日本の英語教育の現場にいると、「語彙を増やしなさい」という指導はごく当たり前のこととして行われています。単語帳を使い、フラッシュカードで覚え、テスト前に詰め込む。そういった光景は、多くの教師にとって懐かしくもあり、また少し後ろめたくもある記憶ではないでしょうか。本当にこのやり方でいいのか、という疑問を持ちながらも、なかなか抜け出せない。そんな現場の悩みに対して、一つの明確な方向性を示してくれるのが、Liping Weiによる論文 “Teaching Academic Vocabulary to English Language Learners (ELLs)”(2021)です。

Weiはテキサス州ヒューストン・ビクトリア大学の教育・健康専門職学部に所属する准教授で、ナラティブ探究と教師の省察的実践を研究の中心に据えています。ELL教師の教育経験や言語的少数派学習者の学びを長年にわたって調査してきた研究者として、この論文は実践的な教育現場への応用を強く意識した内容になっています。掲載誌は査読付き国際誌 Theory and Practice in Language Studies(Vol. 11, No. 12, 2021)で、DOIも付与された正式な学術論文です。

論文のテーマはアメリカのK-12(幼稚園から高校まで)に在籍するELL、つまり英語を母語としない学習者への学術語彙指導です。しかしその内容は、日本で英語を教える教師にとっても非常に示唆に富むものです。なぜなら、語彙をどう定義し、どう分類し、どう教えるかという本質的な問いは、教育文脈を超えて共通しているからです。

ELLが直面する「二重の負担」という現実

論文の冒頭でWeiが指摘するのは、ELLが抱える「二重の学習課題」です。英語という言語を習得しながら、同時に英語で教科内容を学ばなければならない。これは、たとえるならば、泳ぎを覚えながら競泳レースに出場するようなものです。当然ながら、多くのELLはその負担に押しつぶされ、学力テストでは母語話者より23〜30%低い読解力しか示せないという統計データも示されています。留年率や退学率も顕著に高い。これは決して学力の問題ではなく、言語環境の問題です。

この「二重の負担」という視点は、日本の英語教育にも重なります。たとえば、帰国子女や外国にルーツを持つ子どもたちが日本の学校に在籍するケースは増えています。また、英語で他教科を教えるCLIL(Content and Language Integrated Learning)の授業では、日本人学習者もある種の「二重負担」を経験します。英語を学びながら、英語で理科や歴史を学ぶ。その文脈でも、学術語彙の指導は避けて通れません。

学術語彙を「三層」で整理するという発想

Weiは学術語彙を二つの分類軸で整理しています。一つ目は、一般学術語彙・教科特有語彙・語根と接辞という三分類です。一般学術語彙とは “describe” や “analyze” のような、どの教科でも使われる高頻度語です。教科特有語彙とは “photosynthesis”(光合成)や “denominator”(分母)のような、特定分野でのみ使われる専門語です。そして語根と接辞の知識は、未知語の意味を推測する力を育てます。たとえば “photo” が「光」を意味すると知っていれば、”photocopy” も “photography” も類推できます。

二つ目の分類はBeck, McKeown, and Kucan(2013)が提唱した三層モデルです。Tier 1は “book” や “run” のような日常語、Tier 2は “formulate” や “specify” のような学術的高頻度語、Tier 3は “amino acid” のような低頻度の専門語です。Weiはこの中でTier 2の指導が最も重要だと主張します。なぜなら、Tier 2の語は書き言葉に頻出し、読解力と学力に直結しているからです。しかし日常会話では使われにくいため、自然に習得されにくい。だからこそ、意図的に教える必要があります。

日本の英語教育でも、この三層の視点は非常に有効です。多くの教科書や授業では、新出単語として Tier 3 の専門語を取り上げますが、実は Tier 2 の語こそが長期的な英語力の基盤になります。”consequently” や “nevertheless” といった語を、読解の文脈の中でどれだけ意識的に教えているでしょうか。語彙指導の優先順位を見直す契機として、この分類は日本の教師にも役立ちます。

学術語彙の「ことばの顔」を知る――特徴の整理

論文の中でとくに印象的なのが、学術言語の特徴を丁寧に整理した箇所です。Weiは、日常語と同じ見た目を持ちながらも、教科文脈では異なる意味を持つ語の存在を指摘します。”rational” は日常では「合理的な」という意味ですが、数学では「有理数の」を意味します。”table” は家具ですが、理科では「表」です。”power” は権力ですが、物理では「電力」です。これらの語は「知っているはずなのに、わからない」という混乱をELLに与えます。

さらに、論理・順序を示すコネクタ(”therefore”, “however”, “in contrast” など)、断言を和らげる限定語(”generally”, “may”, “might” など)、受動態を多用する文体、複雑な従属節、そして物語的・説明的・説得的・描写的という複数のディスコース構造――これらすべてが、学術言語の「顔」を構成しています。

この分析は日本の英語指導にも直結します。入試長文を読む日本の高校生が “may” や “might” の意味は知っていても、それが「断言を避けるレトリック」であることを意識している場合はまれです。パッシブボイスが科学論文でなぜ多用されるかを教えている授業も、まだ多くはありません。語彙を「単語と意味の一対一対応」として教える文化から抜け出し、語彙がいかに文脈・文体・構造と結びついているかを教える方向へのシフトが求められます。

「守られた指導」――Sheltered Instructionという考え方

Weiが強調する指導アプローチの一つが「シェルタード・インストラクション(Sheltered Instruction)」です。これは、ELL学習者を主流の授業が持つ高い言語的負担から「保護(shelter)」しながら、学年相当の内容を英語で教えるアプローチです。語彙を孤立した形で教えるのではなく、教科内容と統合して文脈の中で教えることが基本的な考え方です。

かつてWeiが指摘するように、多くの外国語教育では語彙を黒板から書き写し、ひたすら繰り返す「丸暗記」スタイルが主流でした。日本でも同様の経験をした方は多いはずです。しかし、文脈から切り離された語彙学習は、その語を実際のコミュニケーションで使う力を育てません。言語学習は文脈に埋め込まれた体験を通じて最もよく進むというのが、現代の言語習得論の共通認識です。

また、Michael Lewis(1993)が提唱した「レキシカル・アプローチ」にも言及されています。このアプローチによれば、言語流暢性の基盤はコロケーションや定型表現といった「語彙のかたまり(chunks)」にあり、文法規則の習得よりも語彙チャンクの蓄積が優先されます。「文法を学んでから語彙」ではなく、「語彙(とくにチャンク)を中心に言語を構築する」という考え方は、日本の英文法偏重教育への一つの対抗軸となりえます。

偶発的学習と明示的指導――二つの車輪

論文のもう一つの柱は、語彙学習の二大経路です。Peregoy and Boyle(2017)を引きながら、Weiは「偶発的学習(incidental learning)」と「明示的指導(explicit instruction)」の両方が必要だと論じています。

偶発的学習とは、英語にさらされる中で自然に語彙を吸収するプロセスです。これはChomsky(1957, 1965)の「言語習得装置(Language Acquisition Device)」やKrashen(1985, 2004a)の「モニターモデル」と理論的に結びついています。とりわけKrashenの「インプット仮説」が重要で、学習者の現在のレベルを少し上回る「i+1」のインプットこそが習得を促すとされます。難しすぎても(i+10)、易しすぎても(i+0)、習得は起きない。この「ちょうどよい難しさ」の感覚は、教師ならば直感的に理解できるはずです。

さらにKrashen(2004b)の「自由な任意読書(free voluntary reading)」の概念も紹介されています。読書量と語彙量は相互に促進し合うため、ELLが自分のレベルに合った英語の本を大量に読むことが、語彙習得の大きな力になるというわけです。これは日本での多読指導(Extensive Reading)の理論的根拠ともなっています。

一方、明示的指導の重要性も強調されています。偶発的学習だけでは習得しにくい語彙もあります。とくに教科特有の語彙や、日常語と意味が異なる語(先述の “table” や “power” など)は、明示的に教えなければなりません。また、語根・接辞の知識、辞書の使い方、文脈から意味を推測するストラテジーも、明示的に指導すべき内容です。

ただしWeiは、明示的指導の落とし穴として「丸暗記への過度な依存」を警告しています。語を「受容的に」知っている(meaning recognition)段階から、「産出的に」使える(productive use)段階へ引き上げるには、様々な文脈でその語を使うインタラクティブな活動が不可欠です。受け身の学習者を作るのではなく、能動的に語彙と関わる活動を設計することが、教師の腕の見せどころです。

具体的な指導ストラテジー――現場に使える8つの視点

論文の第VII節では、実践的な指導ストラテジーが具体的に示されています。概念の復習から始まり、語彙の事前指導、正しい使用のモデリング、習熟度に応じた語彙選択、背景知識の活用、多重露出の確保、言語豊かな学習環境の整備、語根・接辞の指導、そして「語への意識(word consciousness)」の育成まで、幅広い戦略が盛り込まれています。

中でも「多重露出(multiple exposures)」の重要性は、多くの研究でも支持されており、この論文でも強調されています。一度見た語を記憶するのは難しく、異なる文脈で繰り返し触れることで語彙は定着します。また「語への意識」を育てるという視点は日本の指導でやや軽視されがちです。単語を「覚えるもの」としてではなく、「面白いもの・探求するもの」として扱う姿勢を育てることが、長期的な語彙学習者を育てる土台になります。

「背景知識の活用」も重要な示唆です。学習者がすでに持っている知識や語彙と結びつけて新語を教えることで、定着が格段に速くなります。これはスキーマ理論とも一致しており、教師が新しい語を導入する際には「この語と似た意味で知っている語はありますか?」という問いかけ一つが、深い処理を促す有効な手段になります。

この論文の意義と限界――批判的に読む

本論文の強みは、理論と実践のバランスにあります。Chomsky、Krashen、Beck et al.、Lewisといった主要な理論家を丁寧に紹介しながら、それぞれの教室への含意を具体的に示しています。教師候補生(teacher candidates)を主な読者に想定しているため、文章は平易でわかりやすく、実際の授業場面を思い浮かべながら読めます。

一方で、学術論文としての限界もあります。本論文はいわば「文献レビュー+実践提案型」のエッセイであり、著者自身が実施した調査や実験データは含まれていません。したがって、提案されたストラテジーの効果を実証的に示しているわけではありません。たとえば「多重露出が有効だ」という主張は広く支持されていますが、どの程度の頻度・どのような文脈で提示すべきかについての具体的な数値的根拠は本論文内には示されていません。

また、対象がアメリカのK-12のELLであるため、日本の高等教育や中等教育にそのまま適用できない部分もあります。日本では学習者が外国語として英語を学ぶEFL環境であり、英語にさらされる時間が圧倒的に少ない。そのため、偶発的学習に頼る割合を高めることには現実的な限界があります。この点は、日本での実践においては別途補完的な戦略が必要です。

さらに、Krashenのモニターモデルは影響力の大きい理論ですが、学術的には批判も多い理論です。とくに「習得」と「学習」を截然と分ける二元論は過度に単純化されているとの指摘があります(e.g., Ellis, 1994)。Weiはこれを全面的に採用していますが、批判的な注記があれば論文としての深みはさらに増したでしょう。

日本の英語教育現場への示唆

それでも、本論文から日本の英語教師が学べることは多くあります。まず、語彙指導を「単語テスト対策」から「言語使用能力の育成」へとパラダイムシフトする必要性です。語彙を「知っている」ことと「使える」ことの間には大きなギャップがあり、その橋渡しをするのが教師の役割です。

次に、Tier 2語彙の意識的な指導です。日本の教科書は Tier 3 の専門用語に多くの注を割きますが、実際の英語力の底上げには “consequently” や “whereas” のような Tier 2 語の定着が不可欠です。大学入試でも、こういった語の意味が問われる場面は多く、学術読解力に直結します。

CLILの文脈では、本論文の議論はほぼそのまま応用できます。英語で理科や社会を教える際、教科特有の語彙(Tier 3)だけでなく、説明・比較・因果関係を示す一般学術語彙(Tier 2)を意識的に取り上げることが、言語と内容の統合的指導の要になります。

また、多読指導の理論的根拠としてKrashenの自由読書論を位置づけることは、現場の教師が保護者や管理職に多読の価値を説明する際にも役立ちます。「なぜ授業中に本を読ませるのか」という疑問に対して、理論的な回答ができることは、教師の専門性を示す上でも重要です。

語への「意識(word consciousness)」を育てるという視点も、日本の英語教育では意識的に取り入れたい観点です。語彙を「覚える対象」から「探求する対象」に変える授業デザイン、たとえばコロケーションを調べる活動、接辞から語の意味を推測するゲーム、語の使われ方を文学テキストで観察する授業などは、語彙学習の質を変える可能性を持っています。

まとめ――理論と現場をつなぐ橋として

Weiの論文は、華やかな新理論を提示するものではありません。しかし、既存の重要な理論と実践的なストラテジーを丁寧に整理し、教師候補生に向けてわかりやすく提示するという点で、大きな教育的価値を持っています。学術語彙指導という、地味だが極めて重要なテーマを正面から扱い、「なぜ教えるのか」「何を教えるのか」「どう教えるのか」という問いに体系的に答えようとしている点は評価に値します。

日本の英語教育は今、大きな変化の時期を迎えています。コミュニケーション重視への転換、4技能評価の導入、CLILや英語で授業を行う方向性。その中で、語彙指導の質を高めることは、あらゆる英語教育の取り組みの基盤となります。本論文はそのための理論的・実践的な足場を提供してくれる、読む価値のある一編です。

単語帳を配り、テスト前に暗記させるだけの語彙指導から、語彙を文脈の中で生きた形で教える授業へ。その転換は一日では成し遂げられませんが、こうした論文を読み、理論を知り、少しずつ実践を変えていくことが、教師としての成長の道です。Weiが最後に記しているように、「語彙学習は積み重ねのプロセスであり、意図的に教え、学び、繰り返されなければならない」のです。その言葉は、アメリカのELL教師だけでなく、日本で英語を教えるすべての教師へのメッセージとして受け取ることができます。


Wei, L. (2021). Teaching academic vocabulary to English language learners (ELLs). Theory and Practice in Language Studies, 11(12), 1507–1514. https://doi.org/10.17507/tpls.1112.01

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By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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