はじめに―「なぜこの子はこんなに言葉に敏感なのか」

英語の授業を担当していると、クラスの中に必ず一人や二人、言葉そのものへの関心が飛び抜けて高い子どもがいます。「先生、この単語って日本語の『バス』と同じ?」とか「なんでこれは複数形にsをつけるのに、あれはesなの?」と、授業の脈絡とは関係なく質問してくる子です。そういう子を見ていると、言語学習の巧みさは単語や文法の暗記量だけでは説明できない何かがある、と感じるのは多くの教師に共通した経験ではないでしょうか。

その「何か」に名前をつけるとすれば、それが「メタ言語的気づき(metalinguistic awareness、以下MLA)」です。言語を使うのではなく、言語そのものを観察・分析する能力と言い換えてもよいかもしれません。今回取り上げる論文”The development of metalinguistic awareness in the early stages of formal language education”は、このMLAが小学校低学年から中学年の時期にどのように発達するかを、ノルウェーの小学校児童169名を対象に2年間にわたって追跡した縦断研究です。Christine Möller-OmraniらがWestern Norway University of Applied Sciencesを拠点とするMetaLearnプロジェクトの一環として発表したもので、2025年にTaylor & Francis系の学術誌Language Awarenessの第34巻第4号に掲載されました。開かれたアクセス形式で公開されており、国際的な注目度も高い論文です。

MLAとはそもそも何か―「言語を使う」ことと「言語について考える」ことの違い

まず、MLAという概念について整理しておきましょう。E. Bialystokの古典的な整理によれば、言語に関わる「知識」「能力」「気づき」は区別されます。MLA研究の文脈では、これら三者のうち「気づき」が注目されます。単に英語の文法規則を頭に入れているだけでなく、実際に言語に注目して何らかの判断や操作を行う局面こそが、MLAの発動する瞬間です。

たとえば「tieという語の最初の音を取り除くと何になるか」という課題を考えてみてください。これを解くためには、英語の音と文字の対応をある程度わかっていて、かつ語を音のかたまりとして意識的に操る能力が必要です。あるいは「架空の語”tobe”(犬を指す)の複数形を”shobe/shobin(羊/羊たち)”というモデルに倣って作ってみよう」という課題なら、今度は形態論的な類推能力が問われます。いずれも、「なんとなく使えている」レベルを超えた意識的な言語操作です。

研究者たちはMLAをいくつかの下位次元に分けて考えます。この論文では、音韻MLA、語彙MLA、文法MLA、そして「言語横断MLA(cross-linguistic MLA、以下XMLA)」の四つが対象になっています。XMLAとは、複数の言語を比較・対照する能力のことで、たとえば「この日本語の言い回し、英語ではどう言うんだろう」と考えることも、広い意味でその一例です。近年の複言語教育の文脈でとりわけ重視されている能力です。

MetaLearnテストの設計―先行研究の限界をどう乗り越えたか

この研究の中心的な貢献のひとつは、新たに開発されたMLA測定ツール「MetaLearnテスト」の存在です。先行するMLA測定研究には、いくつかの方法論的な問題がありました。

最も大きな問題は、既存のテストの多くが「言語規則を言葉で説明できるか」を基準にしていた点です。つまり、「なぜそうなるかを説明してください」と求める課題が多かった。しかし小学校低学年の子どもは、直感的に正解を選べても、その根拠を言語化する力はまだ発達途上にあります。「なんとなくわかるけど説明できない」という状態は、大人でも珍しくありません。これでは、子どものMLAを正当に評価できません。

また、多くの先行テストが単一言語(たとえばイタリア語や英語)の枠内でMLAを測定していたため、言語能力そのものとMLAが混同される危険性がありました。ノルウェー語話者の子どもにノルウェー語だけでテストすれば、それはMLAを測っているのか、ノルウェー語運用能力を測っているのかが曖昧になります。

MetaLearnテストはこれらの欠点を意識して設計されています。課題には既知の言語(ノルウェー語・英語)だけでなく、未知の言語(フランス語、中国語)や人工言語も含まれており、言語能力の高低に引っ張られにくい設計になっています。また言語規則の言語化は一切求めず、選択肢を選ぶか、ごく短い回答を書くだけです。さらに縦断研究向けに二つの並行バージョン(A版とB版)が用意されており、「テストへの慣れ」による学習効果(テスト学習効果)を排除できる工夫もされています。テスト開発という地道な作業が、この研究の信頼性を底支えしています。

複雑動態システム理論という視点―「平均」が隠すもの

この研究のもうひとつの特徴は、「複雑動態システム(Complex Dynamic Systems、CDS)」理論を分析の枠組みとして採用している点です。CDSとは、複数の要素が互いに影響を与え合いながら変化するシステムを記述するための理論で、気象学や生態学でよく使われますが、近年は言語習得研究でも注目されています。

この理論の核心は、「全体の平均から個人の発達を読み取ることはできない」という主張にあります。学習者一人ひとりは異なる初期状態から出発し、異なる内的・外的要因と相互作用しながら、非線形に発達します。ですから、クラス全体の平均スコアが伸びていたとしても、その裏で何が起きているかは千差万別なわけです。

筆者らはこの観点から、グループ全体のマクロレベル分析と、個人のトラジェクトリ(発達軌跡)のミクロレベル分析を組み合わせています。統計モデルとしてはBeta回帰を用いた一般化線形混合モデル(GLMM)が採用されており、学校・個人のランダム効果を適切に処理しています。このあたりは統計的にも丁寧な設計で、査読を経た研究として十分な信頼性があります。

何が明らかになったか―集団レベルの線形成長と個人の非線形発達

では、2年間の縦断データから何が見えてきたのでしょうか。

マクロレベルでは、MLA総合スコアが学年を追って有意に伸びたことが確認されました。小学3年生の開始時(T1)に平均61%だったスコアは、3年生末(T2)に67%、4年生末(T3)には75%へと着実に上昇しています。この伸びは統計的に有意であり、かつ縦断テストの学習効果によるものではないことも二つの並行バージョンの交互使用によって担保されています。音韻・語彙・文法・言語横断の全4下位次元でも有意な伸びが確認されました。難易度順でいえば語彙MLAが最も易しく(T1時点で82%正答)、次いで音韻MLA(74%)、そして文法MLA(52%)とXMLA(52%)が難しかったという結果は、先行研究の知見とも符合しています。

ところが、個人レベルで発達軌跡を描いてみると、話はまるで違って見えてきます。増加・停滞・減少が入り混じる多様な軌跡が観察され、T1→T2→T3の三点を追うと、なおさら複雑です。「T1からT2にかけて大きく伸びたのに、T2からT3で急落した子」や「T1→T2では横ばいだったのに、T2→T3で一気に伸びた子」が同じクラスに混在しているのです。

特に注目されるのは、T1時点の高得点群・平均得点群・低得点群それぞれの発達パターンです。高得点群はほぼ横ばい、あるいは微減する子もいました。平均群は適度な伸びを示しました。そして低得点群が最も顕著な改善を示しており、研究者たちはグループ全体の統計的有意な伸びの多くが、この低得点群の追いつきによって牽引されていると解釈しています。高得点群の子どもはT1時点ですでにMLA系が比較的安定しており、低得点群の子どもはこの時期に大きなシステムの再編成を経験しているという解釈です。

この研究の学術的貢献と限界

学術的な貢献としてまず挙げるべきは、MLAを網羅的・縦断的に測定した研究がいまだ少ない中で、精緻なテスト設計と統計手法を組み合わせて2年間のデータを収集した点です。先行研究にはGombert(1992)の四段階モデルやTellier(2013)の英語圏でのMLA測定研究、またSpechtenhauser & Jessner(2024)の多言語環境での縦断研究などがありますが、本研究はこれらの延長線上にあり、かつCDS的視点から個人差を前景化した点で独自性があります。

他方で、筆者自身も認めているように、いくつかの限界もあります。まず下位次元ごとの項目数が少なく、下位次元分析の信頼性はやや低い可能性があります。また介入(メタ言語的な翻訳タスクを含む授業)を受けたグループ(全体の31%)と受けていないグループが混在しており、純粋な自然発達とは言いにくい面もあります。さらに測定間隔が学年単位という比較的粗いものであり、より細かい時間軸での変化は捉えられていません。CDS研究が理想とする「週単位・月単位での細粒度追跡」には程遠い設計です。

また、MLAと他の個人差変数(語彙力、リテラシー、家庭の文化資本など)との関係は今回の分析では制御変数として扱われるにとどまっており、それらがMLAの発達とどう絡み合うかは別論文での分析が予告されています。CDSを標榜するなら、こうした相互作用の解明こそが本丸であり、今後の課題です。

日本の英語教育現場への示唆―「平均」で見えなくなるもの

さて、この研究が日本の英語教育関係者にとって意味することを考えてみましょう。

日本の小学校英語教育は2020年度から3・4年生での「外国語活動」、5・6年生での「外国語科」として完全実施されています。コミュニケーション能力の育成を主軸とした活動中心の授業設計は、ノルウェーの状況と一定の共通点があります。ノルウェーでも小学校の外国語教育は communicative approachが主流であり、形式への焦点(focus-on-form)は限定的だと本論文でも指摘されています。

この研究が日本の実践者に投げかける最も重要なメッセージは、「クラス平均は個人の発達を代表しない」という点です。テストの平均点が上がっていても、その裏では「伸びが止まっている子」や「一時的に後退している子」が確実にいます。クラス全体の底上げを目的とした一律の指導は、すでに高い言語分析能力を持つ子どもには刺激不足であり、まだ言語へのメタ的な視点が育っていない子どもには支援が届いていない可能性があります。

また、本研究が示した「低得点群が最も大きく伸びる」というパターンは、適切な指導や学習環境があれば、言語意識の発達が遅めに見えた子どもも十分キャッチアップできることを示唆しています。「この子は言葉のセンスがない」と早々に判断することへの戒めとも読めます。

XMLAの観点からは、日本語と英語の対照的な特徴(語順、助詞の有無、敬語体系など)を意識化させる活動が、XMLAの育成に貢献しうるという解釈も可能です。「英語では主語が必要だけど、日本語では省略できるのはなぜ?」という問いかけを授業に取り入れることは、単なる文法説明以上の学習効果を生む可能性があります。

MetaLearnテストの発想を応用するなら、日本語・英語に加えて「未知の言語」への接触を授業に組み込むことも考えられます。たとえばスペイン語やフランス語の単語をちょっとだけ見せて「どんな意味だと思う?英語と似てる?」と問うような活動は、言語への意識的な注意を促す良い素材になりえます。子どもたちが普段の授業では体験しない「言語そのものを眺める」視点を育てる仕掛けです。

Gombert以来の発達モデルとの対話

本論文を読んで個人的に興味深く感じたのは、Gombert(1992)の四段階モデルへの参照の仕方です。Gombertは「メタ言語的機能は6〜7歳ごろに始まり、リテラシー習得がその移行を促進する」と主張しました。本研究の対象は7〜10歳であり、ちょうどその「閾値を超えた直後」の発達期間に相当します。

Gombertは、この段階での発達は成熟要因とは独立しており、教育的文脈こそがMLAを促進する、と強調しました。本研究の縦断データはこの主張を支持するものですが、同時に「教室という文脈の中でも、子どもによって発達の速さとパターンが大きく異なる」ことを明示しており、Gombertの比較的均質な発達イメージに修正を迫るデータとも解釈できます。

またMLA研究は、言語適性(language aptitude)研究との接点も持ちます。Roehr-Brackin & Tellierの2019年の研究は、言語分析能力が言語適性と重複する可能性を示しており、本論文もその知見を継承しています。言語適性は「生得的で変化しにくい」とされる傾向がありましたが、MLAが教育的介入によって伸びうるなら、適性概念そのものの再考につながりうる問いが開かれます。日本でも言語適性の個人差と英語学習の成否の関係は長年議論されており、MLA発達という観点からのアプローチは新しい対話の糸口になるでしょう。

「子どもの言語意識を育てる」ために何ができるか

論文の結論部分で著者らは実践的な含意を慎重に述べています。教師はまず、クラス平均が個人差を覆い隠していることを認識すること。そして個々の生徒のMLA水準を把握するための手段を持つこと。その上で指導方針を調整すること。MetaLearnテストのような簡便な診断ツールが、こうした個別把握を可能にしうると論じられています。

これを日本に置き換えて考えると、課題の大きさも見えてきます。日本の小学校英語は、一クラス30〜35人を担任一人が教えることが多く、個々のMLAを丁寧に把握するための時間もツールも、現状では十分とは言えません。しかしだからこそ、「ことばについて考える活動」をどう授業の中に組み込むかという発想の転換が重要です。文法事項を教えることと、「なぜそうなるのか」「他の言語と比べるとどう違うか」を子どもが考える機会を作ることは、必ずしもトレードオフではありません。

たとえば複数形の-sと-esの使い分けを説明する際に、「じゃあ架空の語”blick”の複数形は何になるかな?」と聞いてみる。正解を求めているのではなく、規則を類推で適用する体験を通じて言語への意識を高める問いかけです。こうした小さな仕掛けの積み重ねが、授業全体のMLAへの感受性を育てていく可能性があります。

おわりに―「平均の子ども」は教室にいない

この論文を読み終えて最も強く残った印象は、「平均の子ども」という存在のフィクション性です。グラフの上では滑らかな右肩上がりの成長曲線が描かれますが、その下に隠れている個人の軌跡は、上がったり下がったり停滞したりと、実に雑然としています。教育の現場でも、こうした「雑然とした現実」に向き合うことの重要性を、この研究は静かに語りかけています。

ノルウェーの小学生のデータが、日本の英語教育関係者に何かを投げかけるとしたら、それは「子どもの言語発達を集団の平均で語る癖を疑ってみよう」というメッセージではないでしょうか。クラスのテスト平均が上がっても、それが誰の成長によるものなのか。伸びている子のさらなる成長を支えているか。追いついてきた子の変化を見逃していないか。教師の視点をそこに向けることが、メタ言語的気づきを「育てる」教育の出発点になるように思います。


Möller-Omrani, C., Haugen, K., Bader, M., & Albrecht, M. A. (2025). The development of metalinguistic awareness in the early stages of formal language education. Language Awareness, 34(4), 790–816. https://doi.org/10.1080/09658416.2025.2600984

 

By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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