研究の背景と論文の概要

外国語を学ぶとき、単語帳を何度めくっても覚えられない、文法は理解しているはずなのに会話になると途端に言葉が出てこない、という経験は多くの人に心当たりがあるでしょう。こうした「わかっているのにできない」という壁を乗り越えるカギとして、近年の言語習得研究が繰り返し注目してきたのが「メタ認知戦略」です。本論文はその視点から、ASEAN三か国のフランス語学習者を対象に比較研究を行ったものです。

Dwiyanto Djoko Pranowo、Roswita Lumban Tobing(ともにインドネシア・ジョグジャカルタ国立大学フランス語教育学科所属)、およびCong Tran Van(ベトナム国立大学ハノイ校フランス語学科所属)による本研究は、2024年9月発行のIndonesian Journal of Applied Linguistics(第14巻第2号)に掲載されました。研究チームはインドネシア・タイ・ベトナムの三か国でそれぞれフランス語教育に携わる研究者で構成されており、現場感覚と学術的視点の両方を持ち合わせた執筆陣と言えます。データ収集は2020年5月から6月にかけて行われ、バンコク(カセサート大学)、ハノイ(ハノイ大学)、ジョグジャカルタ(ジョグジャカルタ国立大学)の三大学から合計56名の学生が参加しました。

研究の主な目的は、FFL(French as a Foreign Language、外国語としてのフランス語)学習者が用いるメタ認知戦略の特徴を記述し、それがどのように学習者の自律性につながっているかを比較・考察することです。データ収集にはZhang and Seepho(2013)の尺度を基に作成した「メタ認知戦略質問紙(MSQ)」が用いられ、計画・モニタリング・評価という三つの領域にわたる20項目が使用されました。

メタ認知とは何か―「学び方を学ぶ」という発想

メタ認知という概念自体、少し耳慣れない言葉かもしれません。もともとはアメリカの心理学者John Flavellが提唱したもので、簡単に言えば「自分の思考や学習プロセスについて意識的に考える能力」のことです。ただ勉強するのではなく、「今自分はどのように勉強しているか」「どこがわかっていないか」「次にどんな手を打つべきか」を自分で把握し調整できる力、と言い換えてもいいでしょう。

O’Malley and Chamotが1990年の著書Learning Strategies in Second Language Acquisitionの中で整理した分類によれば、言語学習ストラテジーは認知的・メタ認知的・感情的・社会的の四種に大別されます。本研究が焦点を当てるメタ認知戦略は、「計画(planning)」「モニタリング(monitoring)」「評価(evaluating)」の三つに細分化されます。計画には、学習前の見通しを立てる「予期と計画」、注意を向ける対象を定める「全体的注意」「選択的注意」、そして問題を特定する能力が含まれます。モニタリングは「自己管理」と「自己調整」から成り、評価は学習の成果を振り返る「自己評価」として位置づけられます。

日本の英語教育の文脈に置き換えれば、単語テストを受ける前に「自分は音で覚えるタイプか、書いて覚えるタイプか」を把握して準備するのが計画であり、長文読解の最中に「今自分は読み飛ばしすぎていないか」と確認するのがモニタリング、そしてテスト後に「どのパートが弱かったか」と内省するのが評価に当たります。これを意識的・習慣的に行える学習者は、そうでない学習者に比べて明らかに伸びが早い、というのが研究者たちの一致した見解です。

三か国の比較から見えてきたこと

研究の結果は、三か国の間に興味深い差異と共通点の両方を浮かび上がらせています。まず共通点として、三か国の学習者はいずれも一定程度のメタ認知戦略を使用しており、計画・モニタリング・評価の全体的なパターンはおおむね類似していました。つまり、文化的背景や教育制度が異なっていても、フランス語学習者として直面する課題の本質は共通しているということです。

一方で、各国間の差異も鮮明に現れました。計画の頻度を見ると、ベトナムの学習者が最も高く65%が「常に・よく計画する」と回答したのに対し、インドネシアは48%、タイはわずか23%にとどまりました。この数字の開きは相当大きく、同じASEANという文化圏に属しながらも、学習に向かう姿勢や準備性にはかなりの差があることを示しています。

タイの学習者については、計画や予期の面では積極性が低い反面、自己管理の側面では他の二か国と比べて比較的高い傾向が見られました。彼らは必要なときに必要なだけ注意を向けるという、状況適応型の学習スタイルを持っているようです。これは怠慢というよりも、むしろ「タイミングを見極める」という実践的な戦略の一形態とも解釈できます。ベトナムの学習者は全体的に積極的な姿勢を見せる一方で、自己評価の面では40%が「あまり行わない」と回答しており、計画と評価のバランスに課題があります。インドネシアの学習者は、問題の特定(identification of a problem)という点で特に弱く、62.5%が「ほとんど行っていない」と答えました。計画や自己評価は比較的できているにもかかわらず、自分の弱点を意識的に見つけようとする行動が少ないという点は、教育的介入の余地を示しています。

自律的な学習者とはどういうことか

本論文が単なる戦略調査にとどまらない理由は、その分析がHolec(1981)やBenson(2006、2007)の学習者自律論と結びついている点にあります。学習者自律性とは、学習者が自らの学びのプロセスをコントロールし、目標を設定し、方法を選択し、進捗を評価する能力のことです。Bensonはこの概念を積極的に広めた研究者として知られており、自律学習が単なる独学や自習とは異なることを強調しています。メタ認知戦略を使いこなせる学習者は、教師がいる教室の中でも外でも、能動的に学びを構築できるという意味で、まさに自律的学習者の条件を満たしていると言えます。

著者たちが指摘する重要な点は、参加者全員が自律的学習者というわけではないということです。インドネシアの参加者の46%、ベトナムの57%、タイの28%が、学習の動機として「機関からの課題をこなすため」と回答しました。この数字はそれぞれの文化的・制度的文脈を反映しているとも言えますが、同時に、外から与えられた枠組みの中でしか動けない受け身型学習者がどの国にも一定数存在することを意味します。そうした学習者は計画を立てることに一定の準備をするものの、自己評価を怠りがちで、失敗を恐れるがゆえに振り返りを回避してしまう傾向があります。

関連研究との対比と本研究の位置づけ

本研究が引用する先行研究の中でも、Halim et al.(2017)によるマレーシアの大学生を対象にした研究は比較的近い文脈のものです。100名の学生を対象に、フランス語と日本語を学ぶ学生のストラテジー使用を比較したこの研究でも、認知的・メタ認知的戦略の頻度が高く、感情的・記憶戦略の使用が少ないという結果が出ています。本研究はこれと同様の傾向を確認しつつ、ASEAN三か国という多様なサンプルで横断的な比較を行った点に新たな貢献があります。

また、Rabadi et al.(2020)によるヨルダンの大学生を対象にした研究は、英語とフランス語の学習者がメタ認知的読解戦略をどの程度使うかを調査したものです。その結果、どちらのグループも「どの戦略を使うべきかはわかっているが、どう使えばいいかを知らない」という問題が明らかになりました。この「戦略の認知」と「戦略の実行」の間のギャップは、本研究のインドネシアの学習者における問題認識の低さとも共鳴しています。Ahmad(2023)の語彙学習研究は、メタ認知要素(計画・モニタリング・評価)を意識的に組み込んだ授業が、従来型授業よりも有意に成果を上げることを示しており、本研究の理論的基盤を実験的に補完しています。

本研究の限界と課題

論文の著者自身も認めているように、本研究にはいくつかの限界があります。最も大きなものは、サンプルサイズの小ささです。三か国合計で56名というのは、比較研究としては相当小規模であり、統計的な代表性には慎重に解釈を加える必要があります。また、質問紙法のみに依存しているため、実際の学習行動や教室内での観察データが欠如しています。学習者が「していると報告する」ことと、「実際にしている」こととの間には往々にして乖離があります。

さらに、本研究は文化的背景の影響を「データ不足のため」として明示的には分析していませんが、これは逆に言えば今後の研究課題として残されている重要な変数です。なぜベトナムの学習者は計画性が高く、タイの学習者は低いのか。その背景には教育制度の違い、教師との関係性、家庭環境、あるいは言語学習に対する社会的期待の差異など、多層的な要因が絡み合っているはずです。こうした要因を解きほぐすには、質的なインタビュー調査や長期的なフォローアップ研究が不可欠でしょう。

日本の英語教育現場への示唆

本研究を日本の英語教育の文脈から読み直すと、多くの示唆が浮かび上がります。日本のフランス語学習者と英語学習者とでは状況が異なりますが、メタ認知戦略の不足という問題は日本の英語教育においても繰り返し指摘されてきました。Wenden(1987)が述べたように、学習につまずく学習者の多くは「使える戦略の数が少ない」か「持っている戦略を正しく使えていない」のどちらかです。これは日本の英語教室においても、ごく日常的に観察されることではないでしょうか。

高校や大学の英語授業で、教師が一方的に知識を伝達し、学習者は受動的に受け取るという構図はいまだに根強く残っています。本研究の主張の核心は、そうした「知識の移転」モデルから脱却し、学習者自身が学びをマネジメントできるような教育的働きかけが必要だということです。Lengkanawati(2017)のインドネシアのEFL学習者に関する研究を引用しながら、著者たちは「自律的な学習者だけが到達できる学習成果がある」と述べています。これは英語教育においても全く同じことが言えます。

実際の教室レベルで考えると、例えば授業の最初に「今日のテーマについて何を知っていて、何を知らないか」を学生に考えさせること、授業の途中で「今自分はどのくらい理解できているか」を確認させること、授業終了時に「今日学んだことで自分の弱点はどこか」を書かせることといった活動は、計画・モニタリング・評価のサイクルをそのまま授業に組み込んだ実践例です。こうした小さな積み重ねが、受け身型学習者を能動型学習者へと変えていく道筋になります。

また、本研究が示した「制度的義務感から学ぶ」学習者の存在は、日本でも無視できません。定期テストや入試のためにだけ勉強するという姿勢は、短期的な成果は生んでも、長期的な言語運用能力の向上には結びつきにくい。そうした学習者に対して、教師は単に課題を与えるだけでなく、「なぜ学ぶのか」「どのように学べば自分にとって有意義か」を問いかけ、自己目標設定の機会を与えることが求められます。

研究の独自性と学術的な評価

本研究の独自性は、FFL(外国語としてのフランス語)という比較的研究蓄積の少ない分野において、ASEAN三か国という多様な比較枠組みを設定したことにあります。英語教育に偏りがちな言語学習戦略研究の中で、フランス語という「周縁的な」外国語を取り上げることは、それ自体が研究の多様性への貢献です。また、三か国の比較は、単一国での研究では見えてこない「文化的・制度的文脈の多様性」を際立たせるという点で価値があります。

一方で、記述的質的研究としての性格上、因果関係の解明には踏み込めていません。「メタ認知戦略をよく使う学習者は学習成果が高い」という方向性は示唆されていますが、その検証は本研究の範囲外です。さらに、MSQという質問紙の信頼性・妥当性に関する詳細な検討が論文内で十分になされていない点も、方法論的な課題として指摘できます。とはいえ、これらは今後の研究につながる課題であり、本研究が提示した問いと枠組みは、後続の研究者にとって有益な出発点となるでしょう。

まとめ―「学び方を学ぶ」ことの重要性

本論文は、メタ認知戦略の使用が学習者自律性と深くつながっていることを、ASEAN三か国の比較データを通じて示した、実践的かつ理論的に意義ある研究です。三か国の学習者が共通してメタ認知戦略を活用しつつも、それぞれの文脈で異なる特徴を見せるという発見は、言語教育の普遍性と文脈依存性の両面を同時に照射しています。

日本の英語教育者にとって、この研究が投げかけるメッセージは明快です。学習者に「何を」教えるかと同じくらい、「どう学ぶか」を意識させることが重要だということです。語彙や文法の知識を詰め込む授業から、学習者が自らの学びを振り返り調整できる授業へ―そうした転換は、特別な設備や膨大な準備を必要とするわけではありません。今日の授業の最後の五分間、「今日の自分の理解度を一言で書いてみてください」という問いを投げかけることから、その変化は始められます。


Pranowo, D. D., Tobing, R. L., Herman, H., & Van, C. T. (2024). French as a foreign language learners’ metacognitive strategy: A comparative study between Indonesia, Thailand, and Vietnam. Indonesian Journal of Applied Linguistics, 14(2), 240–248. https://doi.org/10.17509/ijal.v14i2.74896

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By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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