英語教育にAIを導入しようとする動きは、日本でも韓国でも近年急速に広まっています。しかし、ツールを導入すれば学習が自動的に深まるわけではありません。本論文は、そのギャップ―技術と教育的理念の乖離―を真正面から問い直した研究です。著者のDonghwa Leeはロンドン大学教育研究所(UCL Institute of Education)の博士課程に在籍し、共著者のHong-hyeon KimとSeok-Hyun Sungは韓国のスタートアップ企業ZEROxFLOWのメンバーとして、それぞれ教授設計とシステム開発を担当しています。研究者と開発者が協働したこの論文は、2022年にEducation Tech Research Dev誌(第71巻)に掲載されました。

この研究が取り組むのは、「AI技術を教育的知識によって導くことができるか」という問いです。そしてその答えを模索するにあたって採用されたのが、Learner-Generated Context(以下LGC)フレームワークと呼ばれる教育技術論的枠組みです。聞き慣れない言葉かもしれませんが、要は「学習者自身が自分の学習文脈を生み出す」という考え方です。

LGCフレームワークとは何か

LGCフレームワークは、Luckinらの研究グループが2000年代後半から提唱してきた概念で、現代社会における知識の複雑性と、デジタル技術の普及を背景に生まれました。従来の教育では、カリキュラムや教科書が「外側から」学習者に届けられ、学習者はそれを受け取るだけの存在でした。LGCはこの関係を逆転させます。学習者が自ら目標を設定し、自分の興味やニーズに合わせた学習コンテンツを選び、あるいは自ら作り出し、多様なリソースと相互作用しながら知識を構築していく―このプロセス全体を「学習者が生み出した文脈(Learner-Generated Context)」と呼ぶのです。

さらにLGCは、学習支援の在り方について「PAHコンティニュアム」という概念を提示しています。Pedagogy(教授)、Andragogy(成人学習)、Heutagogy(自己決定学習)の頭文字をとったもので、学習者の状況に応じて、教師主導から自律的学習まで柔軟に支援を変化させることを求めます。これは「教えすぎない」ことの大切さを理論化したものとも言えます。日本の英語教育で言えば、文法や語彙を教師が解説するだけでなく、学習者が自らの関心に基づいてテーマを選び、英文を読み、発話し、他者と共有する―そういった学習環境に向かう方向性です。

韓国の英語教育という文脈

本研究が対象とした韓国の英語教育は、日本の英語教育とよく似た課題を抱えています。受験に特化したカリキュラム、教師や塾講師が決定する学習内容、そして学習者自身の興味や目標が反映されにくい環境です。OECDの2019年調査によれば、韓国はOECD加盟国の中でも遠隔教育への参加率が最も高い国のひとつですが、それにもかかわらず、学習者が主体的にオンライン学習を進める環境は整っていないとされます。

さらにCOVID-19パンデミックが追い打ちをかけました。突然の遠隔授業移行によって、多くの韓国の中高校生が「自律的に学ぶ」ことを強いられた一方、それを支えるシステムも指導も十分ではなかった。本論文はこの現実から出発しています。著者らは、「AIを使えばよい」という発想ではなく、「どのようなAIを、どのような教育的理念に基づいて設計すれば、学習者の自律性を育てられるか」を問いました。

システムの設計と四つのモジュール

著者らが開発したシステムは、三つの設計原則に基づいています。第一は「学習者を自律的な文脈の創造者として位置づけること」、第二は「学習内容・計画・方略の決定において個別化された支援を提供すること」、第三は「学習者がリソースと相互作用しながら文脈を拡張できるオープンな場を提供すること」です。

この原則を実装したシステムは四つの機能モジュールで構成されています。まず「学習コンテンツ管理モジュール」は、学習者が自分で選んだ英語テキストや動画から語彙リストや例文リストを自動生成するツールです。テキストはOCR(光学文字認識)で画像からも抽出でき、YouTubeの動画はキャプションと音声データが自動的に時刻と同期されます。次に「学習管理モジュール」は、カレンダー形式のUIで学習スケジュールを自分で立てる機能です。第三の「個別化英語学習モジュール」は、学習者が作成したコンテンツに基づいて、見る・聞く・話す・書くといった多感覚的な練習問題やテストを自動生成します。最後の「コンテンツキュレーションモジュール」は、他の学習者が作ったコンテンツをメインページで共有・探索できるオープンプラットフォーム機能です。

このシステムの最大の特徴は、練習問題があらかじめ「問題バンク」から用意されるのではなく、学習者が選んだコンテンツそのものから自動生成される点にあります。つまり、「何を学ぶか」を学習者が決め、そこからシステムが学習活動を組み立てる。これはきわめて斬新な発想です。

三人の中高校生が示したもの

研究では、ソウル在住の中高校生三名(Haru、Bada、Sunny―いずれも仮名)を対象に七日間のフィールドテストが行われました。それぞれ異なる英語学習歴と背景を持つ学習者として選ばれており、データはチュートリアル時の観察記録、学習ログ、オンラインアンケート、電話インタビューによって収集されました。

中学二年生のHaruは英語学習歴一年未満で、英語の自信も最も低い学習者でした。彼は学校の教科書や問題集をスマートフォンで撮影し、OCR機能で語彙リストを作り、七日間にわたって自分でスケジュールを立てて語彙学習を続けました。練習モードを中心に使い、「自分でスケジュールを立てたから、特に意識しなくても勉強できた」と語っています。一方で、コンテンツ共有機能はほとんど使わず、自分の語彙リストをすべて削除してしまうという出来事もありました。「勉強が終わったから新鮮な気持ちで新しいことをしたかった」という彼の言葉は、コンテンツの所有権と共有の葛藤を象徴しています。

同じく中学二年生のBadaは英語学習歴五年以上で、塾中心の学習をしてきた学習者です。チュートリアルで動画ウィザードに強く興味を示した彼は、お気に入りのファンタジー映画や音楽ビデオのYouTube動画から六本の学習コンテンツを自作し、161文の英語例文と81語の英単語を七日間で学びました。最初は失敗もありましたが、大学生の姉に助けを借りながら自分で問題を解決し、やがて「自分の学習コンテンツで他の学生が勉強しているのだと思うと誇らしい」と語るまでになりました。彼はさらに独自の学習方略―英語のポップソングの歌詞を分析して学習コンテンツを作るという方法―を自ら編み出しました。これはまさにLGCが理想とする「学習者が自分の文脈を生み出す」姿そのものです。

高校二年生のSunnyは、大学受験を強く意識した自律型私立高校に通う学習者です。彼女は学校から配布された英語エッセイのハンドアウトをOCRで処理して37個の語彙リストを作り、音楽動画からも学習コンテンツを作成するなど、七日間で729語の英単語を学びました。彼女はシステムの使い勝手についても積極的に意見を述べ、「長い英文記事全体をひとつのコンテンツとして学ぶ方法が学校の試験対策に向いている」という独自の学習方略を提案するまでに至りました。一方で、ニュース動画を教材にしようとしたところ、自動キャプションの精度が低くて断念せざるを得なかったという技術的な限界も報告されています。

評価基準から見た「LGC的学習」の実現

著者らは四つの評価基準を設け、学習者の経験がLGCに基づく学習の特徴を示しているかどうかを質的に分析しました。基準1は「学習者が自分でコンテキストを設定して学習を始められたか」、基準2は「四つのモジュールを使って一連の学習活動を行えたか」、基準3は「新たな学習方略の考案や他の学習者との交流を通じて学習文脈を拡張できたか」、基準4は「システムの問題点が学習体験に悪影響を与えたか」というものです。

三名全員が基準1と2を満たし、BadaとSunnyは基準3も満たしました。特に注目すべきは、学習者たちがシステムを開発者の意図とは異なる形で使っていたことです。たとえばBadaとSunnyはどちらも「練習モード」をほとんど使わず、「テストモード」を繰り返すことで自分なりの学習スタイルを確立しました。著者らはこれを問題視せず、むしろ「学習者が自分でシステムとの関わり方を選んでいる」という点でLGC的な学習が実現していると捉えています。この柔軟な評価の視点は、学習の「正解」を決めがちな日本の教育現場にとっても示唆に富むものです。

課題として見えてきたこと

フィールドテストを通じて、いくつかの重要な課題も浮かびあがりました。まず、コンテンツ共有・交流の文化形成の難しさです。Haruのケースが示すように、自分が作ったコンテンツを他者と共有することへの抵抗感は予想以上に根強く、またコンテンツの数や多様性が不十分な段階では、キュレーション機能も十分に機能しませんでした。Sunnyが「同じ学校の仲間と一緒に使えたらいい」と述べたように、共有コミュニティのデザインは今後の大きな課題です。

次に、社会的文脈の問題です。Sunnyの学習目標が大学受験中心になっていたことに対して、著者らは、「学習者が自由に目標を設定できる環境でも、社会的な価値観や競争がその選択を制約する」という点を率直に認めています。これは韓国だけの問題ではありません。日本の英語教育でも、入試や資格試験への意識が学習者の「自律性」を実質的に制限している現実があります。LGCが掲げる学習者主体の理念と、試験社会という文脈のあいだの緊張は、単なる技術的改善では解消できません。

そして技術的な問題として、OCRの精度、モバイル環境での使いにくさ、UIの複雑さ、YouTubeの自動キャプションの不正確さなどが挙げられました。また、Badaの事例が示すように、人間によるサポート―兄弟や仲間による助け―がシステムの限界を補う重要な役割を果たしており、著者らはピアレビューの仕組みの導入を提案しています。

日本の英語教育への示唆

この研究が日本の英語教育関係者に投げかける問いは、深くて具体的です。たとえば、「教材は誰が選ぶか」という問いです。日本の多くの英語教室では、教師が教材を選び、学習者はそれをこなします。しかし本研究は、学習者が自分の好きなYouTube動画や本の一節から教材を作ることで、学習への動機が内発的なものに変わることを示しています。Badaが「好きな動画で勉強したら、特に頑張らなくても続けられた」と述べた言葉は、学習者の主体性が学習継続に直結することを端的に示しています。

また、自律学習の「スキャフォールディング」の問題も見逃せません。本研究のシステムは、学習者が何をどう学ぶかを決める自由を与えつつ、語彙リストの自動生成、スケジュール管理、自動採点といった形でサポートを提供します。これは「放任」ではなく「伴走」です。日本の英語教師がAIツールを活用するとすれば、単に反復練習を代替するのではなく、こうした「学習者が選び・作り・試す」プロセスを支える役割にこそ意義があると言えるでしょう。

さらに、「コンテンツを共有する文化」の醸成という点では、日本の教室にはまだ伸びしろがあります。本研究では学習者が互いのコンテンツを参照し、時に利用し合う経験が、Bada自身の学習方略の発展を促しました。これはSNS的な相互作用が学びを豊かにするという、近年の教育研究の知見とも一致しています。ただし著者らが指摘するように、著作権の問題やコンテンツ削除の権利など、倫理的・法的な問題も丁寧に扱う必要があります。

関連研究との比較と学術的考察

LGCに関連する先行研究は、モバイル学習やソーシャルメディアを活用した授業モデルが中心で、Cochraneらのmラーニング研究やNarayan & Herringtonのヒューテゴジカルフレームワーク研究などがあります。これらは人間の教師がいる前提での授業設計論が多く、AIが代替的に支援するという発想はほぼ見当たりませんでした。本研究はその空白を埋めようとした試みとして位置づけられます。

知的コンピュータ支援言語学習(ICALL)の観点からは、自動フィードバックや発音認識といった要素を取り込みつつも、本研究のシステムが学習者のコンテンツ生成を出発点に置いている点は、既存のドリル型・チュートリアル型AIとは一線を画しています。Fryer et al.(2020)が示したAIチャットボットによる第二言語不安軽減の効果とも通底する部分がある一方で、本研究のシステムはチャットボット的な対話よりも「学習者の自己組織化」をより重視していると言えます。

開発研究(development research)という方法論的枠組みを採用している点も注目に値します。Richey & Klein(2005)の手法に従い、単にシステムを作って評価するだけでなく、設計原則の構築からフィールドテストを通じた実践的知識の生成までを一貫したプロセスとして記述しています。この点は、教育工学研究の報告書としての完成度を高めており、追試や応用を考える研究者にとっても参照しやすい形式になっています。

残された課題と可能性

著者自身も認めているように、今回のフィールドテストは東京に相当するソウルという都市部に住み、デジタル機器に習熟した中高校生三名という、かなり限定されたサンプルによるものです。地方の学習者、デジタル格差のある学習者、あるいは英語習熟度がさらに低い学習者にとってこのシステムがどう機能するかは、今後の課題として残されています。また七日間という試験期間の短さも、長期的な学習継続や文脈の拡張を測るには不十分です。

それでもこの研究が重要なのは、「AIで学習を管理・監視する」という発想とは真逆の方向性を示しているからです。Zawacki-Richterら(2019)がAIEd研究の問題点として指摘した「学習者の過剰な監視」への批判を正面から受け止め、学習者のエージェンシー(主体性)を中心に据えたシステム設計を行っている。この倫理的な姿勢は、AIが教育の場に急速に入り込もうとしている今、日本の教育関係者にとっても深く考えさせられるものを持っています。

技術が教育を変えるのではありません。教育的な問いが、技術の使い方を変えるのです。本研究はその順序を間違えなかった研究として、高く評価できます。日本の英語教育が「AI活用」を語るとき、まず「何のために」「誰の学びのために」という問いを起点にすることの大切さを、この論文は静かに、しかし力強く伝えています。


Lee, D., Kim, H., & Sung, S. (2023). Development research on an AI English learning support system to facilitate learner-generated-context-based learning. Education Tech Research Dev, 71, 629–666. https://doi.org/10.1007/s11423-022-10172-2

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By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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