「読むこと」と「書くこと」は、言語習得の両輪です。この二つを有機的につなぐ試みは、英語教育の世界で長年にわたって議論されてきました。しかし実際の教室では、読解の授業と作文の授業がまるで別科目のように分断されていることも少なくありません。日本の高校の英語授業を思い浮かべれば、この感覚は容易に共有できるでしょう。教師が精読の時間を確保しながら、別の時間に「では今日は英作文を書きましょう」と告げる光景は、いまだに珍しくないはずです。

本稿で取り上げる論文は、その分断を意図的に埋めようとする実践研究です。中国の江蘇師範大学のRan Weiと、徐州経済技術開発区高級中学のFangyuan Zhaoが共同執筆し、2025年にSAGE Open誌に掲載された “Narrow-Reading Supported Writing Instruction on Chinese EFL Learners’ Writing Quality and Self-Efficacy” を批評します。二人のうちZhaoは現職の高校教師であり、Weiは大学研究者として書記言語習得を専門としています。現場と研究室の連携によって生まれた論文であるという点が、この研究の実践的な強みの一つと言えます。

ナロー・リーディングとは何か

まず「ナロー・リーディング(narrow reading)」という概念を整理しておきましょう。これはStephen Krashenが1981年に提唱したもので、同じジャンル・テーマ・著者の作品を集中的に読み続けるという学習スタイルを指します。広く浅くではなく、狭く深く読むのです。たとえば「環境問題」というテーマに絞り、その関連テキストを複数読み続けると、繰り返し登場する語彙や文型が徐々に定着し、テーマに関する背景知識も蓄積されていく、というわけです。同じ作家の作品を次々に読んでいると、いつのまにかその文体や語彙が自分の書き方に染み込んでくる、という読書体験をお持ちの方もいるかもしれません。ナロー・リーディングはその効果を、外国語学習に意図的に応用しようとするものです。

先行研究では、ナロー・リーディングが語彙習得や読解力の向上に有効であることは示されてきました。K.S. ChoとKrashenによる1994年の古典的研究をはじめ、ChangとRenandya(2021)やKang(2015)など複数の研究が、その有効性を支持しています。しかし、ナロー・リーディングを「書く素材・資源」として活用し、作文の質や書き手としての自信(自己効力感)にどう影響するかを実証的に検証した研究は、驚くほど少ない状況でした。本研究はその空白を埋めようとするものです。

研究の設計と方法

研究の対象は中国東部の高校1年生91名で、2クラスを実験群(46名)と対照群(45名)に分けました。年齢は15〜16歳で、英語学習歴は約10年、習熟度は中程度です。研究期間は2023年3月から6月にかけての約1学期間です。

実験群では、テキストブック(オックスフォード・イーリン版)に掲載された6つのテーマに沿い、各テーマに関連した複数の読み物(教科書テキスト+新聞記事2本)を読んだ後に作文を行う「ナロー・リーディング支援型作文指導」を受けました。授業の流れは「導入→ナロー・リーディング→作文」という三段階構成で、テキストの構造や語彙・文型を分析したうえで、それを自分の作文に転用します。一方の対照群は、読解と作文の連携を意識しない従来型の作文指導を受けました。

測定には事前・事後の作文テスト、自己効力感に関するアンケート(Sun & Wang, 2020を修正したもの、5段階リッカート尺度で27項目)、そして実験群の9名を対象とした半構造化インタビューが用いられました。作文の採点には、Jacobs et al.(1981)の分析的ルーブリックをベースに、内容(7点)・構成(4点)・言語使用(4点)という基準が使われ、2名の採点者によるクロスチェックも行われました。分析には繰り返し測定分散分析と対応のあるt検定が使われています。

作文の質への効果

統計分析の結果は明快です。実験群は対照群に比べ、事後テストにおいて作文全体の得点、内容の豊かさ、構成の明確さ、言語使用の多様性のすべてにおいて有意な改善を示しました。特に全体得点における交互作用効果のη²=0.345は「大きい」効果量に分類されます。これは統計的な有意差があるというだけでなく、教育的にも意味のある差が生じたことを示しています。

内容の質について言えば、実験群は事前テスト平均4.00点から事後テスト5.35点へと向上し、対照群の4.56点との差を生み出しました。テーマに沿った複数のテキストを読んでいるため、背景知識が蓄積され、「何を書けばいいかわからない」という最初の壁が低くなるのでしょう。これはKyle(2020)がテーマ関連のソーステキスト使用と作文の質に相関を見出した知見とも一致しています。

構成面では、繰り返してテキストの構造を分析することで、段落の組み立て方や文章の流れに関するスキーマが形成され、それが書くときの認知的負担を軽減するのだとWeiとZhaoは論じています。Gill and Janjua(2020)の研究とも呼応する部分です。言語使用の点では、実験群の学生がテーマ関連の語彙や文型を読みながら吸収し、それを作文に応用する様子が質的データからも確認されています。「以前は中国語で考えてから英語に訳していたが、今は英語のテーマ語彙を先に整理してから書くようになった」というStudent 6の発言は、この変化を鮮明に示しています。

自己効力感への効果

本研究のもう一つの柱は、作文に関する自己効力感の変化です。自己効力感とはBandura(1997)が提唱した概念で、「自分はこのタスクを遂行できる」という主観的確信を指します。Sun and Wang(2020)の枠組みに基づき、アイデア生成・構成・文法・スペリング・タスク管理・自己調整という5次元で測定されました。

結果は全次元で有意な向上を示しました。中でも注目すべきは、タスク自己効力感(Cohen’s d = 1.128)と自己調整自己効力感(Cohen’s d = 1.318)という大きな効果量です。これは、ナロー・リーディングが単に「書けるようになった」という技能的変化だけでなく、「自分は書ける」という信念の変化、さらには「計画を立てて書ける」という高次の自己制御能力への自信にまで影響を及ぼしたことを意味します。

従来型の作文授業では、学生はいきなり書き始め、時間内に思いついたことを書き連ねて終わり、という傾向があります。それに対してナロー・リーディングを組み込んだ授業では、読む→分析する→構想する→書くという一連の流れがあり、書く前の準備段階が自然に確保されます。「以前は書く前に計画を立てずに書いていた」というStudent 7の発言は、従来型授業の限界を逆照射しています。

インタビューデータからは、肯定的な変化ばかりでなく、一部の学生の困難も見えてきます。Student 2は「作文は今でも怖い。自分の書いたものが恥ずかしくて提出を拒否していたこともある」と吐露しながらも、「長く続ければ自信がつくかもしれない」と前向きな期待を語っています。こうした正直な声を論文に組み込んでいる点は、研究の誠実さを感じさせます。

Banduraの理論が裏付ける好循環

本研究の理論的根拠として著者たちが援用するのはBandura(1997)の自己効力感理論、特に「熟達体験(mastery experiences)」の概念です。熟達体験とは、実際に課題をうまく遂行できた経験のことで、自己効力感を高める最も強力な源泉とされています。ナロー・リーディングは、書く前に必要な知識・語彙・構造の見本を提供することで、成功体験を得やすい条件を整えます。成功すれば自信が高まり、自信が高まればさらに挑戦できるという好循環が生まれる、というわけです。これは理論的に筋が通っており、実際のデータもその論理を支持しています。

日本の英語教育現場への示唆

この研究が日本の英語教育者にとって特に刺さるのは、「読むことと書くことを一体化する」という実践の方向性です。日本の高校英語でも、2022年の学習指導要領改訂以降、「英語コミュニケーション」と「論理・表現」という二つの科目が設置され、入力と出力の統合が求められています。しかし現実には、「論理・表現」の授業でも英文モデルを読んで終わりになっていたり、逆にいきなり英作文を書かせて語彙補充だけに終始したりするケースも見受けられます。

本研究が示すのは、テーマを絞り込み、関連する複数のテキストを繰り返し読ませることで、語彙・構造・内容の三位一体の蓄積が起きるという可能性です。日本でも「探究学習」との接合が考えられます。たとえば「食品ロス」「AI倫理」「気候変動」といったテーマで関連英語テキストを複数用意し、それを読み込んだうえで意見文や提案文を書かせるという流れは、現行カリキュラムとも親和性が高いはずです。

また、書き手としての自己効力感という視点は、日本の英語教育でやや軽視されてきた側面かもしれません。書いた文章の正確さを評価することには熱心な一方で、「書こうとする意欲・自信」を育てる視点が弱かった、と反省を感じる教師も多いでしょう。本研究は、作文の質を高めることと自信を育てることは別々の問題ではなく、適切な読み素材と指導デザインによって同時に達成できる、という希望のある知見を提示しています。

研究の限界と残された課題

もちろん、本研究にも無視できない限界があります。著者自身も率直に認めているように、サンプルが中国東部の1校91名に限定されており、他の地域・学校段階・習熟度層への一般化には慎重を要します。また、授業が2〜3週間に1回という頻度に留まったため、ナロー・リーディングの接触量が限られており、より密な介入であればさらに大きな効果が見込まれる可能性があります。

さらに、本研究が扱ったナロー・リーディングは「同テーマ」という条件に絞ったもので、「同著者」「同ジャンル」という他の定義は検証されていません。Krashenが当初提案したナロー・リーディングは著者や作家単位での読書を含む広い概念であり、今後の研究では条件の違いによる効果の差異も検討に値します。加えて、自己効力感の測定がアンケートのみに依存しており、行動レベルの変容(実際に計画を立てて書いたかどうかなど)との対照が弱い点も課題です。

また、対照群に対して事後アンケートが実施されていない点は、自己効力感の変化が実験群固有のものかどうかを判断する際に不確実性を残します。これは設計上の制約であり、今後の研究では両群の自己効力感変化を比較することが望まれます。

関連研究との対比から見えること

Zhou et al.(2022)は10週間の作文コースを経ても自己効力感が安定したまま変化しなかったという結果を報告しており、本研究と対照的です。この差はおそらく「ソーステキストの存在」にあります。書く活動だけに終始する場合、何を書けばよいかわからないという不安は消えず、自己効力感の向上も起きにくい。しかし豊富な読み素材が提供されれば、アイデア生成の壁が下がり、書くことへの肯定的体験が生まれやすくなる、という解釈が可能です。Wilby(2022)の研究では自己効力感が有意に増加したと報告されており、本研究の結果との整合性もあります。

Plakans and Gebril(2012, 2013)が示したソーステキスト活用のメカニズム、つまり「アイデア生成」「言語リポジトリ提供」という二つの機能が、ナロー・リーディングという形式のなかで相乗的に発揮されているという解釈は説得力があります。

全体的な評価

本研究は、現場教師と大学研究者の共同作業という恵まれた条件のもと、実際の学期を通じた縦断的な教室介入実験を丁寧に実施したものです。量的データ(作文得点・アンケート)と質的データ(インタビュー)を組み合わせた混合研究法によって、統計的事実と学習者の肉声の両方を提供している点は高く評価できます。特に9名のインタビュー参加者を事前作文成績・自己効力感変化パターン・性別で層化して選定したという手続きは、質的データの代表性への配慮が感じられます。

一方で、作文の採点基準に関しては、大学入試の総合評価ルーブリックと分析的なJacobs et al.のルーブリックを併用しており、それぞれの採点結果がどう対応しているかについての記述がやや薄く感じられます。また、読み素材の難易度管理にNew Dale-Challの読みやすさ指標を使用したとの記述はあるものの、6テーマそれぞれの素材一覧や難易度の詳細が示されていないため、再現性という観点からは補足的な資料が求められます。

それでもこの研究は、「テーマを絞って読み、そのまま書く」というシンプルで実践可能なアイデアが、語彙・構造・内容・自己信念のすべてにわたる好影響をもたらしうることを、教室の実証データとして示した点で意義があります。読むことと書くことを繋ぐ架け橋として、ナロー・リーディングは今後の日本の英語教育においても、十分に検討に値するアプローチです。


Wei, R., & Zhao, F. (2025). Narrow-reading supported writing instruction on Chinese EFL learners’ writing quality and self-efficacy. SAGE Open, 15(3), 1–12. https://doi.org/10.1177/21582440251377878

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By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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