言語の壁を越えて科学を学ぶということは、どういうことなのでしょうか。この問いは、日本の英語教育関係者にとっても決して他人事ではありません。日本の教室にも、家庭で異なる言語を使うバイリンガルの子どもたちが増えています。あるいは、英語と日本語を行き来しながら授業を進めるCLIL(内容言語統合型学習)の実践者にとっても、本論文が提起する問題意識は深く共鳴するものがあるはずです。

今回取り上げる論文は、Enrique Suárezによる “Estoy Explorando Science: Emergent Bilingual Students Problematizing Electrical Phenomena through Translanguaging”(2020年、Science Education誌掲載)です。筆者のSuárezは南米出身のスペイン語・英語バイリンガルであり、天体物理学者としてのキャリアを持ちながら、現在はマサチューセッツ大学アマースト校の教育学部に籍を置く研究者です。彼自身が複数言語の使用者として育ち、「スパングリッシュ」的な言語混用を周囲から否定的に見られた経験を持つことが、この研究の問題意識の出発点になっています。研究者自身の生きた経験が論文に深く刻み込まれている点が、この作品の大きな特徴のひとつです。

「トランスランゲージング」とは何か―まず概念を整理する

本論文のキーワードである「トランスランゲージング(translanguaging)」は、bilingual教育研究者のOfelia Garcíaらが提唱した概念です。これは、バイリンガルやマルチリンガルの話者が、「英語」「スペイン語」といった名前のついた言語を個別に切り替えるのではなく、自分が持つすべての言語的・非言語的資源を一体的に駆使してコミュニケーションを行う実践を指します。従来の研究では、二言語を「混ぜる」ことはしばしば問題視されてきました。しかしトランスランゲージングの視点は、そうした混用を欠如ではなく豊かさとして捉え直します。

たとえるなら、料理人が包丁とフォークとはしを状況に応じて使い分けるように、バイリンガルの子どもたちは英語のボキャブラリーとスペイン語の文法的ニュアンスを有機的に組み合わせ、自分の思考を最もうまく表現できる形を探っているのです。それを「どちらかに統一しなさい」と強制することは、むしろ学習の可能性を狭めてしまうかもしれない―これがSuárezの主張の核心です。

研究の舞台と参加者―放課後の図書館での電気実験

研究の場は、米国マサチューセッツ州の公立図書館で行われた放課後科学プログラムです。移民家庭の多い地域に位置するこの図書館で、Suárez自身が設計・実施した全8回のプログラムに、スペイン語と英語を話すラテン系の4年生Yeseniaとその弟で2年生のElio、英語とイボ語・日本語を話すナイジェリア系日系の4年生Tobenと妹の2年生Graceという、計4人のバイリンガル児童が参加しました。テーマは電気回路と電気抵抗という、小学校理科の中でも比較的難しい分野です。

研究方法はデザインベースド・リサーチ(DBR)と呼ばれるアプローチで、Suárezは教育者として実践を設計しながら、同時に研究者として記録・分析を行いました。16時間以上の映像データと音声記録、さらに学習者が作成したホワイトボードの写真など42枚の資料を分析対象としています。この「教える人が同時に研究する人」という二重の立場は、倫理的な複雑さを伴いますが、現場に密着したリアルなデータを得るという点では非常に有効です。

電気抵抗をスペイン語で語る―Yeseniaの説明の精緻さ

論文の中でとりわけ印象的な場面があります。Session 8で、YeseniaがSuárezに対し、導線の太さと電気の流れの関係についてスペイン語で説明する場面です。彼女は「細い線だと電気が詰まって止まってしまう。太い線なら空間が広いから電気が速く流れる」という趣旨の説明を、流れるようなスペイン語で語りました。この説明に注目すべき言語的な洗練があります。

スペイン語の「ser」と「estar」という二つの「be動詞」の使い分けです。Yeseniaは「está más fácil que vaya acá」と言い、「である(恒久的な状態)」を意味する「ser」ではなく「一時的な状態」や「条件的な状態」を意味する「estar」を使いました。これは、導線の太さという条件を変えれば電気の流れも変わるという可変性を、言語的に正確に表現しているのです。英語で同様のニュアンスを伝えるには「currently」「under these conditions」といった副詞的な修飾語が必要になります。つまり、Yeseniaはスペイン語の文法構造を使うことで、英語だけでは表現しにくい科学的なニュアンスを的確に言語化していたわけです。

この観察は非常に重要です。もし教室でスペイン語の使用が禁止されていたら、Yeseniaはこれほど精緻なモデルを口頭で説明できたでしょうか。言語は思考の道具です。使える言語の道具箱を広げることは、思考の精度を高めることでもある―Suárezはこの場面を通じて、そう主張します。

身体もまた「言語」である―ジェスチャーの分析

本論文のもう一つの大きな貢献は、言語だけでなく「ジェスチャー」を分析の対象に含めた点です。Tobenと Graceは、スペイン語を持たないため、言語としての多重使用はできませんでした。しかし彼らは豊かなジェスチャーを使って自分のモデルを説明しました。

特に印象的なのはGraceの場面です。彼女は「電気は2本のワイヤーを同時に流れて電球で出会う」という「衝突電流モデル」を、指で回路の上をなぞりながら説明しました(metaphoric gesture)。Tobenが「片方ずつ流れる」という反対意見を指でなぞって示すと(metaphoric gesture)、Graceはそれに対して電球を指さし(deictic gesture)、再び2本の線を同時に指でたどりながら(metaphoric gesture)反論したのです。これは言語だけでは成立しなかったやり取りです。身体の動きがあってこそ、抽象的な「電気の流れ」という概念が互いに共有可能なものになっていました。

McNeill(1992)の分類に基づき、Suárezは指示的ジェスチャー(deictic)、図像的ジェスチャー(iconic)、比喩的ジェスチャー(metaphoric)の三種を分析のコードとして使用しています。論文中の図3は、セッションを通じてジェスチャーが継続的・豊富に使用されていたことを示しており、学習環境がトランスランゲージング・スペースとして機能していたことを視覚的に裏付けています。

教師の言語選択が学習者に与える影響―見えないシグナル

研究の第3の柱は、指導者(Suárez自身)の言語選択が学習者のトランスランゲージング実践に与えた影響の分析です。Figure 7として示された最終セッションのタイムライン分析は非常に興味深い結果を示しています。Suárezがスペイン語を使い始めると、YeseniaとElioもスペイン語に切り替え、英語を使い始めると彼らも英語に戻るというパターンが繰り返されています。しかもこの影響は、直接話しかけられていないElioにまで波及しており、Suárezが英語で Yeseniaに質問し始めると、向かいに座って独り言を言っていたElioも即座にスペイン語から英語に切り替えていました。

これは教師の言語選択が、明示的な指示なしに学習者の言語行動を規制しているということを意味します。日本の英語教師にとって、これは非常に切実な問題です。「英語で話しなさい」と明言していなくても、教師が英語だけを使い続けることで、学習者は暗黙のうちに「ここでは英語だけが正しい」というメッセージを受け取っている可能性があります。逆に言えば、教師が意図的に複数の言語資源や身体的表現を用いることで、学習者のトランスランゲージング実践を促すことができるとも言えます。

日本の英語教育現場への示唆―CLILとEMIの実践者に

この研究が日本の英語教育に示す示唆は多岐にわたります。まず、CLIL(内容言語統合型学習)やEMI(英語による教科指導)を実践する教師にとって、「英語で理科を教える」場面でバイリンガルな生徒がどのように意味構築を行うかを理解するための重要な枠組みを提供してくれます。Suárezの研究は、内容理解と言語発達を切り離せないものとして捉え、かつ複数の言語資源を認めることが内容学習を豊かにする可能性を示しています。

また、日本でも帰国子女や外国につながる子どもたちが増加しており、複数言語環境にある学習者への対応は今後ますます重要になります。「英語ができない子」「日本語が弱い子」という欠如の視点ではなく、「複数の言語資源を持つ子」という資産的視点への転換は、現場の教師が今すぐ始められる意識改革です。この研究はその理論的根拠を丁寧に提示しています。

さらに、ジェスチャーや視覚的表現を科学的なコミュニケーションとして正当に評価するという視点は、言語的に不均質なクラスにおける評価のあり方にも問いを投げかけます。英語の口頭表現や筆記だけで理解を測ることの限界を、本論文は説得力を持って示しています。

関連研究との対話―Stevenson、Grapin、Ünsalらとの比較

Suárezの研究は先行研究の流れを踏まえつつ、それを大きく前進させています。Stevenson(2013, 2015)は、バイリンガル学校の理科授業において教師が英語使用を要求することで、生徒が教師との対話では英語を、仲間との作業ではスペイン語を使い分けることを示しました。Suárezの知見はこれと対応しており、教師の言語選択が学習者に与える規制的効果を改めて確認するものです。

一方、Grapin(2019)はマルチモダリティの観点から、ジェスチャーや図などの非言語的モードが新興バイリンガル学習者の意味構築を支えることを論じました。Suárezはこの議論をさらに推し進め、ジェスチャーを「暫定的な足場」としてではなく、コミュニケーションに本質的・不可欠な要素として位置づけます。これはGrapinが批判した「ジェスチャーは将来的に言葉に置き換えられるべき弱い代替手段」という見方への明確な反論です。

Ünsal et al.(2018)はスウェーデン語とトルコ語を使う学習者のジェスチャー使用を分析し、「言葉が出てこないときにジェスチャーで橋渡しをする」という”bridging gesture”の機能を示しました。しかしSuárezはより踏み込んで、GraceのジェスチャーはElioの言葉が「出てこなかった」からではなく、電気の「流れ」という本質的に動的で抽象的な概念を表現するためにこそ使用されたのだと論じます。言語の補完ではなく、言語と等価の表現手段として―この主張は説得力があります。

研究の限界と課題―正直な自己開示がもたらす信頼

本論文のもう一つの美点は、Suárez自身が研究の限界を誠実に述べている点です。彼はTobenとGraceについて、英語以外の言語資源を共有していなかったため、彼らのトランスランゲージング実践が制限されてしまったことを率直に認めています。また、自分自身が「モノグロシック(単言語主義的)なバイリンガル」として育ち、スペイン語と英語を混用することに内的な抵抗感を抱いていたことも、研究者ポジショナリティの節で率直に告白しています。

研究者が「完全に正しい実践者」として描かれることの多い教育研究において、この種の自己批判的な記述は珍しく、かつ誠実です。自分の教育実践に対して「これでよかったのか」と問い続ける姿勢は、読者にとっても学びになります。現場の教師が「完璧な実践など存在しない」と感じているときに、このような論文は本物の励ましになります。

参加者が4名という規模の小ささも、研究の一般化可能性に対する留保として当然意識されるべき点です。しかしSuárezが採用したDBRと質的分析の組み合わせは、一般化よりも「特定の文脈で何が起きたか」の精緻な記述を目的とするものであり、その目的においては十分な達成がなされています。

「生産的な規律的関与(PDE)」と言語の問い

本論文はEngle(2012)の「生産的な規律的関与(Productive Disciplinary Engagement, PDE)」という概念的枠組みを採用しており、学習者が科学的不確実性に能動的に取り組み、知識を共構築するプロセスを重視しています。この枠組みは、学習者を「知識を受け取る器」としてではなく「知識を生み出す主体」として捉える点で、日本の理科教育改革の方向性とも共鳴します。

Suárezは、PDEを実現するための「関連する資源」の中に、言語資源・身体資源を含めることを主張します。これは極めて重要な拡張です。国際的な理科教育の議論では、NGSS(次世代科学スタンダード)のような政策文書が「科学的実践」を強調してきましたが、その実践を誰がどの言語で行うのかという問いは、長らく十分に問われてきませんでした。Suárezの研究はその空白を埋める試みのひとつです。

読後に残るもの―言語政策と教室のリアルの間で

本論文を読み終えて残るのは、「環境が学習者の表現を決定する」という重い認識です。Yeseniaがスペイン語でElectrical resistanceの精緻なモデルを語れたのは、Suárezがスペイン語で問いかけたからでした。GraceとTobenがジェスチャーで豊かな議論を展開できたのは、身体表現が価値あるものとして認められていたからです。どちらも、「ここではそれが許されている」という環境の設計によって引き出されたものでした。

翻って日本の教室を考えてみましょう。「英語で答えなさい」「日本語で言い直しなさい」という規制は、学習者が持っている豊かな表現資源の一部を封じ込めているかもしれません。それは悪意からではなく、むしろ丁寧な指導意図から来ているからこそ、根深い問題です。Suárezの研究が示すのは、言語的な「正しさ」を要求することが、思考の豊かさを奪う可能性があるということです。

科学を学ぶことは、世界に問いを立てることです。その問いは、使える言語すべてで、体全体で立てられるべきではないでしょうか。この論文はそのことを、丁寧な観察と誠実な自己省察を通じて、静かに、しかし力強く訴えています。


Suárez, E. (2020). “Estoy Explorando Science”: Emergent bilingual students problematizing electrical phenomena through translanguaging. Science Education, 104(5), 791–826. https://doi.org/10.1002/sce.21588

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By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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