この論文が問いかけていること
語学学習をあきらめてしまう学習者と、困難を乗り越えて上達していく学習者を分けるものは何か。英語教育に携わる人なら、誰でも一度はこの問いに向き合ったことがあるはずです。この論文はまさにその核心に迫る問いを出発点としています。Fryer、Li、Guo、Liang、Zhongという香港大学の研究グループが発表した “Self-efficacy’s role within learning a new language during formal education: Systematic review, critical evaluation of past research and paths forward for research and practice”(2025年、Studies in Second Language Learning and Teaching掲載)は、2006年から2023年にかけての17年間にわたる第二言語教育における自己効力感研究を体系的に整理し、批判的に評価した力作です。
論文を主導したLuke K. Fryerは、動機づけや感情、自己調整学習の研究で知られる教育心理学者で、日本での研究経験もあり(例えばFryer & Oga-Baldwin, 2019)、日本の英語教育事情にも精通しています。共著者たちも教育心理学と応用言語学の境界領域で研究を進める若手研究者で、本論文はいわば「この17年間、自己効力感研究は本当に役に立ってきたのか」という率直な問いへの答えを探したものです。
結論から言えば、著者たちの評価は厳しいものです。膨大な研究が積み上げられてきたにもかかわらず、その多くは研究デザインの弱さや理論的な枠組みの不明確さゆえに、教育実践へのインパクトを十分に持てていない、というのが論文の核心的な主張です。
自己効力感とは何か、なぜ語学学習に重要なのか
まず「自己効力感(self-efficacy)」という概念を、少し丁寧に確認しておきましょう。これは心理学者Banduraが提唱した概念で、簡単に言えば「自分はこの課題をうまくやれる」という確信のことです。自信と似ていますが、もう少し限定的で課題固有の信念を指しています。「英語のプレゼンテーションなら大丈夫」「英作文は苦手」というように、活動ごとに異なることが特徴です。
Bandura(1977)は、この自己効力感が人の行動の選択・持続・強度を左右すると説きました。つまり英語学習で言えば、「自分にはできる」という感覚がなければ、そもそも難しいタスクに挑戦しようとしないし、少し失敗しただけで投げ出してしまうということです。日本の高校や大学の英語の授業で、明らかに能力はあるのに発言をためらい続ける学生の姿を思い浮かべれば、この概念がいかに日常的な教育現場の問題に直結しているかがよくわかります。
また自己効力感は、Bandura(1978)の「相互決定論」という考え方と結びついています。つまり、自己効力感→行動→結果→自己効力感というサイクルが形成され、うまくいけば好循環、失敗が続けば悪循環になるというモデルです。英語学習で「少し話せた→ほめられた→もっと話したくなった」という経験は、まさにこのサイクルの好例です。
さらにBanduraは、自己効力感を育てる源泉として四つの経験を挙げています。自分自身の成功体験、他者の取り組みを観察する代理経験、他者からの励ましや説得、そして学習時の身体的・感情的な状態がそれにあたります。語学教育との親和性は非常に高く、たとえばモデルとなる話者を観察したり、教師からフィードバックを受けたりする経験は、理論的に自己効力感の向上につながるはずです。
17年間・166本の研究から見えてきた「不都合な現実」
本論文はPRISMAという国際的な体系的レビューの基準に従い、Web of Scienceの社会科学引用索引(SSCI)に掲載された166本の論文を精査しています。SSCIに絞った点は一定のクオリティ担保を意味しますが、同時に一部の重要な研究が見落とされる可能性も著者自身が認めています。
研究デザインの全体像を見ると、定量的研究が76%を占め、その中でも単一の質問紙調査に依存した横断的デザイン(ある一時点のデータだけを使う方法)が56%を占めています。縦断的研究(時間をかけて追跡する方法)は30%程度にとどまりますが、そのうち適切な統制変数を含んでいるものはさらに少ない。人中心アプローチ(個人のパターンに注目する方法)を採用した研究に至っては3%にすぎません。
この数字が何を意味するかを、少し噛み砕いてみましょう。たとえばあなたがある日の学生たちのスナップ写真を1枚撮り、「自己効力感が高い学生は英語の成績も高い」という相関を示したとします。それは事実かもしれませんが、「自己効力感が成績を引き上げたのか」「成績が高いから自己効力感も高くなったのか」「両方に影響している第三の要因があるのか」はわかりません。因果のメカニズムを問うためには、少なくとも複数時点のデータが必要です。ところが本レビューが明らかにしたように、多くの研究がこの単一時点のスナップ写真を使いながら、まるで映像を分析したかのような「予測モデル」を組み立てているのです。
構造方程式モデリング(SEM)が全体の19%の研究で使われており、回帰分析を含めると予測的な分析手法が39%にも上ります。しかし横断的データに対してこうした因果推論的な手法を適用することは、統計的に問題が多く、「信頼性と妥当性に深刻な疑問を投げかける」と著者たちは明言しています。これは決して些細な指摘ではなく、この17年間の研究群の土台を揺るがすほどの批判です。
「英語教育版」自己効力感研究の問題点
研究の地理的分布を見ると、中国大陸(30%)、台湾(9%)、香港(7%)、日本(6%)、韓国(6%)という順番で、アジア太平洋地域が全体の約58%を占めています。ターゲット言語としては英語が86%を占め、フランス語(5%)や中国語(3%)が続きます。研究参加者の教育段階では、大学生が69%と圧倒的多数を占め、小学生が対象となった研究はわずか10%です。
この構図は、日本の英語教育関係者にとっても他人事ではありません。日本を対象とした研究が約6%含まれているということは、ある意味で日本の研究者もこのエコシステムの一部を担っていることを意味します。しかし同時に、大学生を便宜的サンプルとして使い、英語力と自己効力感の相関を一時点の質問紙で測るという研究が世界中で量産されてきたことへの批判は、日本の研究者にも真摯に受け止められるべきでしょう。
理論的枠組みの使われ方についても、看過できない問題が指摘されています。自己効力感の定義を明示せず、単に「動機づけの一部」として扱っている研究が全体の18%もあります。また自己効力感の測定尺度が研究ごとにバラバラに開発されており、英語ライティング、英語スピーキング、英語リーディングなど、スキルごとに異なる尺度が乱立しています。これは一見、精緻化のように見えますが、著者たちは懐疑的です。研究間の比較ができなくなり、メタ分析による知見の統合が困難になるからです。
また研究の焦点として最も多いのが「不安との相関」と「学習方略との相関」であることも、著者たちは問題視しています。Bandura(1977)が提唱した社会的認知理論では、モデリング(他者を観察して学ぶこと)が自己効力感形成の重要なメカニズムとして位置づけられています。ところが語学教育研究では、教室がまさにモデリングの宝庫であるにもかかわらず、この観点からの研究はほとんどないというのです。教師の発音を聞く、クラスメートのスピーチを観察する、ネイティブスピーカーの動画を視聴するといった経験は、理論的には自己効力感を育む強力な機会のはずです。この「理論の豊かさ」と「実証研究の空白」のギャップは、著者たちが最も強調したい点の一つです。
日本の英語教育現場への問いかけ
日本の英語教育は、2020年度からの小学校英語の教科化、中学・高校での「英語で英語を教える」授業の推進など、大きな転換期を迎えてきました。この文脈で自己効力感研究の示唆を考えると、いくつかの重要な問いが浮かび上がります。
まず、日本の英語教育現場では自己効力感の低い学習者が多いという肌感覚は、多くの教師が共有するところではないでしょうか。英語が話せないことへの恥ずかしさや失敗への恐れ、いわゆる「英語への苦手意識」は、まさに自己効力感の問題です。しかし本論文が示すように、この問題を質問紙で一回測って「やはり自己効力感が低い人は英語も苦手だ」と結論づけるだけでは、教育的な処方箋には結びつきません。
Banduraが重視した「段階的成功体験(mastery experiences)」という考え方は、日本の教育実践とも接点があります。タスク型言語教育(Task-Based Language Teaching)では、達成感を得られる具体的な活動を積み重ねることで動機づけを高めることが重視されますが、これは理論的には自己効力感の醸成と直結しています。それにもかかわらず、タスク型教育と自己効力感を明示的に結びつけた縦断研究はほとんど存在しないと著者たちは指摘します。この空白は、日本の研究者が貢献できる余地でもあります。
さらに小学校英語という文脈で考えると、最も自己効力感が形成されやすいかつ傷つきやすい時期に、どのような経験を提供するかが長期的な影響を持ちます。しかし本論文が示すように、小学生を対象とした研究は全体のわずか10%です。日本では小学校英語が本格的に始まったばかりであり、この時期の自己効力感の形成プロセスを縦断的に追う研究の必要性は切実です。
また、日本の大学英語教育に目を向けると、必修英語から選択英語への移行期に多くの学生が英語との関わりを減らしてしまう現象が知られています。この離脱のプロセスに自己効力感がどう関わっているかを明らかにするためには、まさに著者たちが求める縦断的・実験的デザインが必要です。
関連研究との対比から見えるもの
この論文を、関連する先行研究と対比させると、その意義がより鮮明になります。たとえばHattie(2008)のVisible Learningでは、800を超えるメタ分析を総合した結果として、学業的自己効力感が学業達成の最も強い相関要因の一つ(効果量d = 0.92)であることが示されています。またRichardson et al.(2012)の大規模メタ分析でも、大学生の学業成績との相関(r = .31)が確認されています。こうした教育心理学一般の知見と比べると、第二言語教育特有の自己効力感研究は、この堅固な知的基盤を十分に活用できていないというのが著者たちの診断です。
応用言語学の文脈では、Dörnyeiが提唱した「L2自己システム(L2 Motivational Self System)」やMacIntyreが研究してきた「コミュニケーションへの意欲(Willingness to Communicate)」といった構成概念と、自己効力感を明示的に結びつけた研究は非常に少ないことも本論文は指摘しています。これは、教育心理学と応用言語学がそれぞれ独自の理論的エコシステムを持ち、互いに対話していないことの表れです。自己効力感が「理想の英語使用者としての自己」形成にどう貢献するか、あるいはコミュニケーションへの意欲を媒介するかといった問いは、両分野を架橋するものとして非常に重要ですが、まだほとんど手がつけられていない領域です。
また自己効力感は知覚されたコントロールの一形態であり、Skinner(1996)が整理した「能力信念」に相当します。Fryer & Leenknecht(2023)では、Banduraの相互決定論とSkinnerの自己システムモデルを統合する試みがなされており、教師の明確な説明やフィードバックが自己効力感を通じて学習に影響するというモデルが提示されています。この枠組みは、日本の英語教育においても有望な研究の方向性を示しています。たとえば、フィードバックの質や量が英語学習者の自己効力感の変化にどう影響するかを縦断的に追う研究は、実践的意義も高いはずです。
論文の強みと限界を見極める
この論文の最大の貢献は、17年間・166本という大規模なコーパスを体系的に整理し、フィールドの「構造的問題」を可視化した点にあります。個々の研究を批判するのではなく、研究群全体の傾向として見えてくるパターン―横断的デザインへの依存、測定尺度の乱立、理論的枠組みの希薄さ―を丁寧に記述しており、フィールド全体への建設的な批判として機能しています。
ただしいくつかの限界も正直に認めておく必要があります。著者たちも認めているように、SSCIという一つのデータベースに絞ったため、重要な研究が除外されている可能性があります。日本の学術誌や国内学会誌に掲載された研究は、英語で書かれていてもSSCIに収録されていないものが多く、実際には相当数の関連研究が検討対象から漏れています。日本の英語教育研究の観点からは、この制約は特に意識しておくべきでしょう。
また本論文は批判の鋭さに比べて、具体的な改善モデルの提示がやや薄い面もあります。「縦断的デザインを用いよ」「適切な統制変数を入れよ」「応用言語学の理論と統合せよ」という方向性は示されていますが、それを実際にどう設計するかの具体例は限定的です。読者として、例えば「自己効力感の変化軌跡とスピーキング力の発達を、3学期にわたって測定し、教授法を統制変数として入れた縦断研究」のような具体的な研究プロトタイプが提示されていれば、実践的な指針としてより役立ったはずです。
さらに、実験デザインの推奨については注意が必要です。著者たちは実験的研究の少なさ(全体の21%)を問題視していますが、教室環境での実験には固有の倫理的・実践的困難が伴います。統制群を設けることは、学習機会の公平性の観点から教育現場では難しい場合も多く、研究の現実的制約についての議論があっても良かったでしょう。
研究者へのメッセージ、教育者へのメッセージ
この論文が示す方向性を整理すると、研究者に対するメッセージと教育実践者に対するメッセージは、やや異なります。
研究者に対しては、横断的データで予測モデルを構築することをやめ、縦断的・実験的デザインに移行すること、測定尺度を標準化すること、そして応用言語学の既存理論と自己効力感を明示的に統合する研究を進めることが求められています。また、便宜サンプルとしての大学生だけでなく、小学生・中学生・高校生といった多様な教育段階を対象とすること、英語以外の言語学習者も含めることが必要です。
教育実践者に対しては、直接的な指針は本論文からはなかなか引き出しにくいというのが正直なところです。それは著者たち自身が認めているように、現時点の研究基盤があまりにも不確かであり、そこから実践的示唆を導くことには慎重でなければならないからです。しかしこれは教育現場への無関心を意味しません。むしろ、Banduraの理論に立ち戻り、「学習者に段階的な成功体験を提供すること」「クラスメートや教師の取り組みを観察する機会を作ること」「ポジティブなフィードバックを適切に与えること」「学習者の感情的な状態に注意を払うこと」という四つの自己効力感の源泉を意識的に授業に組み込むことは、現時点でも合理的な実践的指針と言えます。
日本の教育現場で言えば、英語の授業でよく見られる「とにかく間違いを恐れて黙ってしまう」学習者への支援を考えるとき、自己効力感の視点は重要な補助線を与えてくれます。すぐにペアで話し合わせるより先に、まず「小さな成功」を積み重ねられる活動を設計すること、クラスメートの発表を批判的ではなく共感的に聞く文化を育てること、「英語でうまく話せた経験」を意識的に作ること。こうした実践的工夫は、理論的根拠を持つものとして位置づけることができます。
この論文が持つ時代的意義
最後に、本論文の時代的な意義について触れておきたいと思います。英語教育研究は今、ChatGPTに代表される生成AIの普及という大きな波にさらされています。AIが英作文を手伝い、発音矯正をし、会話練習の相手をしてくれる時代に、「学習者の自己効力感」はどのような意味を持つでしょうか。AIツールとのインタラクションの中で自己効力感はどう変化するか、AIによるフィードバックは人間教師のフィードバックと同じように自己効力感を育てるかといった問いは、本論文が示す「理論と実証の架橋」という課題をさらに複雑にします。
本論文はこうした最新の文脈には直接言及していませんが、だからこそ今後の研究者にとっての重要な課題を示していると言えます。技術環境が変わっても、「学習者が自分にはできると信じること」の重要性は変わらないはずです。そしてその信念がどのように形成され、維持され、あるいは壊れていくかを理解することは、英語教育の根本的な問いであり続けるでしょう。
Fryer らが本論文で鳴らした警鐘は、単に「研究方法を改善しよう」という技術的な提言にとどまりません。それは「私たちは本当に、学習者を理解しようとしてきたか」という問い直しでもあります。17年間の積み重ねを批判的に振り返ることで、次の17年をより実りあるものにする―そのための誠実な第一歩として、この論文は長く参照されるべきものです。
Fryer, L. K., Li, C., Guo, Z., Liang, L., & Zhong, Y. (2025). Self-efficacy’s role within learning a new language during formal education: Systematic review, critical evaluation of past research and paths forward for research and practice. Studies in Second Language Learning and Teaching, 15(2), 251–278. https://doi.org/10.14746/ssllt.48234
