「同じ単語を何度も繰り返す」という学習法は、英語教育の現場で長年信頼されてきた方法です。単語帳を何周もしたり、同じ例文を繰り返し音読させたりする指導は、今なお多くの教室で行われています。しかし、本当に重要なのは「何回見るか」ではなく「どんな場面で見るか」なのかもしれません。今回紹介するのは、その問いに正面から向き合った研究です。スペインのバスク認知・脳・言語センター(BCBL)に所属するCandice Francesらが2020年に発表した論文 “The Effects of Contextual Diversity on Incidental Vocabulary Learning in the Native and a Foreign Language”(Scientific Reports掲載)は、語彙学習における「文脈多様性(contextual diversity)」の効果を、母語と外国語の両方で検証した意欲的な研究です。

文脈多様性とは何か

まず「文脈多様性」という概念を整理しておきましょう。これは、ある単語がどれだけ多くの異なるテキストや文脈に登場するかを示す指標です。よく混同される「語彙頻度(word frequency)」―つまり単語の出現回数―とは似て非なるものです。たとえば、ある単語が同じ文章に10回登場する場合と、10の異なる文章に1回ずつ登場する場合を比べてみてください。出現回数は同じでも、接触した「文脈の数」は大きく異なります。この「文脈の数」こそが文脈多様性です。

語彙頻度はこれまで語彙習得研究の中心的な変数として扱われてきましたが、近年の研究では文脈多様性のほうがより強力な予測因子になりうることが示されつつあります。Adelman, Brown & Quesada(2006)やBrysbaert & New(2009)といった研究者たちが、語彙認識の反応時間を予測する上で文脈多様性が語彙頻度を上回る説明力を持つ場合があることを示してきました。Francesらの研究は、こうした先行研究の流れを受けながら、「では語彙を新しく覚える場面ではどうなのか」という問いに踏み込んでいます。

実験のデザインは秀逸だった

この研究の実験設計は非常に丁寧で、先行研究の弱点をよく把握した上で設計されています。参加者はスペイン語を母語とする88名の成人で、半数は母語(スペイン語)条件、残り半数は外国語(英語)条件に振り分けられました。全員が英語でB2レベル以上の習熟度を持つことが確認されており、外国語条件といっても極端な初心者ではないことが保証されています。

学習材料として、「りんご」「犬」「本」「水」などの高頻度語8語が、それぞれ架空の「疑似語(pseudoword)」に置き換えられました。参加者はこれらの疑似語を含む短い物語テキストを読むよう求められました。重要なのは、各疑似語への総接触回数は8回で固定されていたという点です。その8回が、1つのテキストに集中(多様性1)、2つのテキストに分散(多様性2)、4つのテキストに分散(多様性4)、または8つのテキストに分散(多様性8)という4条件で操作されました。つまり「何回見るか」を一定にしながら「どこで見るか」だけを変えた、という実験の核心がここにあります。

こうした設計によって、文脈多様性の効果を語彙頻度の効果から切り離して検証できるようになっています。先行研究の一つであるPagán & Nation(2019)では、多様性の操作と情報量の違いが混在してしまうという問題がありましたが、Francesらはその点を克服するため、各テキストに含まれる疑似語を含む文は全条件で同一とし、文脈の「数」だけが異なる設計を採用しています。こうした配慮は研究の信頼性を高めています。

テスト三種の結果が物語るもの

学習フェーズの後、参加者は三種類のテストを受けました。まず「再生課題(recall task)」では、文章中の空欄に疑似語を書き込む形式でした。次に「再認課題(recognition task)」では、正しい疑似語を4択から選びます。最後の「照合課題(matching task)」では、疑似語と絵を見せ、それが意味的に一致するかどうかを素早く判断するものでした。

再生課題と再認課題の結果は、一貫して文脈多様性の主効果を示しました。つまり、より多くのテキストで接触した疑似語ほど、後で正確に思い出せる、あるいは正しく識別できるという結果です。しかも、この効果は単語が完全に正しく書けたかどうかだけでなく、音韻的類似度を測るALINE指標を使った部分的な正確さの分析でも同様に観察されました。完全に覚えていなくても、より「それらしい」形を思い出せていたということです。

照合課題でも文脈多様性の主効果が確認されましたが、こちらは加えて言語の主効果も見られました。母語(スペイン語)条件の参加者のほうが、外国語(英語)条件の参加者よりも高い判別精度(A’)を示したのです。つまり、単語の形を覚えることには母語・外国語の差がほとんどないのに、その単語の「意味」と対象を素早く結びつける能力は、母語のほうが優れていたということになります。これは非常に興味深い発見です。

「何回」より「何箇所で」が記憶を豊かにする

なぜ文脈多様性が学習に有利なのでしょうか。著者たちは、単語の意味は「その単語がどんな言葉と共起するか」という経験の積み重ねによって形成される、という分散的意味論の考え方(Bolger et al., 2008; Lund & Burgess, 1996)に依拠して説明しています。異なる文脈で繰り返し接触することで、その単語の意味の「輪郭」がより鮮明になっていく、ということです。同じ文脈で8回見るより、8つの異なる場面で1回ずつ見るほうが、記憶の痕跡が豊かになると考えられます。

また、著者たちは間隔効果(spacing effect)との違いも明確に論じています。間隔効果は学習セッションを時間的に分散させることで記憶が定着しやすくなる現象ですが、本研究の全参加者は1セッションのみで実験を完了しており、厳密な意味での「間隔学習」ではありません。文脈多様性の効果は、時間的な分散ではなく文脈的な分散によるもの、というのが著者たちの解釈です。間隔は「記憶の助け」、文脈多様性は「意味の豊かさ」を育む、というように、二つの概念は機能が異なります。

母語と外国語で差はほとんどなかった

この研究のもう一つの大きな貢献は、文脈多様性の効果が母語と外国語でほぼ同じであったことを示した点です。再生・再認課題においては、言語条件の主効果も、言語と多様性の交互作用も統計的に有意ではありませんでした。つまり、スペイン語でも英語でも、文脈多様性は同じように語彙習得を助けた、ということです。

これは直感的には少し意外かもしれません。外国語での読解は母語よりもずっと認知的負荷が高いはずで、実際に読解時間は外国語条件のほうが有意に長かったです。それでも、文脈多様性の効果は同等に機能していました。これは、文脈から意味を引き出す能力が、言語の習熟度よりも「文脈の多さ」に依存していることを示唆しています。外国語であっても、多様な文脈に接触する機会を与えれば、偶発的な語彙学習は十分に機能する。この結論は、英語教育の実践にとって非常に力強いメッセージです。

ただし著者たちも慎重に注記しているように、参加者はB2レベル以上の比較的高い英語力を持つ成人です。初級者や子どもにも同じ効果が期待できるかどうかは、今後の検討が必要です。

日本の英語教育への示唆

日本の英語教育の現場では、語彙指導というと「単語帳」や「同じ文を何度も書く」という繰り返し学習が主流です。テストに向けて単語リストを丸暗記する、というスタイルは今も根強く残っています。しかしこの研究が示すのは、「同じ文脈で何度も接触する」よりも「異なる文脈で複数回接触する」ほうが、記憶の定着と意味の理解に効果的だということです。

たとえば、教科書の各単元に登場する新出語彙を、その単元の本文だけでなく、他の単元、他のトピックの文章、あるいは課外の読み物にも意図的に散りばめるという指導設計が考えられます。同じ単語を「別の話」の中で再び出会わせることが、学習者の記憶に深く刻み込む鍵になります。日本の高校・大学の英語の授業でよく行われるリーディング中心の授業でも、単語の「登場回数」を気にするだけでなく、「登場する文章の多様性」に目を向けることが大切です。

さらに、近年注目されているContent and Language Integrated Learning(CLIL)という指導法との親和性も高いです。CLILでは様々な教科の内容を英語で学ぶため、同じ語彙が自然と多様な文脈で繰り返し登場します。本研究の知見は、CLILが語彙習得においても効果的である理由の一端を理論的に支持しています。また、多読(extensive reading)指導において、同じ本の繰り返し読みよりも、様々なジャンル・難易度の本を幅広く読むことを推奨する根拠にもなります。

研究の限界と今後の課題

この研究は丁寧な設計と明確な結果を持つ質の高いものですが、いくつかの限界も率直に認識しておく必要があります。まず、学習した語彙のテストが実験直後に行われており、長期保持(数週間・数ヶ月後の定着)については何も言えません。学習直後に覚えていても、時間が経てば忘れるのが人の常です。文脈多様性が長期記憶の定着にも効果的かどうかは、今後のフォローアップ研究を待つ必要があります。

次に、使用した語彙が高頻度語の代替として設定された疑似語であり、しかも文脈から意味を推測しやすいよう意図的に設計されています。実際の英語教育現場で学習者が出会う低頻度の専門語や抽象語については、異なる結果が出る可能性があります。文脈から意味を引き出しにくい語では、文脈多様性よりも明示的な意味の提示が重要になるかもしれません。

また、参加者がスペイン語話者でB2以上の英語使用者に限定されているため、日本語を母語とする日本人英語学習者―英語とのアルファベット上の共通性もなく、語順や語形成も大きく異なる環境にいる学習者―への直接的な適用には慎重さが求められます。日本語話者にとって英語はより「遠い」言語ですから、文脈多様性の効果が同程度かどうか、さらなる検証が必要です。

研究が問いかける本質的なこと

この研究が最も深く問いかけているのは、「単語を覚えるとはどういうことか」という根本的な問いです。単語を「覚える」ことを、音と綴りと意味の単純な対応として捉えるなら、繰り返し練習が最善手に見えます。しかし、単語の知識とは実際にはもっと複雑で、その単語がどんな状況で使われ、どんな他の言葉と共存し、どんな場面で思い浮かぶか、という豊かなネットワークの形成です。文脈多様性が効果を持つのは、まさにそのネットワークを育てるからではないかと考えられます。

Francesらの研究は、そうした語彙知識の本質を実験的に示してみせました。「量より多様性」というメッセージは、語彙学習においても成立する。この知見は、英語教師が授業をデザインする際の視点を根本から問い直す力を持っています。「この単語を何回練習させるか」ではなく、「この単語をどれだけ多様な場面で出会わせられるか」という問いを立てることが、より豊かな語彙教育への道を開くはずです。

研究者として長年語彙習得を研究してきた人たちが「文脈多様性」に注目し始めているこの時代に、教育実践の側もその知見を取り込んでいく必要があります。一つの文章を完璧にマスターさせるより、たくさんの文章の中で単語と「出会い直す」機会を作ること。その発想の転換が、日本の英語教育をより実践的で記憶に残るものにしていくでしょう。


Frances, C., Martin, C. D., & Duñabeitia, J. A. (2020). The effects of contextual diversity on incidental vocabulary learning in the native and a foreign language. Scientific Reports, 10, Article 13967. https://doi.org/10.1038/s41598-020-70922-1

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By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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