英語の授業で「評価」といえば、多くの日本の教師はまず教師が採点するテストを思い浮かべるのではないでしょうか。そもそも評価とは教師がするものだ、という固定観念は、日本に限らず世界中の教育現場に根強く残っています。ところが近年、学習者自身が自分や仲間の学習を評価する「自己評価(self-assessment)」と「ピア評価(peer assessment)」が注目を集めており、それらの有効性を示す研究が続々と発表されています。
今回取り上げる論文は、Al-Rashidi, Asif, Ghasemi Vanani, Aberashの4名の研究者による”Learner-oriented assessment (LOA) practice: the comparative study of self-assessment, peer assessment, and teacher assessment on EFL learners’ writing complicity, accuracy, and fluency (CAF), speaking CAF, and attitude”(2022年、Language Testing in Asia誌掲載)です。イランのイスファハンにある英語教育機関Ghoya English Institutionの中級レベルの学習者を対象に、自己評価・ピア評価・教師評価の3種類の評価方法が、英語の「書くこと」と「話すこと」のCAF――すなわち複雑性(Complexity)・正確性(Accuracy)・流暢性(Fluency)――にどのような影響を与えるかを比較した研究です。さらに、学習者がそれぞれの評価方法に対してどのような態度を持っているかも調べています。
著者陣は多様なバックグラウンドを持っています。Al-RashidiはサウジアラビアのPrince Sattam Bin Abdulaziz大学の心理学准教授、AsifはパキスタンのUniversity of Management and Technologyの英語・文学研究学科の助教授で言語テストと第二言語習得を専門とし、Ghasemi Vananiはイランのイスラム・アザド大学出身の実践的な英語教師、AberashはエチオピアのJimma大学でTEFLの博士号を取得した独立研究者です。中東・南アジア・アフリカにまたがる研究チームが、EFLの現場という共通の関心から協働した成果です。
研究の設計と参加者
研究は準実験デザインを採用しています。107名の学習者にOxford Quick Placement Test(OQPT)を実施し、中級レベルと判定された75名(17〜25歳の女性)を選び出し、それぞれ25名ずつの3グループに分けました。教師評価グループは統制群、ピア評価グループと自己評価グループは実験群として位置づけられています。
18セッションの授業を経て、書くことと話すことの事後テストが実施されました。書くことの測定には、複雑性・正確性・流暢性を分析する手法としてWigglesworth and Storch(2009)の指標が参照され、話すことの評価にはHughes(2003)のスピーキング・チェックリストが用いられました。態度については、各グループに20項目のリッカート尺度アンケートが配布され、一標本t検定で分析されています。事前・事後テストの群間比較には一元配置分散分析(one-way ANOVA)とScheffeの事後検定が使われました。
なお、この研究はイランのイスラム的環境における男女別学制度のため、参加者が全員女性という制約があります。これは結果の一般化に関わる重要な留意点であり、著者たちも研究の限界として正直に述べています。
何が明らかになったのか
結果は明確でした。話すことの複雑性・正確性・流暢性の3指標、そして書くことの同3指標すべてにおいて、ピア評価グループと自己評価グループは教師評価グループを有意に上回りました。具体的な数値を見ると、たとえば話すことの流暢性(SFPOST)の平均点は教師評価グループが13.04、自己評価グループが14.96、ピア評価グループが16.96で、分散分析のF値は31.81(p < .01)と非常に高い値を示しています。書くことの複雑性(WCPOST)でも、教師評価グループ14.45に対し、自己評価グループ16.57、ピア評価グループ16.12と差が出ています。
ただし、ピア評価グループと自己評価グループの間には、多くの指標で有意差が認められませんでした。つまり、両者はともに教師評価を超えた効果を持ちながら、互いに拮抗しているというのが実態です。これは興味深い発見です。
態度調査の結果も注目に値します。3つのグループいずれも、自分が受けた評価方法に対して肯定的な態度を示しました。t値は教師評価グループが50.23、自己評価グループが55.78、ピア評価グループが48.02で、すべてp < .05で有意でした。学習者は教師に評価されることも受け入れており、しかし自己評価を受けたグループがもっとも強い肯定態度を示したという点は示唆的です。
なぜピア評価と自己評価が有効なのか
著者たちはこの結果をいくつかの理論的枠組みで説明しています。まず、Slavin(2011)の社会的相互依存理論を引いて、ピア評価が生み出す協働学習の効果を強調しています。仲間と協力して目標を達成しようとする意欲は、単なる知識の伝達を超えた深い学びを促します。さらに、VygotskyのZone of Proximal Development(ZPD)概念も援用されており、学習者同士が互いの「発達の最近接領域」において足場を組み合うことで、教師からの一方的なフィードバックよりも豊かな学習環境が生まれるとされています。
自己評価については、Fraenkel et al.(2011)の議論を援用し、自らの達成度を可視化することが動機づけを高め、自律的な学習態度を育てると説明されています。また、Ma and Winke(2019)の研究を参照しながら、自己評価が学習者に「自分の学習目標に対する責任感」をもたらす点も指摘されています。
学習者が自分や仲間の発話・作文を評価するという行為は、単に成績をつける作業ではありません。評価するためには、何が良い英語なのかを考え、基準を意識し、自分の産出物を客観的に見直す必要があります。この一連のプロセスが、メタ認知能力を鍛え、結果として言語産出の質を高めるのだと考えられます。
関連研究との対比
この研究の結論は、先行研究の流れと一致しています。たとえばBirjandi and Siyyari(2010)はイランのEFL学習者を対象に、自己評価とピア評価がライティング能力と採点精度を向上させることを示しました。Ariafar and Fatemipour(2013)は自己評価がスピーキング能力を伸ばすことを確認しています。Heidarian(2016)、Mazloomi and Khabiri(2018)もEFLライティングへの自己評価の効果を報告しており、Salem Almahasneh and Abdul-Hamid(2019)やTunagür(2021)はピア評価トレーニングが書く意欲や不安に好影響を与えることを示しました。
また、Jafarigohar(2017)の研究はとりわけ本論文と比較しやすい構成を持っています。Jafarigoharはイランの英語学習者を対象に教師評価・ピア評価・自己評価を比較し、自己評価が書くことへの動機づけと自己調整能力を最も効果的に高めると結論づけました。本研究の知見はそれを裏付けるとともに、「話すこと」という生産的スキルにも同様の効果が及ぶことを示した点で、先行研究を拡張しています。
一方、Abolfazli Khoonbi and Sadegh(2012)の研究ではピア評価が自己評価・教師評価・統制群のいずれをも上回ったとされており、本研究でピア評価と自己評価の間に有意差が見られなかった点とはやや異なるニュアンスがあります。測定対象のスキルや評価の実施方法、セッション数などの違いが影響している可能性があり、単純な比較には慎重さが求められます。
日本の英語教育現場への示唆
日本の英語教育は今まさに大きな転換期にあります。新学習指導要領では「話すこと」が重視され、4技能5領域のバランスある育成が求められています。しかし依然として多くの教室では、教師が赤ペンを持ち、生徒の作文を添削し、テストで点数をつけるという旧来型の評価が中心です。学習者が自ら評価に参加するという発想は、まだ十分に浸透しているとはいいがたい状況です。
本研究が示すのは、評価の主体を学習者に移すことで、言語産出のCAF――複雑性・正確性・流暢性――が向上するという明確な事実です。日本の教室でも、スピーキング活動後に簡単な自己評価シートを記入させる、ペアやグループで仲間の発話を評価し合うといった実践は、追加の教材費もほとんどかからず導入できます。大切なのは、評価の観点を明示的に示し、学習者が「何を見ればよいのか」を理解したうえで評価に臨めるように支援することです。
特にスピーキングの指導は日本の多くの教師にとって悩みの種です。発表活動をさせても「練習のやりっぱなし」になりがちですが、そこにピア評価の視点を組み込むことで、学習者は聞く側にも真剣に取り組むようになります。話した内容を仲間に評価してもらい、その結果を次の発話に活かすというサイクルは、教師一人では物理的に賄いきれないフィードバックの量を補うことにもなります。大人数クラスでの指導に悩む日本の英語教師にとって、これは見逃せない視点です。
ライティング指導においても同様です。英作文を書いて教師が返却するまでに数週間かかる現実のなかで、ピア評価を取り入れることで即時性のあるフィードバックが実現します。しかも、仲間の文章を評価するという行為自体が、自分のライティングを振り返る契機になります。これはまさに本研究の知見が示す「メタ認知的プロセスの活性化」そのものです。
研究の強みと課題
この研究の強みは何といっても、書くことと話すことという二つの産出スキルを同時に、しかも複雑性・正確性・流暢性という多面的な指標で測定している点です。多くの先行研究が一つのスキルに絞っているなかで、CAFという精緻な枠組みを二技能に適用した点は学術的に貢献するものです。
さらに、態度調査を組み込んだことで、テスト得点だけでは見えない学習者の主観的体験を捉えようとした点も評価できます。いかに効果的な評価方法であっても、学習者がそれを受け入れなければ長続きしません。3種類の評価すべてに学習者が肯定的態度を示したことは、どの方法も教育的価値を持ちうることを示唆しており、「ピア評価だけが正解」という単純な結論を回避しています。
他方で、いくつかの課題も指摘しなければなりません。まず、参加者が75名と決して多くなく、全員が17〜25歳のイラン人女性という均質な集団です。著者自身が認めるように、この結果を異なる年齢層・性別・文化背景の学習者に直接適用することはできません。日本のような異なる言語・文化環境での再現性については、慎重な検証が必要です。
次に、18セッションという介入期間が長期的な効果を保証するかどうかは不明です。遅延事後テストが実施されていないため、習得した効果が時間の経過とともに維持されるかどうかを確認できません。これは著者たちも今後の研究課題として挙げている点です。
また、ピア評価の質を担保するための訓練がどの程度行われたかについての詳細が論文からはやや読み取りにくい部分もあります。ピア評価の有効性は、学習者が適切な評価基準を内面化しているかどうかに大きく依存するため、トレーニングの内容と質は重要な変数です。
さらに、便宜的サンプリング(convenience sampling)を用いているため、グループ間の無作為割り当てが完全には保証されていない点も留意が必要です。準実験デザインの宿命ともいえますが、初期同質性の確認にOQPTと事前テストのANOVAを用いていることは方法論的な誠実さを示しています。
独自の学術的考察
本研究を読んで改めて考えさせられるのは、CAF枠組みをライティングとスピーキングの両方に適用することの意義です。CAFはもともとSLA(第二言語習得)研究で口頭産出の分析に使われてきた指標ですが、ライティングへの応用も近年増えており、Wigglesworth and Storch(2009)の研究はその先駆けといえます。本研究はその流れを汲みながら、評価方法という介入変数と組み合わせることで、CAF枠組みをより実践的な文脈に埋め込もうとしています。この試みは独自性があります。
ただ、複雑性・正確性・流暢性は必ずしも同時に向上するわけではなく、場合によってはトレードオフが生じることも知られています。たとえば流暢性を追求すると正確性が犠牲になりやすいというのはSLA研究の定説です。本研究では3指標すべてが向上したと報告されていますが、これらの間の相互関係や、どの指標がより感応しやすかったかについての細かな分析があれば、さらに深い議論ができたでしょう。
また、自律学習(learner autonomy)の観点からも本研究は興味深い問題を提起しています。自己評価が有効であるのは、それが自律学習の核心――自分の学習を自分で管理する能力――を育てるからだという理解は、Council of EuropeのCEFRや日本の文部科学省が推進する「主体的・対話的で深い学び」の理念とも親和性が高いです。評価を学習のツールとして再定義しようとするこの視点は、日本の教育政策の方向性とも響き合うものがあります。
締めくくりに
教師が一方的に評価を下す時代から、学習者が評価に参加し、自らの学習をメタ認知的に振り返る時代へ。本研究はその移行を実証的に後押しする一つの証拠を提示しています。完璧な研究はありません。サンプルの制約も、遅延テストの欠如も、率直な限界です。しかしだからこそ、後続の研究者や実践者が引き継いで検証していく余地があり、そこに研究の積み重ねとしての価値があります。
日本の英語教師が一人の学習者として自分の授業を振り返るとき、「自分はいつも評価する側にいないか」「学習者に評価する機会を与えているか」という問いかけは、きっと新鮮な気づきをもたらすはずです。本研究はそのような問いを立てるための、確かな足がかりとなる論文です。
Al-Rashidi, A. H., Asif, M., Ghasemi Vanani, M., & Aberash, A. (2022). Learner-oriented assessment (LOA) practice: The comparative study of self-assessment, peer assessment, and teacher assessment on EFL learners’ writing complicity, accuracy, and fluency (CAF), speaking CAF, and attitude. Language Testing in Asia, 12, Article 59. https://doi.org/10.1186/s40468-022-00209-x
