本論文は、中国の大学に在籍する非英語専攻の2年生527名を対象に、英語語彙習得に影響を与える語彙特性を包括的に検討した研究です。著者のZeng(曾)らは、マカオ大学教育学部および南中国師範大学に所属する研究者グループであり、中国本土の英語教育文脈における語彙習得の実証研究という点で、これまであまり光が当たってこなかった領域に踏み込んでいます。発表媒体はSustainability誌(2022年)であり、教育の持続可能な発展というテーマとの接続が図られています。
「単語が覚えられない」のはなぜか―問いの立て方が秀逸
英語を学ぶ人なら誰でも、「この単語はなぜかすぐ覚えられる」「あの単語は何度やっても忘れる」という経験をお持ちでしょう。そのような感覚的な経験に、研究者たちはずっと前から注目してきました。本論文もその系譜に連なるものですが、際立っているのは、語彙特性を一つずつ個別に調べるのではなく、7つの変数を同時に投入して、それぞれの相対的な影響力を比較した点にあります。扱われた変数は、コグネイトネス(類似音語性)、語彙化(lexicalization)、頻度(frequency)、多義性(polysemy)、語長(word length)、語族(word family)、品詞(part of speech)の7つです。これだけの変数を一つのモデルに収めて検討した先行研究はほとんどなく、その網羅性は本研究の大きな強みといえます。
測定ツールを「改造」するという大胆な選択
多くの先行研究が使用してきたのは、Vocabulary Size Test(以下VST)という語彙サイズ測定テストです。このテストは140項目から成り、1000語ごとの頻度帯から10語ずつ選んで受験者の語彙サイズを推定するという設計になっています。中国語バイリンガル版のVSTには、非語彙化語(NL語)がまったく含まれておらず、コグネイト(類似音語)はわずか5語しか入っていません。これでは、コグネイトネスや語彙化の効果をまともに検討できないというのは明らかです。本研究はここに目を付け、33のコグネイトと19のNL語を新たに追加し、合計192項目の改訂版VSTを作成しました。
この「改造」の発想は、実は研究設計として非常に骨のある判断です。既存ツールの限界を指摘するだけにとどまらず、実際に補完して使うという姿勢は、実証研究者としての誠実さを感じさせます。ただし著者たちも明記しているように、今回追加した項目はあくまでコグネイトネスと語彙化の効果を調べるためのものであり、新しい語彙サイズテストを作ることが目的ではありません。その点の誠実な断りも好感が持てます。
コグネイトとは何か―「ピザ」が教えてくれること
コグネイトとは、二言語間で形式と意味が共通する語のことです。英語と中国語の場合、文字体系が異なるため、アルファベットの形ではなく音声的な類似性が基準になります。たとえば「pizza」は中国語で「pisa(披薩)」と発音され、音の類似が認識を助けます。英語から中国語へ入った借用語、あるいは中国語から英語に入った「lychee(ライチ)」「wok(中華鍋)」なども同様です。このような語は、学習者が意識しているかどうかにかかわらず、習得を大きく助けると考えられます。
研究の結果、コグネイトネスはitem facility(IF、正答率の指標)との相関が最も強く(r = 0.58)、回帰モデルでも最大の説明力(r² = 0.334)を示しました。つまり、コグネイトであるかどうかが語彙習得に与える影響は、頻度や多義性よりもずっと大きいということです。Willis and Ohashiが日本人EFL学習者で得た結果と一致しており、言語文化的背景を超えた普遍性を示唆しています。
語彙化という概念―「tarn」という語を知っていますか
本論文でもう一つ注目すべき変数が、「語彙化」です。これは、ある英語の語に対して、学習者の母語に相当する固定表現があるかどうかを指します。たとえば「tarn」という語は「山中の小さな湖」を意味しますが、中国語にはこれに対応する一語の固定表現がありません。このような語がNL語(非語彙化語)です。
NL語の学習が難しいのは、単に新しいラベルを覚えるだけでなく、新しい概念そのものを構築しなければならないからです。脳の中に「引き出し」がない状態で語を学ぶのは、引き出しがある状態での学習よりも格段に難しい。そのような直感的な理解を、本研究は実証的に支持しています。IFとの相関は r = −0.20 と有意に負であり、NL語は正答率が低い、すなわち習得しにくいことが確認されました。
この発見は、日本の英語教育にも示唆を与えます。日本語にも英語由来の借用語(カタカナ語)が大量に存在し、それらは英語習得を助けるコグネイトとして機能しうる一方で、日本語に対応表現のない英語概念語(NL語)は、学習者に余分な認知的負荷をかけているはずです。この観点は、日本の語彙指導において十分に意識されているとはいえないでしょう。
頻度と多義性も重要―ただし「多い意味」が助けになる理由
頻度が語彙習得を助けるというのは、ほぼすべての語彙研究者が合意する知見です。本研究もそれを支持しており、BNC頻度とIFの相関は r = 0.24 でした。しかし驚くべきことに、コグネイトネスや多義性より相関が低く、モデルへの寄与もわずか(r² = 0.013)にとどまりました。これは、コグネイトネスと多義性がすでにモデルに入った後での追加説明力が低かったためであり、頻度の重要性を否定するものではありませんが、相対的な位置付けとして興味深い結果です。
多義性(polysemy)とは、一語が複数の関連した意味を持つ性質です。「see」が24の意味を持つのがその例です。多義性はむしろ学習を妨げるという見方もありましたが、本研究では正の相関(r = 0.28)が示されました。なぜ多義語の方が覚えやすいのでしょうか。一つの解釈は、多義語は様々な文脈に登場するため、結果として接触頻度が上がるということです。また、各意味が互いに関連しているため、一つの意味から他の意味を推測しやすい面もあります。Reynolds et al.やVerspoor and Lowieの研究でも同様の傾向が示されており、本研究はその知見を異なる文脈で再確認したといえます。
語長・語族・品詞の結果が語ること
語長については、文字数とIFの相関が r = −0.18 と有意に負であり、長い単語ほど習得しにくいという予測が支持されました。これは直感とも一致する結果で、指導上の含意としては「長い語ほど繰り返し練習が必要」という当たり前のことを改めて確認してくれています。
一方、語族(word family)と品詞(part of speech)はいずれも有意な相関を示しませんでした。語族の効果がないということは、学習者がある語の基本形を知っていても、その派生語や屈折形を自動的に習得できるわけではないことを示唆しています。Ward and Chuenjundaengがタイ人学習者で示した知見とも一致しており、形態論的意識の発達が不十分なEFL学習者では語族の恩恵は限定的だということでしょう。また品詞の効果がなかった点については、本研究の参加者が非英語専攻の学生であることが一因として挙げられています。英語専攻であったTaiwanの学生を対象にしたReynolds et al.の研究では名詞が有意な貢献を示しており、専攻・習熟度という変数が品詞の効果を媒介する可能性を示しています。
日本の英語教育現場への示唆―3つのポイント
第一に、コグネイトの積極的活用です。日本語には英語由来のカタカナ語が非常に多く、英語教育の中でこれらを明示的に取り上げることは、語彙習得の効率を大きく上げる可能性があります。「hamburger」が「ハンバーガー」と音が似ていることを単に当然視するのではなく、「これは英語からの借用語で、音が似ているから覚えやすい」と明示する指導は、学習者の気づきを促し、メタ認知的な語彙学習ストラテジーの育成にもつながります。本研究が示すように、コグネイトネスは習得に最も大きく貢献する変数であり、その活用を怠ることは機会損失といっても過言ではないでしょう。
第二に、NL語への意識的な対処です。英語には日本語に対応する固定表現がない語が一定数存在します。「tarn」のような地形語に限らず、文化的概念を表す語(たとえば”privacy”がかつてそうであったように)は、対応概念が定着するにつれて語彙化が進む傾向があります。教師がNL語の存在を意識し、その語に込められた概念をていねいに説明することで、学習者の理解と定着を助けることができます。本研究の指摘にあるように、単に訳語を与えるのではなく、概念そのものを構築させる指導が求められます。
第三に、多読・多聴の重要性の再確認です。多義語が覚えやすい理由の一つは、様々な文脈で繰り返し出現することにあります。つまり、豊富なインプットが語彙習得を支えるという論理は、本研究からも導き出せます。Nation の「four strands」理論が示すように、意味に焦点を当てたインプット・アウトプット、言語に焦点を当てた学習、流暢さの開発をバランスよく組み合わせることが、語彙習得の持続的発展には不可欠です。
研究の限界と今後の展望
本研究の限界として、著者自身が複数の点を認識しています。まず、参加者が中国西南部の一大学の非英語専攻学生に限られており、英語専攻者や東部沿岸部の学生、あるいは台湾・香港・マカオの学習者への一般化には慎重さが必要です。また、参加者の平均語彙サイズが6391語と中程度にとどまっており、高習熟者では結果が異なる可能性があります。
さらに、使用されたVSTが受容的語彙知識(語の意味を認識できるかどうか)を測るものであることも留意が必要です。産出的語彙知識(実際に語を使えるかどうか)を調べた場合、コグネイトネスや語彙化の効果が異なる形で現れる可能性があります。語の知識には「サイズ(どれだけ多くの語を知っているか)」と「深さ(一語についてどれだけ深く知っているか)」の両面があり、本研究はサイズの側面に焦点を当てたものです。語の使用・連語・文法的特性にまで踏み込んだ深さの研究は、今後の課題として残されています。
先行研究との対比から見える本研究の独自性
Willis and Ohashi(2012)は日本人EFL学習者を対象に、コグネイトネス・頻度・語長の3変数モデルを構築しました。Reynolds et al.(2015)は台湾の英語専攻学生に対し、頻度・多義性・品詞が主要な貢献変数であることを示しました。本研究はこれら二つの先行モデルを統合・拡張するものであり、中国本土の非英語専攻学生という新たな文脈でのデータを提供している点で、独自の貢献があります。特にコグネイトネスを最大の貢献変数として特定した点は、Willis and Ohashiの知見と軌を一にしており、音声的類似性が語彙習得においていかに強力な手がかりとなるかを示す重要な証拠となっています。
一方、Reynolds et al.で有意だった品詞が本研究では有意でなかった点は、習熟度や専攻という変数の交互作用を示唆しており、単純な一般化を戒める慎重なデータとして機能しています。
締めくくりに―語彙習得研究が教えてくれること
語彙習得の研究は、地味に見えて実は非常に奥が深い分野です。「どんな語が覚えやすいか」という問いに答えることは、「どう教えれば効率的か」という実践的問いに直結しています。本研究は、7つの変数を同時に投入するという野心的な設計のもと、コグネイトネスが最も強力な習得促進要因であること、NL語が最も難しいカテゴリーであること、そして多義性と頻度も重要な役割を果たすことを示しました。これらの知見は、日本を含む東アジアのEFL文脈にも十分に適用可能な示唆を持っています。
「単語を覚えなさい」と言うだけでは、語彙学習は進みません。学習者がどんな語に親しみを感じ、どんな語につまずくのかを知ることが、教師にとっての出発点です。本研究はその「地図」の一端を、実証的なデータとともに提供してくれています。
Zeng, Y., Lu, Q., Wallace, M. P., Guo, Y., Fan, C.-W., & Chen, X. (2022). Understanding sustainable development of English vocabulary acquisition: Evidence from Chinese EFL learners. Sustainability, 14(11), 6532. https://doi.org/10.3390/su14116532
