Patricia K. Kuhlという研究者の名前を、言語習得に関心のある人なら一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。ワシントン大学の「学習と脳科学研究所(Institute for Learning & Brain Sciences)」の所長を長年務めてきた彼女は、乳児の音声知覚研究の第一人者として国際的に知られています。本稿で取り上げるのは、2010年にNeuron誌に掲載されたKuhlの論文 “Brain Mechanisms in Early Language Acquisition” です。乳児の脳が言語をどのように処理し、習得するのかを包括的にまとめたレビュー論文であり、発表から15年近くが経過した今もなお、言語習得研究における基本文献として広く引用されています。

この論文が日本の英語教育関係者にとって示唆に富むのは、単に乳児研究の話だからではありません。そこに描かれている「言語習得の仕組み」は、成人が外国語を学ぶ際の困難さの根本的な説明でもあり、「なぜ早期英語教育が意味を持つのか」あるいは「なぜそれだけでは不十分なのか」を考えるための、非常に重要な手がかりを提供してくれるからです。

乳児の脳を「見る」技術の進化

Kuhlがこの論文を書いた2010年前後は、乳児の脳を安全に、かつ非侵襲的に計測する技術が急速に整備された時期でした。論文の冒頭では、EEG(脳波)、MEG(脳磁図)、fMRI(機能的磁気共鳴画像法)、そしてNIRS(近赤外線分光法)という4つの手法が紹介されています。

中でも印象的なのは、MEGを使った研究の記述です。MEGは脳の電気活動に伴って生じる微弱な磁場を計測する装置で、時間分解能と空間分解能の両方に優れています。問題は、乳児が頭を動かしてしまうことですが、Kuhlらはヘッドトラッキング技術を用いてこの問題を克服し、生後間もない新生児や6ヶ月の乳児でもMEG計測が可能であることを示しました。

「赤ちゃんの頭にヘルメットのような装置をかぶせて脳活動を記録する」というのは、文章で読むと少々奇妙な光景ですが、実際の研究映像を見ると、乳児たちは意外なほどおとなしく実験に参加しています。周囲の大人が思っているよりも、赤ちゃんは「何かを聞いている」状態に慣れているのかもしれません。

こうした計測技術の進歩があって初めて、「生後6ヶ月の赤ちゃんが、すでに自分の母語の音韻構造を学び始めている」という事実が、行動実験だけでなく脳活動のレベルで確認できるようになりました。Kuhlの論文はその集大成と言えます。

「臨界期」とは何か―言語習得の時間的制約

論文の中核をなす概念のひとつが「臨界期(critical period)」です。Johnson and Newport(1989)の研究を引きつつ、Kuhlは第二言語習得の能力が年齢とともに低下することを示すグラフを提示しています。生後から7歳頃までに習得を始めた場合の文法的習熟度は非常に高く、それ以降は年齢が上がるほど急激に低下する―この曲線は、英語教育に携わる人なら誰でも直感的に「知っている」ことを、神経科学的な根拠とともに示したものです。

ただし、Kuhlが強調しているのは「すべての言語能力が同じ時期に閉じるわけではない」という点です。音韻習得の臨界期は生後1年の終わりまでに訪れるのに対し、統語的学習は18ヶ月から36ヶ月にかけて盛んになり、語彙はある程度成人になっても習得可能だとされています。「英語は早ければ早いほどよい」という主張が日本の教育政策の文脈でしばしば出てきますが、Kuhlの研究が示すのは「何を早くするか」が問題であるということです。音と音の区別を学ぶ力については、確かに早期に敏感な時期があります。しかしそれは、幼稚園でアルファベットを教えることとは根本的に異なる話です。

Kuhl自身が提唱した「神経コミットメント(neural commitment)」という概念も重要です。これは、乳児の脳が特定の言語の音韻・韻律パターンに最適化された神経回路を早期に形成し、その構造がその後の言語習得の効率を左右するという考え方です。フランス語やタガログ語の音韻体系に最適化された脳は、それに沿った音を処理するのは得意になりますが、逆に合わないパターンの学習を妨げる方向にも働きます。これは日本語話者が英語のLとRを聞き分けられない、という「あるある」な現象の神経科学的な説明でもあります。

生後6ヶ月の知覚が、2歳半の語彙力を予測する

Kuhlの研究グループが示した、最も驚くべき知見のひとつは「縦断的関連性」です。生後6ヶ月の時点での母音の弁別能力が、13ヶ月・16ヶ月・24ヶ月時点の言語発達と有意に相関していたというのです(Tsao et al., 2004)。さらに後の研究では、生後6ヶ月の音声知覚能力が5歳時点の韻の意識(pre-reading skills)と相関するという結果も報告されています。

これは教育的に非常に示唆深い知見です。もし乳児期の音声知覚の質が、その後の言語・読み能力を長期的に予測するとするなら、「早期教育」の意味は「早く英単語を覚えさせること」ではなく、「乳幼児が豊かな言語音響環境にさらされること」にあることになります。

もっとも、この相関が因果関係を意味するかどうかは慎重に議論する必要があります。Kuhlらもこの点を意識しており、認知能力や感覚能力といった交絡因子を除外するために、母語と非母語の両方の音声知覚を同時に測定するという工夫をしています。母語の知覚が優れているほど将来の言語発達が進む一方で、非母語の知覚が優れているほど将来の言語発達が遅れるという「逆方向」の関係が確認されたことは、神経コミットメント理論の予測と一致しており、この知見の信頼性を高めています。

「統計学習」という驚きの能力

Kuhlが紹介するもう一つの重要な概念が「統計学習(statistical learning)」です。Saffran et al.(1996)が発見したこの現象は、乳児が言語音の分布的パターンを無意識に学習できることを示しています。

たとえば英語では/r/と/l/は高頻度で出現する別々の音として分布していますが、日本語では同様の音は「日本語のr」として一つの分布をなしています。乳児はこのような音の出現頻度の違いを自然に「計算」し、自分の言語の音韻カテゴリーを形成していくというのです。2分間の単純な音の提示実験で、乳児が音の分布パターンに感応することが示されています(Maye et al., 2002)。

この発見は、Chomsky流の「生得的な普遍文法」モデルや、Skinner流の「強化学習」モデルとも異なる、第三の言語習得メカニズムの存在を示唆します。人間の脳は生まれながらにして、環境中の統計的規則性を自動的に抽出する仕組みを持っているという見方です。

この能力は言語に限らず、音楽や視覚パターンについても確認されており、おそらく人間のより一般的な認知能力の一部であると考えられています。2010年以降の研究でも、統計学習の機能的意義は引き続き精力的に研究されており、たとえばKirby and Saffran(2014)やAslin(2017)らは、この機能がどのような神経基盤を持つかについての解明を進めています。

「テレビでは言語は学べない」―社会的交流の決定的役割

この論文で最も広く引用され、最も議論を呼んだのが「社会的相互作用と言語習得」に関する実験結果でしょう。Kuhlらは9ヶ月の乳児を対象に、中国語(普通話)への曝露実験を行いました。生身の中国語話者との12セッションの交流を経験したグループは、台湾で中国語環境に生まれ育った同年齢の乳児と同程度に中国語の音韻弁別能力を獲得しました。ところが、全く同じ内容をテレビや音声テープで提示したグループは、まったく学習が見られなかったのです。

これが「社会的ゲーティング仮説(Social Gating Hypothesis)」の出発点です。Kuhlは、人間との社会的相互作用が言語学習のための「ゲート(門)」を開く役割を果たすと主張します。注意・覚醒の向上、情報量の増加、自己と他者の関係感覚、そして知覚と行動を結ぶ脳内機構の活性化という4つのメカニズムが候補として挙げられています。

日本の英語教育の文脈でこれを考えると、非常に重要な問いが浮かびます。タブレットやオンライン教材で英語の「音」に触れさせることの効果は、どこまで期待できるのでしょうか。Kuhlの研究が示唆するのは、少なくとも乳幼児期においては、画面越しの音声曝露では言語学習の神経的基盤を整えるには不十分である可能性が高いということです。もちろん、9ヶ月の乳児と、小学生や中学生では状況は異なります。しかし「ICTを活用すれば英語学習が進む」という楽観的な想定には、この研究は一定の留保を促しています。

さらに印象深いのは、スペイン語曝露実験(Conboy and Kuhl, 2010)の結果です。9ヶ月の乳児がスペイン語家庭教師との交流セッション中に「どれだけ視線を向け直す(gaze shift)か」という社会的関与の指標が、その後の音韻・語彙学習のERP指標と強い相関(r = -.75)を示しました。より社会的に関与した乳児ほど、より多くを学んでいたのです。「ぼーっと聞いているだけでは身につかない」という経験則が、脳科学的に裏付けられた瞬間とも言えます。

バイリンガル経験と認知制御

この論文にはもう一つ見逃せない節があります。バイリンガル経験と認知能力の関係です。二言語に曝露された成人や子どもは、注意の実行制御(executive control)や抑制制御(inhibitory control)に優れているという研究知見(Bialystok, 1999, 2001)が紹介されており、これが乳児の音韻学習とも結びつく可能性が示されています。

Kuhlらのデータでは、母語音韻の知覚向上と同時期に非母語音韻の知覚が抑制されることが、認知的な抑制制御の発達と関連していることが示唆されています。言い換えれば、「日本語の音に絞り込む」という脳の仕事は、単純な「忘れること」ではなく、積極的な認知制御の発達と連動しているということです。

この観点は、日本の英語教育にとって意外な角度からの示唆をもたらします。もし乳幼児期から二言語環境に置かれることが、言語学習だけでなく認知的柔軟性の発達を促すとするなら、バイリンガル教育の意義は「英語が話せるようになる」という実用面を超えたところにも存在することになります。ただし、この分野ではその後批判的な研究も相次いでおり、Costa and Sebastián-Gallés(2014)らはバイリンガル優位性(bilingual advantage)の効果量が実際には小さいと指摘しています。Kuhlの論文が書かれた2010年時点では、バイリンガル認知優位性はほぼ定説として扱われていましたが、再現性の問題も含めて現在は慎重な評価が求められる領域になっています。

現代研究との比較―この論文の位置づけ

Kuhlの2010年論文は、それまでの研究をまとめた総合的なレビューとして書かれており、その意味では「教科書的」な性格を持っています。しかし、発表から15年が経った今、いくつかの点で後続研究との比較が必要です。

まず、社会的ゲーティング仮説については、その後の研究で複雑な様相が明らかになってきています。Roseberry et al.(2014)は、ビデオチャットでは乳児の語彙学習が可能であることを示し、「画面では学べない」という主張に修正を加えました。これは単純な「画面vs生身の人間」という対比では現象を捉えきれないことを示唆しています。リアルタイムのインタラクションが持つ要素、すなわち視線の一致、偶発的な反応、共同注意などが重要であり、それがテレビには欠けていたのだという解釈が現在は有力です。

また、統計学習の普遍性については、習得される内容の種類や個人差についての研究が進みました。Frost et al.(2019)などの研究は、統計学習能力には個人差があり、それが言語習得全体の能力とどう関連するかについての研究を深めています。Kuhlの論文では統計学習はやや一枚岩的に扱われていましたが、現在はより精緻な描像が求められています。

さらに、神経科学的手法の面でも進展がありました。2010年以降、乳児を対象としたfNIRS研究が飛躍的に増加し(Lloyd-Fox et al., 2010など)、NIRS単体での空間分解能の限界を補いつつ、社会的インタラクション中の脳活動を調べる「ハイパースキャニング(hyperscanning)」研究も登場しています。二人の脳を同時計測して、話し手と聞き手の神経活動の同期を調べるこの手法は、まさにKuhlが提唱した社会的脳と言語の関係を直接的に検証する道具です(Leong et al., 2017など)。

日本の英語教育への問い

この論文が提起する問いを、日本の英語教育の文脈で整理してみましょう。

音韻習得の臨界期が生後1年以内に訪れるという知見は、小学校高学年からの英語教育開始を「早期化」とみなす現在の日本の政策に対して、根本的な問い直しを迫っています。英語の音、特にLとR、BとV、TH音などは、日本語の音韻カテゴリーに収まりにくい音ですが、Kuhlの研究が示すように、それらを「別の音として処理する」神経的な素地は、適切な言語環境さえあれば生後1年でほぼ形成されます。逆に言えば、日本語一言語環境で育った子どもが10歳で英語を学び始める頃には、音韻的な神経コミットメントはすでに相当程度固まっています。

これは「だから手遅れだ」という話ではありません。成人でも第二言語の音韻学習は可能ですし、Kuhlらの成人を対象としたMEG研究(Zhang et al., 2009)は、訓練によって神経効率が改善することを示しています。しかしそこには相当のコストと工夫が必要であり、効果的な訓練は「より社会的な学習条件」で行われた場合に神経効率が高まるという結果は、「英語の授業を生きた対話の場にする」ことの重要性を改めて示しています。

「ALT(外国語指導助手)との授業」や「英語でのやりとり」を重視する方向性は、Kuhlの研究の観点からは理にかなっています。しかし問題は、社会的関与の「質」です。Kuhlらのスペイン語実験で重要だったのは、単に人間がそこにいることではなく、視線の移動や共同注意など、双方向の関与の度合いでした。「形だけのインタラクション」や「一方的な英語の歌の視聴」では、社会的ゲーティングの効果は期待できないかもしれません。

また、motherese(マザリーズ―母親が乳幼児に向ける、音韻的に誇張されたゆっくりした話し方)が音韻学習を促進するという知見は、英語教育の発音指導にも示唆を与えます。Kuhlらは、マザリーズの音韻的誇張が音素の区別をより鮮明にし、学習を助けることを示しています(Liu et al., 2003)。教師が英語を話す際の明瞭さや音韻的誇張は、単に「聞き取りやすさ」の問題ではなく、学習者の神経的な音韻カテゴリー形成に関わる問題でもあるのです。

批判的考察―この論文の限界と射程

この論文への批判的評価として、いくつかの点を挙げておきたいと思います。

第一に、この論文で紹介された研究のほとんどは英語、中国語、スペイン語という限られた言語ペアを対象としており、日本語・英語間の音韻習得に直接適用できるかどうかは追加の検証が必要です。日本語の音韻体系は英語と音韻範疇の重複が少なく、「非母語音韻知覚の抑制」が他の言語ペアよりも早くかつ強く起きる可能性があります。この点については、日本語を母語とする乳児を対象にした研究(Tsushima et al., 1994など)が存在しますが、Kuhlの論文ではほとんど取り上げられていません。

第二に、「社会的ゲーティング」の神経メカニズムについては、2010年時点ではまだ仮説の域を出ておらず、論文自体もその点を認めています。「なぜ社会的交流が学習を促進するのか」という問いに対して、本論文は注意・情報・関係感覚・知覚行動連結という4候補を挙げるにとどまっており、どれが主たるメカニズムであるかは未解決のままです。

第三に、レビュー論文という性格上、Kuhl自身の研究グループの成果が特に詳しく取り上げられており、バランスの問題が指摘されることがあります。Werker and Tees(1984)の音韻知覚研究など、他のグループの重要な知見も引用されていますが、社会的ゲーティングに関してはほぼKuhlグループの研究に基づいており、独立した再現研究による検証は当時まだ限られていました。

こうした限界はありつつも、Kuhlのこの論文が果たした役割は大きいと言えます。「乳児の脳は受動的な容れ物ではなく、能動的な学習機械である」「言語習得は計算能力、認知能力、社会能力の統合として理解すべきだ」「社会的文脈が学習を根本的に変える」―これらの主張は、その後の発達認知神経科学の方向性を定めたと言っても過言ではありません。

言語習得研究が照らすもの

大学で英語を学び始めた学生に、LとRを聞き分けさせようとすると、最初はほぼ全員が「同じに聞こえる」と言います。何度も聞かせ、対比を意識させ、口を動かしながら試行錯誤を繰り返す中で、少しずつ区別が生まれてきます。その過程で必要なのは、単なる反復ではなく、「今の音はRだったか?」という対話的なやりとり、あるいは教師の表情や視線が添える文脈です。Kuhlの研究は、その直感が正しかったことを、脳のレベルで示してくれています。

生後9ヶ月の乳児が、生身の人間との交流の中でだけ外国語の音韻を学ぶ―このシンプルな事実は、「言語を学ぶとはどういうことか」という問いへの、深い答えを含んでいます。英語教育において、テクノロジーや教材の充実が進む一方で、「人と人の間で起きる何か」の重要性が改めて問われているように思います。Kuhlの論文は、その「何か」を神経科学の言葉で語ろうとした、誠実で野心的な試みです。

(この記事は、公開済みの「赤ちゃんの言語習得の秘密 – 脳科学が解き明かす驚きの仕組み」をさらに掘り下げたものです)


Kuhl, P. K. (2010). Brain mechanisms in early language acquisition. Neuron, 67(5), 713–727. https://doi.org/10.1016/j.neuron.2010.08.038

 

By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

Amazon プライム対象