はじめに―研究者の「良心」を測る

研究者なら一度は経験したことがあるはずだ。読みたい論文を見つけたのに、大学の図書館契約がないせいで全文が読めない。あるいは、海外の査読誌に掲載された自分の論文を、かつての教え子に「先生、読めないんですが」と言われて、返す言葉に詰まる。オープンアクセス(OA)とは、そういった「壁」をなくして研究成果を誰でも無料で読めるようにしようという運動です。字義通りには単純明快な理念ですが、それを実践の場に落とし込もうとすると、学術出版の政治経済、研究者個人の事情、そして学問分野ごとの文化的規範が複雑に絡み合い、問題はにわかに複雑な様相を呈してきます。

本論文”Open Access in Language Testing and Assessment: The Case of Two Flagship Journals”は、言語テスト・評価分野における二大旗艦誌―Language Testing(LT)とLanguage Assessment Quarterly(LAQ)―を対象に、2008年から2022年にかけて掲載された898本の論文を体系的に分析し、OAの実態を明らかにしようとした野心的なメタ研究です。著者はそれぞれ、北京外国語大学のMeng Liu、サウジアラビアのRoyal Commission for Jubail and YanbuのAli H. Al-Hoorie、フロリダ州立大学のPhil Hiverという、異なる地域・機関に属する三名の研究者から構成されています。この布陣自体が、著者たちが本研究で問題にする「グローバル・サウスとグローバル・ノース」という格差の問題を意識したものとも読めます。

何を、どのように調べたのか

本研究が「オープンアクセス」として定義するのは、論文原稿(open manuscripts)のみではありません。研究材料(open materials)、分析コード(open code)、データ(open data)の四側面を合わせて検討しているところに、本研究の特徴があります。つまり、研究の「最終産物」としての論文だけでなく、研究過程全体を透明化しようというオープンサイエンスの理念を体現した設計になっているわけです。

分析手法の丁寧さも目を引きます。四名のコーダーを用いた三段階のコーディングプロセス、Falotico & Quattoが提唱したS指標によるコーダー間信頼性の算出、そしてRQ2に対してはロジスティック回帰分析を用いたうえで、すべての変数と分析コードをOSF(Open Science Framework)とIRISという公開リポジトリに公開するという徹底ぶりです。「オープンアクセスを研究するならば自分たちの研究もオープンにすべき」という一種の自己言及的な誠実さが、研究全体に貫かれています。

ただし、補足しておきたいことが一つあります。データの収集が2022年10月に行われた関係で、2022年末以降の動向は反映されていません。オープンサイエンスをめぐる制度・文化変容の速さを考えると、この時間的限定性は論文自体が率直に認めているとおり、解釈における留意点となります。

主な発見―「開かれているようで閉じている」

結果は、端的に言えば「部分的な前進、全体的な停滞」という絵を描き出しています。

論文原稿のOA率は、経験的研究で平均13.9%、非経験的研究で18.8%でした。2008年の0%から2022年の16.4%へと確かに上昇傾向にあるものの、絶対値としては依然として低い水準です。心理学(同時期の類似研究で65%)や生命医学(30%)と比べると、その差は歴然です。研究材料の公開率は経験的研究で平均34.8%と相対的に高く、論文中の補足資料(質問票や調査項目など)を共有するという慣行は比較的定着しつつあることがわかります。

一方で、分析コードの公開率はわずか1.1%、データの公開率も1.3%という驚くべき低水準でした。2022年には両者が7.5%まで上昇しており「明るい兆し」とは言えますが、それでも統計的に意味ある分析を行うには標本数が少なすぎる状態です。ロジスティック回帰において、これら二変数の予測因として「出版年」以外に有意な要因が見出せなかったのも、そのせいです。

ロジスティック回帰の結果でとりわけ注目すべきは、論文原稿のOAに関する分析でしょう。グローバル・サウスの著者は、他の条件を統制してもなお、オープンアクセスで論文を公開する確率が有意に低いという結果が得られました。産業界(テスト開発会社など)に所属する著者も同様に低い傾向にありました。研究材料の公開については、学術系の助成金を受けた研究が有意に高く、商業テストを扱った研究が有意に低いという対照的な構造が明らかになりました。

批評―研究の強みと課題

本研究の最大の強みは、その透明性と再現可能性への誠実な取り組みにあります。コーダー間信頼性の詳細な報告、多段階コーディングプロセスの開示、そして分析に用いたRスクリプトとデータの完全公開は、まさに研究が提唱する規範を実践するものです。「言行一致」のメタ研究として、学術的誠実さのモデルケースと呼べるでしょう。

四側面にわたるOAの操作的定義も、本研究の大きな貢献です。多くの先行研究が「論文の無料公開」だけをOAと捉えるなかで、材料・コード・データという研究プロセスの各段階まで視野を広げた枠組みは、オープンサイエンスの議論を豊かにするものです。

一方で、いくつかの理論的・方法論的課題も見逃せません。

まず、因果推論の限界です。著者自身が繰り返し断っているように、本研究は相関を記述するものであり、「なぜ」グローバル・サウスの研究者がOAを採用しにくいのかという機序には踏み込めていません。APC(論文掲載料)の問題なのか、機関による変革的合意の有無なのか、個人的な動機付けの違いなのかを峻別するためには、質的研究との組み合わせが必要でしょう。著者らも「将来の質的研究が求められる」と指摘していますが、この点をもう少し具体的な研究設計の提案として示してくれると、後続研究への道がより明確になったはずです。

次に、「グローバル・サウス」という概念の粗さです。本研究はWikimedia Foundationの地域分類に依拠して著者の所属機関を「グローバル・ノース」か「グローバル・サウス」かに分類しています。しかし、例えば中国の主要大学のように、豊富なリソースを持つグローバル・サウスの機関と、資金難に喘ぐ小規模機関とでは、OAをめぐる状況はまったく異なります。「グローバル・サウス」という一括りが、内部の多様性を捨象している可能性は否定できません。同様に、日本のように経済的にはグローバル・ノースに分類されながらも、英語圏の主要出版社との変革的合意が十分に普及していない国の研究者が置かれた状況についても、より細かい分析があると示唆が豊かになったでしょう。

さらに、「open materials」の定義の幅広さについても一言添えたいと思います。本研究では、質問票から面接プロトコルまで多様な形式の補足資料を一括して「open materials」として計上しています。しかし、面接プロトコルを公開することと、全ての質問票項目を公開することとでは、再現可能性への貢献度が大きく異なります。この内部多様性を記述統計の段階で捉えることができていれば、34.8%という数字の意味がより立体的になったはずです。

関連研究との対比

本研究が引用するHardwicke et al.(2022)の心理学における調査や、Wallach et al.(2018)の生命医学研究との比較は示唆に富んでいます。心理学分野では再現性危機(replication crisis)を契機に、オープンサイエンスへの制度的取り組みが急速に進みました。Psychological Science誌が再現可能性チェックを体系的に導入したことや、Journal of Memory and Language誌が2019年にコードとデータの公開を必須化したことは、その象徴的な例です。これらの動きと比較すると、言語テスト分野はOA化において約10年の遅れがあると見ることもできます。

もっとも、この「遅れ」は単純に批判されるべきものではありません。言語テストという分野の固有の事情―商業的テスト開発会社との関係、テストの安全保障に関する倫理的制約、高校入試や大学入試に直結する研究の機微―が、医学や心理学とは異なる制度的・倫理的文脈をつくり出しているからです。むしろ本論文の貢献のひとつは、こうした「遅れ」を安易に怠慢として断罪するのではなく、構造的・文化的要因として分析的に記述しようとした点にあります。

日本の英語教育現場への示唆

さて、ここで少し立ち止まって、日本の英語教育関係者にとってこの研究が何を意味するかを考えてみましょう。

日本は本研究の分類上、グローバル・ノースに含まれます。しかし実態を見れば、英語圏の主要出版社が大学図書館と締結している「変革的合意(transformative agreement)」の恩恵を日本の研究者が等しく受けているわけでは必ずしもありません。大規模総合大学の専任教員であれば、APCを機関が負担してくれる仕組みが整っているかもしれませんが、私立の小規模大学や語学学校で働きながら研究を続ける実践者にとっては、3,700ドルというLTのAPCは気が遠くなるような金額です。「グローバル・ノースだから恵まれている」とは、日本の文脈では必ずしも言えない。

この問題は、日本における英語教育研究の構造的な課題と深く結びついています。日本の英語教育研究は、JACET(大学英語教育学会)やJALT(全国語学教育学会)といった国内学会を通じた発表・出版の文化が強く、国際誌への投稿・掲載が研究業績の主流を占める欧米の研究文化とは異なる様相を呈しています。国内誌の多くはそもそも無料で読むことができますし、学会員であればJACET JournalJALT Journalにアクセスできます。その意味では、日本国内の英語教育コミュニティにおいては、OAの問題は「読む側」よりも「発信する側」の問題として、やや異なる形で現れてくるかもしれません。

本論文が提案する「Research Transparency Statement(RTS)」の概念は、日本の英語教育研究にとっても示唆的です。RTSとは、論文のどのプロセスにどのような透明性措置が取られたかを、データ収集・保管・分析・アウトプットの各段階にわたって明示する新しい報告様式のことです。現行の日本語論文における「倫理的配慮」の記述が、データの扱いに関する形式的な一行程度に留まりがちな現状を踏まえると、RTSの概念は、研究の透明性に関する文化的規範そのものを問い直す契機となりうるでしょう。学校現場での授業実践研究や、日本語母語話者を対象とした英語習得研究においても、使用した教材や評価ルーブリック、質的分析のコードブックをリポジトリに公開するという発想は、まだ十分に根付いているとは言えません。

また、本論文が指摘する「商業テストに関する研究では研究材料の公開率が有意に低い」という知見は、日本にとって特に重要な問いを提起しています。日本では英検(実用英語技能検定)やGTEC、TOEICなどの商業テストが英語教育政策に深く組み込まれており、これらのテストをめぐる研究は否応なく商業的利害と絡み合います。そうした研究の透明性をどう担保するか、あるいは担保できない場合にどう開示するかという問題は、日本の英語教育研究コミュニティが真剣に議論すべき課題です。

未検討の論点―評価の場への倫理的問い

本論文は、オープンアクセスと「公正性(fairness)」の問題を、特に高校入試・大学入試といった高度な判定を行う文脈において論じています。Kunnanの議論を引きながら、高利害評価の公正さは公的な精査に晒されることで初めて保障されうるが、研究が透明でなければその精査は不可能だ、という論理が展開されています。

この論点は、日本の大学入学共通テストをめぐる昨今の議論とも接続しえます。英語4技能評価の導入や民間試験活用の是非をめぐる議論において、政策立案の根拠となった研究がどれほど透明であったか、独立した検証が可能なかたちで公開されていたかという問いは、本論文の問題意識と直結しています。「研究が透明でなければ、その研究に基づく政策も検証できない」という命題は、英語教育政策に関わる全ての関係者が共有すべき原則ではないでしょうか。

おわりに―研究者として、読者として

本論文は、メタ研究としての堅実な方法論と、実践的な政策提言を組み合わせた、バランスのとれた仕事です。言語テスト分野のOAの実態を初めて体系的に記述したという点で、先駆的な価値を持ちます。同時に、著者らが認めるとおり、二誌に限定したサンプル、因果推論の不可能性、質的側面への未踏という限界も率直に記述されており、誠実さが光ります。

日本の英語教育関係者にとって、本論文はいくつかの問いを投げかけます。自分の研究は、本当に誰でも読めますか。使った教材や分析手順は、追試ができる形で公開していますか。商業テストを扱った研究をしているなら、その制約をきちんと読者に伝えていますか。そして、院生や若手研究者が一読者として海外の最新研究にアクセスできる環境を、自分たちのコミュニティはつくれていますか。

これらは耳の痛い問いかもしれません。しかし、オープンサイエンスの精神とは、こうした問いを互いに向け合い、少しずつ規範を更新していくプロセスにほかなりません。本論文がそのための一つの確かな出発点となることを期待しています。


Liu, M., Al-Hoorie, A. H., & Hiver, P. (in press). Open access in language testing and assessment: The case of two flagship journals. Language Testing.

 

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By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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