英語を外国語として学ぶ(EFL)環境において、「どう教えるか」と同じくらい重要なのが「どう評価するか」という問いです。日本の英語教育の現場でも、テストや成績評価に頭を悩ませる先生は多いでしょう。採点の基準が曖昧だと、学習者に何を改善すればよいかが伝わらず、フィードバックが「ただの点数」として消費されてしまう。そんな経験をした人は少なくないはずです。本稿で紹介する論文は、そうした評価の問題に正面から取り組んだ実証的研究です。
Hoang Yen Phuong、Quoc Toan Phan、Thanh Thao Leの三名による “The effects of using analytical rubrics in peer and self-assessment on EFL students’ writing proficiency: a Vietnamese contextual study”(2023年、Language Testing in Asia)は、ベトナムのある大学で英語を専攻する44名の学生を対象に、分析的ルーブリック(analytic rubric)を用いた自己評価(SA)と相互評価(PA)の効果を実験的に比較した研究です。筆者たちはそれぞれベトナム・カントー大学および英語スクールに所属しており、ベトナムのEFL教育における実践的課題と深く向き合ってきた研究者たちです。
この研究が取り上げられた背景として、ベトナムの教育現場が抱える構造的な問題があります。従来の授業は文法の暗記や反復練習を中心としており、学習者が英語を実際の文脈で使う力を育てるには不十分だとされてきました。さらに、評価においても最終試験(総括的評価)への偏重が続いており、学習プロセスを支える形成的評価(formative assessment)の活用が遅れています。こうした問題意識のもと、筆者たちは「ルーブリックを使った自己評価・相互評価は、EFLライティングの力を伸ばすか」という研究課題を設定しました。
研究の設計と方法
研究デザインは実験的手法を採用しています。44名の英語専攻学生を、前テスト(pre-test)の結果に基づいて均等に二群に分け、一方のグループ(SAグループ)には自分自身の作文を評価させ、もう一方(PAグループ)には仲間の作文を評価させました。どちらのグループも同じ分析的ルーブリックを使います。評価の枠組みには、ESLライティング評価の古典的な文献であるJacobs et al.(1981)の枠組みを採用・改訂し、ベトナムの文化的・言語的特性に合わせて調整しました。具体的には、専門用語の平易化、文化的な文章構造への配慮、「excellent(優秀)」から「very poor(非常に不十分)」までの評価スケールの再設定、そして文脈に即した具体例の追加といった工夫が施されています。
授業は17週間にわたって行われ、週に150分、合計で3コマ相当の指導が実施されました。最初の2週間は、担当教師(研究内では「Mike」という仮名で呼ばれる)がルーブリックの使い方を丁寧に指導します。学生たちはMikeが評価した作文サンプルを自分でも評価してみて、その結果とMikeの採点を比較することで、基準の使い方を体感的に学びます。続く15週間が本実験の期間で、各授業はウォームアップ・プレライティング・ライティング・ポストライティングの4段階に構成されていました。学生は40分間で作文を書いた後、PAグループは仲間の作品を、SAグループは自分の作品をルーブリックで評価します。
テストは「Music(音楽)」をテーマとして前後2回実施され、どちらも250語の作文を1時間で書くという形式で統一されました。評価基準は、内容(content、30点)・構成(organization、20点)・語彙(vocabulary、20点)・言語使用(language use、25点)・文章規則(mechanics、5点)の5項目で、合計100点満点です。分析にはSPSSを用い、独立サンプルt検定と対応サンプルt検定の両方が活用されました。
驚くべき結果―自己評価が相互評価を上回る
前テストの段階では、SAグループ(平均71.04点)とPAグループ(平均72.09点)のあいだに統計的な有意差は認められませんでした。二群はほぼ同じ出発点にいたわけです。ところが、17週間の介入を経た後テストでは、SAグループが平均84.77点、PAグループが平均76.77点となり、両者のあいだに有意な差(t値=-3.73、p=0.00)が生じました。しかも、SAグループはすべての評価項目(内容・構成・語彙・言語使用・文章規則)において有意な改善を示したのに対し、PAグループで有意な伸びが確認されたのは「内容」と「言語使用」の二項目のみでした。
この結果は、一見すると「相互評価より自己評価のほうが優れている」というシンプルな結論のように見えます。しかし実態はもう少し複雑です。PAグループも全体的な得点(72.09点から76.77点)は向上しており、一定の効果はあります。ただ、SAグループの伸びのほうがはるかに大きく、かつ広範囲に及んでいた。この差はどこから来るのでしょうか。
自己評価が効果を発揮する理由
筆者たちは複数の理論的枠組みを援用しながら、この結果を説明しています。自己評価はメタ認知能力(自分の学習を客観的に把握し調整する力)と自己調整学習(self-regulated learning)を活性化させると言われています。つまり、「自分の文章をルーブリックで見直す」という行為そのものが、書くとはどういうことかを深く考えさせ、改善すべき点を自発的に特定させる動機づけになるわけです。
これはちょうど、スポーツ選手が自分のプレー映像を見直してフォームを修正するのに似ています。他人に「ここが違う」と指摘してもらうよりも、自分で映像を見て気づいたほうが、修正への意欲と理解が深まることがある。それと同じ原理が、ライティング評価においても働いている可能性があります。
一方で相互評価については、学習者が仲間の評価を教師の評価と同等に信頼しないという問題(Zhao, 2018)、低習熟度の学習者が正確なフィードバックを提供できないという懸念(deBoer et al., 2023)、友人関係による採点の偏り(Alqarni & Alshakhi, 2021)、そして批判的フィードバックを与えること・受けることへの不安(Panadero & Alqassab, 2019)といった構造的な問題があると筆者たちは述べています。特にベトナムの文化的文脈では、儒教的価値観にもとづく上下関係や「面子(メンツ)」の問題が、相互評価の実施をより繊細なものにしている可能性があります。仲間を批評するという行為自体が、社会的な摩擦を生じさせかねないのです。
分析的ルーブリックが果たした役割
この研究の核心的な貢献のひとつは、「ルーブリックを使ったうえで、自己評価と相互評価はどう違うか」という問いを検証した点にあります。これまでの研究は、自己評価あるいは相互評価の効果を単独で検討するものが多く、同一のルーブリックを使用した状態での直接比較は比較的まれでした。
分析的ルーブリックは、評価の基準を複数の観点に分解して明示するツールです。「よく書けている」とぼんやり伝えるのではなく、「内容は豊か」「構成はやや弱い」「語彙のレベルは適切」というように、観点ごとに具体的な評価を行えます。このため学習者は自分の強みと弱みをピンポイントで把握でき、次の作文に何を改善すればよいかが明確になります。特に自己評価においては、このルーブリックの「鏡」としての機能が際立って有効に働いたと考えられます。
また、Jacobs et al.(1981)の枠組みをベトナムの文脈に合わせて丁寧に改訂したことも、評価ツールとしての実用性を高めた重要な要因です。ルーブリックが「外国のもの」として受け取られず、学習者にとって身近な基準として機能したことで、評価への主体的な関与が生まれたのでしょう。
日本の英語教育現場への示唆
この研究が示す知見は、ベトナムに限らず日本のEFL教育においても非常に示唆に富んでいます。日本でも、英語のライティング教育はしばしば「書かせて集めて返す」という一方向的なサイクルに陥りがちです。教師がフィードバックを書いても、学習者がそれを真剣に読んで次の作文に生かすかどうかは、実のところ保証できません。評価が「教師から生徒への通知」として機能するにとどまり、学習の道具になっていないのです。
しかし分析的ルーブリックを用いた自己評価を導入すれば、学習者自身が「採点者」となり、自分の文章を客観的な基準で見直す機会を得ます。これは批判的思考力の育成とも直結しますし、書き直しへの動機づけにもなります。日本の高校や大学の英語授業にこの手法を取り入れることは、十分に現実的です。授業の最後の10〜15分を自己評価の時間に充てるだけでも、学習の質が変わる可能性があります。
相互評価についても、実施の工夫次第で有効に機能します。匿名性の確保、評価基準の共有、そして心理的安全性の醸成が鍵となります。日本の教育文化においても、仲間への批評に対する遠慮や気まずさは珍しくありません。この研究が示すように、相互評価を導入する際にはその文化的な摩擦を丁寧に取り除く設計が必要です。
関連研究との対話と本研究の位置づけ
自己評価の有効性については、Blanche & Merino(1989)が学習者の自己評価への関与と学習の気づきの関係を示して以来、多くの研究が蓄積されてきました。また、Ross(1998)は自己評価の信頼性に疑問を呈し、過大評価・過小評価の問題を指摘しています。相互評価については、Topping(1998)が教師評価に匹敵する効果を示し、Lundstrom & Baker(2009)が明確なガイドラインなしには効果が限定されることを明らかにしました。
本研究はこれらの先行研究を踏まえながら、「ルーブリックという共通の道具を使ったときに、自己評価と相互評価はどう異なる効果をもたらすか」という比較の視点を加えた点で独自性があります。また、アジア圏のEFL文脈、とりわけ儒教的価値観が根強いベトナムという特定の社会・文化的背景のなかで実証データを積み上げた点も、研究としての貢献として評価できます。
一方で、本研究にはいくつかの限界も存在します。サンプルサイズが44名と小さく、すべての参加者が同一大学の英語専攻生に限られていることは、結果の一般化可能性を制約します。17週間という研究期間も、長期的な効果を検証するには短いかもしれません。さらに、前テストと後テストの作文トピックが異なる点(テーマは「Music」で共通ながら、具体的な問いは変えている)は、パフォーマンスの差に別の要因が混入する可能性を排除できません。また、統制群(どちらの評価方法も使わないグループ)が設けられていないため、ルーブリックを用いた授業そのものの効果と、SA・PAという評価方法の効果を厳密に切り離すことが難しいという批判も成り立ちます。
研究が開く次の問い
筆者たちは今後の研究課題として、より大規模で多様な参加者を対象とした研究、長期縦断的研究、他の言語スキル(読む・聴く・話す)への応用、汎用的ルーブリックと文脈特化型ルーブリックの比較、そして質的手法(インタビューや観察)による学習者の内的プロセスの探索を挙げています。これらはいずれも重要な課題です。特に、日本の文脈に合わせてどのようなルーブリックを設計するかという問いは、日本の英語教育研究者が直接引き継ぎうるテーマです。
加えて、本研究では教師(Mike)が一人で両グループを指導したという設計が採用されています。これは教師の個人差による影響を排除するうえで理にかなった選択ですが、同時にMike自身のティーチングスタイルや介入の質が結果に影響した可能性を完全には排除できません。実験的研究における内的妥当性の問題として、今後の研究者が注意を払うべき点でしょう。
評価実践を変える力
結局のところ、この研究が示している最も重要なメッセージは、「評価は学習の道具になりうる」ということです。ルーブリックを学習者の手に渡し、自分の文章を評価させることで、評価は「終わり」ではなく「学びの始まり」となる。この原理は、ベトナムにも日本にも、そして世界中のEFL教室に通じるものです。
もちろん、ルーブリックを配布しただけでは何も変わりません。本研究が示すように、最初の2週間でルーブリックの使い方を丁寧に指導し、学生が自分の評価と教師の評価を突き合わせて学ぶ機会を設けるという「仕込み」が不可欠です。評価の質は、ツールの質と同時に、その導入の質によっても決まります。
日本の英語教育において、ライティング指導はいまだ十分に整備されていない領域のひとつです。とりわけ、学習者が自律的に自分の文章を評価・改善する力を育てる取り組みは、まだまだ少ない。本研究は、その課題に対して「分析的ルーブリックを用いた自己評価」という具体的かつ実行可能なアプローチを提示しています。コストが低く、準備さえ整えれば多くの教室で実施可能なこの手法は、今日の英語教育が必要としている実践的な一歩となりえます。
研究者としての筆者たちの貢献は、単に「自己評価のほうが効果的だった」という事実を示したことにとどまりません。それがなぜなのかを文化的・理論的に掘り下げ、ベトナムという特定の文脈のなかで丁寧に検証した点にこそ、この論文の学術的な価値があります。そしてその問い方と答え方は、異なる文脈にいる私たちにとっても、自分たちの教室を見直す契機を与えてくれるものです。
Phuong, H. Y., Phan, Q. T., & Le, T. T. (2023). The effects of using analytical rubrics in peer and self-assessment on EFL students’ writing proficiency: a Vietnamese contextual study. Language Testing in Asia, 13, Article 42. https://doi.org/10.1186/s40468-023-00256-y
