学習者オートノミー研究とはどんな分野か

「自律した学習者を育てる」という言葉は、日本の英語教育現場でも耳にたこができるほど繰り返されてきました。しかし、「自律」とは何か、どう育てるのか、本当に育っているのかを問われると、多くの教員が口ごもってしまうのではないでしょうか。そうした根本的な問いに正面から向き合ったのが、Sin Wang ChongとHayo Reindersによる論文 “Autonomy of English Language Learners: A Scoping Review of Research and Practice”(Language Teaching Research, 2025, Vol. 29(2), pp. 607–632)です。

Chongはクイーンズ大学ベルファスト、セント・アンドルーズ大学、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンなどを渡り歩いてきた研究合成の専門家であり、Reindersはタイのキング・モンクット工科大学トンブリ校やアナハイム大学に籍を置く、自律学習・テクノロジー活用教育の第一人者です。この二人が組んで行った「スコーピング・レビュー」は、学習者オートノミーという40年以上の歴史を持つ研究分野を、61本の実証研究を通じて俯瞰したものです。

スコーピング・レビューとは、あるテーマに関する文献を体系的かつ網羅的に収集・整理し、その研究景観を地図のように描き出す手法です。数値の統合を主眼とするメタ分析とは異なり、質的・量的データの双方を扱うことができ、新興分野や複雑な概念を扱う研究に向いています。この論文では、学習者オートノミーの「概念化(conceptualization)」「実践化(operationalization)」「評価(evaluation)」という三つの問いを軸に、既存研究が何をどう明らかにしてきたかを丁寧に整理しています。

「自律」の定義は誰が決めるのか

まず印象的なのは、学習者オートノミーの定義がいかに多様であるか、そして研究者たちがいかにその多様性を整理しないまま議論を続けてきたか、という現実です。

最も古典的な定義はHolec(1981)による「自分自身の学習を引き受ける能力(the ability to take charge of one’s own learning)」というものです。これはシンプルで強力な表現ですが、「能力」という言葉が何を意味するかについての議論は今も続いています。その後、Little(1991)は「分離、批判的省察、意思決定、独立した行動」を含む多面的な概念として再定式化し、Nunan(1997)は「気づき→関与→介入→創造→超越」という行動モデルを提示しました。さらにBenson(2001)やLittlewood(1997)は第二言語習得理論や学習ストラテジーを取り込む形でこの概念を拡張しています。

61本の研究を分析した結果、最も多く参照されていた概念的枠組みは「自己調整学習(self-regulation)」(28件)であり、次いで「学習者オートノミー(learner autonomy)」(27件)でした。一見すると同じことを指しているように見えるこの二つの概念が、異なる研究の伝統に根ざしているという点は重要です。自己調整学習の枠組みでは、Zimmerman、Pintrich、Schunkといった教育心理学者が頻繁に引用されており、学習者の認知・メタ認知・動機づけの自己制御プロセスに焦点が当てられています。一方、学習者オートノミーの伝統は応用言語学・外国語教育学の文脈で育まれており、学習者の主体性や権限委譲という政治・社会的含意を帯びています。

ChongとReindersが指摘するのは、この二つの概念がしばしば互換的に使われているにもかかわらず、多くの研究者はその相違や重なりを明示的に論じないまま研究を進めているという問題です。これは日本の英語教育研究においても痛感される課題ではないでしょうか。「主体的・対話的で深い学び」という学習指導要領の標語が教室で一人歩きしている光景と重なります。言葉だけが先行し、その背後にある理論が問われないまま実践が積み重なっていく。そのような状況では、効果的な教育改善につながる知識の蓄積は期待しにくいのです。

どんな「実践」が報告されているのか

次に、学習者オートノミーを実際にどう育てようとしているのか、つまり「実践化(operationalization)」の問いに目を向けます。

61本の研究のうち、何らかの教育的介入(intervention)を報告していたのは24本(39%)にすぎませんでした。残りの61%は、質問紙や面接を用いて学習者の「自律度の認識」を測定するにとどまっており、実際に何かを教えたり経験させたりした結果を分析するものではなかったのです。

24本の介入研究の多くは大学での実施であり、内容は読解ストラテジー指導、自己調整学習の授業、独立学習ワークショップなど、比較的「教師が教える」形の活動が中心でした。言い換えれば、「自律を教える」という多少逆説的なアプローチが主流を占めています。教室の外での活動を明示的に扱ったものはほとんどなく、Ciekanski(2007)による一対一の言語アドバイジング実践が唯一の例外的な存在でした。

また、期間のばらつきも大きく、最短で30分(Kondo et al., 2012)、最長で5年(Everhard, 2019)という極端な幅があります。30分で自律が育つとは考えにくいものの、そうした短期研究も一定数含まれているという現実は、研究デザインの慎重さをもう少し求めたいところです。

テクノロジーを活用した介入も複数報告されており、Nintendo DSを用いた自習活動(Kondo et al., 2012)、Google Docsを使った協働語彙学習(Liu, Lan & Ho, 2014)、モバイル学習システム(Shadiev et al., 2018)など、デジタル環境ならではのアプローチが散見されます。また、ポートフォリオ評価(Hashemian & Fadaei, 2013)や動的評価(Huang, 2010)など、学習者中心のアセスメントを介入の核に据えた実践も紹介されており、「評価がオートノミーを育てる」という視点は特に注目に値します。

評価の方法は偏りすぎていないか

論文の三つ目の問い、「学習者オートノミーはどのように評価されているか」という点では、研究手法の著しい偏りが浮き彫りになりました。

61本の研究のうち56本が質問紙を使用しており、これが圧倒的な多数を占めています。一方、観察的データ(フィールドノート、学習記録、カリキュラム資料など)を活用していた研究は非常に少数でした。インタビューを採用したのは11本、フィールドノートを用いたのはわずか2本です。

これはある意味で合理的でもあります。学習者オートノミーは内面的な能力であり、外から直接観察することが難しい概念です。しかし、質問紙だけに頼った「認識調査」の蓄積は、学習者が「自律していると思っている」という事実は教えてくれますが、実際に「自律した学習行動をとっているか」や「その結果として何が変わったか」については何も語りません。感覚的な例えを出すなら、「健康に気をつけていますか?」というアンケートだけで、その人の健康状態を評価しようとするようなものです。

ChongとReindersは、観察的手法と自己報告を組み合わせることで、学習者の姿勢と行動の変化について豊かなデータが得られると指摘しています。日本でも教室観察、学習ジャーナル、ポートフォリオなどを活用した研究はいくつか存在しますが、国際的な研究コミュニティ全体で見ると、まだまだ少数派です。混合研究法(mixed-methods research)の普及が叫ばれて久しいにもかかわらず、この分野では依然として「一つの質問紙で全てを語ろうとする」傾向が根強いことが改めて示されました。

日本の英語教育への示唆

この論文が日本の英語教育関係者に投げかける問いは、抽象的なものではありません。

まず、研究の地理的分布を見ると、イランが14件で最多、次いで中国(8件)、トルコ(6件)と続き、日本は5件程度でした。アジア圏での研究が多い背景には、香港における自己アクセス学習センターの先駆的な活動や、HASALD(香港自律学習・学習者開発協会)やJALT(全国語学教育学会)のLearner Development SIGといった専門職コミュニティの存在があると、著者らは述べています。日本では確かに一定の研究活動がありますが、国際的な文献データベースに登録された実証研究としては、まだ少ないと言わざるをえません。

次に、設定の偏りも重要です。研究の3分の2以上が大学での実施であり、中学・高校での研究は少数にとどまります。自律的な学びの基盤は、実は子どもの頃から形成されるものです。日本でも小中高での学習者オートノミー育成に関する体系的な研究が求められています。「主体的な学び」を謳いながら、それを実証的に検証した研究が少ない現状は、この論文が示す世界的な傾向と重なります。

さらに、教室外学習(learning beyond the classroom)の視点が欠如している点も、日本文脈では特に重要です。日本の英語学習者の多くは、授業外でのインプット量が決定的に不足していると言われています。英語が「教科」として閉じている限り、自律的な学習者は育ちにくいはずです。にもかかわらず、この分野の研究は依然として教室内の実践に集中しています。Reindersらが編集したThe Routledge Encyclopedia of Language Learning Beyond the Classroom(2022)が示すように、課外・非公式学習の研究は急速に発展していますが、学習者オートノミー研究とのインターフェースはまだ十分に開拓されていません。

研究合成としての方法論的貢献

この論文は、内容的な知見だけでなく、方法論的にも注目に値します。Chong & Plonsky(2021b)が提唱したTESOL・応用言語学における質的研究合成の枠組みを実際に適用しており、初期コーディング→焦点的コーディング→軸的コーディングという段階的な帰納的分析が行われています。これはCharmaz(2006)のグラウンデッド・セオリーに倣った手法であり、単なる文献の羅列ではなく、データから新たなテーマを生成しようとするアプローチです。

また、研究者間の合意形成をCohen’s kappaなどの統計指標ではなく、書面による対話と議論を通じて行ったことも特徴的です。著者らは「学習者オートノミーのような複雑な構成概念を扱う研究では、反省的・対話的なアプローチの方が適切だ」と明言しており、これは研究合成の方法論に関する示唆ある立場表明です。

なお、この研究には著者自身が正直に認めているいくつかの限界もあります。文献検索はDecember 2019時点で締め切られており、その後の研究は含まれていません。対象を英語学習者に限定したことで、他言語学習者を扱った研究の知見が反映されていない点も惜しいところです。しかしこれらは、研究の誠実な自己申告であり、欠点というよりは研究課題の引き継ぎと言えます。

この論文が教えてくれること

最後に、この論文が最も強く訴えているメッセージを一言で表すとすれば、「学習者オートノミーを語るなら、理論を明確に、実践を教室の外にも広げ、評価を多様な方法で行え」ということになるでしょう。

自律学習とは、特定のテキストや授業形式の問題ではなく、学習者がどのような存在として育つかという、深い教育哲学的問いにつながっています。40年の歴史を持つこの分野が、今なお「質問紙中心・教室内完結」の状態に留まっているとすれば、それは方法論の問題であると同時に、私たちが「学習者の自律」を本気で研究しようとしているのかどうかという問いでもあります。

日本の英語教育研究者や実践者にとって、この論文は一種の自己点検の機会を与えてくれます。理論なき実践、評価なき実践、教室に閉じた実践――これらへの問い直しを、61本の先行研究という大きな鏡を通じて示してくれる論文です。議論を始めるための出発点として、また今後の研究計画を立てる際の道しるべとして、ぜひ一読をお勧めしたい一本です。


Chong, S. W., & Reinders, H. (2025). Autonomy of English language learners: A scoping review of research and practice. Language Teaching Research, 29(2), 607–632. https://doi.org/10.1177/13621688221075812

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By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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