研究の背景と著者たち

英語教育の現場で、「どうすれば生徒のやる気を引き出せるか」という問いに頭を悩ませたことのある先生は少なくないはずです。教科書を開いた瞬間に漂う沈黙、単語テストの前夜だけ突然活発になる教室、そして試験が終わったとたんにすべてを忘れる学習者たち。そんな光景は、日本でもトルコでも変わらないのかもしれません。

今回取り上げる論文は、Karim Sadeghi、Ece Sağlık、Enisa Mede、Yavuz Samur、Zeynep Comertの5名による研究で、2022年に学術誌 Heliyon に掲載されました(”The effects of implementing gamified instruction on vocabulary gain and motivation among language learners”)。執筆陣の大半はイスタンブールのBahçeşehir大学に所属し、一名はIstanbul University-Cerrahpaşaの研究者です。Samurはゲーミフィケーションの研究者として知られており、Medeは英語教師教育の分野で業績を持ちます。つまり、この研究チームは英語教育と教育工学の両方にまたがる専門性を備えており、そのバランスが本研究のデザインにも反映されています。

舞台はトルコ・イスタンブールの私立大学の英語予備課程です。トルコでは8年間の義務教育に英語が含まれているにもかかわらず、学習者の習熟度は依然として低水準にとどまっているとCoskun(2016)が指摘しています。この状況は、日本の英語教育が抱える問題とほぼ重なります。日本でも、6年間の義務教育と高校3年間、さらに大学でも英語を学びながら、「英語が話せない」「語彙力が身についていない」という声は絶えません。その意味で、この研究は他人事ではありません。

研究のしくみ―何を、どうやって調べたのか

研究の参加者は、B1(中級)レベルの英語学習者32名です。16名が実験群、16名が統制群に分けられました。実験群にはゲーミフィケーションを取り入れた授業が、統制群には従来型の授業が7週間にわたって実施されました。年齢は18〜20歳で、男性13名、女性19名という内訳です。

ゲーミフィケーションの核心となったのは、「タブー」というカードゲームです。プレイヤーはカードに書かれた単語を、禁じられた類義語や対義語を使わずに1分間でチームメイトに説明しなければなりません。得点はリーダーボードに反映され、3週間ごとに成績上位チームには特典が与えられました―たとえば追加のスピーキング授業への参加権、定期試験に向けた学習アドバイス、そして最終的には本のプレゼントです。ゲームの準備には210枚ものカードが作られたといいますから、研究者たちの熱量が伝わってきます。

一方の統制群はといえば、プリントやワークシートを使ったマッチング問題が中心でした。両グループは同じ語彙を同じ時間数学んでいましたから、授業内容の量的な公平性は保たれています。測定には、語彙テスト(事前・事後)と動機づけ質問紙(事前・事後)、そして実験群の6名に対する半構造化インタビューが用いられました。動機づけ質問紙はLin and Cortina(2014)が開発したものを改変して使用しており、「興味・価値」「有用性」「成功への期待」の3つの側面から学習動機を測っています。

データ分析にはSPSSが使われ、分布の正規性を確認したうえで独立サンプルのt検定や対応のあるt検定が選択されました。質問紙と語彙テストが量的分析を担い、インタビューが質的な裏付けを提供するという混合研究法のデザインは、理にかなっています。

何がわかったか―驚きの結果

さて、ここからが論文の読みどころです。研究の結果は、直感に反するものでした。

語彙習得の面では、実験群も統制群も事後テストの得点が伸びましたが、両グループの間に統計的な有意差はありませんでした。実験群の平均上昇幅は15.00点(SD=4.78)、統制群は20.93点(SD=4.31)で、むしろ統制群の方が数値上は大きく伸びているのです。ゲーミフィケーションが語彙学習を「有意に」促進したとは言えない、というのが率直な結論です。

動機づけについては、話が変わります。実験群の動機づけ得点の平均上昇幅は4.87(SD=2.01)であったのに対し、統制群は1.68(SD=1.85)で、この差は統計的に有意でした(p<.05)。ただし、「興味・価値」の観点では両群に差はなく、「有用性」と「成功への期待」という側面でのみ実験群が優位でした。語彙を将来的に使いたい、自分は語彙を覚えられる、という感覚がゲーミフィケーションによって高まったということです。

インタビューでも、学習者たちは「チームワークがあったから頑張れた」「競争があって面白かった」と語り、ゲームを通じた学習に肯定的な評価を与えています。難しい単語に戸惑う場面もあったようですが、総じて「普通の授業とは違う何か」を体験したという実感が言葉の端々からにじんでいました。

論文の強みと弱み―批評的に読む

この研究には評価できる点がいくつかあります。まず、量的データと質的データを組み合わせた混合研究法を採用したことで、数字だけでは見えない学習者の内面にも踏み込んでいます。インタビューがなければ、「ゲームをしたが語彙は伸びなかった」という味気ない結論で終わっていたかもしれません。また、授業者(教師)が研究者の一人でもあるという設定は、実践研究としての信憑性を高めています。

一方で、批評的に見ると、いくつかの問題点が浮かび上がります。

最も根本的な懸念は、サンプルの小ささです。32名、しかも各群16名という規模では、統計的な検定力が低く、有意差が出なかったことが「効果がない」ことの証明にはなりません。研究者たち自身もこれを限界として正直に認めており、その誠実さは評価できますが、結論の一般化可能性は大きく制限されます。もし100名規模で同じ実験をしたなら、まったく異なる結論が出た可能性もあります。

次に、実施期間の短さも気になります。7週間は決して十分な期間ではありません。語彙習得研究の文脈では、Nation(2001)の Learning Vocabulary in Another Language が示すように、語彙が定着するには繰り返しの接触と時間が必要です。7週間という期間は、ゲーミフィケーションの効果を公平に評価するには短すぎる可能性があります。

また、ゲーミフィケーションの具体的な実装内容が「タブーゲーム+ポイント+リーダーボード+賞品」というシンプルな組み合わせにとどまっている点も検討の余地があります。Deterding et al.(2011)が論じるように、ゲーミフィケーションは多様なゲーム要素から成り立ちますが、本研究はその一部しか活用していません。より多様なゲーム要素を組み合わせれば、語彙習得にも効果が出た可能性は排除できません。

さらに、授業者が研究者であり、実験群と統制群の両方を担当しているという設定は、研究デザイン上の弱点でもあります。いわゆる「ホーソン効果」―実験に参加しているという意識が行動を変えてしまう現象―や、教師側の無意識のバイアスが結果に影響した可能性は否定できません。外部の第三者が授業を担当するか、少なくとも観察・記録を行うことで、こうしたバイアスをある程度制御することができたはずです。

語彙習得の測定方法についても一言触れる必要があります。事前・事後テストに使われたのは大学のカリキュラム部門が作成した20問の文補完問題でした。これは学習者が日常的に慣れている形式の問題であり、テスト形式への親しみやすさが得点に影響している可能性があります。また、20問という問題数では測定できる語彙の幅が限られており、習得の深さよりも表層的な再認識を測っている恐れもあります。Nation and Webb(2011)が示すように、語彙知識には「知っている」から「使いこなせる」まで多層的な段階があり、単一の形式のテストではその全体像を捉えられません。

関連研究との比較―先行研究は何を言っているか

本研究の結論は、先行研究と一致する部分とそうでない部分があります。

Rachels and Rockinson-Szapkiw(2018)はゲーミフィケーションがスペイン語の学習成果に正の影響を与えたと報告しており、Genç Ersoy and Boyacı(2021)も語彙習得への正の効果を確認しています。しかし同時に、Domínguez et al.(2013)やHanus and Fox(2015)はゲーミフィケーションが学習成果に有意な差をもたらさないという結果を示しており、本研究はこの系譜に連なります。

動機づけについては、Perry(2015)やHew et al.(2016)が正の効果を報告しており、本研究の結論と符合しています。ただし、Kwon and Özpolat(2021)は「ゲーミフィケーションの暗い側面」として、評価にゲーム要素を組み込むことがかえって学習者の内発的動機を損なう場合があることを指摘しています。外的報酬(ポイント、バッジ、賞品)への依存が強まると、報酬がなくなった途端に学習意欲が失われる―これは教育心理学でいう「アンダーマイニング効果」に相当します。本研究では長期的なフォローアップが行われていないため、ゲームが終わった後に動機づけが持続したかどうかは不明です。これは今後の研究が取り組むべき重要な問いです。

ゲーム要素の「量より質」という観点も重要です。本研究で用いられたポイントとリーダーボードは、ゲーミフィケーション研究においていわゆる「PBL(Points, Badges, Leaderboards)」と呼ばれる最も基本的な要素です。Nicholson(2013)はこうした表面的なゲーム要素だけに頼る設計を批判し、意味のある選択や物語性など、より深い関与を促す要素の重要性を説いています。本研究の実装がPBLにほぼ限定されていたことは、語彙習得への効果が出なかった一因として考えられます。

日本の英語教育現場への示唆

さて、この論文を日本の文脈に引きつけて考えるとどうなるでしょうか。

日本の英語教育は長らく「読む・書く」中心で、「話す・聞く」の比重が軽かったという歴史があります。近年の学習指導要領改訂でコミュニケーション重視の方向が打ち出されましたが、現場ではいまだに試験対策型の語彙指導が主流です。単語帳を片手に、ひたすら書いて覚える。そんなスタイルは日本の英語教室の多くでいまも健在です。

本研究が示唆するのは、ゲーミフィケーションが語彙の「量的な習得」に直接貢献するかどうかは自明ではないが、学習者の「動機づけ」、とりわけ語彙学習の有用性や自己効力感を高める効果がある可能性がある、ということです。これは重要な視点です。語彙を覚えることに意義を感じられない学習者に対して、ゲーム的な要素を取り入れることで「英語を使ってみたい」「もっと語彙を増やしたい」という気持ちを呼び起こすことができるなら、それはけっして小さな貢献ではありません。

Kahoot、Quizlet、Wordwall―こうしたデジタルツールを授業に取り入れている日本の教師も増えていますが、それがゲームの「楽しさ」の提供にとどまっているのか、それとも体系的な語彙習得を支える設計になっているのかを問い直す必要があります。楽しかった、では語彙は定着しません。楽しかったうえで、語彙と何度も出会い、文脈の中で使う機会が確保されて初めて、習得が生まれます。

高等学校や大学の英語教育においては、チームワークと競争を組み合わせたゲーミフィケーションが特に有効かもしれません。本研究のインタビューで学習者たちが語った「チームの成功が自分の動機になった」という体験は、協同学習の理論とも重なります。日本の教室はともすれば個人の沈黙による参加が多くなりがちですが、チームで単語を使う場を設けることで、学習者が「失敗しても大丈夫」と感じる環境が生まれやすくなります。

一点だけ付け加えるなら、賞品や特典といった外的報酬の設計には慎重さが求められます。本研究では「試験のための学習アドバイス」が報酬として機能しており、これは試験対策への動機づけとしては機能しますが、英語そのものへの興味を育てるわけではありません。日本の文脈では、英語を使う達成感それ自体が報酬になるような設計が、より長続きする動機づけを生む可能性があります。

研究デザインへの独自の考察

最後に、少し視野を広げた考察を加えたいと思います。

本研究が採用したタブーゲームは、「知っている語彙を使って説明する」という産出型の活動です。これは語彙の定着において重要なプロセスですが、同時に、知らない単語を覚えるための受容型のインプットとは性質が異なります。実験群が「説明する練習」を積んだ一方で、統制群は「意味と用法を確認するワークシート」に取り組んでいたとすれば、両者が取り組んだ認知的プロセスは根本的に違うものであり、同じ語彙テストで比較することの前提そのものを問い直す必要があります。

また、本研究では統制群の方が語彙得点の上昇幅がやや大きかったという事実は興味深いです。これは、ゲームの楽しさに気をとられた実験群の学習者が、語彙そのものへの集中を失った可能性を示唆します。ゲームの「勝つこと」に意識が向いてしまうと、「単語を覚えること」が二次的になる―そういった本末転倒のリスクは、ゲーミフィケーションが常に抱えるジレンマです。

この点は、Anderson(2014)が述べた「ゲームの目的と学習の目的が一致するかどうか」という問いに通じます。ゲームに勝つために語彙が必要になるよう設計されていれば、両者は一致します。しかしタブーゲームでは、知らない語彙のカードを引いてもチームが助けてくれる場合があり、個々の学習者が新しい語彙を覚えるインセンティブが必ずしも強くないのです。

こうした観点から見ると、本研究の「ゲーミフィケーションは語彙習得に有意差をもたらさなかった」という結論は、「ゲーミフィケーション一般」への否定的評価というよりも、「このデザインのゲーミフィケーションは、このサイズのサンプルで、この期間内では、有意差をもたらさなかった」という慎重な読み方が適切です。

結びに―教室という実験室で

Sadeghi らのこの研究は、完全な答えを出したわけではありません。しかし、問いを立て直す素材を豊富に提供しています。ゲーミフィケーションは魔法の道具ではない。同時に、動機づけへの貢献という観点では無視できない可能性を持っている。そのバランス感覚が、この論文の誠実さです。

私たちが日本の教室で「楽しい授業」を目指すとき、その楽しさが何のための楽しさなのかを問い続けることが大切です。楽しいだけで終わらないために、ゲームの設計と学習目標の設計を丁寧に接続させること。それが、ゲーミフィケーションを教室に持ち込む際の最低限の誠実さではないでしょうか。

教室はいつも、小さな実験室です。トルコの32人の学習者たちが7週間かけて試みたことは、形を変えて、日本のどこかの教室でも今日始められるかもしれません。


Sadeghi, K., Sağlık, E., Mede, E., Samur, Y., & Comert, Z. (2022). The effects of implementing gamified instruction on vocabulary gain and motivation among language learners. Heliyon, 8(12), e11811. https://doi.org/10.1016/j.heliyon.2022.e11811

 

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By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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