英語を外国語として学ぶ環境(EFL環境)において、授業時間だけで必要な語彙を身につけることが難しいという問題は、日本の英語教育関係者であれば肌感覚で理解できるはずです。週に数時間の授業があっても、なかなか語彙が増えないと嘆く生徒の声を耳にした経験は、多くの先生方にあるでしょう。そうした状況の中で、スマートフォンやタブレットを通じたデジタルメディアへの接触が語彙習得を補ってくれるのではないか、という期待は自然に生まれてきます。本稿で紹介するのは、まさにその問いに正面から向き合った研究です。

研究の背景と筆者について

この研究は、イスラエル・ハイファ大学の英語言語文学科に所属するBatia LauferとEsther Emma Vaismanによって実施され、2023年にThe Modern Language Journal(第107巻)に掲載されました。Lauferは語彙研究の分野で国際的に知られる研究者であり、「関与負荷仮説(Involvement Load Hypothesis)」の提唱者としても有名です。彼女はこれまで、語彙テスト、語彙習得のメカニズム、読書と語彙の関係など、幅広いテーマで重要な研究を積み重ねてきました。本研究はその豊富な蓄積の上に成り立つものであり、「デジタル時代の課外語彙習得」というタイムリーなテーマに取り組んでいます。

研究の舞台はイスラエル北部にある職業技術高校です。対象は10年生(日本でいう高校1年生に相当)58名で、母語の多くはヘブライ語、一部はロシア語やアラビア語です。ここで重要なのは、これらの言語が英語と語彙的に大きく異なる「非コグネート言語」であるという点です。ヨーロッパの多くの言語は英語と語源を共有する単語(コグネート)を多数持つため、英語の単語を比較的容易に推測・記憶できます。しかしヘブライ語や日本語はそうではありません。この点で、本研究の知見は日本のEFL環境にも強い示唆を持ちます。

研究のユニークな方法論―「個人化された語彙日誌」

従来の課外語彙習得研究の多くは、全参加者に共通のテスト(たとえばPeabody Picture Vocabulary Testなど)を用いて語彙力を測ってきました。しかし実際には、生徒によって接触するデジタルコンテンツは全く異なります。ゲームが好きな生徒もいれば、海外ドラマに夢中な生徒もいる。そうした個人差を無視して全員に同じテストを実施しても、個々の学習者が実際に「出会い、覚えた語彙」を捉えることはできません。

この問題に対して、本研究は「語彙日誌(vocabulary diary)」という独創的な方法を採用しました。各生徒は週に一度、課外のデジタル活動の中で出会った新しい英単語を日誌に記録し、辞書でその意味を調べてヘブライ語訳を書き添えます。この作業を約7ヶ月間(9月から4月まで)継続し、最終的に各生徒の日誌に記録されたすべての語彙を対象とした「個人化されたテスト」が実施されました。つまり、生徒Aには生徒A自身が記録した単語だけが出題され、生徒Bには生徒B自身の単語が問われるわけです。

全参加者が記録した総語彙数は3,248語にのぼり、1人あたりの記録語彙数は22語から107語、平均56語でした。興味深いのは、5人以上の日誌に共通して登場した語は全体のわずか34語(3,248語中)にすぎなかったという事実です。つまり、生徒たちは本当にバラバラな語彙と出会っていたのです。この結果は、「全員共通テスト」では個々の学習者の語彙習得を適切に評価できないという研究者の直観を裏付けるものでした。

どれだけの語彙が課外活動で習得されたのか

では、実際にどれくらいの語彙が習得されたのでしょうか。最終テストの結果、生徒たちは日誌に記録した語彙の平均53.1%を正答することができました。記録語彙数に対する絶対数で見ると、平均して約30語の習得となります。最少は3語、最多は94語と大きなばらつきがありました。全体の約71%の生徒が17語から50語の範囲内に収まっており、50語を超えた生徒は全体の10%程度にとどまりました。

7ヶ月間で平均30語、と聞いてどう感じるでしょうか。率直に言えば、決して多い数字ではありません。授業で意図的に単語学習をさせた場合と比べると、かなり控えめな数字です。研究者自身も「もし30語ペースが続くなら、900語増やすには210ヶ月かかる計算になる」と指摘しており、デジタル活動のみに語彙学習を頼ることの限界を示しています。

ただし、覚えた割合に注目すれば話は異なります。Webb, Yanagisawa, & Uchihara(2020)のメタ分析によれば、意図的な語彙学習活動における意味想起(meaning recall)の平均保持率は39.4%とされています。本研究の53%という数値はそれを上回っており、「出会い、辞書で調べ、書き留めた」という行為が、ある程度の定着をもたらしたことを示しています。単語を自分の意志で選び、調べ、記録するという行為は、Laufer & Hulstijn(2001)の関与負荷仮説でいう「必要性(need)」と「探索(search)」という要素を満たしており、それが定着率を高めた可能性があります。

どのデジタル活動が語彙習得に貢献したのか

研究では、生徒たちのデジタル活動の頻度も調査されました。アンケートによると、最も多かった活動はSNS・ゲーム(平均4.05)、次いでYouTube・テレビ視聴(3.96)、音楽鑑賞(3.91)、そしてオンライン読書(2.68)の順でした。つまり、生徒たちが最も少ないと報告した活動はオンライン読書だったのです。

しかし、語彙習得との相関を調べると、意外な結果が現れます。SNS・ゲームの相関係数は0.11、音楽は0.18、テレビ視聴は0.12といずれも有意ではなかったのに対し、オンライン読書のみが有意な相関(r = 0.35, p < .01)を示したのです。最も不人気だった活動が、最も語彙習得と関係していたという逆説的な結果です。

これはなぜでしょうか。読む行為は、音声や映像と異なり、文字を通じて語形(form)に意識的に注意を向けることを促します。聴き流したり見流したりしていては単語の形を意識しにくいですが、文章を読む時には知らない単語の綴りと向き合わざるを得ない。ヘブライ語や日本語のように非ローマ字系の言語を母語とする学習者にとっては特に、見慣れないアルファベット表記に意識的に向き合う読書の行為が、語彙の定着により強く作用するのかもしれません。Arndt & Woore(2018)もオンライン読書が語彙の綴り知識に特に貢献することを示しており、本研究の結果と一致しています。

初期語彙力の強力な効果

本研究で最も重要な発見は、「課外語彙習得の量を最も強く予測するのは、デジタル活動量ではなく、学習開始時の語彙力(学校語彙の習得度)である」という点です。

研究では参加者を初期語彙力に基づいて3グループに分類しました。弱群(n = 16)、中群(n = 24)、強群(n = 18)です。課外学習での平均習得語数は、弱群が16.47語、中群が29.42語、強群が43.14語でした。強群は弱群の2倍以上の語彙を課外活動で習得したことになります。初期語彙力と課外習得語数の相関係数はr = 0.6(p < .01)と、かなり強い正の相関でした。

重回帰分析の結果もこれを裏付けています。デジタル活動量(全体)は課外語彙習得の分散のうち約8%を説明したのに対し、初期語彙力は約31%を説明し、両変数合計で37%を説明しました。つまり、「どれだけデジタルに触れているか」よりも「どれだけ学校で語彙を学んでいるか」の方が、課外語彙習得の強力な予測因子だったのです。

この結果はNa & Nation(1985)の知見とも整合しています。彼らは「語彙が豊富であるほど、未知語を取り巻くコンテキストをより深く理解でき、意味推測が容易になる」と論じました。授業で語彙を積み上げた生徒は、課外のデジタル活動でも未知語に出会った際に、その周辺情報から意味を類推する力が高い。これが、初期語彙力と課外語彙習得の関係を生む根本的なメカニズムだと考えられます。

ヨーロッパの学習者との比較が示す「コグネートの恩恵」

本研究が比較対象として挙げるのが、ベルギーやオランダの学習者を対象とした研究群です。たとえばKuppens(2010)やPuimège & Peters(2019)は、ベルギーの子どもたちが正式な英語授業開始前に既に2,500〜3,200語を知っていることを報告しています。一方、イスラエルの学習者は8年間の英語授業を経た後でも3,300語程度にとどまるとされています(Laufer et al., 2021)。

この差の大きな要因の一つが、コグネートの存在です。De Wilde et al.(2020)は、PPVTのテスト語彙のうち45%がオランダ語とのコグネートまたは近コグネートであったと報告しています。英語の “communication” を見たオランダ語話者は、自国語の似た語形から意味を推測できます。しかしヘブライ語や日本語の話者には、そうした援軍はありません。英単語は多くの場合、完全に「異質な形をした記号」として立ちはだかるのです。

日本の英語教育に引き寄せて考えると、日本語も英語との語彙的距離が非常に大きい言語です。もちろん “anime” や “karaoke” のような逆向きの借用語はありますが、英語語彙の大半は日本語との形態的類似性を持ちません。本研究の知見は、こうした非コグネート環境での課外語彙習得の実態を示した数少ない実証研究として、日本の研究者・実践者にとって非常に参考になるものです。

日本の英語教育現場への示唆

本研究の主要な教育的示唆は、一見すると逆説的に映るかもしれません。「課外デジタル活動の研究」でありながら、最終的な結論は「学校での語彙指導を強化することが、課外語彙習得を最も効果的に改善する」というものだからです。

これは日本の現場にも強く響くメッセージです。英語の授業時間数が限られる中で「自分でスマホで英語に触れていれば伸びるだろう」と期待する声は少なくありません。しかし本研究は、そのデジタル接触から語彙を学ぶ能力そのものが、学校での語彙学習の蓄積に支えられていることを示しています。土台なくして課外学習は機能しないのです。

研究者はまた、授業でデジタル活動との連携を図る具体的な方法も提案しています。たとえば、生徒が課外で出会った語彙を記録させてカードを作り、センテンスを書かせ、教師がそれを確認することで、課外の偶発的接触と意図的学習を橋渡しする活動が有効だと述べています。これは日本の教室でも容易に取り入れられる実践的なアイデアです。

また、本研究の方法論的貢献として、「個人化された語彙日誌と個人化されたテスト」の組み合わせは注目に値します。日本でも、生徒一人ひとりが出会った語彙を記録させ、それをポートフォリオ的に評価する取り組みは、語彙学習の自律性を育む有望な方法として検討に値するでしょう。

研究の限界と今後の課題

もちろん本研究には限界もあります。まず、参加者が職業技術高校の生徒に限定されており、通常の普通科高校の生徒とは学習時間や学習意欲の面で異なる可能性があります。授業時間の多い技術科目のせいで課外活動に割ける時間が少なく、それが習得語彙数の低さに影響した可能性も研究者自身が認めています。

次に、語彙日誌という方法論に伴う問題があります。単語を書き留めるという行為は、通常の課外活動では行われないことが多い。研究者はこれが「宿題として扱われた可能性」を完全には排除できないと述べており、日誌の存在が語彙への注意を普段より高めた可能性もあります。その意味で、より自然な課外語彙習得の実態を捉えるには、今後さらなる工夫が必要かもしれません。

さらに、デジタル活動量は研究開始時のアンケートのみで測定されており、7ヶ月の研究期間中に活動パターンが変化していた可能性も否定できません。また、語彙力以外の要因―たとえば学習動機、保護者のサポート、一般的な学業能力―が初期語彙力と交絡していた可能性も完全には排除できません。

総合評価―地道な授業を信じることの大切さ

本研究を通じて見えてくるのは、デジタル時代においても「地道な学校教育の語彙指導」が持つ価値の大きさです。SNSもゲームも動画も、それ自体は確かに英語に触れる機会を与えてくれます。しかし、そこから語彙を「掴み取る力」は、すでに積み上げた語彙知識と切り離せない関係にある。

日本語という非コグネート言語を母語とする日本の学習者にとって、英語語彙習得の困難さはイスラエルの学習者と多くを共有しています。その環境の中で、デジタル接触だけに期待することの限界と、学校語彙指導の底力を、本研究は丁寧に、かつ説得力を持って示してくれています。個人化された語彙日誌という方法論も含め、日本の英語教育研究・実践の両面に豊かなヒントを与えてくれる一篇として、強くお勧めできる論文です。


Laufer, B., & Vaisman, E. E. (2023). Out-of-classroom L2 vocabulary acquisition: The effects of digital activities and school vocabulary. The Modern Language Journal, 107(4), 854–872. https://doi.org/10.1111/modl.12880

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By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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