論文が問いかけるもの
「自律した学習者を育てる」という言葉は、日本の英語教育の現場でも頻繁に耳にします。学習指導要領の改訂のたびに「主体的・対話的で深い学び」というフレーズが繰り返され、現場の教師たちはそれを実現しようと日々模索しています。しかし、「自律した学習者」とは具体的にどのような学習者であり、どのような教育的働きかけによって育まれるのか、という問いに対して、理論的に整理された答えを示すことは、実は思いのほか難しいことです。そうした問いに真正面から向き合ったのが、本稿で紹介するKharroubi & El Mediouni(2024)による論文 “Conceptual Review: Cultivating Learner Autonomy Through Self-Directed Learning & Self-Regulated Learning: A Socio-Constructivist Exploration” です。
本論文は、International Journal of Language and Literary Studiesの第6巻第2号に掲載されたもので、Moroccoのモハメッド一世大学に所属するSara KharroubiとAbdeljabbar El Mediouniによる共著です。KharroubiはPh.D.課程の研究者であり、対人コミュニケーションを専門としながら、高等教育におけるソフトスキルの統合を研究テーマとしています。El Mediouniは同大学の上席教授として、科学研究および国際協力担当の副学部長を務める経験豊富な研究者です。両者はモロッコのアラビア語・フランス語混用の複雑な言語環境を背景に持ちながら、英語教育・教育学・学習論の交差点で研究を進めています。
本論文の核心にある問いは三つです。社会構成主義的原理は学習者オートノミー(Learner Autonomy、以下LA)の理解にどのように貢献するか、自己主導学習(Self-Directed Learning、以下SDL)の実践はLAの発達にどう関わるか、そして自己調整学習(Self-Regulated Learning、以下SRL)のメタ認知的側面はポスト真実時代の教室における情報リテラシーとLAの涵養にどう貢献するか、というものです。これらはただの学術的な問いではありません。教育の本質を問い直す、きわめて実践的な問いでもあります。
PiagetとVygotskyを「統合」するという立場
まず本論文が採る理論的な立場について確認しておきましょう。著者たちは、PiagetとVygotskyという二人の巨人の理論を「どちらが正しいか」という対立として捉えるのではなく、自律的な認知発達の複雑さを示す補完的な視点として統合しようとします。この姿勢はシンプルですが、非常に重要です。
Piagetの構成主義は、知識は外部から受動的に与えられるものではなく、学習者が内側から能動的に構築するものだという立場です。Constance Kamiiによる解釈が本論文では丁寧に紹介されており、Piagetが道徳的・知的オートノミーを教育の最終目標として見ていたことが強調されています。外部からの報酬や罰ではなく、内なる判断力によって自分を律する人間を育てること、それがPiagetの教育思想の核心だったのです。よく「PiagetといえばCognitive Developmental Stages(認知発達段階)」という理解で止まってしまいがちですが、本論文はその先にある教育哲学的含意をきちんと掘り起こしています。
一方Vygotskyの社会文化理論は、個人の発達は社会的相互作用なしには起こり得ないとします。「最近接発達領域(Zone of Proximal Development、ZPD)」の概念が象徴するように、より有能な他者(More Knowledgeable Other、MKO)との対話と足場掛け(Scaffolding)を通じて、学習者はやがて自立したパフォーマンスへと移行していきます。重要なのは、このプロセスが「外から内へ」という内化(Internalization)の過程だという点です。他者との関わりを通じて習得したものが、やがて内面の認知機能として自分のものになる。それがVygotskyの描いた学びの姿です。
著者たちはこの二つの理論を「社会構成主義(Socio-Constructivism)」というフレームで接続し、LAの概念的土台として位置付けます。知識は個人が能動的に構築するものであると同時に、社会的相互作用・文化的ツール・言語を通じて媒介される。この二重性こそが、LAの本質を理解するための鍵だと著者たちは主張します。
人間主義と「知識社会」「学習社会」の文脈
論文はさらに、MaslowとRogersという人間主義心理学の巨人を召喚します。Maslowの欲求階層説における自己実現(Self-actualization)という概念、Rogersの「人間中心療法」から派生した「学習者中心の学び」という思想は、LAの概念が誕生する背景にある人間主義的な土壌を形成しました。外部から操作されるのではなく、内側から動機付けられた人間が自らを成長させていく、という理念です。
その後、著者たちは議論を「知識社会(Knowledge Society)」および「学習社会(Learning Society)」という社会学的文脈へと展開します。Bell(1976)やLyotard(1984)が描いた脱工業化社会においては、知識は固定した財産ではなく、常に更新される動的な力となります。こうした社会においては、大学も含め教育機関が従来の「知識の伝達者」という役割を問い直さざるを得なくなります。Faure報告(1972)が提唱した生涯学習の理念、Delors報告(1996)の「知ることを学ぶ」「為すことを学ぶ」「共に生きることを学ぶ」「在ることを学ぶ」という四本柱、これらはいずれも個人が自律的に学び続けることの重要性を強調するものです。こうした歴史的・社会的な文脈の中でLAを位置付けることで、著者たちはその概念に単なる教育心理学的概念を超えた、社会思想的な重みを与えています。
SDLとLAの区別と連携
本論文の理論的核心の一つは、SDLとLAの関係の整理です。この区別はしばしば見落とされますが、非常に重要です。著者たちの整理によれば、LAは学習の「何を」にかかわる、より広い目標です。学習者が社会的文脈の中で能動的に知識を構築し、それを自分自身の世界観に統合していくことを指します。対してSDLは学習の「いかに」にかかわる、実践的なプロセスです。目標設定、リソース管理、学習の振り返りなど、学習者が自分の学びを主導するための具体的な方法論を指します。
Holec(1981)がCRAPELでの研究の中でLAを「自分の学習を責任を持って引き受ける能力」と定義したことは広く知られています。目標の設定から、内容・方法の決定、進捗の監視、評価まで、あらゆる学習上の意思決定を学習者自身が担う能力です。この定義は革新的でしたが、著者たちはこれがやや個人主義的・脱文脈的であるという問題をはらんでいると見ます。そこで重要になるのが社会文化的・構成主義的な文脈への接地です。
Leni Dam(2011)の研究を引用しながら著者たちが強調するのは、教師の役割の変容です。教師は知識の伝達者ではなく、学習者が自律的に知識を構築するプロセスを支援する「促進者(Facilitator)」へと変わることが求められます。これはVygotskyのZPDの考え方とも呼応します。教師は学習者のZPDに働きかけ、適切なタイミングで足場掛けを提供しながら、徐々に学習者の自立を促していくのです。日本の英語の授業で教師主導の一斉授業が根強く残っている現状を考えると、この指摘は直接的な示唆を持ちます。
Garrison(1997)の三次元モデル(自己管理・自己モニタリング・動機付け)と、HiemstraとBrockett(2012)が更新した「人・プロセス・文脈(Person-Process-Context、PPC)モデル」も、本論文では丁寧に解説されます。特にPPCモデルにおいて「文脈(Context)」という次元が対等な地位を与えられたことは重要で、学習者個人の特性だけでなく、社会・文化・制度的な環境がSDLの実現に不可欠な役割を果たすという認識が明確に示されています。
SRLとメタ認知、そして「ポスト真実」時代の学習者像
本論文のもう一つの柱は、SRLとメタ認知の議論です。SRLはZimmermanやBanduraらの社会認知理論に根ざしており、学習心理学の文脈で発展してきました。著者たちはFlavell(1979)の言葉を巧みに引用します。「認知的ストラテジー(SDL)は認知的進歩を促すために用いられ、メタ認知的ストラテジー(SRL)はそれを監視するために用いられる」。この一文は、SDLとSRLの関係を見事に示しています。SDLが「学ぶこと」なら、SRLは「自分が学んでいることを自覚し、制御すること」です。
著者たちがここで持ち込む概念がメタリテラシー(Metaliteracy)です。Jacobson, Mackey & Olivier(2021)の定義によれば、メタリテラシーとは「情報の受け手でありながら産出者でもある学習者が、絶えず進化するメディア環境の中ですべての情報形態を批判的に評価し続けるとともに、協働的・接続的な空間において知識を産出・共有する力を持つという動的プロセス」を指します。
これを「ポスト真実(Post-Truth)」という時代的文脈と結びつける著者たちの視点は鋭いです。フェイクニュースが蔓延し、SNS上で感情的な情報が事実を凌駕するこの時代に、批判的思考とメタ認知的自己認識を持たない学習者は、情報の波に飲み込まれてしまいます。単に英語が使えるようになるだけでは不十分で、英語で接する情報を批判的に評価し、自分自身の認知バイアスを認識しながら知識を構築できる学習者を育てることが求められる。この主張は、日本の高等教育における英語教育改革にも直接的な問いを投げかけます。
論文の貢献と限界
本論文の最大の貢献は、LA・SDL・SRLという三つの概念を、社会構成主義という一貫した理論的枠組みの下に整合的に統合した点にあります。これまでの研究はそれぞれの概念を個別に扱うことが多く、三者を統合的に論じた理論的枠組みは乏しかったと著者たちは指摘します。この指摘はおおむね妥当であり、本論文はその空白を埋める試みとして評価できます。また、論文末尾に示された複数の概念図(Figure 1からFigure 4)は、複雑な理論的関係を視覚的に整理するうえで有用で、理論と実践の橋渡しを試みた姿勢が感じられます。
しかしながら、批判的な目で見た場合、いくつかの課題も指摘できます。まず、本論文は徹底して概念的・理論的なレビューであり、実証データは含まれていません。著者たちも認めるように、「実際の教室でこの枠組みをどう適用するか」という問いは今後の研究課題として残されます。たとえば、日本の大学英語教育の文脈では、学習者の文化的背景、授業形態、評価システムなど、多くの文脈的制約がLAの育成に影響を与えます。普遍的な理論枠組みを構築することと、各文脈への適用可能性を示すこととは、別の作業です。
また、「ポスト真実」時代という文脈を強調するわりに、具体的なデジタルリテラシー教育実践や、AIを活用した学習環境への言及が限定的であることも気になります。2024年現在、生成AIが教育現場に急速に浸透しつつある状況において、メタリテラシーやメタ認知の意味はさらに複雑な様相を帯びています。この点での議論の拡張が今後求められるでしょう。
さらに、SDLの文脈で登場するKnowles(1975)のアンドラゴジー(成人教育学)理論は、その文化的偏り、すなわち個人主義的な西洋の成人観を前提としているという批判を長く受けてきました。著者たちはPPCモデルを通じてこの点を修正しようとしていますが、集団志向が強く教師権威が相対的に高い日本の教育文化において、こうした枠組みをそのまま適用することには慎重さが必要です。
日本の英語教育現場への示唆
日本の英語教育の文脈では、「主体的な学習者を育てる」という理念は掲げられながら、その実現のための理論的根拠と具体的な方法論は十分に共有されているとは言えない状況が続いています。教師主導の授業が多く、学習者が自分の学習目標を設定したり、学習方法を選んだりする経験が乏しいまま大学に入学するケースは少なくありません。
本論文が提示する枠組みは、そうした現状を変えるための理論的な土台になり得ます。SDLの実践として、授業での目標設定・振り返り活動・学習ポートフォリオの導入などが考えられます。SRLとメタ認知の観点からは、学習者が自分の理解度を点検し、学習ストラテジーを意識的に選択・調整する活動が重要になります。教師の役割は「教える人」から「学びを促す人」へとシフトし、ZPDを意識した足場掛けを通じて、学習者の自律を段階的に育てていくことが求められます。
また、大学英語教育においてメタリテラシーの育成を明示的な目標として組み込む試みは、今後ますます重要になります。英語で書かれたニュース記事やSNS投稿、学術論文などを批判的に読み解く活動を通じて、言語能力とともに批判的思考力・情報評価力・メタ認知的自己意識を同時に育てていくことが、21世紀の英語教育の中心課題となっていくでしょう。
むすびに
本論文は、壮大な理論的統合を試みたレビュー論文として、英語教育・応用言語学・教育心理学の交差点に立つ研究者や実践者にとって読み応えのある一本です。LAという概念の多層性を整理し、SDLとSRLという異なる系譜の理論を一つの枠組みに収め、さらにポスト真実時代というリアルな文脈に着地させようとする著者たちの問題意識は明確で、論旨も一貫しています。
すべての理論が一つの論文に収まりきれるわけではなく、概念的なレビューである以上、実践への橋渡しはどうしても不完全になりがちです。それでも、「自律した学習者を育てる」という目標の意味を問い直すうえで、本論文が提供する概念的な整理と理論的な視点は、日本の英語教育関係者にとっても少なからぬ示唆を与えてくれるはずです。ある日の授業終わりに、「今日の授業で一番難しかったことは何か、そしてどうすれば次回うまくできそうか」と学習者に問いかけることから、メタ認知の実践は始まります。小さな問いが、自律した学習者への長い歩みの第一歩になるのです。
Kharroubi, S., & El Mediouni, A. (2024). Conceptual review: Cultivating learner autonomy through self-directed learning & self-regulated learning: A socio-constructivist exploration. International Journal of Language and Literary Studies, 6(2), 276–296. https://doi.org/10.36892/ijlls.v6i2.1649
