英語教育の現場にいると、「子どもたちの母語を授業に活かしましょう」というアドバイスを耳にする機会が増えてきました。近年、「トランスランゲージング(translanguaging)」という概念が注目を集め、日本でも英語教育研究者の間で話題になっています。しかしこの概念、ただ「いろんな言語を使っていい」という話ではありません。今回取り上げるMendozaら7名の研究者による論文は、そのトランスランゲージングを批判的かつ文脈的に捉え直す、きわめて示唆に富んだ枠組みを提示しています。

トランスランゲージングとは何か、なぜ今問い直されているのか

まずトランスランゲージングという概念を簡単に説明しておきましょう。もともとはウェールズの教育者Williams(1994)が提唱した教授法的実践の概念でしたが、Garcia(2009)らによって大きく広げられました。今日では、二言語・多言語使用者が持つ言語的レパートリー全体を柔軟に駆使して意味を構築する実践として捉えられています。「英語の授業だから英語だけ」ではなく、学習者が持つすべての言語資源を学びに活かそうという発想です。

この概念はこれまで、マイノリティ学習者の声を引き出し、アイデンティティを肯定し、学習参加を促進する「解放的な実践」として語られることが多くありました。ところが研究が積み重なるにつれ、批判の声も上がってきました。Poza(2017)は、「多様な言語実践が観察されたからといって、それがそのまま抑圧的な言語イデオロギーの転覆につながるわけではない」と鋭く指摘しています。つまり、教室に複数の言語が飛び交っていたとしても、それだけでは「批判的実践」とは言えないのです。

本論文の執筆者たちは、こうした批判を真摯に受け止め、トランスランゲージングを放棄するのではなく、より深く文脈に根ざした研究・実践のあり方を模索しています。著者7名はいずれもキャリア初期の研究者であり、それぞれ香港、カナダ、アメリカ、ハワイ、ネパール、マレーシアなど多様な教育現場での実証研究を積み重ねてきた人物です。多様な地理的・社会的文脈を横断しながら共同でこの枠組みを構築しているという点で、本論文は単なるレビュー論文ではなく、研究コミュニティへの積極的な提言として読まれるべきものです。

三層の文脈という分析枠組み

本論文の理論的核心は、Douglas Fir Group(2016)の学際的フレームワーク、さらにはBronfenbrenner(1979)の生態学的発達論を援用した「三層の文脈」にあります。すなわち、ミクロ(対人相互作用)、メゾ(制度・学校文化)、マクロ(社会的イデオロギー・政策)という三つの層が相互に絡み合いながら、教室内の言語実践を形成しているという見方です。

この枠組みは非常に実践的です。たとえば日本の英語教育に当てはめてみると、ミクロ層では「生徒が日本語を使ってペアワークを進める瞬間」が分析対象となり、メゾ層では「学校の英語使用方針や教師の判断」が問われ、マクロ層では「英語が国際競争力や大学入試と結びつけられる社会的言説」が検討対象となります。どの層も切り離して考えることはできません。ある教師が教室で英語だけを使うよう指示したとしたら、それは個人の判断であると同時に、大学入試制度や「グローバル人材育成」という国家的言説とも響き合っているのです。

三つの原則―何をすべきか、なぜそれが難しいのか

著者たちはこの枠組みを踏まえ、トランスランゲージング研究に向けた三つの原則を提示しています。

第一の原則は「非政治的なアプローチを拒否すること」です。教室に複数の言語が存在するだけでは、権力関係は変わらないという認識に基づいています。Rajendramのマレーシアでの研究事例が鮮やかです。少なくとも137の言語が話されるマレーシアの教室で、タミル語・マレー語・英語を話す生徒たちが観察されました。しかし実際には、英語とマレー語(国語)の組み合わせが「正統なバイリンガリズム」として優遇され、タミル語は情動的・社会的目的には使われても、学術的場面では周縁化されていました。「全員が自分の言語を使っていい」と言うだけでは、こうした非対称性は解消されないのです。

第二の原則は「マクロレベルのイデオロギーがミクロ・メゾレベルでどのように再生産・変形・抵抗されるかを分析すること」です。ここでは、言語民族誌学(linguistic ethnography)や多モーダル会話分析(multimodal conversation analysis)といった手法が有効であると示されます。TaiとWeiの香港における研究が興味深い事例を提供しています。英語のみが公式言語とされた数学の授業で、教師は北京語が母語の生徒に自分の北京語発音を訂正されるという場面が生まれました。一時的に教師・生徒の権力関係が逆転したように見えますが、すぐに「母語話者の言語的権威は非母語話者より上」というべつの序列が再構築されてしまいました。「自由なトランスランゲージング空間」を作ったつもりでも、その内側に別の権力構造が忍び込むのです。

Mendozaのハワイでの研究もまた、日本の英語教育者に強く響くはずです。フィリピノ語(タガログ語)やイロカノ語を話す生徒が多い英語クラスで、トランスランゲージングが奨励されていました。ところが、数的多数派の男子生徒たちが自由に二言語を使えば使うほど、フィリピン系の女子生徒や、マーシャル語・広東語などを話す言語的少数派の生徒は発言しにくくなっていきました。「自由に話していい」という環境が、むしろ特定の生徒たちを沈黙させてしまったのです。これはハワイだけの話ではありません。

第三の原則は「教師と研究者のパートナーシップによって、文脈の中で自然発生的に起こることとは異なる、より包括的で公正な教室規範を意図的に作り出すこと」です。ここで著者たちは、GarciaらによるTranslanguaging Classroom(2017)の「スタンス・デザイン・シフト」の枠組みを発展させたTianとShepard-Careyの「co-stance(共同スタンス)・co-design(共同設計)・co-shifts(共同調整)」という概念を紹介しています。研究者と教師が対等なパートナーとして、学習者のニーズに応じながら実践を共に設計・修正していくというアプローチです。

「自由にしていいよ」の落とし穴

この論文が警告していることの核心は、トランスランゲージングを「善いもの」として無批判に称揚することの危うさです。教室というのは社会の縮図であり、その中には言語的権力の序列が持ち込まれます。英語が「経済的成功への切符」とみなされている社会では、学習者たちは意識的・無意識的に英語を優先します。たとえ教師が「何語を使っても構いません」と言ったとしても、生徒たちはそのメッセージを社会的文脈の中でフィルタリングして受け取るのです。

Sahのネパールでの研究はその典型例です。ネパールの公立学校では、英語とネパール語のバイリンガリズムが事実上の教授言語として機能していますが、それはマデシ語(ボジュプリ語)やネワール語(ネパール・バサ)といった先住民・少数言語を実質的に排除するものでした。国家の課程基準が「ネパール語・英語・または両方」を教授言語として規定したため、学校管理者はそれを「ネパール語と英語のみ」と解釈してしまいました。SahとKubota(2022)はこれを「リベラル・トランスランゲージング」と呼んでいます。表面上は多言語使用を支持するように見えて、実際にはエリート的なバイリンガリズムを再生産し、マイノリティ言語の使用者をさらに周縁化するという、ある種の「思いやりある排除」です。

日本の文脈に引き寄せて考えると、これは他人事ではありません。英語教育改革の文脈で「英語で授業を行う」という方針が広まる中、日本語を主要言語とする生徒たちの学習権がどう確保されるか、また英語圏の文化的規範がいかに「正しい英語」として教室内で特権化されるかという問題と接続します。さらには、外国にルーツを持つ子どもたちが増加する現代の日本の学校で、母語の使用がどのように扱われているかという問いとも深く関わります。

日本の英語教育現場への示唆

日本の英語教育は長らく「英語のみで授業を行うべきか、日本語を使うべきか」という二項対立の議論に囚われてきました。本論文はその議論を一段上に引き上げてくれます。問うべきは「何語を使うか」ではなく、「教室内の言語実践が誰を包摂し、誰を排除しているか」であり、さらには「その実践を支える社会的・制度的・イデオロギー的文脈は何か」ということなのです。

Hammanのデュアルランゲージ教育(DLBE)での研究は特に印象的です。スペイン語と英語を半々に使う二言語教育プログラムで観察されたのは、英語を母語とする(多くは白人中産階級の)生徒たちが、スペイン語の授業中に英語を使って発言することで「発言権を確保する」一方、スペイン語母語話者(多くはラテン系労働者階級の生徒)は英語の授業中にスペイン語をほとんど使わないという非対称性でした。プログラム上は「両言語が対等」であっても、社会的現実としての英語の優位性は教室内にも再生産されていたのです。これは、「英語と日本語を適切に使い分けましょう」という日本の授業方針の中でも起こり得る現象です。英語を流暢に話せる生徒がどのように教室内の言語規範を形成し、そうでない生徒がどのような位置に置かれるかを、教師は意識的に観察する必要があります。

また、HoとTaiの研究が示すデジタル・マルチモーダル・コンポーズィング(DMC)の可能性は、日本のICT活用教育にも示唆を与えます。学術的エッセイという単一のモードに縛られた評価から解放され、動画制作やデジタル表現を通じて学習者が自分の意味形成プロセスを多様な言語・記号資源で示せるようにすることは、言語的に多様な学習者にとっての「公正なアクセス」を確保する一手段となり得ます。日本の英語教育においても、ライティング試験一辺倒の評価から脱却し、マルチモーダルな表現を取り入れることへの理論的根拠として援用できるでしょう。

関連研究との対比と学術的貢献

本論文が際立っているのは、トランスランゲージングの批判者(たとえばJaspers 2018やBlock 2018)に対して単純に反論するのではなく、その批判を内側に取り込みながら枠組みを精緻化している点です。Jaspers(2018)は「トランスランゲージングには変革的限界がある」と論じましたが、本論文は「だからこそ文脈に根ざした批判的アプローチが必要だ」と応じます。Garciaら(2021)の「深淵的思考(abyssal thinking)の拒否」というマニフェスト的立場を継承しつつも、「楽観的な解放叙事詩」に陥らない現実主義を維持しています。

また、本論文はSLA(第二言語習得)研究との対話という点でも興味深い位置にあります。Douglas Fir Group(2016)の枠組みは本来SLA研究のために構想されたものですが、本論文はそれをトランスランゲージング研究に転用することで、従来のSLA研究が見過ごしがちだった権力・イデオロギー・アイデンティティの問題を前景化しています。

批判的に見るならば、本論文が提示する三原則は概念レベルでは説得的ですが、それをどのように日々の授業実践に落とし込むかという具体的なガイダンスはやや抽象的に留まっています。「教師と研究者のコラボレーション」を第三原則に据えることは正しいとしても、多くの教師が研究者とパートナーシップを結ぶ余裕を持てない現実―日本の教師の労働環境を想起してください―においては、この原則の実現可能性は自明ではありません。論文自体もこの点を十分に解決しているとは言えず、今後の課題として残されています。

それでもトランスランゲージングに意味はある

批判はあれど、本論文が最終的に主張するのはトランスランゲージングの放棄ではありません。著者たちが示すのは、言語的多数派であれ少数派であれ、すべての教室参加者の言語実践が「正当化」され「可視化」される空間を意図的に作り出すことの重要性です。そのためには、教師は「誰が発言しているか」「誰が沈黙しているか」「どの言語が使われ、どの言語が排除されているか」をつねに注意深く観察し続ける必要があります。

言語はアイデンティティです。教室でどの言語が使われ、どの言語が無視されるかは、その子どもの存在そのものへの評価と表裏一体です。本論文が語りかけるのは、そのような深いところにある問いです。英語を教える教師として、私たちは生徒に英語というスキルを授けるだけでなく、どのような言語規範が教室の中で形成されているかを意識的に問い続ける責任があります。

本論文は、その問いへの向き合い方として、批判的・文脈的・協働的な研究と実践のあり方を示した、現代の多言語教育研究における誠実な試みとして高く評価されるべきでしょう。理論的な洗練と現場感覚の両立を求める日本の英語教育研究者・実践者にとって、手元に置いておきたい一本です。


Mendoza, A., Hamman-Ortiz, L., Tian, Z., Rajendram, S., Tai, K. W. H., Ho, W. Y. J., & Sah, P. K. (2024). Sustaining critical approaches to translanguaging in education: A contextual framework. TESOL Quarterly, 58(2), 664–692. https://doi.org/10.1002/tesq.3240

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By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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