外国語を学ぶとき、「なぜ学ぶのか」という問いは、学習者の行動を根本から左右します。試験に合格したいから、就職に有利だから、あるいはその言語の文化や音楽が好きだから。こうした動機の違いが、最終的な習熟度にどう影響するのかは、第二言語習得(SLA)研究において長年にわたって議論されてきたテーマです。しかし、英語を第一外国語として習得した学習者が、さらに第三の言語を学ぶ「第三言語習得(TLA)」の文脈では、こうした問いに対する実証的な答えがほとんど存在しませんでした。本稿で取り上げるのは、Zhang、Dai、Wangの三名による論文 “Motivation and Second Foreign Language Proficiency: The Mediating Role of Foreign Language Enjoyment”(2020年、Sustainability誌掲載)です。この論文は、中国陝西省の七つの大学に在籍する英語専攻の上級生335名を対象に、動機づけの種類が第二外国語習熟度に与える影響と、その関係において「外国語享楽(Foreign Language Enjoyment、以下FLE)」が媒介的役割を果たすかどうかを検証した、意欲的な実証研究です。

研究の背景―TLA研究という未開拓の領域

研究の背景を理解するために、まず中国の大学における英語専攻の学習環境を考えてみましょう。中国の大学では、英語専攻の学生は全員、英語とは別の第二外国語(フランス語、ドイツ語、日本語、スペイン語など)を必修科目として履修することが定められています。これは、日本の外国語大学や国際系学部の学生が英語以外の言語を必修で学ぶ環境に近いものがあります。こうした学生にとって、すでに母語(中国語)と英語という二つの言語体験を持った上でさらに別の言語を学ぶことになるため、初めて外国語を学ぶSLAとは心理的にも認知的にも異なる文脈が生まれます。

著者の一人であるYingchong Wangは北京外国語大学に所属し、残りの二名、Huiyu ZhangとYing Daiは浙江大学の言語学部に所属しています。この研究は、中国語話者が英語を学ぶSLAの研究に留まらず、英語を習得した後にさらに別の言語を学ぶというTLAの文脈に踏み込んだ点で、先行研究との明確な差別化を図っています。TLA研究そのものは1980年代後半に概念が登場したものの、移民の言語習得に焦点を当てたものが多く、大学の専攻学生を対象にした研究は極めて少ないとされています。この論文はその空白を埋めようとする試みであり、その問題意識自体は高く評価できます。

理論的枠組み―GardnerのSocio-Educational Modelを採用した理由

本研究が採用した理論的枠組みは、Robert C. Gardnerが提唱した社会教育モデル(Socio-Educational Model)に基づく動機づけの二分類、すなわち「道具的動機(Instrumental Motivation)」と「統合的動機(Integrative Motivation)」です。道具的動機とは、就職や昇給、海外留学といった実利的な目標を達成するために言語を学ぼうとする意欲を指します。一方、統合的動機とは、その言語を話すコミュニティや文化への関心・愛着から生まれる内発的な学習意欲を意味します。日本の英語教育文脈でいえば、前者は「英検やTOEICで高得点を取りたい」という動機、後者は「洋楽が好きで歌詞を理解したい」「海外ドラマのセリフを原語で楽しみたい」という動機に近いものです。

研究チームがGardnerのモデルを選んだのは、SLAとTLAの動機の違いを捉えるのに最も適切だと判断したからです。英語専攻の学生は、英語については将来のキャリアと直結するため強い道具的動機を持ちやすい一方、第二外国語については個人的な興味や文化的関心から選ぶことが多く、統合的動機が相対的に強く働く可能性があります。この動機構造の非対称性こそが、TLA文脈でGardnerのモデルを用いることの妥当性を支えています。もっとも、近年のSLA研究ではDörnyeiのL2動機的自己システムや自己決定理論などより洗練されたモデルが主流となっており、GardnerのモデルをTLAに適用することの限界についても後述したいと思います。

研究方法―質問紙調査と階層的線形回帰分析

調査対象は、陝西省の有力七大学(西安交通大学、西北工業大学、西北農林科技大学、西北大学、西安電子科技大学、長安大学、陝西師範大学)の英語専攻4年生、計589名に対して質問紙を配布し、最終的に335名の有効回答を得ました。回収率は決して高くありませんが、サンプルの多様性という点ではある程度確保されています。調査は2018年の11月から12月にかけて実施され、紙媒体とオンラインの両方で回答を受け付けました。

測定においては、独立変数である道具的動機と統合的動機を六つの質問項目への同意度(5件法リッカートスケール)で測定し、因子分析によって二つの因子として抽出しています。従属変数である第二外国語習熟度は、リスニング・リーディング・ライティング・スピーキングの四技能における自己評価によって測定されました。この自己評価については、客観的テストが使えない多拠点調査の現実的制約として著者自身も認めており、先行研究における自己評価の妥当性を根拠として採用を正当化しています。媒介変数であるFLEは、「私は第二外国語を学ぶことを楽しんでいる」という一項目のみで測定されました。データ分析にはBaron and Kennyの因果ステップアプローチに基づく階層的線形回帰分析が用いられました。

主要な発見―動機は習熟度に、そしてFLEを通じて習熟度に影響する

分析の結果、道具的動機(β = 0.239, p < 0.01)と統合的動機(β = 0.249, p < 0.01)の双方が第二外国語習熟度に有意な正の影響を与えることが示されました。これは、SLA文脈での先行研究の知見(Cocca & Cocca, 2019; Yu, 2019など)をTLA文脈でも再現したことになります。さらに重要な発見として、この動機と習熟度の関係がFLEによって部分的に媒介されることが明らかになりました。具体的には、道具的動機(β = 0.293, p < 0.01)および統合的動機(β = 0.470, p < 0.01)はFLEに正の影響を与え、FLE自体も習熟度に正の影響(β = 0.293, p < 0.01)を与えています。FLEを統制した後でも動機の直接効果は残ることから、FLEは「部分媒介」として機能していると結論づけています。

統制変数については、学習ランクや学習アプローチ(オンキャンパスのみvs.オフキャンパスも活用)が習熟度に有意な影響を与えていた一方、大学の格付けや卒業後の進路計画は有意な関係を示しませんでした。また、男性学生が女性学生よりも自己評価の習熟度が高い傾向にありましたが、これはサンプルの80%が女性であることを考えると、慎重に解釈する必要があります。

評価すべき点―正の感情に注目した研究の意義

この論文が特に評価に値するのは、言語学習における「楽しさ」という感情的要素をTLA研究に組み込んだ点です。SLA研究では1990年代以降、外国語不安(Foreign Language Classroom Anxiety、FLCA)が言語パフォーマンスに及ぼす負の影響が繰り返し報告されてきました。しかし、Dewaeleらの一連の研究(例えば、Dewaele & Alfawzan, 2018)は、FLEが不安と同等、あるいはそれ以上に言語パフォーマンスと強く結びついていることを示しており、ポジティブ心理学的アプローチの重要性が近年急速に高まっています。本研究はそのFLEをTLAの文脈に持ち込んだ先駆的試みであり、理論的な問題提起として一定の貢献を果たしています。

日本の英語教育関係者にとって、この知見は極めて示唆に富むものです。文部科学省が推進する「主体的・対話的で深い学び」の実現において、学習者の情意面、とりわけ「楽しさ」や「好奇心」をどう育むかは中心的な課題のひとつです。本研究が示すように、仮に学習者が「英語は将来役立つから学ぶ」という道具的動機を持っていたとしても、その動機が学習の楽しさを高め、その楽しさが最終的な習熟度の向上につながるというプロセスが確認されたことは、単なる「目標設定」や「学習方略の指導」を超えた、感情的経験の質的向上こそが言語習得の鍵であることを示唆しています。授業において楽しさを意図的に設計することの重要性は、日本の中学・高校・大学の現場でも共通する課題です。

批判的考察―方法論と理論面での課題

一方で、本研究にはいくつかの重大な方法論的・理論的課題があります。まず最も気になる点は、FLEの測定が一項目のみであることです。FLEは本来、複数の側面を持つ多次元的な構成概念です。Dewaele and MacIntyreが開発したFLE尺度は21項目から構成されており、教師との関係から生まれる楽しさ、仲間との交流から生まれる楽しさ、言語そのものへの知的喜びなどを区別して測定できます。一項目での測定は内容的妥当性を大きく損なっており、FLEの媒介効果の解釈に過信は禁物です。

また、習熟度の自己評価についても課題が残ります。自己評価は主観的バイアスを含みやすく、特に自己評価の高低自体が動機や享楽の影響を受けやすいため、独立変数・媒介変数・従属変数の間に概念的な循環が生じる可能性があります。同一の個人が同一のタイミングに全てを回答するクロスセクショナルデザインでは、因果関係の方向性を確定することが構造的に難しく、「動機→FLE→習熟度」という方向が正しいのか、「習熟度の向上がFLEを高め、FLEがさらなる学習意欲を生む」という逆向きの関係も同様に成立しうるという問題が残ります。

理論的な面では、GardnerのSocio-Educational Modelが提唱された1985年当時と比べ、言語学習の社会的・心理的環境は大きく変化しています。Dörnyeiが提唱したL2動機的自己システム(L2 Motivational Self System)では、理想的な自己像(Ideal L2 Self)と義務的自己像(Ought-to L2 Self)という枠組みで動機を捉えており、この観点から見れば本研究の参加者の多くは「学位取得のために必修として課された言語」という義務的自己からの学習動機も相当程度存在したと考えられます。そうした複雑な動機構造をGardnerの二項対立的な枠組みだけで捉えることには限界があります。

さらに、サンプルが陝西省の七大学に限定されており、特定の地域的・制度的文脈の影響を強く受けている可能性も考慮すべきです。中国全土の英語専攻学生に一般化するには追加的な検証が必要であり、ましてや日本を含む他国への適用にはさらなる慎重さが求められます。

日本の英語教育への示唆―「楽しさの設計」という視点

それでも、本研究の教育的インプリケーションは日本の教育現場にとって无視できません。日本の大学、特に外国語系の学部では、英語以外の第二外国語(フランス語、ドイツ語、中国語、スペイン語など)を必修または選択必修として設置しているケースが多くあります。こうした授業において、学習者がその言語を選んだ理由(韓国文化が好き、フランス料理に興味がある、スペインに行ってみたいなど)をうまく授業設計に取り込むことで、統合的動機を刺激し、FLEを高める可能性があります。

論文の著者たちも指摘しているように、Jiang and Dewaele(2019)の研究が示すとおり、FLEは教師によって引き起こされることが最も多い感情です。つまり、教師が授業の雰囲気をどう作るか、学習者の内発的興味にどれだけ目を向けるかが、FLEを介して習熟度にまで影響を与えるということです。これは裏を返せば、どんなに洗練されたカリキュラムや教材があっても、教室の情意的環境が整っていなければ学習の深化は起きにくいということを意味します。日本の英語授業においても、特に中学・高校段階での「楽しい英語の授業」を作るための実践的工夫の重要性を、この研究は改めて裏付けています。

関連研究との対比―感情と言語学習の交差点

FLEに関する研究は近年急速に蓄積されています。Dewaele and MacIntyre(2014)がFLEを概念化して以来、不安との比較研究や、教師の役割、学習環境との関係など多角的な視点からの研究が進んでいます。本研究が引用しているDewaele and Alfawzan(2018)は、アラビア語を学ぶ学習者を対象にFLEの効果が不安の効果を上回ることを示した重要な研究です。しかし本研究との大きな違いは、DewaeleらがSLAの文脈で多項目のFLE尺度を用いているのに対し、本研究はTLAの文脈で一項目しか使っていないという点です。この差は単純な測定精度の問題ではなく、FLEをどれだけ理論的に精緻に扱えているかという根本的な違いを生みます。

また、Saito, Dewaele, Abe, and In’nami(2018)による縦断研究では、動機・感情・学習経験が第二言語の理解可能性の発達と関係することが示されており、本研究の媒介モデルと部分的に共鳴します。ただし縦断データを用いたSaitoらの研究に比べ、横断的なデータしか持たない本研究では、時間的変化を追うことができない点で因果推論の強度が劣ります。

総評―限界を超えた問題提起の価値

本論文は、方法論的な課題や測定上の制約を抱えながらも、TLAという研究文脈に「動機づけ」と「外国語享楽」という二つの重要な変数を組み合わせて実証的に検討した点で、先行研究にない独自の貢献を持っています。特に、FLEが動機と習熟度の間を媒介するという発見は、言語教育においてポジティブな感情経験を意図的に組み込むことの重要性を示すものとして、教育実践上の意義は小さくありません。

日本の英語教育の文脈でいえば、CEFR準拠の到達目標設定や言語活動の充実が進む一方で、学習者の情意面への関心はまだ十分ではないように見受けられます。本研究が示すように、楽しさや興味という感情的経験は、動機と成果をつなぐ「橋」として機能しうるのです。その橋をどう設計し、どう維持するかは、教師の腕の見せどころであり、これからの言語教育研究が深めるべき問いでもあります。今後の研究においては、より精緻なFLE測定、縦断的デザインの採用、そして多様な言語・文化圏への拡張が望まれます。本研究は、その出発点としての価値を持っています。


Zhang, H., Dai, Y., & Wang, Y. (2020). Motivation and second foreign language proficiency: The mediating role of foreign language enjoyment. Sustainability, 12(4), Article 1302. https://doi.org/10.3390/su12041302

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By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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