Z世代の学習者に寄り添う教育とは―メタ認知・AIを組み合わせた実践的アプローチを読み解く

スイス・フリブール大学の教育科学部に籍を置くSarah Chardonnensが執筆し、2025年1月にFrontiers in Education誌に掲載されたこの論文は、Z世代(1997年から2012年生まれ)の学習者を対象に、メタ認知的戦略と人工知能(AI)を組み合わせた教育実践のあり方を体系的に論じたものです。著者はスイスの教育現場を主な活動の場としており、デジタル環境における学習の質と自己調整能力の関係に長年関心を持ってきた研究者です。本稿では、この論文の内容を丁寧に紹介しながら、日本の英語教育の文脈で考えた場合にどのような示唆が得られるかを掘り下げていきます。

Z世代とはどんな学習者なのか

まず前提として、Z世代とはどういう人たちなのかを押さえておく必要があります。彼らはスマートフォンが普及し、SNSが日常生活に溶け込んだ時代に生まれ育ちました。Pew Research Centerの調査(Anderson & Jiang, 2018)によれば、13〜17歳の95%がスマートフォンを所持し、45%が「常にオンライン状態」だと答えています。日本でも事情はさほど変わらず、中高生の多くがYouTubeやTikTokを日常的に視聴し、授業中でさえ通知が気になって仕方ないという声は珍しくありません。

この世代の認知スタイルは非線形的かつ断片的で、情報を順を追って読み進めるよりも、ハイパーリンクを辿りながらモジュール化された情報をつまみ食いする傾向があると、Prensky(2001)の先行研究は指摘しています。Chardonnensはこの点を踏まえ、従来の講義型・一方向型の授業がこの世代に機能しにくい理由を丁寧に説明しています。彼らはリアルタイムで個別化されたフィードバックを求め、自分の生活や関心と結びついた「文脈のある学び」を好むのです。英語の授業でいえば、教科書の本文を黙々と読ませるだけでは動機づけが難しく、実際に使う場面や目的が見えるタスクが求められるということになります。

論文の研究手法―体系的な文献レビューの信頼性

この論文の方法論として注目すべきは、PRISMA(Preferred Reporting Items for Systematic Reviews and Meta-Analyses)フレームワークに基づく体系的文献レビューが採用されていることです。Google Scholar、Scopus、PsycINFOなど複数のデータベースを横断し、最終的に2000年から2024年の間に刊行された121本の査読付き論文が分析対象として選ばれています。最初に625本が候補として挙がり、重複排除や除外基準の適用を経て絞り込まれたこのプロセスは、バイアスを最小化するための手続きとして評価できます。さらに、MAXQDA(質的データ分析ソフト)を用いたコーディングと、2名の評価者による独立したレビューが行われており、方法論的な透明性と再現可能性が確保されています。

ただし著者自身も認めているように、英語論文のみを対象としていること、また分析対象の多くが西洋圏の教育文脈から来ていることは限界として残ります。アジアや南米、アフリカにおけるAI教育の実践が十分に反映されていない点は、日本の研究者として注意しておきたいところです。それでも、これだけ体系的に整理された知見は、英語教育の実践に携わる教員にとっても十分に参照価値があります。

AIが教育にもたらすもの―パーソナライズの可能性と落とし穴

論文の中心的なテーマのひとつは、AIが教育に与える影響です。Luckin(2017)の研究を引きながら、著者はAIを活用したインテリジェント・チュータリングシステムが中学校の数学の授業で従来授業と比べて15%の成績向上をもたらしたと述べています。リアルタイムで学習パターンを分析し、個々の弱点に応じた課題を提示できるAIの強みは明らかです。英語学習においても、発音の矯正や文法の誤り指摘、語彙習得の進捗管理など、AIの活用が広がっています。

しかし、ここで重要な警告が出てきます。Carr(2020)の研究が示すように、AIプラットフォームに過度に依存した学習者は、自分で計画を立て、進捗を確認し、戦略を修正するという自己調整能力が低下する傾向があるというのです。短期的には成績が上がっても、長期的には自律的学習者として育ちにくくなる可能性がある。これは見過ごせない問題です。たとえるなら、カーナビに頼りすぎて地図が読めなくなってしまうようなもので、便利さの代償として何か大切なものを失うリスクがあります。英語教育においてもChatGPTや翻訳AIの使用が急速に広がる中、この指摘は非常にタイムリーです。

さらにBinns(2018)を引用しながら、著者はAIアルゴリズムが偏ったデータセットに基づいて設計された場合、社会経済的背景に基づく不公平な評価を生み出す危険性があると指摘しています。ある大学では、AIによる採点システムが特定の社会経済的背景を持つ学生に低い評価を与えていたことが明らかになったという事例も紹介されています。公正なAIの設計と、教員によるモニタリングがいかに重要かを痛感させられます。

自己調整とメタ認知の力―デジタル時代に必要な学びの技術

この論文が特に力を入れて論じているのが、自己調整学習(SRL)とメタ認知の重要性です。Zimmerman(2002)の研究によれば、学習目標を設定し、進捗をモニタリングし、結果を振り返るよう訓練された生徒は、粘り強さと学業的回復力が高まります。スウェーデンの中学校でデジタルポートフォリオを使った事例では、学期末に85%の生徒が自分の学力に対する自信と、難しい課題への取り組み意欲の向上を報告したとされています。

またSchraw & Moshman(1995)の研究では、学習ダイアリー(振り返りジャーナル)を継続的に記録した生徒が、記録しなかった生徒と比べて自己評価と戦略調整を問うタスクで25%高いスコアを示したとされています。英語の授業でいえば、毎回の授業後に「今日何を学んだか」「どこがわからなかったか」「次はどう取り組むか」を短く書かせるだけでも、メタ認知的意識を育てる効果があるわけです。これは特別な機器も予算も必要なく、明日の授業からでも試みられる実践です。

動機づけとエンゲージメント―自律性が学びを深める

Deci & Ryan(1985)の自己決定理論は、内発的動機づけの核心を「自律性」「有能感」「関係性」の三つに求めています。Chardonnensはこの理論を下敷きにしながら、研究テーマを自分で選べた高校生は、教師から割り当てられたテーマで取り組んだ生徒と比べてプロジェクトへの時間投入が40%多く、成果も優れていたという結果を紹介しています。英語の授業で生徒に発表テーマや読む素材をある程度選ばせると、学習への関与度が劇的に変わることは、経験豊かな英語教師なら肌感覚でわかるはずです。

一方でデジタル環境は、即時的な満足感を提供することで、長期的な目標への粘り強さを損なう側面もあるとTwenge(2017)の縦断研究は示しています。SNSに1日3時間以上費やす青少年は、1時間以内の利用者と比べてうつ・不安症状を27%多く報告したというデータは衝撃的です。メンタルヘルスと学習環境の関係は、今や教育者が目を背けることのできないテーマになっています。

注意力と集中力の問題―デジタル・マルチタスキングの代償

Ophir, Nass & Wagner(2009)の研究では、日常的にデジタル・マルチタスキングを行う学生は、シングルタスクに集中する学生と比べて注意散漫の割合が40%高かったと報告されています。Wilmer, Sherman & Chein(2017)はさらに踏み込み、授業中にスマートフォンを頻繁に確認した学生は、確認しなかった学生と比べて記憶保持テストで20%低いスコアを示したと述べています。これは多くの教師が経験的に知っていることを、データで裏付けたものといえます。

対策として著者が勧めるのは、授業の中に「振り返りの間(ポーズ)」を意図的に設けること、マルチメディアコンテンツの流れを途中で止めて問いかけをすること、そしてマインドフルネスの実践です。Zeidan et al.(2010)によれば、マインドフルネス瞑想を定期的に行った青少年は注意持続時間が30%向上し、不安症状も減少したとされています。英語の授業でいえば、リスニング活動の途中に意図的な「考える時間」を挟んだり、音読後に「今どんなことを感じたか」を一文で書かせたりすることが、こうした実践の英語教育版と言えるかもしれません。

日本の英語教育への示唆

この論文が日本の英語教育に与える示唆は多岐にわたります。まず、プロジェクト型学習(PBL)と形成的評価の組み合わせについてです。Hattie & Timperley(2007)の「フィードバックの力」に関する研究は日本でも広く参照されていますが、その実践は依然として試験対策中心の授業に押しやられがちです。本論文が示すように、リアルな文脈の中で学習者が主体的に動き、即時的なフィードバックを受け取れる授業設計は、Z世代の英語学習者の動機を高める上で有効です。

次に、AIツールの「使い方」の教育です。ChatGPTをはじめとする生成AIは日本の英語学習にも急速に浸透しています。しかし本論文が警告するように、AIに全面的に頼ることで自律的な思考力・自己調整力が損なわれるリスクがあります。英語教育の場では、AIが出した英文を批判的に評価させる活動や、AIに頼らず自分で書いてからAIと比較させるような課題設計が有効です。道具としてのAIを「使いこなす」ためのメタ認知的教育こそが、今求められているものです。

さらに、メンタルヘルスへの配慮という観点も忘れてはなりません。日本の中高生・大学生の間でもSNSによる自己比較やオンラインでのプレッシャーが精神的健康を損ねているケースは増えています。英語の授業が単に言語スキルを教える場にとどまらず、デジタル・ウェルビーイングについて考える機会を含むことが、今の時代には必要かもしれません。

先行研究との比較と学術的考察

Zawacki-Richter et al.(2019)の系統的レビューが高等教育におけるAI活用の現状を俯瞰した研究であるとすれば、Chardonnensの本論文はそれをZ世代という特定のコーホートに絞り込み、認知・動機・メタ認知・メンタルヘルスという多面的な視点から深化させたものと位置づけられます。また、Ogunleye et al.(2024)が生成AIの教育利用に関する研究の空白を指摘した流れを受けて、本論文はその空白の一部を埋める試みとして機能しています。

一方で、本論文には批判的に見るべき点もあります。参照文献の多くが2010年代以前の古典的研究(Deci & Ryan, 1985; Prensky, 2001; Schunk & Pajares, 2002など)であり、生成AI時代の最新知見との接続が必ずしも十分ではない印象があります。また、提示されるデータの一部(「35%の向上」「25%のスコア差」など)について、研究デザインやサンプルサイズの詳細が不透明な箇所もあり、数値の解釈には慎重さが必要です。加えて、英語教育という特定分野への応用に踏み込んだ議論はなく、そこは読者自身が補完する必要があります。

バランスある統合という結論の意味

論文の結論は「AI・メタ認知・アクティブラーニングをバランスよく統合した、人間中心の教育実践」を目指すべきだというものです。これは穏当な主張に聞こえますが、実践的にはかなり難しいことです。教員がAIリテラシーを持ち、メタ認知指導のスキルを身につけ、学習者のメンタルヘルスにも目を配りながら、さらに形成的評価とPBLを組み合わせるとなれば、相当な専門性と時間が求められます。著者が指摘するように、教員研修の抜本的な見直しと、政策レベルでの継続的な支援が不可欠です。

Z世代の学習者と日々向き合う英語教師にとって、この論文は「なぜ今の授業が伝わりにくいのか」を体系的に理解する助けになり、そして「何を変えれば良いのか」を考えるための手がかりを与えてくれます。答えは一つではありませんし、魔法のような解決策もありません。しかし、学習者の認知的・情緒的特性を深く理解し、テクノロジーと人間的かかわりを組み合わせながら教育を設計していくという姿勢こそが、これからの教師に求められる核心ではないでしょうか。本論文は、そのための思考の足場を、しっかりと提供してくれています。


Chardonnens, S. (2025). Adapting educational practices for Generation Z: integrating metacognitive strategies and artificial intelligence. Frontiers in Education, 10, Article 1504726. https://doi.org/10.3389/feduc.2025.1504726

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By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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