この論文が問うていること

英語の授業で単語を教えるとはどういうことか。一見、シンプルな問いのようで、実はこれが教育研究者を長年悩ませてきた難題です。語彙学習の理論は豊富に存在しますが、実際の教室でどのような語彙指導が行われているかを地道に観察した研究は、世界的に見てもまだ少ない。本論文 “Vocabulary Teaching Practices of L2 English in Upper Secondary Vocational Classrooms”(Skarpaas & Rødnes, 2022)は、そのギャップに正面から向き合った、希少な教室観察研究です。

筆者の Kaja Granum Skarpaas は、オスロ大学の教師教育・学校研究学科に所属する研究者で、職業教育文脈における英語教育を専門としています。共著者の Kari Anne Rødnes も同学科に籍を置き、リテラシー教育や授業実践の研究を行っています。Skarpaas は前稿となる “Vocational orientation―A supportive approach to teaching L2 English in upper secondary vocational programmes”(2021)でインタビュー調査を行い、教師が語彙指導を「職業指向アプローチ(VO)」の中核として語っていることを明らかにしていました。しかし教師の語りと実際の授業実践はしばしば異なります。この論文はその実践の現場を直接見に行くという、いわば「現場検証」の論文です。

職業高校における英語という独特の文脈

まず、この研究の舞台設定を理解しておく必要があります。ノルウェーでは、上級中等教育段階(日本の高校に相当)に進む生徒のおよそ半数が職業課程に入ります。調理師、配管工、自動車整備士、福祉士といった職業に向けた専門課程です。それでも英語は全員が受ける必修の一般科目として140時間課されています。

ここで重要なのは、「英語のためだけの英語」ではなく、生徒が学んでいる職業内容と結びついた形で英語を教えることが制度的に求められているという点です。これを「職業指向アプローチ(vocational orientation、VO)」と呼びます。英語という言語を学ぶ目標は変わりませんが、そこで扱う話題や語彙は、各生徒の職業課程―自動車整備ならエンジン部品、介護なら施設や疾患の名称―に根ざしたものとなるわけです。

このアプローチは、日本でいえばいわゆる「ESP(特定目的のための英語)」に近い発想ですが、厳密には異なります。論文中でも指摘されているように、VOはESPほど特定の職業に絞り込まれたものではなく、またCLIL(英語を教授言語として使う授業)でもありません。英語は学習対象として維持されつつ、内容が職業的文脈に根ざしている―という独特の立ち位置です。

日本の読者には少し別の角度から考えてみると親しみやすいかもしれません。工業高校や農業高校で「英語の授業」がある、そこで専門用語を英語で学ぶ場面がある、そういったイメージです。日本でも専門高校における英語指導の在り方は長く問われてきましたが、その教室実践を細かく記録した研究は非常に乏しい。そういった意味でも、この論文は比較参照として読む価値があります。

研究デザイン―地味だが誠実な方法論

研究方法として採用されているのは非参与観察です。第一著者の Skarpaas が2018年5月から2019年4月にかけて、ノルウェー東部・西部の10校の職業高校英語教室を訪問し、合計23時間分の授業を観察しています。観察記録は計126ページに及び、それをテーマ分析(thematic analysis)によって分析しました。

観察対象となった教師たちは、学校のウェブサイトや行政情報を参考にした目的サンプリングによって選ばれています。職業指向の教育への積極的な取り組みを表明していること、職業的なアイデンティティを持っていること、地理的な多様性を確保することの3条件を設けました。10名の教師が協力を申し出て、最終的に8つの教室が語彙指導の明示的な観察対象として分析されています。残り2教室(S9・S10)では語彙への明示的な焦点が確認されなかったため、詳細な分析からは除外されました。

方法論上の誠実さが光る点があります。観察ノートはあくまで「教室全体の姿」を記録するものとされており、個人のプライバシーに配慮した設計になっています。また、以前に実施した教師インタビューのデータを補助的に参照しつつも、本論文の分析の中心はあくまで観察データに置かれています。「教師が語ること」と「教室で起きていること」を峻別しようとする姿勢は、研究の信頼性を高めています。

観察結果―翻訳タスクと教師主導の繰り返し

さて、実際に教室で何が起きていたのでしょうか。論文が提示する結果は、研究者としては少し苦い味がします。

まず語彙の選定について。8つの教室すべてで専門的な語彙が扱われており、職業に関わる道具・機器・安全用具・材料といった「仕事に関係する語」が圧倒的多数を占めていました。自動車組み立ての部品名(shock absorber、front hub)、パン製品の名前(sourdough、spelt)、安全装備の語(safety goggles、reflective vest)などです。語彙の選定はほぼすべての場合、教師が事前に行っており、生徒が自分で「これを学ぼう」と語彙を同定する機会は非常に少ない状態でした。

次に授業の組織形態について。語彙指導が全体指導(whole-class instruction)、グループ・ペア活動、個人作業のすべての形態で確認された点は興味深いですが、最も多かったのは全体指導で、全8教室に共通して見られました。その形式の大半は「問い―応答―フィードバック(IRF)」のパターン、つまり教師が質問し、生徒が答え、教師が評価するという一方向の構造です。

個人作業では、ノルウェー語から英語への翻訳タスクが頻繁に観察されました。あるクラスでは、パン関連の43語が書かれたプリントを生徒が各自訳すという場面がありましたが、使うツールや方略の指示は特になく、多くの生徒はひたすら Google Translate に頼っていたといいます。教師がそれを控えるよう注意しても、代替手段は提示されませんでした。

このあたりの描写を読んでいると、日本の高校英語の授業でも似た光景を思い浮かべる方は多いのではないでしょうか。語彙プリント、教師の確認、一問一答。それ自体が悪いわけではありませんが、問題はそこで何が「学ばれているか」です。

三つのスナップショット―授業の多様性と限界

論文の読み応えがある部分のひとつが、三つの具体的な授業場面(スナップショット)の分析です。それぞれ異なる教師・クラスの観察から抽出されており、全体的な傾向だけでは見えない具体的な実践の姿を示しています。

最初のスナップショット(S2)は、自動車整備課程のクラスで行われたATV(四輪バギー)の組み立て工程に関する語彙指導です。教師は専門知識が豊富で、生徒の実習経験を引き出しながら語彙を説明するという、VOとして理想に近い構造を持っていました。しかしここに大きな落とし穴があります。教師も生徒も英語をほとんど使わず、説明も議論もすべてノルウェー語で行われたのです。英語が使われたのは、単語そのものの翻訳を確認する瞬間だけでした。専門的な文脈は豊かでも、英語の使用機会としては最小限です。

二番目のスナップショット(S5)は、この論文の中で最も「よい実践」として評価されている事例です。安全装備について生徒が語彙をリストアップし、それぞれの装備がなぜ必要かを英語で説明するという流れで、「単語を言う」だけでなく「英語で理由を述べる」という発話産出の機会が生まれていました。Safety boots(安全靴)について「なぜ安全か」「なぜ落下物から守れるのか」という教師と生徒の対話は、語彙を文脈の中で使う実践として光っています。

三番目のスナップショット(S8)では、生徒が難しい複合語を翻訳する際に、電子辞書・Wikipedia・Google 画像検索など複数の方略を組み合わせながら作業する様子が描かれています。教師も自分の訳を「正解」として押しつけず、生徒が異議を唱えれば議論する姿勢を見せていました。これは自律的な語彙学習方略の指導として論文が最も高く評価している点です。ただし、こうした実践が観察されたのはこの一教室だけでした。

理論との照合―Nation の四技能・四ストランドという視点

本論文の分析軸として繰り返し参照されているのが、Ian Stephen Paul Nation の語彙学習論、とりわけ「四ストランド(four strands)」モデルです。Nation は Learning Vocabulary in Another Language(2001)をはじめとする著作の中で、バランスのとれた語彙学習には「意味を重視したインプット」「意味を重視したアウトプット」「言語形式への注目」「流暢性の発達」の四つの側面が必要だと論じています。

本研究が示したのは、観察された授業が「言語形式への注目(翻訳・確認タスク)」と「意味を重視したインプット(読解を通じた語彙学習)」には一定の注意を払っていたものの、「意味を重視したアウトプット」と「流暢性の発達」がほぼ欠如していたという実態です。つまり四ストランドのうちの二つだけが機能しており、語彙を実際にコミュニケーションの中で使う機会は非常に限られていました。

さらに Skarpaas と Rødnes は、Webb & Nation(2017)の How Vocabulary Is Learned にも依拠しながら、語彙学習には「複数回の遭遇」と「質の高い注意の向け方」が重要であると指摘しています。単語を一度訳して終わりでは、定着には不十分です。しかし観察された授業のほとんどは、同じ語彙に繰り返し出会う機会を設けておらず、また四技能を横断した活用も乏しいものでした。

日本の英語教育への示唆

さて、ここで少し立ち止まって、日本の文脈との接点を考えてみたいと思います。

日本の高校英語教育において、学習指導要領は「コミュニケーション能力の育成」を掲げ、授業における英語使用を推奨しています。しかし現実の多くの授業では、依然として訳読や文法説明が中心を占め、語彙指導も単語帳の暗記や一問一答型の確認作業に終始しているという指摘が絶えません。Skarpaas & Rødnes の観察で描かれた「IRF型の全体指導」「L1からL2への翻訳タスク」「Google Translate に頼る生徒と代替手段を示せない教師」という光景は、日本の読者に他人事とは思えないものとして映るのではないでしょうか。

専門高校という文脈はとくに示唆に富んでいます。日本の工業高校・農業高校・商業高校・福祉科等においても、英語の授業は専門科目の傍らに置かれており、専門用語の英語学習はある程度行われています。しかしそれが Nation の言う「アウトプット」や「流暢性」と結びついているかといえば、疑問が残ります。本論文が示すように、職業的文脈と英語を結びつけることは動機付けの面で有効ですが、それだけでは語彙の深い習得にはつながらないのです。職業的な話題を英語で議論する、専門用語を使って報告書を書く、といった活動に向けて語彙指導を設計しなおすことが、日本の専門高校でも求められているといえます。

また、本論文が指摘するもう一つの重要な点として、教師の「語彙方略指導」の貧困さがあります。S8の実践だけが例外的に方略の自律的使用を促していましたが、他の教室では生徒が困ったときに「教師に答えを聞く」か「Google Translate を使う」かという二択しか事実上存在しない状況でした。語彙学習において、辞書の種類や使い方、文脈からの推測、語根・接辞の分析、コーパスの活用といった方略の指導が習慣的に行われているかどうか、これは日本の英語教育界でも再考すべき問いです。

関連研究との対比

この研究の位置づけをより明確にするために、関連する研究との対比に触れておきましょう。

語彙指導の実態を教室観察によって記録した先行研究は、EFL(外国語としての英語)文脈でもけっして多くありません。とくに職業教育における語彙指導に特化した観察研究となると、国際的にも非常に希少です。Widodo(2016)は職業目的の英語(EVP)における教師の困難を概念的に論じていますが、実際の授業観察には踏み込んでいません。本研究はまさにその空白を埋める試みとして評価できます。

一方でESP研究とVOとの違いについても本論文は慎重に論じています。Hyland(2007)の定義によれば、ESPは特定の職業や目的に絞った集中的な言語指導ですが、VOはより広い一般教育の枠内で職業的文脈を取り込む柔軟なアプローチです。この違いを意識することは、本研究の知見を他の文脈に応用する際にも重要です。

さらに、ノルウェーという文脈の特殊性についても触れておく必要があります。同国では英語はほぼ日常的にメディアや生活の中で接触される言語です。この「豊富な課外接触(extramural English)」という状況において、Webb & Nation(2017)が強調するのは、教室がまさに「自律的な語彙学習方略の訓練場」となるべきだという点です。インプットが豊富にある環境だからこそ、それを活用できるスキルの育成が学校の役割になるという逆説的な論理です。日本の生徒が置かれた環境はノルウェーほど英語リッチではありませんが、近年のインターネット普及やYouTube・ゲームなどのコンテンツを通じた英語接触を考えれば、同様の論理が部分的には当てはまるようになってきているとも言えます。

論文の強みと限界

率直に言えば、この論文には明確な強みと限界の両方があります。

強みとして挙げられるのはまず観察データの豊かさです。126ページに及ぶフィールドノートをもとに、授業内のやり取りが具体的に引用されており、読む側もその教室の空気感を感じながら分析を追えます。量的なデータだけでは見えない「実践の肌感」が丁寧に記述されています。また、単語選択・授業形態・語彙の文脈という三つの分析軸を一貫して用いることで、比較がしやすい構造になっています。

一方、限界も正直に認められています。まず、10教室(有効分析は8教室)という規模は、代表性に欠けます。著者たちも「VO教育に積極的な学校」を選んで調査したことを明示しており、より消極的な学校との比較はできません。また、一連の観察はひとつの教育軌道(teaching trajectory)の中で完結しており、語彙が後の授業で再度扱われたかどうかは追えません。

さらに言えば、観察者の存在が授業に与えるいわゆる「観察者効果」についての議論が薄いことも、若干気になります。教師が研究者を意識して「よく見せようとした」可能性を完全には排除できませんが、論文ではこの点への言及が乏しい。とはいえ、これは多くの教室観察研究が共通して抱える難題でもあります。

独自の学術的考察―「進歩感」という罠

私がこの論文を読んで最も興味深く感じたのは、「語彙タスクが教師にも生徒にも人気がある理由」についての考察です。

Webb & Nation(2017)を引きながら Skarpaas & Rødnes が指摘するのは、語彙学習の進捗は他の言語技能に比べて可視化しやすいという点です。単語を翻訳してリストが埋まっていくとき、生徒は「できた」という達成感を得やすい。教師も「教えた」という実感を得やすい。しかしその「進歩感」は表面的なものにとどまる可能性があります。一度訳して確認した単語が、実際に使える語彙として定着しているかどうかは別の話だからです。

これは教育実践の根本的な問題を照らし出しています。「わかりやすく感じられる学習」と「実際に力がつく学習」の間には、しばしばずれがある。単語リストを100語訳すという課題は、達成しやすく評価しやすい反面、言語習得としての効果は限定的かもしれません。この「進歩感の罠」は、語彙指導に限らず、日本の英語教育全体でも広く通じる問題提起だと感じます。

おわりに

Skarpaas & Rødnes の研究は、地味で手間のかかる教室観察という方法を選んで、職業高校英語における語彙指導の現実を丁寧に記述した論文です。派手な発見ではありません。むしろ、理論と実践のあいだにある静かな、しかし無視できないギャップを誠実に示しています。

語彙は言語の骨格であるという認識は、多くの英語教師が持っているはずです。しかしその語彙を「どのように」教えるかになると、現場では伝統的な訳読型や一問一答型に引き戻される力が働きやすい。それは教師の怠慢ではなく、授業の設計・時間の制約・教師の専門知識の限界・評価との整合性といった構造的な要因が複合した結果です。

本論文が求めているのは、単純に「もっとアウトプット活動を」という処方箋ではありません。語彙指導を職業的文脈と切り結びながら、生徒の自律性を育て、方略の使い方を教え、語彙を産出活動の中に埋め込んでいくという、設計レベルの問い直しです。それは日本の英語教育が、専門高校であれ普通高校であれ、共有すべき課題であると思います。教室の観察から始まる問いは、制度や理念の議論よりもずっとリアルで、それゆえにずっと難しい。この論文を読みながら、そのことを改めて実感しました。


Skarpaas, K. G., & Rødnes, K. A. (2022). Vocabulary teaching practices of L2 English in upper secondary vocational classrooms. Languages, 7(1), 55. https://doi.org/10.3390/languages7010055

 

By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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