デジタル教材が「あれば良い」から「どう使うか」の時代へと移行しつつある今、電子書籍(e-Book)を活用した学習支援の研究が世界各地で蓄積されています。本稿で取り上げるのは、インドネシアのUniversitas Negeri Surabayaの生物教育学科に所属するEndang Susantiniらが2021年に発表した論文、”E-book of metacognitive learning strategies: design and implementation to activate student’s self-regulation”です。この研究は、メタ認知学習戦略をテーマにしたe-Bookを設計・開発し、それを実際の大学授業に投入した上で、学生のメタ認知スキルや自己調整学習(Self-Regulated Learning; SRL)への影響を記述的・質的に検討したものです。
筆者のSusantiniは生物教育の分野で長年にわたってメタ認知研究に携わっており、同大学における教員養成プログラムとの関連でも複数の業績を持つ研究者です。本論文はADDIEモデル(Analysis, Design, Development, Implementation, Evaluation)という教育設計の定番フレームワークを採用し、e-Bookの開発から実証までを体系的に描いています。対象は84名の生物学専攻の3年次学生であり、4週間にわたって革新的学習法(Innovative Learning)という科目の中でe-Bookが使用されました。
そもそもメタ認知とは何か、なぜ重要なのか
「メタ認知」という言葉は、英語教育の現場でも近年よく耳にするようになりました。しかしその意味は意外と曖昧に使われることが多いものです。本論文の定義に沿って整理すると、メタ認知とは「自分自身の思考について考えること」であり、具体的には学習プロセスを計画し、モニターし、評価する能力を指します。たとえば、英語の長文読解をしているとき、「この段落の意味がよくわかっていない。もう一度読み直そう」と自分の理解状況を把握して対処できる学生は、メタ認知的に行動しているといえます。これができる学習者は、単なる受け身の知識受信者ではなく、自律的な学習者へと成長していきます。
Susantiniらが指摘するように、メタ認知スキルは自己調整学習の中核をなします。SRLとは、学習目標を立て、適切な戦略を選択し、その効果を継続的にモニタリングしながら学ぶプロセスのことです。Zimmermanの社会認知論的なSRLモデルに基づくと、このプロセスには動機づけ、メタ認知、行動的関与という三つの側面が絡み合っています。この枠組みは英語教育においても極めて有効で、「単語を何度も書いて覚える」という受動的な方法よりも、「自分にとって効果的な語彙学習戦略はどれか」を考え選択できる学習者こそが長期的に伸びるという実践的感覚を、多くの現場教師は持っているのではないでしょうか。
e-Bookの設計思想とその工夫
本研究で開発されたe-Bookは、Flip PDF Professionalというアプリケーションを使って制作されたフリップブック型の電子書籍です。オンライン・オフライン双方で使用可能で、スマートフォン、タブレット、ノートパソコンなどあらゆる端末に対応しています。全4章から構成され、(1)メタ認知学習戦略入門、(2)メタ認知戦略を使った学び方、(3)メタ認知戦略の教え方、(4)メタ認知戦略の評価法という内容が収められています。
特筆すべきは、このe-Bookに組み込まれた学習機能の豊富さです。各章には「Before You Read(読む前に)」「Read to Learn(学ぶために読む)」「After You Read(読んだ後に)」「Reflection(振り返り)」という四つのメタ認知支援フィーチャーが設けられています。これは、読者が学習前後に自分の理解状態を把握し、新しい情報と既有知識を照合させる仕組みです。日本の英語授業でいえば、授業前に「今日学ぶ文法について、何を知っている?何を知りたい?」と問いかけ、授業後に「理解できたか、できなかったか、なぜか」を書かせる活動に相当します。KWL(Know-What-Learned)チャートの考え方と近いとも言えるでしょう。
さらに、「Stop and Think(立ち止まって考えよう)」「Tips(コツ)」「Summary(まとめ)」「Classroom Case(教室事例)」「Meta Net(関連ウェブサイト)」「Hyperlinks(ハイパーリンク)」「Video(動画)」といった補助フィーチャーも充実しており、学習者がテキストの一方向的な読み手に留まらないよう設計されています。この設計思想は、Browne and Maryが論じたように、e-Bookを単なる「紙の本のデジタル版」ではなく、学習活動を支援するインタラクティブなツールとして位置づける考え方に合致しています。
検証結果が示すもの―数字の読み方
研究の結果を概観すると、開発されたe-Bookの妥当性(内容・構成・言語の三側面)はいずれも100%という高い評価を受けており、三名の生物教育専門家による査定で「非常に有効」と判断されています。読みやすさの評価にはFry Graphを用いた指数算出が行われており、大学生レベルに適したレベル15という結果が出ています。学生の反応は平均97%の肯定的評価を示し、とりわけ「このe-Bookはオンラインでもオフラインでも使いやすい」「メタ認知戦略の学習へのモチベーションが高まった」という項目ではいずれも100%の肯定回答が得られています。
メタ認知スキルに関する学習成果は平均76点(100点満点)で「良好」と評価され、三クラス間でANOVA検定を実施したところ有意差は認められませんでした(F=1.647, p=.199)。これは「e-Bookの効果がどのクラスにも均一に及んでいる」と解釈されています。自己調整学習の指標については、Zimmerman & Martinez-Ponsが開発したSRLIS(Self-Regulated Learning Interview Schedule)を改変したアンケートが使用され、Kruskal-Wallis検定でクラス間に有意差なし(p=.921)という結果が示されました。
数字として見ると印象的な成果ですが、批評的な眼差しを持って読むと、いくつかの重要な留意点が浮かび上がってきます。
研究デザインの限界と問い直す姿勢の重要性
まず明確にしておくべきは、この研究に統制群(コントロールグループ)が存在しないという点です。e-Bookを使用した場合と使用しなかった場合の比較がなされていないため、「e-Bookが効果を生んだ」という因果関係の主張には慎重であるべきです。著者自身も論文末尾の限界の節でこの点を認め、「メタ認知スキルと自己調整学習の相関を調べる研究が今後必要」と述べています。正直な自己評価は研究の誠実さを示すものですが、同時に、この研究が「効果の立証」ではなく「設計と実装の記述」であるという性格を読者が理解した上で評価することの重要性も示しています。
次に、妥当性検証の手続きについても検討が必要です。e-Bookの有効性評価に関与した三名の専門家はすべて同じ機関(Universitas Negeri Surabaya)の教員とみられ、外部専門家による査読が含まれていない可能性があります。100%という評価値は一見すると完璧ですが、評価者の独立性が十分に確保されているかは論文だけからは判断しにくいところです。日本の教材開発研究でも同様の問題は指摘されており、開発者と評価者の関係性は評価の信頼性に直結します。
また、SRLISのアンケートはLikert尺度(4段階)を採用していますが、学習者が「よく使う」と回答した戦略が実際に有効であるかどうかは、このデータからは判断できません。「ノートを取る」「インターネットで調べる」「配布資料を読む」といった戦略が上位に挙がっていることは興味深い知見ですが、それらが本当にメタ認知的な自己調整の産物なのか、あるいは単なる習慣的行動なのかを区別する手立てが不足しています。
日本の英語教育への示唆を考える
ここで日本の英語教育現場に目を向けてみましょう。文部科学省が推進する「主体的・対話的で深い学び」は、まさに自己調整学習の観点から捉え直すことができます。しかし日本の多くの英語教室では、学習者が自分の学習プロセスをモニタリングする機会が体系的には設けられておらず、教師が授業を進め、学習者はそれに従うという構造が依然として根強く残っています。
本論文が示唆するのは、教材そのものにメタ認知的活動を「埋め込む」という発想の可能性です。たとえば、英語のデジタル教材に「この単元を始める前に、関連する英単語をいくつ知っているか自分で確認してみよう」という「Before You Read」的な活動を組み込んだり、単元末に「今日の学習で何がわかったか、まだ不確かなことは何か」を記入させる「Reflection」コーナーを設けたりすることは、日本の教育現場でも十分に実践可能なアプローチです。
もっとも、日本の英語教育との文脈的差異も忘れてはなりません。本研究の対象はインドネシアの将来の生物教師を目指す大学生であり、メタ認知について「教える側」としても学ぶ必要がある学生集団です。彼らにとってメタ認知e-Bookを学ぶことは、自分自身の学びだけでなく、将来の教育実践への準備という二重の意味を持っています。一方、日本の高校生や大学生にとってのe-Book活用は、また別の文脈的要素を持つことになります。授業の中でどれだけ自律的な学びを促す余地があるか、評価制度との整合性をどう図るかなど、日本固有の課題があることも見落とせません。
関連研究との対比から見えること
関連する先行研究と比較すると、本論文の立ち位置が一層明確になります。例えば、Yu and Maryの2017年の研究は看護学生を対象にインタラクティブe-Bookを用いてメタ認知の向上を検証していますが、そこでは実験的なデザインが採用され、介入の効果がより厳密に評価されています。Susantiniらの研究は、同様の問題意識を持ちながらも、実験的統制よりも「設計・実装の詳細な記述」に重点を置くというアプローチを取っています。これは研究目的の違いであり、どちらが優れているという話ではありませんが、読者はそのことを踏まえて結果の解釈を行う必要があります。
また、Altiok, Baser, & Yukselturkによる2019年の研究では、e-ビデオ環境がメタ認知的気づきを高めるという結果が得られており、本論文が動画やハイパーリンクを多用するe-Bookを設計した判断の根拠になっています。このように、先行研究の知見を設計原理に組み込んでいる点は評価できます。しかし、自己報告データ中心という手法上の限界は多くのSRL研究に共通する問題点でもあり、本研究もその例外ではありません。Sebesta and Elenaが2016年に行った研究では、SRLISを用いて学習戦略と成績の関係を分析しており、高得点学生ほどメタ認知的戦略を多用するという結果を示していますが、この知見と本論文の結果をつなぐためには、より詳細な質的分析が求められます。
ADDIEモデル採用の意義と限界
本研究でADDIEモデルが採用された理由として、著者は「各ステージが明確でコンパクト」という点を挙げています。確かにADDIEは教育設計の世界では最もよく知られたフレームワークの一つであり、分析・設計・開発・実装・評価という五段階の流れは論文の構成としても明快です。ただし、ADDIEは線形的なプロセスとして描かれることが多く、実際の教育開発では各段階が互いに影響し合いながら反復的に進むという側面が軽視されがちです。本論文でも、各フェーズの記述は比較的簡潔で、設計段階での試行錯誤や修正の詳細は十分に開示されていません。開発プロセスの透明性という観点から、今後の類似研究では「なぜこの設計判断をしたのか」をより詳細に記述することが望まれます。
デジタル教材開発研究が問いかけるもの
この論文を読み終えて感じるのは、「デジタル教材を作ること」と「学習者の思考を変えること」の間にある距離の大きさです。美しく設計されたe-Bookを提供することと、学生が実際に自分の学習をメタ認知的にモニターし調整できるようになることの間には、教師の働きかけ、クラスの文化、評価の枠組みなど、多くの媒介変数が存在します。本研究は4週間という短期間での実装記録であり、「使った」「良かった」という段階の記述として一定の意義を持ちますが、本当の意味でのSRLの育成には長期的な介入と追跡調査が不可欠です。
それでも、この研究が示してくれる実践的なモデルには学ぶべき点が多くあります。「Before You Read」から「Reflection」に至る構造的なメタ認知支援のフローは、デジタル教材設計の一つの指針になり得ます。インドネシアという文脈で生まれた知見が、英語教育を含む日本の教育デジタル化の議論に何らかのヒントをもたらすとすれば、それはおそらく「教材に思考の型を組み込む」という発想そのものでしょう。教えることの本質が「知識の伝達」から「学び方の学習支援」へと移行していく流れの中で、この研究は小さくも着実な一歩を刻んでいます。
Susantini, E., Puspitawati, R. P., Raharjo, & Suaidah, H. L. (2021). E-book of metacognitive learning strategies: Design and implementation to activate student’s self-regulation. Research and Practice in Technology Enhanced Learning, 16, Article 13. https://doi.org/10.1186/s41039-021-00161-z
