英語の授業で「とにかく英語だけで話しなさい」と言われた経験は、多くの日本人英語学習者にとって身に覚えのあることではないでしょうか。あるいは英語教師として、生徒が日本語に逃げてしまうたびに注意した、という記憶がある方も少なくないはずです。そのような「英語オンリー」の原則は、はたして本当に言語習得に効果的なのでしょうか。そして、それを前提とした教授法のあり方を根本から問い直す視点が、今まさに世界的に注目を集めています。
本稿で取り上げるのは、Gavin BuiとKevin W. H. Taiによる論文 “Revisiting Functional Adequacy and Task-Based Language Teaching in the GBA: Insights from Translanguaging”(2022年、Asian-Pacific Journal of Second and Foreign Language Education、第7巻第40号)です。Buiは香港の恒生大学(The Hang Seng University of Hong Kong)英語学科の准教授であり、タスク型言語教授法(Task-Based Language Teaching、以下TBLT)と第三言語学習の動機づけを専門としています。TaiはUniversity College London(UCL)で博士号を取得し、現在は香港大学教育学部の助教授として、多言語教育、教室言語使用、トランスランゲージングに関する研究を精力的に進めています。二人は異なる専門的バックグラウンドを持ちながら、中国の広域湾岸地区(Greater Bay Area、以下GBA)という独特の多言語環境を舞台に、TBLTとトランスランゲージングという二つの潮流を接続しようとしています。
この論文は、英語教育の世界において長年にわたって主流を占めてきたTBLTを批判的に検討しつつ、その枠組みを社会文化的観点から拡張しようとする意欲的な理論的考察です。特に注目されるのは、「機能的適切性(Functional Adequacy)」という概念の再評価と、トランスランゲージングがそれを高める可能性についての論考です。
TBLTとは何か、そして何が足りなかったのか
まずTBLTについて簡単に整理しておきましょう。TBLTとは、意味のある「タスク」を中心に据えた言語教授法であり、従来の「文法説明→練習→産出」というPPP(Presentation-Practice-Production)モデルとは一線を画します。TBLTでは、学習者が現実世界に近いコミュニケーション課題に取り組む中で、言語形式を自然に習得していくことが期待されます。日本でも近年、文部科学省が推進するアクティブ・ラーニングや「コミュニケーション重視」の授業改善の文脈で、TBLTへの関心が高まっています。
TBLTの評価指標として長年使用されてきたのが「CAFフレームワーク」です。これはComplexity(複雑さ)、Accuracy(正確さ)、Fluency(流暢さ)の三要素からなるもので、学習者の言語産出を測る標準的な枠組みとして広く使われてきました。しかし、Buiらはここに重大な欠落があると指摘します。複雑な文法を使って流暢に正確に話しても、コミュニケーションの目的が達成されていなければ、その「タスク」は失敗だということです。
たとえば教師が難しい構文を駆使して説明したとしても、生徒がまったく理解できなければその授業は成立していません。あるいは、英語でプレゼンテーションのタスクを課せられた学習者が、文法的に整った英語で話しつつも、相手に必要な情報を伝えられていなかったとしたら、そのタスクは「成功」と言えるでしょうか。CAFフレームワークはあくまで言語の形式的側面を測るものであり、コミュニケーションの実質的な成功、すなわち「機能的適切性」を捉えていないのです。
「機能的適切性」という見過ごされてきた視点
本論文が強調する機能的適切性(Functional Adequacy、以下FA)とは、端的に言えば「タスクの目標をどれだけうまく達成できたか」を問う概念です。Pallotti(2009)は「学習者のパフォーマンスがタスクの目標を効率よく達成する度合い」と定義し、Kuiken & Vedder(2017)は「Griceの会話の格率に照らして、AがBにメッセージを伝えることに成功しているか」という語用論的な次元を含む定義を与えています。
BuiとWong(2021)はさらに一歩進めて、FAは普遍的な基準で測れるものではなく、社会文化的文脈によって異なるという立場を取ります。つまり、ある文化では適切な「タスクの達成」が、別の文化では不十分と見なされることもある。この動的でクロスカルチャーな視点は、日本の教室で英語を教える現場にも非常に示唆的です。日本語話者に特有のコミュニケーションスタイル、たとえば間接表現や曖昧さへの寛容さ、敬語によるポライトネスなどは、英語のタスクにおいて「機能的に適切」かどうかという判断を複雑にします。
FAをCAFフレームワークに加えることで、Buiらは「CAFFA」という拡張モデルを提唱します。言語の形式的な質に加えて、コミュニケーションの実質的な成功を評価軸に加える。この発想は、日本の英語教育における評価の問題にも直結します。現行の多くの評価方法が文法的正確さや語彙の豊富さを優先する中、「相手に意図が伝わったか」「タスクの目的が果たされたか」という観点を取り入れることは、教室実践の方向性そのものを変えうるからです。
トランスランゲージングとは何か
ここで論文のもう一つの柱、トランスランゲージングについて説明が必要です。これは近年の多言語教育研究で急速に注目を集めている概念で、Baker(2001)以来発展し、Li(2018)によって「言語の実践的理論」として再定式化されました。簡単に言えば、多言語話者が持つすべての言語資源を統合されたレパートリーとして捉え、それを柔軟・創造的に活用するという考え方です。
従来の「英語の授業では英語だけ」「日本語の授業では日本語だけ」という「名前を持つ言語(named language)」ごとの分離主義に対し、トランスランゲージングはその境界線を越えることを積極的に評価します。GBAのような地域では、広東語、北京語(普通話)、英語、さらにはポルトガル語が混在しており、「この言語は使ってよいがあの言語は禁止」という原則はむしろ人工的です。同様に、日本の英語教育においても、学習者が持つ日本語という強力な言語資源を「敵」と見なすのではなく、英語習得のための資産として捉え直す視点が、この概念の核心にあります。
ただし、著者たちは重要な注意点を添えています。トランスランゲージングは単なる「L1(母語)使用の容認」ではありません。Li & Garcia(2022)が明確にしているように、「trans-」という接頭辞は、社会的に構築された「言語」という枠組みそのものを超えることを意味します。教師はトランスランゲージングの空間を意図的に設計し、学習者が言語的・記号論的・社会文化的レパートリー全体を動員して知識を構築できるような環境を整える必要があるのです。
TBLTとトランスランゲージングの六つの接点
論文はSeals et al.(2020)が整理したTBLTとトランスランゲージングの六つの共通基盤を援用しながら、両者の接続可能性を論じます。学習者中心の協働学習、内容と言語の統合、体験的学習、ニーズに応じた柔軟な指導、コミュニカティブな言語使用への焦点といった点で、両者は根本的な価値観を共有しています。
特に興味深いのは、これらの共通点が日本の英語教育改革の方向性とも重なる点です。「主体的・対話的で深い学び」を求める学習指導要領の改訂、「英語で授業を行う」という方針、コミュニケーション能力の育成といったキーワードは、まさにTBLTとトランスランゲージングが目指す地点と重なります。しかし現実には、文法訳読式授業の根強い慣行、受験英語の呪縛、そして「英語の授業は英語で」という制度的な制約が、両者の融合を阻んでいます。
L1使用の研究が示すもの
論文はトランスランゲージングを支持するエビデンスとして、TBLTにおけるL1使用の研究をいくつか紹介しています。Swain & Lapkin(2000)はフランス語イマーション環境において、上級学習者がタスク中に母語を使用することで、タスクの達成と対話の維持が促進されることを示しました。Shintani(2012)は就学前の幼児がL1を使ってインプットベースのタスクをこなし、L2への依存を徐々に高めていくプロセスを記録しています。Tognini & Oliver(2012)は、タスクの難しさとL1使用頻度の正の相関を見出しています。つまり難しいタスクほど学習者は母語を頼りにするということです。
さらにCarless(2008)は香港の英語教師へのインタビューから、中国語・EFL文脈においては「英語モノリンガルモデルのTBLT」は必ずしも最適ではないと主張しています。これは、同様にEFL(外国語としての英語)環境にある日本の文脈にも強く当てはまる指摘です。Mendoza(2021)は、L1の使用が初級者に限らず中上級の学習者においても、より難度の高いタスクを遂行する上で有効であることを示しています。
これらの研究は、母語の使用がタスクの「メタ認知的会話」「タスク管理」「援助要請」といった機能を果たし、タスク完成、すなわちFAの向上に貢献することを示唆しています。L1の使用を禁止することは、こうした機能を学習者から奪い、結果的にタスクの達成度を下げる可能性があるのです。
GBAの文脈と日本への示唆
論文はGBA(広域湾岸地区)という具体的な地域を分析の舞台としています。香港、深セン、広州などを含むこの地域は、広東語・北京語・英語・ポルトガル語が混在する複雑な言語環境を持ちます。著者らはこの地域におけるトランスランゲージング導入の課題として、モノリンガルを前提とした英語教育政策と試験制度、言語の威信をめぐる学習者間の葛藤、そして「標準英語」志向の根強さを挙げています。
これらの課題は驚くほど日本の状況と重なります。大学入試センター試験(現・共通テスト)をはじめとする標準化試験は依然としてモノリンガルな英語能力を測定するものであり、授業における日本語使用には否定的な評価が伴いがちです。「Chinglish(中国語混じりの英語)を教えている」という批判がGBAの教師に向けられるように、日本では「Janglish(和製英語)」や「カタカナ英語」への蔑視が、学習者の自信を損なってきた側面があります。
一方で、日本は近年、グローバル人材育成を名目に英語教育の強化を急ピッチで進めています。しかし、英語をできる限りL1(日本語)から切り離して教えようとするアプローチは、本論文が示すように、必ずしも機能的適切性の観点からは最善ではないかもしれません。教室でのタスク遂行において、学習者が日本語で概念を確認しながら英語での表現を模索するプロセスは、禁止されるべき「逸脱」ではなく、むしろ積極的に設計されるべき「学びのプロセス」であるという見方が本論文から導き出されます。
タスクの三段階とトランスランゲージングの実践
論文後半では、Willis(1996)のタスク型授業の三段階(pre-task、during-task、post-task)それぞれにトランスランゲージングを組み込む具体的提案がなされています。
タスク前(pre-task)段階では、アイデアの発生とタスク戦略の検討にトランスランゲージングを活用することが提案されています。Ellis(2020)らの研究が示すように、この段階での文法指導はタスク中に形式への注意を向けさせ、流暢さや全体的なパフォーマンスを妨げる可能性があります。しかし異なる習熟度の学習者間でのアイデア共有や方略の相談には、母語を含む全言語資源を使った自由なやりとりが大きな力を発揮します。
タスク中(during-task)には、語彙の欠如や文法的な迷いによるコミュニケーション破綻を防ぐためにトランスランゲージングが有効です。重要なのは、これが「回避戦略」ではなく「意味への集中を維持する戦略」だという点です。また、より高い習熟度を持つグループメンバーへの援助要請を可能にするという社会的機能も担います。さらに著者らは、トランスランゲージングが単に「知識の不足を補う」だけでなく、異なる言語の構造を融合させることで新しい表現を生み出す創造的プロセスである点も強調しています。これはLi(2018)が言う「多言語的潜在力の最大化」とも通じます。
タスク後(post-task)は自己評価と反省の段階であり、ここでのトランスランゲージングはメタ認知的会話を促進し、学習者が自身のパフォーマンスを深く振り返ることを助けます。日本の英語授業でも、授業後のリフレクションや相互評価の場に日本語を積極的に活用することは、思考の深化と知識の共同構築に貢献しうるでしょう。
この論文の貢献と限界
本論文は、TBLTとトランスランゲージングという二つの有力な言語教育パラダイムを橋渡しする理論的試みとして、高く評価されます。特にFAという概念をCAFフレームワークに追加することで、言語教育評価の視野を語用論的・文化的次元へと広げたことは大きな貢献です。また、GBAという具体的な地域に焦点を当てることで、多言語環境における実践的な含意を導き出している点も意義深いと言えます。
一方で、この論文が「レビュー論文」であるという性格上、新たな実証データを提示するものではありません。理論的な接続可能性については説得力を持って論じられていますが、実際の教室でトランスランゲージングを組み込んだTBLTを実施し、FAがどの程度向上するかという実証的検証は今後の課題として残されています。特に日本のようなEFL環境において、どのような形でトランスランゲージングを実践することが最も効果的かという問いに答えるためには、日本の教室を対象としたアクション・リサーチや縦断的研究が求められます。
また、「機能的適切性」の測定方法についても、Kuiken & Vedderのフレームワークが紹介されてはいますが、異文化間・多言語間での測定の信頼性や妥当性については、さらなる精緻化が必要です。日本語話者特有のコミュニケーションスタイルをどのようにFAの評価基準に組み込むかという問いは、日本の英語教育研究者にとっての重要な研究課題となりえます。
日本の英語教育現場へのメッセージ
この論文が日本の英語教育関係者に投げかけるメッセージは明快です。「英語の授業は英語で」という原則に縛られすぎることなく、学習者の母語を含む全言語資源を戦略的・意図的に活用することで、タスクの機能的達成度を高めることができる。そして、それはTBLTの精神に反するどころか、むしろTBLTが本来目指していた「意味中心のコミュニケーション」の実現に向けた、より現実的なアプローチであるということです。
英語教師として「授業中、生徒が日本語で話し合っているのを見てどう感じますか」と問われたとき、「それはよくないことだ」と条件反射的に反応するのではなく、「今どんな目的でその日本語が使われているのか」を問い直す視点が求められます。タスクの達成に向けてアイデアを練り、戦略を共有し、援助を求めるための母語使用は、「脱線」ではなく「学びの資源」です。
最後に、本論文が示す「トランスランゲージング的な視点によるTBLT」は、単なる教授技術の問題にとどまらず、「正しい英語」「ネイティブスピーカー規範」「純粋な言語」という根強いイデオロギーへの問い直しを含んでいます。日本の英語教育が「英語を話せるようにする」という目標に本気で向き合うならば、そのイデオロギーの見直しから始める必要があるかもしれません。この論文は、そのための重要な理論的土台を提供しています。
Bui, G., & Tai, K. W. H. (2022). Revisiting functional adequacy and task-based language teaching in the GBA: Insights from translanguaging. Asian-Pacific Journal of Second and Foreign Language Education, 7(1), Article 40. https://doi.org/10.1186/s40862-022-00160-7
