自律学習とストラテジー研究の交差点

英語教育に携わっていると、「学習者に自律的に学んでほしい」という願いを抱えながらも、実際の授業では教師がほぼすべての学習活動を設計し、学習者はその指示に従うだけ、という状況に陥ることが少なくありません。特に日本のような試験志向の強い教育環境では、「自律学習」という言葉が理念としては広まりつつあっても、現場での実践はまだまだ追いついていないのが実情です。そうした文脈において、本稿で取り上げる論文は、自律学習の実態をストラテジー使用という具体的な切り口から分析した、実践的かつ示唆に富む研究です。

取り上げるのは、Didem Koban KoçとSerdar Engin Koçによる “Understanding Learner Autonomy through Cognitive, Metacognitive and Social Strategies Used by English Language Learners in a Computer-based Classroom”(『The Journal of Language Teaching and Learning』2016年、第6巻第2号、pp. 58–69)です。Didem Koban KoçはアンカラのHacettepe大学に、Serdar Engin KoçはBaşkent大学にそれぞれ所属する研究者であり、トルコの英語教育、とりわけコンピュータ支援言語学習(CALL)の分野で活発な研究活動を展開しています。本研究は、英語教員養成課程の1年次生104名を対象に、オンライン活動におけるストラテジー使用の実態と、それが学習者の自律性にどのように結びつくかを調査したものです。

「自律性」とは何か―理論的背景を整理する

そもそも「学習者の自律性」とはどういう意味でしょうか。研究者によって定義は微妙に異なりますが、本論文が依拠する主要な定義のひとつは、Holec(1981)による「自分自身の学習を管理する能力」です。この定義は今日でも広く参照されており、学習目標の設定、学習内容の決定、使用するストラテジーの選択、そして学習の自己評価といった一連のプロセスを学習者が主体的に担えることを意味します。

一方、Little(1991)は自律性を「学習のプロセスと内容に対する学習者の心理的関係―すなわち分離、批判的省察、意思決定、そして独立した行動への能力」と定義しており、より内省的・心理的な側面を強調しています。さらに近年のLittle(2007)の定義では、「教師が学習者に学習のプロセスと内容に対するコントロールを徐々に譲渡していくインタラクティブなプロセスの産物」とされており、自律性が静的な能力ではなく、教師と学習者の相互作用の中で動的に育まれるものであることが示されています。つまり、自律性とは「放っておかれること」ではなく、「支援されながら自ら判断できるようになること」なのです。

この点は、日本の英語教育を考えるうえでも非常に重要です。「自律学習」を推進しようとして、いきなり「あとは自分でやりなさい」と学習者に委ねてしまうと、むしろ混乱や無力感を招くことがあります。自律性は、適切な足場かけ(scaffolding)と教師のガイダンスのもとで育てられるものだということを、本論文は改めて確認させてくれます。

ストラテジーの三分類―何をもって「自律的」と言えるか

本論文が分析の枠組みとして採用しているのは、O’Malley and Chamot(1990)による学習ストラテジーの三分類です。メタ認知ストラテジーとは、学習プロセスについて考えること―計画、モニタリング、評価、問題解決などが含まれます。認知ストラテジーとは、情報を分析・統合するための具体的な学習技術を指します。そして社会的ストラテジーとは、他者との協働や社会文化的要素への注目を通じた学習を指します。

これらのストラテジーは、自律性の実現と密接に関わります。Macaro(2001)は、自律性を「認知的・メタ認知的ストラテジーを幅広く組み合わせて使用できる能力」と定義しており、ストラテジーを使いこなせることが自律学習の核心にあるとしています。本論文はまさにこの観点から、コンピュータを使ったオンライン活動の中で学習者がどのストラテジーをどの程度使っているかを調べ、自律性の実態に迫ろうとしています。

研究の設計―シンプルだが有効な方法論

研究対象は、トルコ・アンカラのHacettepe大学英語教員養成課程に在籍する1年次生104名(女性77名、男性27名、いずれも18~19歳)です。全員がコンピュータIという必修科目を受講中で、将来は英語教員になることを目指す学生たちです。この点が本研究の重要なポイントのひとつです。つまり、彼らは単なる英語学習者ではなく、近い将来みずから自律学習を指導する立場になる「学習者兼予備教師」なのです。

データ収集には、Figura and Jarvis(2007)の質問紙を改変したものが使用されました。質問紙は31項目からなり、メタ認知ストラテジー(9項目)、認知ストラテジー(13項目―聴解2項目、視聴4項目、読解7項目)、社会的ストラテジー(9項目)の三部構成です。回答は5件法リッカートスケールで、「まったくしない」から「いつもする」の範囲で求められました。分析にはSPSS(バージョン21.0)による頻度分析が用いられました。

シンプルな研究設計ではありますが、頻度分析によって「どのストラテジーがどの程度使われているか」という実態を可視化できる点は評価できます。ただし、自己報告式の質問紙という性質上、実際の行動と報告の間にずれが生じる可能性があることも、後ほど触れたいと思います。

結果が語るもの―使われているストラテジーと使われていないストラテジー

結果をひと言で言えば、「学習者はメタ認知・認知ストラテジーをある程度使っているが、社会的ストラテジーはほとんど使っていない」ということです。

メタ認知ストラテジーの中で最も多く報告されたのは、「良い英語学習用ウェブサイトを見つけたらアドレスを保存する」(63%)と、「自分のレベルに合った教材をインターネットで探す」(61%)でした。これらはいずれも比較的受動的なモニタリング行動です。一方、「コンピュータで英語を学ぶ計画を立てる」(20%)や「学習に費やす時間を計画する」(14%)という、より積極的な計画立案に関わるストラテジーの使用率は低くとどまりました。つまり、学習者は「良い情報があれば保存する」程度のモニタリングはしているものの、「どう学ぶかを事前に計画する」という高次のメタ認知的活動には至っていないことが示されています。

認知ストラテジーのうち視聴覚に関しては、「英語字幕を読みながら番組を視聴する」(75%)が最多で、「画像に注目して理解を深める」(62%)が続きました。読解に関しては、「わからない語をコンピュータ辞書で確認する」(55%)と「タイトルや画像からテキストの内容を予測する」(51%)が上位でした。いずれも比較的取り組みやすい、表層的な認知活動と言えるでしょう。「字幕なしで再視聴する」(11%)や「インターネットで学んだ語を定期的に復習する」(19%)といった、より深い処理を要するストラテジーの使用率は低めでした。

社会的ストラテジーについては、全体的に使用率が低く、「ライブチャットで意味がわからないときに相手に質問する」(48%)が最高値でした。対して「コンピュータを使って他の学生と英語を練習する」(6%)と「コンピュータを使った英語学習について他の学生と話す」(9%)は、最低水準でした。これは注目すべき結果です。

社会的ストラテジーの低使用率が示す課題

社会的ストラテジーがほとんど使われていないという結果は、一見すると意外に思えるかもしれません。SNSが日常化した現代の若者が、コンピュータを使った英語学習においてほとんど他者と協働しないというのは、矛盾しているようにも見えます。しかし、よく考えると腑に落ちる部分もあります。多くの学習者にとって、コンピュータを使った英語学習はあくまで「個人の作業」であり、他者を巻き込むことは自然には起こらないのです。

Hauck and Hampel(2008)が示したように、オンラインでの社会的学習は学習者の自律性を高める大きな可能性を持っています。しかし、そのためには学習者が社会的ストラテジーを意識的に使えるよう、明示的なトレーニングが必要です。Mutlu and Eröz(2013)のトルコでの研究でも、ストラテジー・トレーニングを受けたグループのほうが学習ストラテジーを改善し、より多くの責任感と動機づけを示したことが報告されており、本論文の問題提起を支持しています。

日本の教育現場と照らし合わせると、この課題はより切実です。英語の授業でペア活動やグループ活動が取り入れられることは増えましたが、コンピュータを介した協働学習や、英語話者とのオンライン交流を活用した授業実践はまだ限定的です。本研究の結果は、そうした実践の必要性を改めて示唆しています。

eTandemとVELAに見る自律学習の可能性

論文の後半では、自律学習を促進するための具体的な実践例がいくつか紹介されています。そのひとつが、香港科技大学の「Virtual English Language Advisor(VELA)」です。これはメタ認知ストラテジーを使いながら言語学習の問題を解決できるインタラクティブなオンラインシステムで、日本の高校や大学の予備教育機関にも同様のリソースセンターの整備が必要だと著者たちは主張しています。

もうひとつが「eTandem」です。異なる言語を学ぶ二人のパートナーが、メールや音声・映像会議などを通じて互いの言語を教え合うこの仕組みは、社会的ストラテジーの実践的なトレーニングの場となりえます。Stickler and Lewis(2008)の研究では、eTandemの参加者が社会的ストラテジー(感謝、謝罪、個人情報の開示など)をほかのストラテジーより多く使用したことが報告されており、協働的なオンライン活動が社会的ストラテジーの発達を促す可能性が示されています。日本の英語教育でも、例えば海外の大学との姉妹校関係を活かしたオンライン交流授業など、こうした実践と接続できる余地は十分にあります。

教師の自律性というもうひとつの論点

本論文が単なる学習者研究にとどまらないのは、「教師の自律性」にも言及している点です。Little(1995)は、「自分自身の教育が自律性を奨励してきた場合に限り、言語教師は学習者の自律性の促進に成功しやすい」と述べています。つまり、自律的な学習者を育てるには、まず教師自身が自律的な学習者でなければならないという逆説的な要請があるのです。

これは日本の英語教育改革を論じるうえでも見落とされがちな視点です。カリキュラム改革や教材開発に注目が集まりやすい一方で、教師自身が自律的に学び、反省的に実践を改善していく能力を持っているかどうかという問いは、あまり表に出てきません。Martinez(2008)の研究が示すように、学生教師が自分自身のメタ認知的気づきを高める機会を持つことが、自律性の育成に直結しています。本論文の研究対象が英語教員養成課程の学生であることを考えると、このメッセージはより一層重みを持ちます。

批判的考察―研究の限界と発展の可能性

本研究には、いくつかの方法論的な制約があることも指摘しておくべきでしょう。第一に、データが自己報告式の質問紙のみに依拠している点です。学習者が「している」と報告したことが、実際の行動と一致しているかどうかは確認されていません。Figura and Jarvis(2007)の原典研究では、質問紙に加えてインタビューや観察も実施されていましたが、本研究ではそれらは含まれていません。観察データやインタビューを組み合わせることで、より多面的な実態把握が可能になったはずです。

第二に、サンプルの均質性という問題があります。104名全員がHacettepe大学英語教員養成課程の1年次生であり、英語能力レベルや性別以外の個人差要因(動機づけのタイプ、過去の学習経験、テクノロジーへの習熟度など)が統制されていません。また、著者自身が結論部分で指摘しているように、文化的背景の影響も考慮する必要があります。Gao(2005)の中国人留学生研究が示すように、学習ストラテジーの使用パターンは文化的文脈によって大きく異なります。単一の文化圏での研究結果を普遍化するには慎重さが必要です。

第三に、「ストラテジーの使用頻度」と「自律性の程度」の関係が、やや直線的に論じられすぎている点も気になります。より多くのストラテジーをより頻繁に使うことが、より高い自律性を意味するとは必ずしも言えないからです。自律性の本質は、適切な状況で適切なストラテジーを柔軟に選択・適用できることにあるとも考えられます。この点はMacaro(2001)も指摘していますが、本論文での分析はもう一歩踏み込めたかもしれません。

日本の英語教育への示唆

それでも、本論文が日本の英語教育関係者に与えてくれる示唆は小さくありません。第一に、「コンピュータを使えば自律的に学べる」という楽観論への警鐘です。本研究は、コンピュータが教室に導入されていても、学習者が自律的なストラテジーを使いこなしているわけではないことを実証的に示しています。ICT活用教育への期待が高まる日本においても、ツールの導入だけでなく、ストラテジー指導を含む設計が不可欠です。

第二に、社会的ストラテジーの意図的な育成の必要性です。オンライン交流やペアワークを通じて他者と協働する経験を積み重ねることで、学習者は自律性に向けた社会的側面を発達させることができます。これは、文部科学省が推進する「主体的・対話的で深い学び」という方向性とも合致しています。

第三に、教員養成の文脈での応用可能性です。日本の大学でも英語教員養成課程は多数存在しますが、学生教師が自分自身の学習ストラテジーを振り返り、自律的な学習者として成長するための機会は、必ずしも十分ではありません。本研究の枠組みを応用した形で、学生教師のメタ認知的気づきを高めるプログラムの開発が期待されます。

おわりに―実践と研究をつなぐ一冊の論文として

本論文は、理論と実践の橋渡しを試みた、真摯な教育研究の一例です。Holec、Little、Macaro、O’Malley and Chamotといった重要な先行研究をしっかりと踏まえながら、トルコという具体的な教育文脈での実態調査を行い、実践的な提言に結びつけています。完璧な研究というものは存在しませんが、この論文は問いの立て方と分析の方向性において、後続の研究や教育実践にとって十分な足がかりを提供しています。

自律的な学習者を育てることは、現代の英語教育が抱える中心的な課題のひとつです。そしてその課題に向き合うためには、学習者が実際にどのような学習行動をとっているのかを地道に観察し、分析し、指導に活かしていくという地道な努力が欠かせません。本論文はそのための視点と方法論を、私たちに提示してくれています。


Koban-Koç, D., & Koç, S. E. (2016). Understanding learner autonomy through cognitive, metacognitive and social strategies used by English language learners in a computer-based classroom. The Journal of Language Teaching and Learning, 6(2), 58–69.

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By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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