英語教育の現場で、「テストは誰が作り、誰がどう評価するのか」という問いは、思いのほか重要な意味を持っています。授業の質を左右するのは教科書や指導法だけではなく、どのように学習者を評価するかという「アセスメント」の設計力にも大きく依存しているからです。ところが日本を含む多くのEFL(外国語としての英語)環境では、教師が評価者としての専門的訓練を十分に受けないまま教壇に立つことが少なくありません。そうした現状に対し、「言語評価の教員研修が教師の主体性や専門的成長にどう影響するか」を正面から問いかけた論文が本稿の対象です。

イランのAllameh Tabataba’i大学のMasoomeh Estajiによる本論文 “Unveiling the Impact of Language Assessment Teacher Education on EFL Teachers’ Assessment Agency and Professional Development Trajectory: Perceptions, Opportunities, and Challenges” は、2024年にLanguage Testing in Asia誌(第14巻第20号)に掲載されました。Estajiはイランのテヘランを拠点とし、英語教育・言語評価・教師教育の分野で精力的に研究を続けている研究者です。本研究は、彼女が長年取り組んできた「教師の評価アイデンティティ」や「生態学的評価エージェンシー」に関する一連の研究の延長線上に位置しています。

研究の核心にあるのは「アセスメント・エージェンシー(assessment agency)」という概念です。これは教師が評価場面において自律的かつ反省的に行動し、意思決定を主体的に行う能力のことを指します。単に「テストを作れる」というスキルにとどまらず、評価実践全体を批判的に捉え直し、教育目標と整合させながら動的に更新していく力といえるでしょう。学校の先生がレシピ通りに料理をこなすのではなく、食材と食べる人の状況に合わせて自分で献立を組み立てるような、そうした主体的な専門職能に近いイメージです。

研究の設計と方法論

本研究は現象学的アプローチを採用しています。現象学とは、人々が「ある経験をどのように生きているか」という主観的な意味世界を探究する哲学的・方法論的立場です。テストの点数や統計的指標ではなく、教師が言語評価研修をどう「経験したか」を丁寧にすくい取ることを目指したわけです。

参加者は50名のイラン人EFL教師で、全員が5年以上の教育経験を持ち、TEFLの修士号(80%)または博士号(20%)を保有しています。そのうち25名は開放型質問紙(open-ended questionnaire)に回答し、残りの25名はナラティブ・フレームを用いた記述式の語りを提供しました。分析にはMAXQDA(バージョン2023)が使用され、3名のコーダーによる独立した内容分析が行われました。コーダー間信頼性はCohen’s Kappaで0.96という高い一致率を示しており、分析の信頼性は十分に担保されています。

研究が問うたのは二つです。ひとつ目は「言語評価の教員研修コースが、評価者としての教師の主体性にどのような影響を与えると教師自身は認識しているか」、そしてふたつ目は「研修で得た知識とスキルを実践に活かして評価エージェンシーを高め、専門的成長に貢献するうえで、どのような機会や課題があるか」です。

研究から見えてきた教師の変容

第一の問いに対する回答として、質問紙の分析からは複数の主題が浮かび上がりました。最も多くの教師(92%)が言及したのは「評価アプローチの深化」でした。研修を通じて、読解や作文に偏りがちだった評価観が広がり、リスニングやスピーキングも含めた包括的な評価へとシフトしたといいます。これは日本の英語教育現場でも非常に示唆的です。多くの学校現場では「英語4技能」と言いながらも、評価はいまだに筆記試験中心に偏りがちだからです。

80%の教師は「自信と能力の向上」を実感しました。評価の原則や技法への深い理解が、実際の評価場面での判断力を高めたというのです。また64%が「自律性と意思決定力の強化」を報告し、研修後は画一的な指示に頼るのではなく、生徒の実態に応じた評価を自分で設計できるようになったと述べています。

さらに注目すべきは、56%の教師がパフォーマンス評価(ロールプレイ、プレゼンテーション、プロジェクト学習など)の有効性を強調した点です。「ペーパーテストでは見えない学習者の実力を引き出せる」という認識は、言語教育における評価の本質論と深く結びついています。そして40%の教師が「評価に対する態度や信念の変化」を挙げました。総括的評価(summative assessment)一辺倒から、学習の途中でフィードバックを与える形成的評価(formative assessment)重視への転換が、研修によって促されたというのです。

第二の問いに関するナラティブ分析では、挑戦と機会の両面が明らかになりました。80%の教師が「多様な学習者への対応」を最大の課題として挙げました。習熟度も言語背景も異なる生徒たちに対して、公平で包括的な評価を実施することの難しさを訴えています。これは世界共通の悩みでしょうが、日本でも外国にルーツを持つ児童生徒が増加する中、無視できない課題です。

一方、92%という圧倒的多数の教師が「継続的な研修とコラボレーションの機会」を切実に求めていました。研修で学んだことを実際の教室に活かすためには、一度きりの講座では足りず、メンタリングや同僚との協働的な学び合いの場が必要だというわけです。この知見は、研修の「量」よりも「継続性と文脈性」が重要であることを強く示しています。

生態学的エージェンシーという視点の有効性

本研究の理論的基盤として採用されているのが、Priestley, Biesta, & Robinson(2015)による「生態学的教師エージェンシー」モデルです。このモデルは、教師の主体性を「反復的次元(過去の経験・知識)」「投企的次元(将来の目標・志向)」「実践的・評価的次元(文化的・構造的・物質的環境)」の三つの相互作用として捉えます。

これは単に「やる気のある先生が変わった」という話ではありません。教師の変容は、個人的な成長と、それを取り巻く学校文化・政策・同僚関係・リソースといった環境要因との複雑な絡み合いの中で起きるのだというモデルです。本研究のナラティブデータはこのモデルと整合的な結果を示しており、「研修の効果は環境次第で大きく変わる」という現実を浮き彫りにしています。

たとえばある教師は、「パフォーマンス評価を推進しようとしたが、管理職が従来の筆記試験を好み続け、なかなか変化を起こせなかった」と語っています。どれだけ研修で学んでも、制度的・組織的な制約がその実践を阻むことがある。この語りは、多くの日本の教師にとっても身に覚えのあるジレンマではないでしょうか。

情意面への着目―不安と自己効力感の問題

本研究のもうひとつの特筆すべき点は、評価実践における教師の感情的・心理的側面に光を当てていることです。64%の教師が、新しい評価方法を導入する際の「不安」「抵抗感」「自己効力感の揺らぎ」を報告しています。ある教師は「自分が正しくやれているのか常に不安で、新しい評価形式に生徒が戸惑うと自己嫌悪に陥る」と述べています。

評価の変革は技術的な問題だけでなく、情意的・アイデンティティ的な課題でもあります。「自分は良い評価者か」という問いは、「自分は良い教師か」という問いと切り離せないものです。日本の教師研修においても、知識・スキルの習得だけでなく、こうした感情的労働(emotional labor)への支援が組み込まれる必要があるでしょう。

関連研究との対比と本研究の位置づけ

本研究が依拠し、対話している先行研究は多岐にわたります。Black & Wiliam(1998)の形成的評価に関する古典的研究、Darling-Hammond(2010)の教師の評価エージェンシーと学習成果に関する議論、そしてGhiasvand et al.(2023)による生態学的評価エージェンシー尺度の開発研究などが主要な参照点となっています。

Ghiasvand et al.(2023)が539名のイラン人EFL教師から収集した量的データを用いて教師の生態学的評価エージェンシーを構造化したのに対し、本研究は同じ文脈をより深く掘り下げる質的研究として機能しています。両研究を合わせ読むことで、イランのEFL文脈における評価エージェンシーの全体像がより立体的に見えてきます。

また、Namgung et al.(2021)による韓国の中等英語教師研究との比較も興味深いところです。Namgungらの研究では、標準化テスト中心の歴史的文化が教師の評価エージェンシーを制約し続けていることが示されました。本研究のイランの教師たちも、制度的制約による葛藤を語っています。高い標準化テスト圧力という点では、日本・韓国・イランは構造的に共通した課題を抱えており、この知見の横断的妥当性は高いといえます。

日本の英語教育現場への示唆

本研究の結果を日本の英語教育に引き付けて考えると、いくつかの重要な示唆が浮かび上がります。まず、評価リテラシー教育の体系化です。日本では教員養成課程において「評価論」が独立した科目として位置づけられることは少なく、指導法の一部として断片的に扱われることが多い現状があります。しかし本研究が示すように、体系的な言語評価教育は教師の自信・能力・態度・自律性の全てに波及する効果を持ちます。教員養成段階からの評価専門教育の充実は、日本の英語教育の質向上にとって不可欠な課題です。

次に、現職研修の継続性と文脈性です。一回完結型の研修会や講演会は、教師の行動変容にほとんど寄与しないことが多くの研究で示されています。本研究でも92%の教師が「継続的なメンタリングや協働的評価設計の機会」を求めていました。日本のミドルリーダー層の教師を核とした「校内評価コミュニティ」の形成など、日常的な文脈に埋め込まれた研修設計が求められます。

また、パフォーマンス評価の普及という観点からも本研究は重要です。2020年度から本格実施された新学習指導要領では、4技能5領域の育成と評価が求められていますが、現場ではその実践が追いついていない学校も多い。本研究が示す「パフォーマンス評価の有効性への気づき」は、研修を通じて生まれるものであり、現場任せにするのではなく、組織的・制度的な支援が必要です。

さらに、制度的障壁への対処という点も重要です。本研究の教師たちは、管理職の保守性や制度的制約により、研修で学んだことを実践に移せないと感じていました。日本でも、大学入試や定期試験の制約、保護者の期待、学校の評価文化など、個々の教師の努力を阻む壁は少なくありません。こうした構造的要因への対処は、教師個人ではなく、学校経営や教育行政レベルでの意思決定を必要とします。

研究の限界と今後の課題

本研究には無論、限界もあります。最も大きなものは、参加者がイランのEFL文脈に限定された50名という規模であることです。自己申告データへの依存という点では社会的望ましさバイアス(social desirability bias)の問題も排除できません。また、研修の効果が長期的にどう持続するかを追跡したわけではなく、一時点の認識調査にとどまっています。

Estaji自身も今後の研究課題として、ESLやEAPといった異なる文脈への展開、初任者と経験者の比較、そして評価エージェンシーと「教師の評価アイデンティティ」との相互作用の探究を挙げています。特に最後の点は、Estaji & Ghiasvand(2023, 2024)の一連の研究と接続する理論的に豊かな問いであり、今後の研究の深化が期待されます。

総評―評価する力を育てることの意味

本研究は、「教師を評価者として育てることの重要性」を丁寧な質的データで実証した、実践的かつ理論的価値の高い研究です。評価を「終わった後に点数をつける作業」ではなく「学びを動かす営み」として捉え直すとき、教師の評価エージェンシーこそが教育の質の核心に位置することがよくわかります。

研究のデザイン、理論的枠組みの整合性、分析の信頼性、そして実践的含意の豊かさ、いずれも水準が高く、言語教育研究として読み応えのある一本です。日本の英語教育関係者にとっては、「評価教育を体系化する」という課題の切迫性を改めて認識させてくれる研究といえるでしょう。テスト問題を作れる教師を育てることと、評価者として主体的に判断できる教師を育てることは、まったく別次元の話なのだということを、本研究は静かに、しかし力強く示しています。


Estaji, M. (2024). Unveiling the impact of language assessment teacher education on EFL teachers’ assessment agency and professional development trajectory: Perceptions, opportunities, and challenges. Language Testing in Asia, 14(20). https://doi.org/10.1186/s40468-024-00292-2

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By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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