研究の背景と問題意識

英語を外国語として学ぶ環境(EFL環境)において、学習者がどれだけ自分の学習に主体的に関わることができるかは、教師にとって長年の課題です。特に「書く」という技能は、四技能の中でも最も習得が難しく、単なる知識の再現ではなく、思考・構成・表現の複合的なプロセスを要します。そのような文脈のなかで、Maryam Ebrahimi、Siros Izadpanah、Ehsan Namaziandostの3名が2021年にEducation Research International誌に発表した論文 “The Impact of Writing Self-Assessment and Peer Assessment on Iranian EFL Learners’ Autonomy and Metacognitive Awareness” は、自己評価(セルフ・アセスメント)とピア評価(ピア・アセスメント)という二つのオルタナティブ評価手法が、学習者の自律性と메タ認知的気づきに与える効果を実証的に検証したものです。

筆者らはいずれもイランのイスラム・アザド大学に所属する研究者で、Izadpanah(ザンジャン校)とEbrahimi(同)が主に研究設計を担い、Namaziandost(シャフレコルド校)が共著者として加わっています。NamaziandostはイランのEFL研究において活発に論文を発表している研究者であり、本研究もその文脈に位置づけられます。研究の舞台はイランのザンジャンに所在する二つの語学機関で、中級レベルの成人EFL学習者120名が対象となりました。

研究の設計と手法

本研究の設計は準実験的(quasi-experimental)なものです。ランダム割り当てではなく、既存のクラスを便宜的サンプリングで選定し、自己評価グループ(40名)、ピア評価グループ(40名)、統制グループ(40名)の三群に分けています。年齢層は18歳から36歳と幅広く、中級レベルの確認にはNelson Placement Test(200A)が用いられました。

測定に使われた主な道具は二つです。一つは、Schraw and Dennisonが1994年に開発したMetacognitive Awareness Inventory(MAI)で、認知についての知識(宣言的・手続き的・条件的知識)と認知の調整(計画・情報管理・理解のモニタリング・デバッグ・評価)という52項目から構成されます。もう一つはZhang and Liの自律性質問紙で、全21項目のリカート尺度形式と多肢選択形式を組み合わせたものです。加えて、TOEFLの評価ルーブリック(0〜5点スケール)が学習者自身のライティング評価に使われました。

授業介入は8セッションにわたって実施され、自己評価グループはTOEFLのルーブリックを用いて自分の作文を評価し、ピア評価グループはクラスメートの作文を同じルーブリックで評価しました。事前・事後にMAIと自律性質問紙を実施し、共分散分析(ANCOVA)によって群間の差を検討しています。

主要な結果

結果を一言で言えば、どちらの評価手法も有効でした。自己評価グループとピア評価グループは、統制グループと比較して、自律性と메타認知的気づきのいずれにおいても統計的に有意な向上を示しました。F値を見ると、自律性については自己評価グループがF=20.56(p≤.001)、ピア評価グループがF=23.47(p≤.001)で、どちらも有意な差が認められています。

메타認知的気づき(知識面)については自己評価グループがF=108.90(p≤.01)、ピア評価グループがF=136.78(p≤.001)と、きわめて大きな効果量を示しています。さらに、メタ認知的制御(調整面)においても、自己評価がF=132.81(p≤.001)、ピア評価がF=146.23(p≤.001)と、いずれも顕著な差が見られました。

平均点の推移を見ると、たとえば自己評価グループの自律性スコアは事前23.48から事後31.13へと上昇しており、統制グループの20.03→24.20という変化と比べて明らかな差があります。ピア評価グループも同様に22.93→31.45と伸びています。これらの数字は、評価実践への積極的な参加が学習者の態度や認知に具体的な変化をもたらすことを示唆しています。

なお、本論文の記述は自己評価とピア評価を別々のANCOVAで分析する構造をとっており、両群を直接比較するような分析は明示的には示されていません。しかし概要(abstract)では「自己評価のほうがピア評価よりも効果的だった」と述べられており、平均点の推移からもそのような傾向は読み取れます。ただし、この比較をどの程度断言できるかという点については、後述するように方法論上の留保が必要です。

自律性とメタ認知をめぐる理論的背景

学習者の自律性とは、自分自身の学習に責任を持ち、目標を設定し、方略を選択し、進捗を評価する能力を指します。これはHolecの概念に端を発し、その後Little、Dickersonらによって発展してきた概念で、外国語教育においては特に重要な位置を占めています。日本でも文部科学省が推進する「主体的な学び」の概念と重なるところが大きく、近年の学習指導要領改訂にも通底するテーマです。

メタ認知とは、「自分が何を知っていて何を知らないかを知ること」つまり認知についての認知です。自分の思考プロセスを客観視し、どこでつまずいているかを把握し、より効果的な学習方略を選ぶ力です。Schraw and Dennisonの枠組みによれば、메타認知は「認知についての知識」と「認知の調整」の二側面から構成され、本研究はこの両側面を包括的に測定しています。授業中にただ作文を書かせるだけでなく、自分や他者の作文を評価するという行為が、こうした認知の自己観察を促すという発想は、理論的に十分な根拠を持っています。

先行研究との対比

本研究が紹介・対比している先行研究のなかで特に注目されるのは、Birjandi and Siyyari(2010/2011)による比較研究です。彼らもイランのEFL文脈で自己評価とピア評価がライティングおよび正確さに与える効果を検証しており、本研究の直接的な先行研究に位置づけられます。ただし彼らの研究は自律性やメタ認知そのものを依存変数には含めておらず、本研究はその空白を埋めようとするものです。

また、Liu and Brantmeier(2019)は中国の若い英語学習者を対象に自己評価とライティング能力の関係を検討していますが、自律性やメタ認知への効果は扱っていません。Suludere(2012)はオンライン環境でのピア評価と学習者自律性の関係を質的に検討していますが、参加者が14名と少なく、本研究のほうが規模的には大きな貢献をしています。

さらに、Shen, Bai, and Xue(2020)による中国のカレッジ英語ライティングクラスでの実証研究では、ピア評価が学習者の自律性向上に有意に貢献することが示されており、本研究の結果と方向性を共有しています。日本のEFL研究との比較という観点では残念ながら本論文内での言及は限定的ですが、日本でも近年こうした参加型評価の効果検証が少しずつ行われるようになってきており、文脈は異なれど示唆するところは大きいと言えます。

日本の英語教育現場への示唆

日本の英語教育の文脈で本研究を読むと、いくつかの重要な問いが浮かび上がります。まず、日本の中学・高校・大学の英語授業において、学習者が自分の作文を評価するという経験はどれほどあるでしょうか。多くの現場では、教師がコメントを書いて返却するという一方向的なフィードバックが主流です。学習者は赤ペンの跡を眺め、「ああ、ここが違ったのか」と思うだけで終わることも多い。本研究はそのような実践への問いかけとして読むことができます。

評価ルーブリックを学習者自身が使うというアプローチも重要です。本研究ではTOEFLの独立型・統合型ライティングルーブリック(0〜5点)が使われており、学習者はそのルーブリックに基づいて自分や仲間の作文を評価しました。ルーブリックは教師だけのものではなく、学習者が自分の到達点を見極めるためのツールになりうるという視点は、日本の教室でも積極的に取り入れる価値があります。

高校の授業でライティング指導を経験したことのある教師なら、学習者が「書き終えた」ことに満足して見直しをしないという場面に何度も出くわしているはずです。自己評価やピア評価という実践を取り入れることで、書き終えることがゴールではなく、評価・改善のサイクルに入ることがゴールだという意識が醸成される可能性があります。本研究の結果はその可能性を実証的に支持するものと言えます。

大学英語教育においても示唆は大きいです。特に、ライティングが課題としてあるものの、フィードバックのリソースが十分でない環境では、ピア評価を体系的に組み込むことでフィードバックの量と質を補完できます。もちろん、ピア評価の信頼性や公平性に関する懸念は常につきまといますが、本研究が示すように、評価の「正確さ」よりも評価行為を通じたメタ認知の活性化という視点から捉え直すと、その意義は変わってきます。

方法論的な留保と批判的考察

本研究の貢献を認めつつも、いくつかの方法論的な問題点も指摘しておく必要があります。まず最も大きな問題は、研究デザインが準実験的であり、ランダム割り当てが行われていないことです。既存のクラスを使っているため、グループ間の等質性は事前テストである程度確認されているとはいえ、クラス間の教師の違いや授業環境の差異といった交絡変数の統制が不十分である可能性があります。

次に、介入の期間が8セッションという短さも気になります。自律性やメタ認知のような心理的・認知的構成概念は、短期間の介入で有意な変化を示すこともありますが、その変化が本当に安定したものかどうか、追跡調査(delayed posttest)がないと判断が難しいところです。Al-Jarrahらの研究では12週後の遅延事後テストを実施していたことと対比すると、本研究には長期的効果の検証が欠けています。

また、概要では「自己評価のほうがピア評価より効果的だった」と述べられているにもかかわらず、本文中でその直接比較を行うANOVAやANCOVAの結果は示されていません。二群をそれぞれ統制群と比較しているだけで、二つの実験群を直接比較した分析が不在であり、この点は論文の主張と分析の間に乖離があると言わざるをえません。読者としては、この主張をそのまま額面通りに受け取るのは慎重であるべきです。

さらに、データ収集が自己報告式の質問紙のみに依存している点も限界として挙げられています。論文自身も言及していますが、より多面的なデータ―たとえば実際のライティングサンプルの分析や観察、インタビューなど―があれば、評価実践が学習者の思考や行動にどのように影響するのかをより具体的に示すことができたはずです。

独自の学術的考察

本研究をより広い視野から見ると、評価実践が学習者の認知に与える影響という問いは、単にEFL教育の問題にとどまらず、学習科学や教育心理学の観点から見ても重要なテーマです。評価行為そのものが学習を促進するという考え方は「評価の学習機能(assessment for learning)」として知られており、Black and Wiliamの研究以来、形成的評価の文献において中心的なトピックとなっています。本研究はその文脈に位置づけることができますが、論文内での形成的評価論との接続は必ずしも十分ではありません。

また、本研究の対象が成人のイランEFL学習者であることは、結果の一般化に際して重要な文脈的要因となります。イランの英語学習環境は、英語が実生活でほとんど使われない典型的なEFL環境であり、その点では日本と共通点もあります。一方、宗教・文化的背景や教育制度の違いも大きく、結果をそのまま日本に適用するには一定の解釈的慎重さが必要です。

メタ認知的制御の変化がライティングの質的向上にどう結びつくかという問いも、本研究からはまだ十分に答えられていません。スコアが上がるということと、実際の作文が良くなるということは必ずしも一致しません。将来的な研究では、メタ認知的気づきの向上が実際のライティングパフォーマンスとどのように関連するかを縦断的に追うことが求められます。

総評

本研究は、自己評価とピア評価という二つの実践がEFL学習者の自律性とメタ認知的気づきを高めることを実証的に示した、意義ある研究です。特に、両者を同一の研究内で比較し、かつ依存変数として自律性とメタ認知という二つの構成概念を設定した点は、先行研究の空白を埋めるものとして評価できます。120名という参加者数も、この種の質問紙研究としては一定の規模を持っています。

一方で、ランダム割り当ての欠如、介入期間の短さ、二群間の直接比較分析の不在、データ収集の単一性など、方法論的な課題も少なくありません。これらの限界は筆者たち自身も一部認識していますが、それを踏まえても、日本を含むEFL教育現場に対して「評価実践を学習者に開放する」という方向性の有効性を示した研究として、読む価値は十分にあります。

学習者が評価の客体から主体へと変わる瞬間―自分の作文を自分の目で評価し、仲間の作文に責任ある言葉を向ける瞬間―に何かが変わる。そのことを、本研究は数字を通じて語っています。日本の英語の授業でも、その変化を引き起こすための一歩として、ルーブリックを学習者の手に渡すことを試みてみることは、決して遠い話ではないはずです。


Ebrahimi, M., Izadpanah, S., & Namaziandost, E. (2021). The impact of writing self-assessment and peer assessment on Iranian EFL learners’ autonomy and metacognitive awareness. Education Research International, 2021, Article 9307474. https://doi.org/10.1155/2021/9307474

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By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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