年にわたって「教師が教え、生徒が受け取る」という伝達型の授業スタイルが主流だったわが国では、学習者が自分の学習プロセスをコントロールする習慣が育ちにくかったと言わざるを得ません。文部科学省の学習指導要領改訂でも「主体的・対話的で深い学び」が強調されるようになりましたが、その実現のためにはまさに自律学習の素地が必要です。Marantikaの研究は、そのような学習者を育てることの意義を、データをもって示しています。
研究の設計と手法
本研究では、パティムラ大学教育学部の言語・芸術学科に在籍する1年生を対象に、記述的相関研究法が採用されました。英語教育、インドネシア語教育、ドイツ語教育の三つのプログラムから合計34名が選ばれ、各プログラムから10名ずつ、計30名が最終的な分析対象となりました。サンプリングには目的的抽出法(purposive sampling)が用いられ、学習意欲が高く、授業に積極的に参加する学生が選ばれています。
データ収集にはアンケートと試験の両方が使われました。自律学習を測定するアンケートはTassinariの枠組みに基づき、動機づけ・計画・実行・評価・パフォーマンスの5側面を22項目で問うものです。メタ認知能力の測定にはScrawとDenisonが開発したMetacognitive Awareness Inventoryを改訂したものが用いられ、宣言的知識・手続き的知識・条件的知識などを含む30項目から構成されています。信頼性係数はメタ認知能力でα=0.884、自律学習でα=0.734と、いずれも十分な水準です。分析にはピアソンの積率相関係数が使われ、ExcelのPEARSON関数による算出が行われています。
分析結果が示すこと
結果は三段階で示されています。まず、自律学習とインドネシア語学習成果の相関はr=0.734(有意水準α=0.5%)、次にメタ認知能力と学習成果の相関はr=0.699(同水準)、そして両者を合わせた重相関係数はR=0.808と、いずれもr表(0.361)を大きく上回る有意な結果でした。
この数値が何を意味するのかを少し具体的に考えてみましょう。r=0.734というのは、統計的には「中程度から強い正の相関」に分類されます。学習成果に影響する要因は無数にあります。家庭環境、知能指数、教師の質、授業時間など、さまざまな変数が絡み合う中で、自律学習という一つの変数がこれほどの相関を示すのは、教育研究の世界では相当に注目すべき結果です。また、重相関係数が0.808にまで上昇することは、メタ認知と自律学習が相乗効果を持つことを示唆しており、これは二つの能力が独立したものではなく、互いを高め合う関係にあることを意味します。
三つのメタ認知段階という実践的枠組み
Marantikaが本論文で提示する中で特に実践的価値が高いのが、メタ認知を「学習気づき段階」「学習計画段階」「モニタリングと評価段階」の三段階で捉える枠組みです。
第一の気づき段階では、学習の目的を明確にし、利用可能なリソースを確認し、自分の動機づけの水準や課題の難易度を把握します。第二の計画段階では、締め切りを設定し、優先順位をつけ、適切な学習方略を選択します。第三のモニタリングと評価段階では、「なぜこの教材は難しいのか」「この内容は自分の何に役立つのか」といった問いを立てながら、集中力とモチベーションを維持し、学習を省察します。
日本の英語教育の現場に引き付けて言えば、多くの学生がこの第一段階から躓いています。「英語の勉強をしなければならない」とは思っていても、「なぜ英語を学ぶのか」「何ができるようになればよいのか」「自分の弱点はどこか」を真剣に考えたことがない学生は少なくありません。教師が「今日は何のためにこれを学ぶのか」を問い、学生が自分の言葉で答えられるようにすることが、メタ認知教育の第一歩になります。
関連研究との対比
本論文の知見はいくつかの先行研究と整合しています。BroadbentとPoonは、自己調整学習方略の使用と学業成績の間に有意な正の相関があることをオンライン高等教育環境の系統的レビューで確認しており、本研究の結果と方向性が一致しています。ZhuらもブレンドコースにおいてFself-controlと自己調整学習の重要性を示しています。
また、Vandergriftが外国語リスニング能力の研究の中で見出した「動機づけとメタ認知方略の高い相関」も、本研究の視点を補完するものです。自律的学習と動機づけは別々の概念ではなく、相互に影響し合っていることがわかります。学習に対する内発的な意欲があるからこそメタ認知が機能し、メタ認知が機能するからこそ「わかった」という達成感が生まれ、それがまた動機づけを強化するという好循環です。
一方で、Karlenは学習者のメタ認知的知識・動機づけ・方略使用のパターンには個人差があり、学習者をタイプ別に分類できることを示しています。この観点から見ると、本研究で「自律学習が高い学習者は成果も高い」とする結論は、全ての学習者に一律に当てはまるわけではなく、学習者のタイプや文脈によって指導法を柔軟に変える必要があることも示唆されます。
日本の英語教育への示唆
本研究はインドネシアのインドネシア語教育を対象としたものですが、その知見は日本の英語教育にも十分に移転可能です。外国語を学ぶという構造は基本的に共通しており、「学習者が主体的に自分の学びをマネジメントできるか」という問いは普遍的です。
具体的には、まず授業の冒頭に「今日この活動を通じて自分は何ができるようになるか」を学習者自身に問いかけ、記録させることが有効です。これはメタ認知の気づき段階を鍛える実践です。次に、活動の途中で「今どの程度理解できているか、何が難しいか」を短時間で内省させることが、モニタリング能力の向上につながります。そして授業終わりには「今日の学びで何がわかり、何が残ったか」を振り返るミニ・リフレクションを取り入れることが、評価段階の訓練になります。
これは「メタ認知日記」のような形で継続的に取り組むことで、学習者の自己認識が徐々に精緻化されていきます。このような実践の積み重ねが、Marantikaの言う「自律した学習者」を育てることにつながります。
教師オートノミーという視点
本論文が自律学習の議論の中で教師のオートノミーにも言及しているのは注目に値します。Bensonの議論を引きながら、「学習者の自律を促したいなら、教師自身が自律的でなければならない」という主張が展開されています。Masoulehも同様の立場を取り、学習者の自律は教師の自律と相互依存の関係にあると述べています。
日本の英語教師の立場から考えると、これは決して耳の痛い話ではなく、むしろ背中を押す言葉です。自分の授業を振り返り、新しい方法を試し、うまくいかなければ修正する。この「自己調整する教師」の姿勢こそが、学習者のメタ認知モデルにもなり得るのです。授業を通じて「先生も悩んでいる」「先生も考えている」という姿を見せることは、学習者に「わからないことを認識し、考え続けることが大切だ」というメッセージを伝えます。
研究の限界と今後の課題
客観的な評価として、いくつかの限界も指摘しておく必要があります。サンプルサイズが30名と小さく、単一大学の特定の専攻に限られているため、結果の一般化には慎重さが求められます。また、目的的抽出法によって「積極的で動機づけの高い学生」が選ばれているため、サンプルに一定のバイアスがかかっている可能性があります。メタ認知能力や自律学習をアンケートのみで測定していることも、自己報告バイアスという課題を残しています。
さらに、相関分析である以上、因果関係は証明されません。「メタ認知が高いから成果が高い」のか、「もともと成績が高い学生がたまたまメタ認知的行動も多く示す」のかを区別するためには、縦断的研究や介入実験が必要です。この点で、本研究は出発点としての価値は高いものの、実践への直接応用には慎重さも必要です。
まとめ―「考え方を教える」ことの意義
それでも本論文の核心的なメッセージは力強いものです。学習の成否は単に知識量の問題ではなく、「どう学ぶかを知っているか」「自分の学びを自分でコントロールできるか」という高次の能力によって大きく左右されるということです。これはインドネシアの大学生に限った話ではありません。日本の高校でも大学でも、あるいは社会人の語学学習の場においても、等しく当てはまる原則です。
英語の授業で文法を教え、単語を教えることは大切です。しかし同時に、「どのように学べばよいか」「今の自分の理解度はどこにあるか」「この先どんな練習が自分に必要か」を考えさせることが、長期的な語学力の向上につながります。Marantikaの研究は、そのような教育観を支持する実証的な証拠の一つです。
人が長い間言語を学び続けられるのは、学習そのものが自分のものになっているときです。それを可能にするのがメタ認知であり、自律的学習の姿勢です。教師の役割は、知識を伝えることと同時に、学習者がその力を自ら育てられるよう、適切な足場を提供することにあります。そのことを、この論文は語りかけています。
Marantika, J. E. R. (2021). Metacognitive ability and autonomous learning strategy in improving learning outcomes. Journal of Education and Learning (EduLearn), 15(1), 88–96. https://doi.org/10.11591/edulearn.v15i1.17392
