はじめに―ある授業風景から

「単語帳を見ながら、ひたすら書いて覚えました」。こう答える日本の大学生は、今も少なくないはずです。英語の教員であれば、学習者がどのように語彙を身につけているかを把握しようとした経験が一度はあるのではないでしょうか。そして、その実態が思いのほか把握できていないことに、少し驚いたこともあるかもしれません。語彙の習得は、外国語学習の根幹にある営みであるにもかかわらず、指導の現場ではなかなか体系的に扱われてこなかった。本稿で取り上げる論文は、そんな問題意識と正面から向き合っています。

サウジアラビアのKing Khalid大学英語学科に所属するAbdulrahman Almosaによる “A Look into the Effectiveness of Vocabulary Learning Strategies by Foreign Language Students in Undergraduate Classes”(Migration Letters, Vol. 21, No. S1, 2024, pp. 14–24)は、外国語を学ぶ大学生230名を対象に、語彙学習ストラテジー(Vocabulary Learning Strategies、以下VLS)の使用実態を量的に分析した研究です。使用されたのはSchmitt(2000)の分類枠組みで、「メタ認知」「認知」「記憶」「社会的」「決定」という五つのカテゴリーに沿って、どのストラテジーがどの程度活用されているかを20項目のリカート尺度式質問紙で調べています。

研究の舞台はアラビア語を母語とする学習者群ですが、そこから浮かび上がる問いは、日本の英語教育の文脈でも深く響くものです。なぜなら、外国語として英語を学ぶという構造的な条件は、日本とサウジアラビアで大きく重なっているからです。本稿ではこの論文を丁寧に読み解きながら、その意義と限界を検討し、日本の英語教育関係者にとっての示唆を引き出していきます。

研究の枠組み―Schmittの分類が持つ意味

まず、この研究が依拠しているSchmitt(2000)の語彙学習ストラテジー分類について、整理しておく必要があります。Vocabulary in Language Teaching(Cambridge University Press)の中でSchmittは、VLSを「発見ストラテジー」と「定着ストラテジー」に大別し、さらに前者には「決定(determination)」と「社会(social)」ストラテジーを、後者には「社会」「記憶(memory)」「認知(cognitive)」「メタ認知(metacognitive)」ストラテジーを位置づけています。

「決定ストラテジー」とは、辞書を引く、文脈から意味を推測する、語の形態的な特徴から意味を推察するといった、学習者が一人で未知語の意味にたどり着こうとする方略です。「メタ認知ストラテジー」は、自分の学習プロセス全体を俯瞰して計画・モニタリング・評価するという、より高次の認知活動に関わります。インターネットの活用、テレビ視聴、電子辞書の使用なども、この枠組みに含まれています。「認知ストラテジー」は、機械的な反復練習や語彙リストの作成、ノートへの書き写しなど、より具体的・身体的な学習行動に対応しています。

この分類は語彙研究のフィールドで長く参照されてきた標準的な枠組みです。ただし、提唱から四半世紀以上が経過している点も見逃せません。後述するように、ここにはこの論文を批判的に読む上での重要な視点が潜んでいます。

研究方法の概要―何を、どのように測ったか

Almosaの研究では、複数の大学から無作為に選ばれた230名の学部3・4年生が対象となりました。その75.7%が女性で、年齢は20歳から39歳にわたっています。専攻は外国語教育(150名)、翻訳(50名)、言語学・文学(30名)に分かれており、単一の学科ではなく複数の文脈をカバーしていることが、この研究の間口の広さを示しています。

質問紙はオンラインで実施され、回答は母語(アラビア語)または外国語のどちらでも可とするという配慮がなされています。これは、外国語習熟度が低い学習者の声を排除しないための工夫で、方法論的に見ても適切な判断と言えます。結果の分析には、度数分布、パーセンテージ、平均値といった基本的な記述統計が用いられており、複雑な統計処理よりも実態の可視化を優先した設計になっています。

結果として浮かび上がってきたのは、三つの大きな傾向です。メタ認知ストラテジーが最も頻繁に使用され(全体の51%)、次いで決定ストラテジー(28%)、そして認知ストラテジーが最も少ない(21%)という順位です。具体的には、「インターネットの活用」(96.08%)、「文脈から語義を判断する」(92.17%)、「アラビア語―英語辞書の使用」(98.70%)、「語を繰り返し書いて記憶する」(99.13%)といった個別項目が高い使用率を示しています。

結果の読み方―数字の裏に何があるか

これらの数字を前にして、まず感じるのは「それはそうだろう」という親しみ深い実感です。インターネットを語彙学習に使う、辞書を引く、文脈から推測する―これらは現代の外国語学習者が日常的に行っている行動であり、日本の大学生にアンケートを取っても似たような結果が出るのではないでしょうか。

しかしながら、注目すべき数字もあります。「教員に相談する」という社会的ストラテジーの使用率が16.95%にとどまっていたことです。Almosaはこの低さに驚きを示し、「外国語の教員はもっと親しみやすくなる必要があるかもしれない」と論じています。この観察には、単なる統計的発見以上の含意があります。学習者が教員をリソースとして活用していない、あるいはできていないという現実は、サウジアラビアに限らず広く観察される傾向です。

日本でも、「授業で教わったことより、自分でYouTubeを見て覚えた」という学習者の声は珍しくなくなっています。教員の存在が語彙学習の文脈で周縁化されているとすれば、それは指導法の問題でもあるし、教室という空間が学習者に与える心理的な距離感の問題でもあります。Almosaのデータは、そのことを間接的に示唆しています。

一方、認知ストラテジーの中で「語を繰り返し書いて記憶する」が99.13%という驚異的な使用率を示している点は、複雑な読み方が必要です。これは効果的な深層処理ではなく、Schmitt(2000)が「浅い処理」と呼んだ機械的な暗記に分類されます。高い使用率が必ずしも高い効果を意味しないということは、この分野の研究が繰り返し指摘してきたことです。Nation(2001)は、単語の意味を定着させるには文脈のある使用と豊富なインプットが不可欠であることを強調しており、書き写しの繰り返しだけでは長期記憶への定着には限界があると考えられています。

関連研究との対話―この研究はどこに位置づけられるか

Almosaの研究はSchmitt(2000)の枠組みを忠実に踏襲しており、先行研究との比較もGhalebi and Mohammed(2020)、Hamza et al.(2017)、Wu(2019)、Jafari and Kafipour(2013)など、多方面にわたっています。これらの研究の多くが、メタ認知ストラテジーの優位性を報告しており、今回の結果はその流れと一致しています。

ただし、この「一致」には注意が必要です。結果の一貫性は再現性の証拠である一方、使用した測定ツールが同じであれば似た結果が出やすいという測定上の循環も含んでいます。Nation(2001)やNation and Meara(2010)の語彙習得研究の流れ、あるいはPaulら(2013)による受容語彙と産出語彙の分離測定の議論といった、より広い理論的文脈との接続がこの論文ではやや薄いと感じられます。

また、Ghazal(2010)が提案した「推測」「辞書使用」「ノート取り」「反復」「符号化」「活性化」という六つのサブカテゴリー分類は、Schmittの枠組みを精緻化しようとした試みですが、Almosaの論文はその精緻化の方向には進んでいません。分類枠組みの選択が結果を形づくるという認識論的問題は、語彙学習ストラテジー研究全般に横たわる課題であり、この論文もその例外ではありません。

方法論的な検討―何が測られ、何が測られていないか

質問紙調査という手法は、大規模なデータを効率的に収集できる点で強みがありますが、いくつかの根本的な限界も持っています。自己報告式の調査では、実際の行動と報告された行動の間にずれが生じることがよく知られています。「よく使う」と回答した学習者が、実際の学習場面でそのストラテジーを使っているかどうかは、観察やインタビューなど別の手法で補完しなければ確認できません。

さらに、使用頻度は効果とは別物です。あるストラテジーを「よく使う」と報告した学習者が、そのストラテジーによって実際に語彙力を伸ばしているかどうかは、この研究からは判断できません。語彙サイズテストや習熟度テストとの相関分析、あるいは縦断的な追跡調査が組み合わさって初めて、「効果」についての主張が成立します。論文タイトルに”Effectiveness”という語が含まれているにもかかわらず、実際に測定しているのは使用頻度にとどまっているという点は、論文の構成上のやや大きな齟齬として指摘せざるを得ません。

標本の偏りにも目を向ける必要があります。女性が75.7%を占めるという構成は、サウジアラビアの高等教育における男女別学の制度的背景や、この研究で対象となった学科の特性を反映しているかもしれません。しかしそれが一般化可能性に影響することは論文の中で十分に議論されていません。また、「初級・中級・上級」という習熟度別の分析を研究目標に掲げながら、実際の結果提示ではその比較が必ずしも明確に行われていない点も、読者に若干の物足りなさを与えます。

日本の英語教育現場への示唆―何を持ち帰るか

批判的な視点をある程度示した上で、ここからは日本の文脈で何が使えるかを考えてみたいと思います。

まず、教員自身が学習者のVLS使用実態を把握するという行為そのものに価値があります。日本の大学の英語授業でも、Schmittの質問紙を一部改訂した形で学期初めに実施することは難しくないはずです。学生がどのようにして単語を覚えようとしているかを知ることは、教員と学生の間の対話を生む入り口になります。「書いて覚えています」という学生に対して、「それはなぜ?」「他の方法も試したことは?」と問いかけるだけで、語彙学習についてのメタ的な気づきが生まれます。

次に、メタ認知ストラテジーの意識的な指導という視点が重要です。日本の大学生も、インターネットや動画コンテンツを語彙学習に活用することは珍しくなくなっています。しかし、それが戦略的な学習になっているかどうかは別問題です。YouTubeの英語動画を何気なく見ることと、特定の語彙の使われ方を意識しながら視聴することでは、学習の質が大きく変わります。AlmosaがSchmittの枠組みを引きながら示しているのは、こうした日常的な活動を「ストラテジーとして意識化する」ことの重要性です。

また、「教員への相談」が著しく低かったという発見は、日本の教室でも深く考えるべきことを示唆しています。語彙について困ったとき、学生が教員に声をかけられる環境が整っているでしょうか。オフィスアワーの活用を促す、授業中に「どうやって覚えようとしましたか?」と聞く時間を設ける、そういった小さな積み重ねが、学習者と教員の間の語彙をめぐる対話を育てることになります。

さらに、英語教育学・応用言語学を学ぶ大学院生や若手研究者にとっても、この論文は有益な参照点を提供しています。Schmittの枠組みに日本語母語話者向けのアダプテーションを施した上で調査を実施し、例えば日本語と英語の言語距離がアラビア語と英語のそれとどのような差異を生むかを検討するような研究は、十分に実施可能なうえ意義もあります。

論文が触れていないこと―読み手として考えるべきこと

どんな優れた研究にも、扱っていない問いがあります。Almosaの論文が開いたドアの先には、まだ踏み込まれていない部屋がいくつもあります。

一つは、テクノロジーの急速な発展との接続です。ChatGPTをはじめとする生成AIの登場により、語彙学習のあり方は今まさに変わろうとしています。「わからない単語をAIに聞く」という行動は、Schmittの分類枠組みの中でどのカテゴリーに入るのでしょうか。あるいはそれは、既存のどのカテゴリーにも収まらない新しい形態のストラテジーなのかもしれません。2024年に出版されたこの論文が、その問いをほとんど取り上げていないことは、少し惜しい気がします。

もう一つは、情動(affect)の問題です。Schmittの分類には「社会・情動(social/affective)」という概念もありますが、語彙学習と感情の関係は、この論文ではほぼ扱われていません。外国語の語彙を覚えることに対する不安、達成感、好奇心といった感情的側面が学習行動に与える影響は、Oxford(1990)の学習ストラテジー論以来継続的に議論されてきたテーマです。数字だけでは見えてこない、学習者の内側にある語彙学習の経験に光を当てることは、今後の研究課題として残されています。

さらに言えば、「語彙」を単語の意味の習得と同一視している点にも問いを向けたいところです。語彙の知識は多層的で、Nation(2001)が示したように、語形、語義、語の使用制約、コロケーション、語の頻度感覚など、多くの側面を含んでいます。どのストラテジーがどの側面の語彙知識の発達に寄与するかという問いは、使用頻度の調査だけでは答えられません。

この論文の誠実さについて

批判を重ねてきましたが、最後に一つ、この論文の強みについても述べておきたいと思います。Almosaの研究は、「目の前の学習者が実際に何をしているか」を地道に記述しようとする実証的な誠実さがあります。理論的に洗練されているとは言えない部分もありますが、230名の学生の回答を一つひとつ集計し、その実態を可視化しようとする姿勢は、研究の基本的な姿勢として尊重されるべきものです。

教育現場の研究は、しばしば壮大な理論や精緻な統計の陰に、「教室の中で何が起きているか」という問いへの関心を失ってしまうことがあります。この論文はそのような傾向に対して、ある種のアンチテーゼになっています。シンプルな手法で、実際の学習者の行動を記録する。その積み重ねが、教育実践を変えるための地盤になります。

おわりに―問いを持って教室に戻る

Almosaの論文を読み終えて、改めて考えさせられることがあります。私たちは、語彙学習についてどれほど学習者の声を聞いているでしょうか。何度書いても覚えられない単語がある、とにかく辞書を引く癖がついている、映画を見ながら覚えようとしているけど定着しない気がする―そういった学習者の経験を、教員はどのように受け取り、どのように指導につなげているでしょうか。

語彙学習ストラテジーの研究が提示するのは、学習者の行動を変えるための処方箋ではありません。それは、学習者が自分の学習プロセスについて考えるための語彙を提供するものです。「これはメタ認知ストラテジーだ」「自分は認知ストラテジーに偏っているかもしれない」と気づくことができれば、学習者は自分の勉強法を主体的に問い直せるようになります。

Almosaの研究はその入り口を示しています。規模は小さく、手法は洗練されていない部分もある。しかし、出発点としては十分に意味のある一歩です。日本の英語教育の現場でも、このような地道な実態調査が、個々の教室から積み上げられていくことを期待したいと思います。教員が学習者のストラテジーを知り、学習者が自分のストラテジーを意識化する。そのような循環の中にこそ、語彙学習の深化が宿っています。


Almosa, A. (2024). A look into the effectiveness of vocabulary learning strategies by foreign language students in undergraduate classes. Migration Letters, 21(S1), 14–24. https://doi.org/10.59670/ml.v21iS1.5907

 

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By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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